「大企業とベンチャーどちらを選ぶべきか」で見落としがちな視点――スペックや環境よりも重視すべきこと
「たとえば、「大手企業に行けば、何かすごいプロジェクトに任命されて、大きな仕事ができるかもしれない」とか、「ベンチャーに行けばなんでも任せてもらえて、若くして役員に抜擢されるかもしれない」など、「他人が何かしてくれるかもしれない」という根拠のないスケベ心です。
これはキャリアに行き詰まった人が、海外留学やインド旅行をするメンタリティに似ています。「そこに行けば変われるんじゃないか」という、これまた根拠のない変身願望です。」
この問題は難しい。
私の見る限り、人間は、基本的に将来に対する「根拠のないスケベ心」(ショーペンハウアー流に言えば、「生への盲目的な意志」)によって動く動物であって、この「スケベ心」を否定し去ることにはためらいを感じる。
むしろ、「スケベ心」(よく言えば「直観」)を信じて決断する方が、うまくいくことも多い。
また、仮に失敗したというのであっても、その経験によって、失敗を恐れないメンタリティに到達できるのであれば、十分成功だろう。
そうすると、上の記事を書いた方の失敗談を読んでみても、十分成功しているように思えるのである。
「たとえば、「大手企業に行けば、何かすごいプロジェクトに任命されて、大きな仕事ができるかもしれない」とか、「ベンチャーに行けばなんでも任せてもらえて、若くして役員に抜擢されるかもしれない」など、「他人が何かしてくれるかもしれない」という根拠のないスケベ心です。
これはキャリアに行き詰まった人が、海外留学やインド旅行をするメンタリティに似ています。「そこに行けば変われるんじゃないか」という、これまた根拠のない変身願望です。」
この問題は難しい。
私の見る限り、人間は、基本的に将来に対する「根拠のないスケベ心」(ショーペンハウアー流に言えば、「生への盲目的な意志」)によって動く動物であって、この「スケベ心」を否定し去ることにはためらいを感じる。
むしろ、「スケベ心」(よく言えば「直観」)を信じて決断する方が、うまくいくことも多い。
また、仮に失敗したというのであっても、その経験によって、失敗を恐れないメンタリティに到達できるのであれば、十分成功だろう。
そうすると、上の記事を書いた方の失敗談を読んでみても、十分成功しているように思えるのである。