明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



明治時代には写真と、それを画家が参考に描いたものなど、たとえば明治天皇像など残っているが、現代からするとそれも貴重な物となり、ほとんど写真と同等な扱いになっているように思える。圓朝にも名前は忘れたが、たしか圓朝家にやっかいになった画学生が圓朝と奥さんを描いた絵がある。書籍にも圓朝像としてよく掲載されており、ネットで検索してみると、全生庵の法要でも、その絵が掲げられていた。並べてみると、明らかに写真を参考にしていると思われる。ところが圓朝の顔はもっと長い。ためしにフォトショップで上下引き延ばしてみるといい感じである。内容としてはリアルに写しているだけに厄介である。写真は必ずしも字義の如く真を写すとは限らないが、形状に関してはあくまで写真が残る限り、画学生作や鏑木清方作さえ優先する訳にはいかない。画学生は写真など参考にせず、目の前の圓朝をもっと正確に描いてもらいたかった。画学生は圓朝を前に、清方は身近にいた。会ったこともない後世の私としてはボヤキたくもなる。

HP
 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )