■これぞ通勤電車 201系健在
最初に事務的な連絡。“5月18日伊丹駐屯地祭”という検索で検索エンジン経由のアクセスが増えていますが、5月18日は伊丹市にある千僧駐屯地祭(第3師団創立記念祭)が開催されるので、同日、伊丹市の伊丹駐屯地では駐屯地祭は予定されておりません、ご注意のほどを。
先週、所用あって東京に展開し、帰路についた水道橋駅前にて、おもわず驚きのあまり立ち止まってしまった。中央線を201系が走っていたからである。
なにぶん、京都で雑誌の情報に依拠して首都圏の鉄道をみていると、“201系”“中央線”“見納め”というキーワードが入ってくる。
いわゆる中央特快、東京駅と高尾駅を結ぶ中央線の特別快速電車なんかは、もう201系からE233系になったようだ(違ったらコメントしてください)。したがって、神田駅で待っていても、来る電車来る電車がこの系列。中央線を制覇したE233系は京浜東北線とか総武線、常磐線にも進出している。
中野行きといったら、新宿でたらすぐじゃないか、という印象をもたれる方がいるかもしれないが、それでも中央線を201系が走っていることには変わりないわけで、少し嬉しかったひと時。
大阪環状線やおおさか南線、関西線、東海道本線なんかでみることができるこの201系。国鉄時代の車両ということで、東京と大阪で共通した車両っていうのがいい。
この201系が導入されたのは1979年。意外に新しいという印象。石油危機後に設計が始まり、導入後には第二次石油危機、そんな時代背景もあって回生ブレーキ(制動時に発電し架線に戻るブレーキ)を搭載している車両である。ただ、通勤車ということで、走行速度は100km/hに抑えられているのだとか。
基本的に201系はロングシート車なので、当方が好んで撮影する名鉄7000形や阪急6300系とは違い、質素な印象ではあるが、都市間の近郊輸送ではなく、ラッシュ時を想定した鋼鉄の箱、という趣きのこの車両は、なかなか良いとおもう。ところで、どの電車でもやっている、ロングシート部分の中間に境界をいれて、定員着席を目指したのは、この201系が最初とのこと。これぞ通勤電車の基本形、というのを目指した当時の国鉄の意気込みは、いまでは通勤電車の普遍形となったわけだ。
結局、東京日帰りは出来なかったので、仕方なく一泊。ただ、先週は非常にというか過剰に忙しかったので、早く家路に就きたいという一心もあり、0730時の、のぞみ9号博多行きにて帰ることとした。しかし、それまで若干の時間があったので、東京駅で京浜東北線の写真を撮って時間つぶし。新型の京浜東北線用E233系1000番台を狙ったのだが、来るのは209系ばかり。これから淘汰されてゆく209系の東京駅到着、これはこれで貴重なのだが。
一応、京浜東北線を大宮に向かってE233系1000番台が発車してゆくのだけど、どうしたわけか、小生の張っているところにはE233系がやってこない。あきらめて新幹線ホームへ、と考えていたところに、ヤツが来た。
そう、201系の東京駅到着、こちらに神田駅を発車して、向かってくる様子がズームレンズ越しにみえた。京浜東北線と中央線のホームは、東京駅では階が違うので、ダッシュである。201系と縁があるのか、新型車両と縁が無いのか。
聞くところでは、この201系、首都圏では拝島車両基地に少なくない数が置かれているようで。
ということで、中央線に201系は少なからず残ってたようです。4月24日の記事では、てっきり中央線からは撤退してたと思い込んでて、先走った掲載をしてしまいました、スマンです。
で、まあ、予定以上に電車の撮影をしていたので、新幹線ホームには既に到着していた500系新幹線。できれば自由席車で節約したいと考えていた次第、併せて列車到着をホームから撮影、という計画は実現しませんでしたとさ。
HARUNA
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