パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ポール・マッカートニーとウィーン

2013年06月30日 08時22分43秒 | ポール・マッカートニー
都市の印象、例えば二度と訪れることのないような旅行地の場合
天気が良かったり悪かったりでその評価は随分と違ってくる

同様にフト目にしたもので、その都市のイメージを
決定づけてしまうようなことも少なくない
たとえそれが、単に個人の印象にすぎないとしても
自分にとって意味あるものは、結局は個人の記憶、思考の
中にしか存在しないのだから、
ある種の思い込みはその人自身のキャラクターに通じる

と、ややこしいことを理屈付けようとしているのは
自分にとってウィーンとポール・マッカートニーは縁がある様に思えるということ
それが偶然なのか、必然なのか
モーツァルトがプラハで歓迎されたようにポールもウィーンで
他の地区以上に愛されているのか?
と考えてしまったから

というのは、こんな看板を見つけたから

写真家であったリンダ・マッカートニーの作品展が開催されている
ということなのだろう
これはウィーンについた最初の日にシュテファン寺院の近くで見つけたもの

別のポスターもあった


何故これが気になったかといえば
実は37年前、自分がウィーンに来た時
ポール・マッカートニーはウィングスのツアーを行なっていて
たまたま偶然自分は野外のライブを体験することが出来たことがあるからだ

またポールが!ウィーンで!
その偶然に少し偶然以上のものを感じたということ

ザルツブルクが生誕の地であったにもかかわらず
モーツァルトはその地との相性が良くなく
ウィーンこそ、(最後はかわいそうな扱われ方をしたけれど)
モーツァルトにとって相思相愛の都市であった
と同じ事が、ポールとウィーンの間にも言えないか
と想像してしまった

つまりウィーン子はポールが好きなんじゃないのか?
と思ってしまったということ
モーツアルトを愛すると同じ感性でポールを
受け入れているんじゃないのか
根拠のない連想だけれど、こんなふうに考えることは楽しい
(誰の迷惑になるわけでもない)

そういえばポール以外にも
自分とワーグナーに関しても似た様なことがある(少し縁がある)

最初のヨーロッパの1976年は、バイロイト音楽祭が100周年の年
この時幸い自分はあの専用の祝祭歌劇場でトリスタンとイゾルデ、パルジファルを
見ることが出来たが、何十年ぶりのヨーロッパの今年は
ワーグナー生誕200年
それがどうしたと言えばそれまでだけれど
少しはワーグナーの音楽・周辺を辿ってみようか
と思うキッカケにはなっている

ということで
音楽の街、ウィーン
左利きのタレ目の天才音楽家ポールは
何かでつながっている
と考えたい自分がいたということ

ホント、自分以外の人にとってはどうでもいいことだろうな

自分では結構楽しんでいるけど
コメント
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