◆原子力から脱して電力確保の覚悟はあるのか
原子力発電所の再稼働が自治体の了承を得られない事により関西電力が今夏に15%の電力節電を求めた事で、京阪神地区には衝撃が広がっています。この影響は関西電力以外の電力会社が運転する原発に拡大している事です。冒頭に記しておきますと、当方は表題とは裏腹に、覚悟と実行の忍耐力さえ見通しているのならば原子力から脱することは悪くは無いと思います。しかし、現時点では厳しい、次の技術革新か次世紀までの課題として長期的に考えた方が良いのではないか、とも考える訳です。
福島第一原発の問題を最初に記しますと、チェルノブイリで実施したように市街地での消防車などによる大量放水による除染を即座に開始するべきで、周辺部で既に開始されている学校敷地内での表層部土壌除去と並んで地域汚染に対する除染は一刻も早く開始するべきと考えます。セシウム、ストロンチウム、土壌汚染に至る放射性物質は梅雨までの対処が急務であると事故発生後米国の関係機関が繰り返し提言していましたが既に梅雨、現実問題として残された時間は余りないのではなく既にもうなく、対応が一日遅れれば復興は一ヶ月遅れるというほどの状況です。東日本大震災全体の復興でも同じことが言えるのですが特に福島第一原発事故に関しては日本政府の打つ手ないという状況が危機管理能力の低さを全世界に露呈している状況で、個々の分野で可能な部分については躊躇なく実施することの方が日本の失墜した信頼回復において重要なのではないか、少なくとも省エネや太陽電池パネル一千万世帯設置を叫ぶよりは余程重要だとう、と。
原子力発電と関電。阪急電鉄と近畿日本鉄道は夏場の運行本数間引きを発表、東日本大震災を契機に車両維持部品が調達できなくなり運行本数を削減しましたが、一段落してわずか一ヶ月少々で再度運行本数削減を強いられるという状況に陥った訳です。もちろん、鉄道運行本数の間引きは電力節電15%の一幕でしか無く、東日本から西日本への工業生産シフトを大車輪で続けた工業界を横から不意打ちで豪打する措置となりました。電力は産業の根幹でして、電力無くして先進国としての地位は維持できません。この点で、読売新聞の10日報道では、トヨタ自動車の豊田章男社長が記者会見で語った、円高に加えて電力不足が広がる現状に日本でのものづくりが、ちょっと限界を超えたと思う、との発言がありました。
静岡県浜岡原発を菅総理の一声、恫喝というべきでしょうか強く要請するというかたちで停止させた際に、当方は浜岡原発は東海地震の危険性が指摘されて以降に現在稼働している原子炉が建設された事もあり、東海地震震源域という危険な立地にある事はたしかであるけれども、それを認識した上で対策を講じている原発であるという一点、加えて浜岡原発が危険であるというのならば東海地震以上に危険が切迫しているという宮城県沖地震の直撃を受ける首都圏東海第二原発は放置していいのか、加えてドミノ倒しのように他の原発運転に対しても影響が波及するのでは、という二点の危惧をしましたが、現実となってしまったわけです。
関西電力は原子力発電への比重が四割以上と大きく、若狭湾沿岸は世界有数の原発密集地域となっています。中部電力は一割強の原子力発電への依存でしたので、会長自らが中東に出向き火力発電へ移行した場合の燃料を確保し休止中の火力発電所再稼働を行う事で対応する構えではありますが、関西電力では上記のとおりの実情があり、火力発電による代替、これは不可能です。火力発電所を急ぎ建設したとしても、残念ながら京阪神地区沿岸には新しく火力発電所を原子力発電を置き換える程度に増勢する立地上の余地はあまりありませんし、原子力発電所の密集する若狭地区では火力発電に必要な石油や石炭、天然ガスの備蓄施設そのものが充分になく、これから港湾施設を含め原子力発電を置き換える規模の設備を建設するには、余りに多くの労力を必要としてしまいます。長期計画で行えばそれもまた可能ですが、今回は今年の夏、六月は暦の上ではもう夏なのですが今月来月の問題を考えると厳しいの一言に尽きるでしょう。
電力が確保できないならば脱製造業、アメリカがレーガン政権下で推進したようなプロパテント政策、つまりアメリカの企業は製造権の取得によるパテントを主な収入とし、流通の主幹を調整するという損益の出にくい部分の整備に注力、加えてアメリカの企業が有するブランド力を背景に最も利益を得られる分野に特化するとともに、製造という最も労働力を必要として一方で利潤を生みにくい部分を第三国に移転するという方式、これが世界の知的財産集約拠点アメリカと世界の工場中国というバイラテラル関係を生みだしたのですが、これに重なるような日本での脱製造業の政策を行うような構想はありません。もっとも実行するには知的財産保護のための世界的なレジームを日本主体になって構築する必要があり、この分野で世界での主導権を握るだけの外交的能力と経済力が現在の日本に残っているのか、という難題もあるのですが。こうして結局は製造業から脱するエネルギーを自給できない日本にあっては何らかの手法で電力を確保するしか無い訳で、この打開策無くして原子力発電の下方修正はあってはならないように考えます。
12日の共同通信報道によれば、関西電力の株主124名が29日の株主総会で原子力事業からの撤退を提案するというものがあり、株主36名が自然エネルギーへの転換を提唱する予定という報道もありました。個人的には、現実的に可能なエネルギーがあるならば、例えば半世紀後の2060年代半ばを目途に原子力を置き換える転換を、政治主導と国民負担の覚悟に依拠して推進する、という方策はあって然るべきだと考えます。しかし、欧州のように即座は無理でしょう。欧州諸国は脱原発の手法としてロシアからの天然ガスパイプライン構築や近隣諸国の、主に原発大国フランスからということですが電力を購入して脱原発を実現しました。この点で重大な領土問題を抱えた日ロ間や日中間、日韓間での電力というエネルギー安全保障の相互依存は不可能でして、台湾やフィリピンでは距離的な余剰電力の関係から不可能です。
脱原子力を叫ぶとして次世代エネルギーの実用化や再生可能エネルギーの発電総量が原子力発電を置き換えるに至るまでには相当の時間を要します。それまで化石燃料に依存しなければ原子力を置き換えることはできないという事は幾度も掲載してきまして、その為には例えば中東の産油国における安全保障を日本が関与することで石油安定供給を実現する、アメリカが第二次大戦後今日まで苦慮して実現してきな政策ですが、これに日本が関与する覚悟はあるのか、必要があれば航空攻撃や戦車部隊の展開までも実施する覚悟が、そしてその為の防衛力を整備する経済的負担に数十年単位で耐えるだけの気構えという準備を行っているのか、既に中国はじめ新興工業国の台頭によって世界は資源争奪が繰り返されている状況ですが、そうした中で老獪な交渉術を以て世界に先んじた資源確保を継続する能力があるのか、このあたりが未知数というのが心細い限りです。
何が何でも東シナ海のガス田開発を国家の不退転の決意のもとで日本が推進する、群にいて機妨害が行われれば実力を以て排除し全面戦争も辞さないという覚悟を、果たして日本は持てるのか。天然ガスの開発は日中間の摩擦を生じさせるということで日本側は余り熱心には進めていないのですが、これを前進させる覚悟はあるのか、とも。現段階では中国は主張する大陸棚条約に依拠した境界線ではなく、日本が主張する国連海洋法条約に基づいた等距離中間線の中国側で天然ガスの掘削を行っています。一方で、こうした黙示の合意履行が行われているのですから、その気になれば天然ガス開発を日本側が実施しても問題は無いのですが、南沙諸島における最近の中越関係を見ていますと、向こう側が海軍の艦船を出して威圧してくる可能性があります。これに対応する気構えがあるのか、レアアース輸出停止で右往左往していた世論を思い出せば不安になる次第。
もう少し目先の発言をしますと、家庭用太陽光発電は太陽光パネルの設置に概ね400~600万、それに家庭で使うとして整流装置と夜間用蓄電装置を加えるならば更に上積みが200~300万、全て電力会社に販売するとすれば上積み分は不要になるのですが送電設備の整備費用が必要になり夜間需要に応じて最低限電力会社から電力購入契約が必要になります。太陽電池パネルの寿命は年々伸びて実地つ寿命は20年を超えていますが蓄電装置には寿命がありますので整備費用の一割程度の継続的捻出が必要になります。年間電気代が100万円を超える家庭などは一般住宅並に消費電力を落としてもらうとして、それでなんとか見合う、といいますか我慢できる程度なのかもしれませんが、通常の家庭でこの支出に耐えられる覚悟はあるのでしょうか、今は補助金である程度設置は目途が立っているのですが広範に普及させるとなればその補助金は自分の税金で賄われるのですから、負担は結構大きくなると思います。いいや、原子力から脱却できるんなら、電気代が年間100万200万になっても耐えられるね!、という方が多い事を祈るのですが。
住宅に太陽電池パネル設置したけれども、400万くらいだったよ、という方の話を聞いてみますと蓄電装置は購入せず、不足部分は電力会社から購入することで補っているとのことでした。すると、住宅ではなく地域ごとに観た場合の総発電量は不安定にならざるを得ませんから、結局は電力需要の増大を見越して相応の発電設備が必要になってしまう訳でして、本気で脱原発を太陽電池だけで賄おうとすれば上記のとおり負担は膨大になってしまいます。聞くところではドイツは邦貨にして12兆円の費用を投じて電力需要の0.25%を太陽光発電で担う事に成功したとのこと、太陽光発電頑張っています!という姿勢を見せるには格好の手法かもしれませんが、現実を見ますと周辺国からエネルギーを調達することが難しい日本では、本気で実行すること自体、再考は必要でしょう。
風力発電、しかし低周波音による騒音被害は既存風力発電所で既に出ていまして、これを山間部であっても人口がある日本国内で行うには限界があります。強制移住等は日本では出来ない相談ですし、海上風力発電はその設備そのものが漁礁になるとの指摘の一方で低周波音の海洋伝播は海洋生態系にどのような影響を及ぼすかは研究すら途上という段階です。波力発電は家庭用数世帯分の小規模な設備が一千万円以上の税金で四国にて試験中ですが費用的に難しく、湾口を利用した潮汐発電は大阪湾、伊勢湾、東京湾と好条件を備えた湾口は世界有数の船舶交通量を誇っており間違えても発電の為に封鎖するなど出来ない相談です。地熱発電は条件立地が国立公園の中が多く大規模な電源開発はそのまま自然破壊を伴うだけではなく、残念ながら地熱発電が可能であるか不可能であるかの調査にも非常な時間と予算を必要とするところは解決が難しいところです。一口に何かすばらしいものである、もしくは今の日本で出来なくとも諸外国では上手くいっていそうな技術であるので日本もその尻馬に乗りかかろう、ということは少々勝手が良すぎるのではないでしょうか。現実を見なければなりません、電力不足と停電はなによりもその現実を見せてくれることになりますから、ね。
資源安全保障、エネルギー安全保障という言葉があるように電力を含めエネルギーの確保は安全保障上の問題です。原子力発電ですが、今回の東北地方太平洋沖地震に際しても、福島第一原発は津波にその原子炉部分はよく耐え、しかしその後の電源喪失により今日の重大な結果を招きました。それならば、国家の、特に現在の脱原発に関する厳しい論調を生む背景となったのは事故そのものなのですから、電源喪失に至らないような原子力安全規制法指針と最後の際、電力会社では対応できないような危機的状態に置いては国が直接介入して電源車の空輸等を行う姿勢を準備すれば悲劇は防げた訳です。他方で、原子炉は冷温停止の状態でも、福島第一原発が使用済核燃料からの放熱と冷却能力喪失が放射性物質拡散に繋がっているように、停まっていても電源喪失に陥れば事故になりますので、地震への脆弱性は核燃料搬出を行わない限り変わりません。電力会社は停止中の原子炉であっても維持費を支出する必要があり、この費用は電気料金を介して利用者から払われています。これにより経営が悪化すれば電力会社も独占企業であっても民間企業ですので、震災対策のための予備電源車とその輸送体制を構築する余力は低下してしまうのですし、それにより事故が発生すれば決国は利用者である国民へ負担が生じます。他方で原発を廃止すれば別の形でエネルギー確保へ国民負担が生じるのですから、結局はよく考え、どうするべきかへの議論にこそ時間を費やさなければならない訳です。議論の為の時間、即ち住民自治や公開討論会という形での政治参加で、例えば支持する政治家や団体を決める必要がある訳です。市民生活では終業後の限られた時間をこうした事に投じることは非常に難しい事ではありますが、簡単に脱原発というだけでは格好をつけているだけにしかならず、まず、その負担へ第一歩として参加し、時間を費やすことから始めても良いのではないでしょうか。日曜日に例えばよくわからない団体の反原発デモに加わるよりは建設的な結果に繋がると信じる次第です。
すると、結論としてはまず、脱原子力を実現した場合、どれだけの支出が我々の負担として生まれるのか、そういうことから考えてみても良いかもしれません。再生可能エネルギーならば設備整備費として一度に数百万が必要になり毎年少なくない金額を投じて行かなければなりません。化石燃料確保を行うのであればそれは勿論政治家や外交官の養成と商社での勤務に可能である有能な人材をどう養成するのか教育面の改革から始まり加えてシーレーン防衛は勿論のこと遠隔地における石油安定供給のための軍事的負担をかなり真剣に論じなければならなくなってくるでしょう。
いま、テレビをつければ素晴らしい海外の技術が流され、あたかもこの方式を導入すれば日本も原発から出っして充分なエネルギーを確保できる、という論調があります。しかし忘れてはならないのは日本は先進国でして、日本の技術も実のところ世界最先端、特に省エネルギー技術で先進的なものを輸出している当事者であるわけです。海外の一見高そうな技術であっても、その技術が日本に適合しない部分は制度面の部分も多少はあるのですが純粋に国土や気候に起因するものです。結果として日本は現在の方式を選び、今日まで来ている訳ですので、海外には素晴らしいものがある、という舶来崇拝は実のところ適合していないといっていいでしょう。海外に目を移すのではなく、日本が独自に考えていかなければならないものですので、この点も忘れず考えなければなりません。ただし、電力不足は喫緊の課題ですので、それまでの期間は原発の稼働を再開しても良いのではないでしょうか、先程記載した通り、核燃料が収められている以上、電源喪失となるような大震災が生じれば、結局は同じ結果になるのですから、ね。
北大路機関:はるな