パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

雨の日、濡れずに、車の乗り降りできないかなあ!

2006年04月20日 20時50分41秒 | Weblog
雨が降ると困るのは、車の乗り降り。
ドアを開けて傘を閉じ、傘を車に入れて自分の体が運転席に座るまでには
水を吸った傘の水がシートを濡らし、自分の服もビショビショになってしまう。

何かいい方法はないのだろうか。
誰か(どこのメーカーでもいいので)考えてくれないかな。

廂みたいなものをドアと屋根の間に設ければ
傘を閉じる時に体は濡れずにすむし、
余裕があるので、必要以上にシートも濡らさずにすみそう等と
考えてみるのだけれど、ドアの高さが低すぎて実用的ではない。

(思えば、ワイパーも長い間進歩しない気の利かない道具だ。
飛行機みたいな最先端技術を網羅したものにも、あんな幼稚に見える
道具が活躍してる)

もう、どうしようもないのかな?

雨に降られる度に、なんとかならないかなあ!
と思うおっさんなのでありました。

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かわいそうな猫、エチゼンクラゲ

2006年04月20日 06時49分31秒 | Weblog
サーバの調子が悪かった?ので数時間遅れの更新です。
連続が途切れるのは少し残念。
昨日のうち、残しておいたもののコピーです。

今日もまた、出勤途中に車にはねられて動けなくなっている猫(犬?)を見た。
前の車は大きくハンドルを切って、踏んでしまわないようにコースをとり
自分も前の車と同じ進路をとった。

チラッと見た様子では既に息絶えているようだった。

多くの車は同じように無関心に避けて走っていく。
まるで、何事もなかったかのように。
(少なくとも自分にはそう思えた)

一頃程頻繁ではないけれど、これはよくある光景で、
その度に、とりあえず手をあわせる事にしているが
自分も含めて、何にもしないで通り過ぎていくことに
何かしら悪い事しているような気がしてならない。

あれは誰が片付けてくれるのだろう。
運悪く、また轢かれてしまって形もなくなってしまうのだろうか。

こんなことしていると、いつかひどいしっぺ返しを受けるに違いない。
根拠もない考えだが、フト思ってしまった。

数ヶ月前、エチゼンクラゲが大量発生して漁業関係の方々に
被害を与えたニュースがあった。
その対処法として、刃物やピアノ線などが付いた大型の漁網を船で引っ張り、
網に入った大型クラゲを 切断処理するというのがあったが
おっさんは、その方法を知った時、
その生き物に対しても、あまりにも効率的な処理方法を
考え付いた人間というものが気持ち悪くなってしまった。

自分たちに都合の悪いものを、情け容赦なく処分していく姿は
よいことなのだろうか?
(漁業関係の方ごめんなさい、困っていることは理解できているつもりです)
理屈では仕方ない、と思っても、感情が、なんだかやりきれないなあ
と思ってしまうのでありました。

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クラシック音楽の聞き方

2006年04月18日 21時31分20秒 | Weblog
今年はモーツァルト生誕250年。
昨年に続き東京国際フォーラムで5月3.4.5.6日の四日間
開催されるラ?フォルネ?ジャポン(熱狂の日音楽祭)のテーマはモーツァルト。

昨年はベートーベンとその仲間たちがテーマで、この音楽祭を知った時は大喜びで
早速、滅多に聴けないプログラムから(ミサ・ソレムニス 弦楽4重奏曲第14番嬰ハ短調など)
チケットを手に入れたのだった。

会場でのチケットを求める人の行列を見て、今年は込むだろうなと思いつつ
聴こうとする演奏会を選んでいたら、
しまった!
これこそは!と思ったのは頼もうとした時には売り切れていた。

知名度の高い演奏家のものは売れ行きがいいようだ。

クラシックという音楽分野が、こんな風に比較低価格で(1500円位から)
なおかつ、気楽に聴けるというのはよいことだ。

ところで、クラシック音楽のイメージを落としているのは、音楽室のベートーベン、バッハなどの
怖そうな顔と、コンサート会場での堅苦しい雰囲気だろう。

ホントはそんな事ないのに、慣れてない人は必要以上に難しく考えてるみたいだ。

おっさんは、クラシック音楽の演奏会場で眠くなったりするのを否定しない、
つまらない演奏会があるのも否定しない、
しかし、クラシック音楽が高尚で、教養によいなんて事には安易に賛成しがたい。

おっさんにとって、クラシック音楽は、ジャズやロック、演歌と変わらないどころか
サッカー、プロレスとも同じレベルで楽しめる、職人たちのパフォーマンスを楽しむ
機会のひとつだ。

しかし、こんな事も確かに言える。
音楽が何を語ろうとしてるか、どのように語ろうとしてるか、
そんなことを集中して聴くと
そんなふうにして聴かないと感じられない何かがある、ということ。

わかる、ということが具体的にはどんな状態の事かは説明できないが
わかった、感じた感動を再度感じたい!と思わせる力が
クラシック音楽には確かに存在する。

それは、もしかしたら作曲家が
真面目に費やした時間、執念、努力がなせる技の所為かもしれない。

作曲家も演奏家も、そして聴き手も、費やしたエネルギー分だけ報われるのではないのだろうか?
(そうあってほしいものだ)
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「暴走する文明」読みました!

2006年04月17日 21時10分38秒 | Weblog
本屋さんに行ってブラブラしていると、時々、本の方がこちらを求めているように思える時がある。
ひっそりと囲まれているのに、その場所だけ明るく見えたりして、精一杯自己主張してるみたいに!

暴走する文明(ロナルド?ライト著 NHK出版)もそんな本のひとつだった。

題名から想像される内容の本で、自分の考えの再確認みたいなところがあるけれど
シュメール、イースター島、ローマなどの文明が「進歩の罠」に落ちて
資産を食いつぶしていって、ついには文明が記憶だけに
なっていく過程が解説されている。

そして、最後の時期に見られる兆候、貧富の格差(最近よく聞かれる言葉だ)が例外なく
存在してくるというのは、現在の世界の文明の置かれている状況が危険水域に入っているのかもしれないと
連想させて、少しばかり心配になってくる。

思えば、確かに今は、変な、あまり良好とは言えない時代かもしれない。
ベストセラー「国家の品格」も「他人を見下す若者たち」(速水敏彦 講談社現代新書)も
なんとかしなければ、という思いに溢れている。

実際のところ、時代を変えていくには、いくらのんびりしてるように思えても、
方法論からではなく、こうした本等による啓蒙などで、
意識レベルから変えていかなければ
うまくいかないのではないか等と思ってしまう。
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人の行うサッカー練習を見て感じた事!

2006年04月16日 19時32分49秒 | Weblog
今日もまたサッカーの話。
あるキッカケがあって、別の人が中学生をコーチするのを見る機会があった。

なるほど、違うもんだな。というのが第1感!
練習方法が違えば、チームカラーも当然変わってくる。
元をただせば、コーチの方向性やら好みに大きく左右されるのだが。

日本サッカー協会が指導方針を出しているのだろうが、現場では完全には実施されてないのが実情だろう。

サッカーは、選手を評価するのが難しい。
子供たちに好きな選手の名を聞けば、ワンパターンである選手の名が挙がるという事は、
大きくなればなるほど、少なくなっていく。
つまり、イメージがシンクロする選手が好きな選手と言うだろう。

ある意味では、国民性もチームカラーに反映する。
日本は本当にシステム論が好きな国民だ。
3バック、4バック、ボランチ、司令塔。
多くの人が嬉しそうに、さも自分の考えのように、メディアに発表された話を口にする。

チームプレーを大事にしよう。
数的有利を作るようにしよう。
効率の良い、理屈にあったプレーをしよう。
教育的立場からすれば、これらは間違いなくその通りだ。

しかし、おっさんは独断してしまうが、
それだけでは、「おもしろくない」

理屈に合わなくても、点を取ってしまったり、
数的有利でなくても、仕事ができてしまったり、
教えられなくても、感じて自ら何かできる、そんな人を育てたい。
教えるのは、困ったとき、答えはなるべく自分で気づくように指導して
初めから答えは言わないようにしたい。

今感じているのは、多くの選手がインステップキックができていないということ。
インステップキックにみえても実はインフロントキックの場合が多い。
Jリーグの試合でも、ふかすシュートが多いのはそのせいだ。
ヨーロッパの選手は、インフロント気味に、まわすようにキックしてもきっちり足の甲に当てている。

インステップキックは、実は蹴りにくかったり、うまく蹴れても、力強くとんでいかないことが
体が出来上がるまでは多い。
だから、ついつい、強いキックができてるように見えるインフロントキックで誤魔化してしまう。

サッカーは多くの国では、フットボールと言われている。
フットは 足の事。だからホントはもっと足の当たる場所について、システム論位、夢中になってほしい。

強くなるには、国見みたいに体力サッカー(勿論、それだけじゃないけど)効率的な組織が、手っ取り早い
かもしれない。しかし、おっさんは、基本的には、司令塔など必要としない、一人一人が適切な判断ができて
多くの点を獲れる個性豊かなチームが理想かな。

子供は大人の単なる小さな形ではなく、子供の時には子供の時にしかできないサッカーがあって
いいと思うし、むしろそうあって欲しいと思う。
しかし現実には、多くの仲間とやっていくのでそれぞれの考え方があり、自分勝手にできないのが
残念であったり、良かったりしている。



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靴ひもの結べない子供たち

2006年04月15日 19時12分28秒 | Weblog
今日は久しぶりに、広い総合公園でのサッカーの練習日。
だけど雨か曇りか、悩ましい天気だった所為か、グランドにきた子は約半数で
おっさん担当の3.4年生は12名。

今日もやっぱりいましたね、上手に靴ひもの結べない子。
3人の子が、ほどけたままになっているので、その都度結ぶように言うのだけれど
しゃがんで結んでいる子もいれば(きつく結べないので、すぐに解けてしまうのだけれど)結ぶ振りして結べずに、諦めて解けたまま練習を続けようとしたりしてた子もいた。

本当に最近、靴ひもの結べない子が多い。
マジックテープでひもの代わりをしてる靴が多く、わざわざひもを結ばなくてもいいので必然的にひもを結ぶ機会がなく、結べない状況になっている。
でも、親御さんも結び方教えないのかな?と思ってしまう。
練習にくる前から解けているのだから。

子供たちを見ていると、知らず知らずたくましくなっているな、と思う事がある。
練習に来るようになった当初は、膝や肘に擦り傷がほんのチョットできだだけで
「痛い」と申し出て、不安そうにしてたのが、今では「痛くないよね」と言うと
「うん」と答えて、何事もなかったかのように練習に戻っていく。

今日も、ある子が至近距離からの強くキックされたボールに当たってしまった。
当たりどころが悪かったのか、少しの間「痛い、痛い」と声をあげて泣いていた。
その子に、練習終了時に、「さっき当たって痛かったかもしれないけど、我慢できるとカッコいいぞ!」と内緒で耳打ちすると、彼は納得した表情で、うなずくのだった。(ホント、子供はかわいいな)

コーチのおじさんたちは、実は子供たちに遊んでもらってるのかもしれないと
思うのでありました。


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ベスト盤CDの違和感

2006年04月14日 20時10分11秒 | Weblog
気がつくと、車の中のCDはすでに8曲目になっていた。
しかも、なんか同じのが続くなー、等と思いながら。

これは、2ヶ月程前に購入した、ジョン?レノンの2枚組ベストアルバムを通勤途中で聞いていた時でのこと。

レコードで聞いていたのが面倒になって、と言って、またもや同じアルバムを買う気にはなれず、
それならベスト盤で間に合わすか、と手に入れたのが2枚組のWorking Class Heroだった。

「Imagine」「Jealous Guy」「God」「Mind Games」「Working Class Hero」など結構お気に入りの曲が
都合よく聞けると思ったのに、自分でも不思議なのだが、良いとは思わなかった。

何故だろう?
車の中のオーディオの性能が悪い所為?
それともジョン?レノンの曲がワンパターンな所為?
あるいは、曲の並び方などの所為?

思い返してみると、Queenのベスト盤の時もそう感じたのだった。

とすると、どうやらベスト盤というもの自体に問題があるかもしれない。
ベスト盤は名前のごとく、気合いの入った曲が続くために息抜きできるような曲が入っていない。
それがために、トータルではアーティストのカラーが出過ぎたワンパターンに陥るのかもしれない。

しかし、不思議なのは、ジョンの相方だったポール?マッカートニーのベスト盤には、あまりそんな感じは
受けないでいる。
でも、これは自分が、たれ目の、左利きのベーシストが好きなだけにそう思うのかもしれない。
要は、ベスト盤に問題ありは自分がそう感じただけで、一般化できる程普遍的な問題ではないのかもしれない。

好きなアーティストの音楽を聴くなら、ベスト盤よりアルバムの方がいいかもしれない、
本日のおっさんの独断は、ここに落ち着くのでありました。

ちなみにおっさんの一番好きなジョン?レノンのアルバムは「ジョンの魂」
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共犯幻想の問いかけ

2006年04月13日 21時03分41秒 | Weblog
「今、したい事はなんですか?」
「もうじき死ぬと分っていたら、何がしたいですか?」
「最初の問いと、2番目の問いの答えは同じですか?」

これは、心が今よりずっと柔らかだった頃、読んだ(見た?)漫画「共犯幻想」の中のセリフ。
「共犯幻想」はえらく熱っぽく、ひたむきな内容の真崎守の漫画で(原作 斉藤次郎)
おっさんたちの世代の人には知られてる、と思ったのだけれど、
残念ながらほとんどの仲間が知らないようだった。

再確認されてほしい漫画家、真崎守。
他に「ジロがゆく」「はみだし野郎の伝説」「せくさんぶる」が代表作。

これって、昔を懐かしんでるだけなのだろうか?







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コンビニ24時間営業反対!

2006年04月12日 20時32分49秒 | Weblog
最近、コンビニが閉店してるのを見かけるようになった。他の業態の店舗に替わってるものもあれば、別の系列のコンビニに代わってるものなど様々だ。
先日、ラジオで「コンビニの24時間営業は、是か非か?」のアンケートがあった。
反対派の意見は、長時間営業によるエネルギーの浪費がエコに反するという、大上段に構えたものが多かったが、おっさんは、就業する人の負担が必要以上に多すぎる、と言う点で反対だ。
FC契約を結んだ人々は、いつ休むのだろう。
いつ家族と旅行に行くのだろう。
いつ慶弔の式に参列するのだろう。
人を雇って運営すればよいと言われそうだが、それでは経営が成り立っていかない可能性が高そうだ。
消費者は、便利な生活は、ある人々の犠牲の上に成り立っているという事を、頭に浮かべるようになれたら、そして、少しは我慢する事ができるようになれたらいいと思う。
また、別の話だが、年末、年始の流通業の営業。大晦日まで働いて、元旦にも、休む事無く仕事に出る。
それは、働いている人にとって幸せだろうか?
消費者の求めることをしている、と経営陣は言いそうだ。しかし、彼らは自分の会社に勤めている人々の生活を、メンタリティーを想像した事があるのだろうか。
そんな甘いことを言っていれば、経営責任を全うできない。
そうかもしれない。しかし、それでも、もうこれ以上の犠牲を多くの人々に強いることはない方がよいと思う。
我々消費者は、店が開いてなかったら、それなりに対応するようになるだろう。
物が少しの間買えない事は、我慢できないくらい不便な事ではないと思うのだが、どうなのだろう。
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ゴールキーパーがハットトリック

2006年04月11日 23時05分12秒 | Weblog
PKでもなく、FKでもなく、ハーフウェイラインのあたりから彼はドリブルを始めて仲間がパスを要求してるのを聞き入れず一人で点を取ってしまった。しかも3点!一月ほど前の交流戦でのこと。
小学1年から6年までのゾーンに分かれたゲームの3年生のゾーンでの出来事で、相手との実力差があったから、と言えなくはないけれど、早いうちに3点とって一方的になりつつあった中で、キーパーの彼は言った「攻めにいっていい?」
おっさんの答えは「いいよ!楽しんで来い」
その結果、彼はニコニコ顔で帰って来られることになった。こんなことは(一方的なゲームは)よくあることだ。そんな時、最後尾のキーパーは退屈で、ゲームに参加してる感覚さえ持てないでいる。ゲームが終わったとき、「勝った」と言うだけでは、彼はつまらないだろう。勿論、相手のチームを馬鹿にしてるのではない。
サッカーは誰が点を取ってもいいのだ、前にいるほうが点を取る確率が高いだけのことで、チャンスがあれば誰でも狙うべきなのだ。
バックスやキーパーは守り専門みたいな感覚で、コートの横から「そんなに上がるな」などと指示する人が多いが、小学3年の範囲では「まずは楽しむことが一番」とおっさんは思うのであります。
その試合、4点目を狙いに行った彼は、スキをつかれて、仲間から文句タラタラの1点を取られたのでありました。相手のチームは1点取ったことで大喜びであったのは言うまでもありません。
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