パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

Metライブビューイング「ラインの黄金」

2019年09月01日 08時51分12秒 | 見てきた、聴いてきた(展示会・映画と音楽)

体調が悪いというのではなかった
期待していなかったこともない
でも感動しなかったMetライブビューイングの「ラインの黄金」
(ミッドランドシネマ8月31日上映)

8月18日の愛知祝祭管弦楽団の「神々の黄昏」の熱い余韻が残るうちに
おさらいの意味も込めて、電車賃を使って名古屋まででかけたのに、、

「ラインの黄金」は地味な作品だが、その後多用されるライトモチーフが初登場で
その場面を覚えておくと物語の理解が進むので、思いのほか面白い
少なくとも前の2回はそう感じていた(新国立歌劇場と愛知祝祭管弦楽団の生)

ところが昨日は悲しいくらいに心が震えなかった
それが何故だったのか、、を考えることがまさかブログテーマになるとは、、

まずはヴァーグナー独特のまとわりつくような、色彩的であり迫力のある音が
どうも感じられなかった
音量はそれなりなのだが、迫ってこない
これはデジタル録音のせいなのか、それともレヴァインの指揮のせいなのか
いぜれにせよ会場を包む空気感とか音圧というものが、過去2回の生とはだいぶ異なった

そう言えば、自分はCD音源で感動したことが無いかもしれない
夢中になって聴いたのはレコード音源のほうで、便利この上ないCDはどうも何かが足りない
映画で使われるのは上と下の領域の音がカットされているのだろうか
その詳しいことはわからないが、映画から流れる音楽は、音楽が主人公というよりは
「映画音楽」だった

ライトモチーフはもっと雄弁に、思わせぶりになってほしかったが
目立つモチーフだけがメリハリよろしく鳴っているだけで
これはレヴァインの好む音楽なのだろうか

もしかしたら画面に頻繁に登場する顔のアップがいけなかったのかもしれない
歌いながら顔の表情で心理描写しているのは凄いものだ、、汗もかいて、、
と思ったものの、その絵は本当に必要なのだろうか、、と疑問を感じた
この映画は音楽ドラマの流れが中心なのではなくて、出演者のパフォーマンスが
中心となって、音楽は背景でしか無いような、、そんな気がしてならなかった

登場人物のアルベリヒとローゲは、もう少し音色で性格を現してほしい部分があった
その歌い手さんの名前や実績は知らないが、世界の檜舞台の出るくらいだから実力者なんだろうけど

「ラインの黄金」は人間が出てこない
小人、神々、巨人、、しか登場しない
だが、この人間が登場しない設定こそが様々な解釈ができそうで面白いのかもしれない
指環の由来、指環にかけられた呪い、、それらは「ラインの黄金」を見てこそ理解できる
やはり4部作は全部見て理解可能なんでろう

昨日のラインの黄金で、続く物語は行かないことに決めた
来年の3月にはびわ湖ホールで「神々の黄昏」があるので、そちらの方は行く気満々だが

結局、生には勝てないということなんだろうか
でもレコード音源の音楽には時を忘れるほど感動することはあった
ただ、それも若い時ゆえのものだったのだろうか

コメント
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