宗次ホールで聴くのは今回で3回目
アリーナ・イブラギモヴァのバッハ無伴奏パルティータ
篠原悠那のリサイタル に次いで
今回は生誕150周年を迎えたドビッシー
その作品演奏と解説を青柳いづみこさんの話を
混じえて聴くコンサート
演奏曲目はおおよそ作曲順に沿ったもの
あまり凝ったものにならずになっていた
このホールは馬鹿でかくなくて良い
室内楽にはもってこいだ
名古屋には以前スタジオ・ルンデというのがあって
そこも適度な広さで室内楽のコンサートが行われていたが
残念ながらそれを知ったのは活動中止になる直前
知り合いから譲っていただいた児玉麻里のベートーヴェンの
ピアノソナタの全曲演奏の中の一日
とにかく広くない演奏会場は感情の変化などがダイレクトに
見て取れて興味深い
ところでドビッシー
最初のアラベスクとか月の光あたりまでは
おそらく誰にでも美しいと思われるような曲調
でも、ドビッシーじゃない(微妙な響きとリズムの)
青柳いづみこ氏も話されていたが、後期のドビッシーに対する
批判 メロディーがないというのは
実はドビッシーはメロディーをかけなかったのではなく
書かなかったというのがうなずける
これはブルックナーのピアノ曲を聴いた時にも感じた印象と同じ
ブルックナーも美味しいメロディーを書けなかったわけではなく
自分の表現したい音を追求したら、彼にしか、
もしくは何度も聴かないと理解しづらい音楽になったことと
全く一緒だ
ドビッシーはドビッシーになった
ゴッホがゴッホになったように自分の感性を信じて
唯一無比の存在になった
しかし、根を詰めて聴くのはなかなかしんどい
感情移入しにくい面もあるためか
こうして聞いていくとフランス音楽の傾向
ラベル、メシアンなどはドビッシーに影響を受けているのがよく分かる
さて演奏は?
ピアノの方は良かった
ヴァイオリンは、、、
会場では年末から来春のコンサート案内のチラシが配られていたが
来年はこうして生の演奏を聴く機会を増やしていこう