小野寺五典防衛相が7月29日、フランスのルドリアン国防相と防衛省で会談。フランスは現在ロシアに強襲揚陸艦2隻を売却する交渉を進めている。
《日仏防衛相会談:小野寺防衛相、揚陸艦対露売却中止求める》(毎日jp/2014年07月29日 20時44分)
小野寺防衛相「日本の安全保障の観点から強い懸念を持っている」
記事解説によると、この発言を以って売却中止を求めたとなっている。
ルドリアン国防相「ロシアから支払いが既にされている。武器が搭載されていない、輸送目的の船だ。
(欧州連合(EU)の対露制裁協議で)売却が制裁の対象になれば決定に従う」――
ハーフ米国務省副報道官も、7月22日の記者会見で、フランスが計画しているロシアへの強襲揚陸艦引き渡しは「完全に不適切だ」と批判している。
ハーフ米国務省副報道官「我々は(揚陸艦を)引き渡すべきではないと(フランスに)言っている」(asahi.com)
揚陸艦とは、「Wikipedia」によると、〈人員や物資の輸送を目的とした艦船のうち、岸壁などの港湾設備に頼ることなく、自力で揚陸する能力をもった軍艦のこと。海岸に直接、もしくは自らに積載したヘリコプターやホバークラフト、上陸用舟艇を介して歩兵及び装甲戦闘車両などを上陸させる。物資や人員を素早く陸揚げすることから、揚陸艦の名が付いた。第二次世界大戦期に急速に発達した。〉と説明している。
ルドリアン国防相は「武器が搭載されていない、輸送目的の船だ」と言っているが、武器搭載はロシア側が行うことで、兵士はライフル銃や機関銃、携行ロケット砲等々を装備できるだろうし、「Wikipedia」の説明のようにヘリコプターも装甲戦闘車両も装備できる。
日本の菅官房長官も7月24日午前の記者会見で売却に警戒感を示した。
菅官房長官「1隻は極東に配備される。わが国としては安全保障上の観点から注視している」(MSN産経)
ルドリアン国防相がEUの対ロ制裁協議で「売却が制裁の対象になれば決定に従う」と言っていたことに対して米、英、仏、独、伊の首脳は7月28日、ロシアに対して「新たな措置」を取る方針を確認したと、「毎日jp」記事が伝えている。ロシアの銀行の欧州連合(EU)域内での資金調達の禁止やロシアへの武器の禁輸措置を想定しているということだが、禁輸措置は過去に遡らない方針で、フランスがロシアへの売却契約を交わしているミストラル級強襲揚陸艦は対象から外れる見通しだとしている。
日本政府はなぜ今、強襲揚陸艦の1隻が極東に配備計画だからと言って、フランスの対ロ輸出に反対の意思表示を示したのだろうか。フランスに対する輸出反対の意思表示は日本の安全保障に関係するロシアに対する警戒感の意思表示に他ならない。非常に矛盾を感じるし、不思議な気がする。
2006年8月策定、2015年を目標年次のロシア連邦政府「クリル諸島社会経済発展計画」に基づいてロシアが国後島や択捉島を着々開発し、ロシア化を進めていることに安部政権は表立った、最低懸念の意思表示を示してこなかったし、この「クリル諸島社会経済発展計画」を2013年9月12日にさらに10年延長を決めたことに対しても、やはり表立った何らの意思表示を示さなかった。
ロシア国防省が今年、2014年4月18日に露極東やシベリア地域を管轄する露軍東部軍管区の再軍備計画の一環として北方領土の択捉島と国後島に2016年末までに兵士用の居住施設などの軍施設を増設することを発表したと、インタファクス通信の報道を引用して「MSN産経」記事が伝えているが、安部政権がこのことに対しても直接抗議を伝えるといった表立った反対意思を示したことを伝える報道を知らない。
同じ「MSN産経」記事が、露軍東部軍管区令官スロビキン陸軍大佐が同4月18日、サハリンとクリール諸島(北方領土と千島列島)に駐留している軍部隊に今年も新型の戦闘機や対空ミサイルなどを配備、軍装備を増強すると発表し、さらにこの3年間でサハリンとクリール諸島に戦車などを含む350の最新兵器を配備したことも明らかにしたと伝えているが、安部政権はこういった北方四島に於けるロシアの軍備増強に懸念、あるいは反対、抗議の声を上げたのだろうか。
ところが今になってフランスが予定している強襲揚陸艦2隻のロシア売却に関して小野寺防衛相が「日本の安全保障の観点から強い懸念を持っている」と表立って売却中止を要請して、間接的にロシアに対する安全保障上の懸念を伝え、菅官房長官は「1隻は極東に配備される。わが国としては安全保障上の観点から注視している」と、同じくロシアの軍事的計画に、間接的にではなく、直接的に懸念を示している。
ロシアのクリミアのウクライナからの分離とロシア併合、ウクライナ東部でウクライナ政府と戦闘状態にある親ロシア派武装勢力に対するロシアの武器援助や兵士支援、さらに親ロ派武装勢力のマレーシア旅客機ミサイル撃墜に対する親ロ派武装勢力の調査妨害等に対してその動きを阻止すべく科した欧米対ロ制裁は徐々に厳しい内容となって、ロシアを経済的な困窮に追い込んでいる。
対して安部政権の対ロ制裁は欧米に大きく後れを取っている。内容は欧米の厳しさに反して手ぬるく、事勿れな対応にとどまっていた。いわば対ロ制裁に於ける安部政権のG7内に於ける存在感は極めて薄かったと見なければならない。
7月17日のマレーシア航空旅客機ミサイルで撃墜以降、関係する欧米各国が相互に電話会談を繰返して原因究明や遺体の処理、調査団派遣等を話し合っているとき、安倍晋三は蚊帳の外に置かれた状態になっていた。欧米の首脳は誰も安倍晋三に対して電話会談を申し込まなかったし、安倍晋三も一度も誰とも電話会談をしなかった。
差し迫った状況で欧米首脳同士の電話会談が行われている最中、安倍晋三はのんびりとゴルフを楽しんでいたくらいである。
いわば対ロ制裁に関してばかりか、マレーシア旅客機ミサイル撃墜以降の親ロ派武装勢力に対するプーチンを介した影響力行使の実効性に電話会談を通して躍起となっていた欧米首脳たちの動向に関しても、それに加わえて貰えず、また加わろうともせず、安倍晋三の首脳としての当時の動向は極めて存在感が希薄な状態に置かれていたはずだ。
欧米各国はプーチンがウクライナ国内の親ロ派武装勢力に対して影響力を行使しないばかりか、親ロ派へのロシアからの兵器供与続いていると看做して、追加制裁の検討に入った。
そのような状況下で菅官房長官が7月28日午前の記者会見で日本政府として追加制裁の実施を決めた。ロシアによるクリミア併合やウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される個人と団体に対して日本国内にある資産の凍結とロシアによるクリミア併合を決して承認しない立場から、クリミア産製品の輸入制限措置の新たな導入(NHK NEWS WEB)である。
ロシアによるクリミア併合を決して承認しない立場を言うなら、なぜもっと早くに厳しい制裁措置に出なかったのだろう。また菅官房長官は日本の追加制裁の理由としてG7との連携重視を謳っているが、連携重視を言うなら、やはり最初から欧米各国に準じた制裁を科すべきだったが、連携どころか、2000メートル走で言うと、1周も2周も遅れた制裁であった。
だが、遅巻きではあっても、対ロ制裁に関しては安部政権はそれなりの存在感を示すことになった。示すというよりも、それなりの存在感を取り戻すことができたと言った方が正確かもしれない。
意図したものかどうか、あるいは結果的にそうなったかどうかは分からないが、極めて希薄な状態に置かれていた安倍晋三の首脳としての存在感を取り戻すための日本の対ロ追加制裁ではなかったろうか。
そこへ来て、安部政権は今までロシアの北方四島に対する軍備増強に何も物申してこなかったにも関わらず、7月29日、小野寺五典防衛相がフランスのルドリアン国防相と会談。日本の安全保障を口実として強襲揚陸艦2隻の対ロ売却に反対して、ロシアに対する日本の厳しい姿勢を示した。
当然、G7内で希薄化を余儀なくされていた安倍晋三の存在感はこの点に於いても見直されたはずだ。
これまで適当なところで収めていたことに反する日本としてのG7に準じる追加制裁と言い、北方四島に於けるロシアの軍備増強に懸念も反対も抗議も示してこなかったことに反する今回の小野寺防衛相のフランスの強襲揚陸艦対ロ売却反対と言い、もはや結果的にではなく、意図して行った安倍晋三の希薄化していた存在感回復のための両パフォーマンスと解釈しないわけにはいかない。