パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

わからないけれど心地よいもの

2010年02月08日 21時12分28秒 | Weblog
「わかる」ということが
何を意味しているかはさておき
「なんだかわからない」
というものでも心地よく思われるものはある

ミロの絵
ベルクの音楽

これらはそうしたものの一つ
そしてそれは比較することによってその思いを強くする

同じ抽象画でもピカソより自分はミロがいい
ピカソは圧倒的に上手いとか凄いとは思うものの、
ミロを初めて見た時の衝撃は忘れられない

デパートの催事で版画即売をしていて
その中の一点がミロの作品だったのだが
(その時は名前すら知らなかった)
ほんのハガキ数枚の大きさの中に赤と黒の
ワケの分からないものが描かれて(?)いた
それを見た時
「なんてあったかい絵なんだろう」
「優しさに溢れていて無邪気で子供みたい」

絵の下には「miro」の文字
ミロか!
要チェック

それからはいろいろ調べたり、様々な人との比較もしたが
クレーよりもダリよりもモンドリアンよりも
自分はミロがいい
だが正直なところなぜだか分からない

同じようなことがベルクにも言える
シェーンベルクよりヴェーベルンよりもベルクがいい

音楽史的にどうのこうのいう前に
昔ベルクの作品1のピアノソナタをNHKテレビで
バレンボイムの演奏で聞いたとき
単純にきれいだな、まるで虹みたいな音色
今にしてみれば、何故そう感じたのか分からないが
ただそのような言葉が頭に浮かんだのを
今でも覚えている

ベルクのオペラ「ヴォツェック」も気持ち悪い内容の題材だが
音楽自体は気持ち悪さを効果的に表現
しかし、またまたなぜだかわからないけれどどこか惹かれる

反対にどうもバルトーク、プロコフィエフは苦手
シェーンベルクは関心がない
ヴェーベルンはもしかしたら、もう少ししたら
気に入るようになるかもしれない

わからないけど気に入るもの
たしかにそういうものは存在する

そして、こうした一見無駄なものが
どれだけ世界を豊かにしていてくれることか

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする