本ではないが、日本を代表する建築家の一人、松村正恒さんのエッセイを編集者として直したり、その意とかを尋ねて少し補足したりしたことがある。とても畏れ多いことである。
これは私の高等学校時代の先生だった、竹本千万吉先生が出していた、雑誌「燧」の原稿として松村さんに寄稿をお願いした時のことである。松村さんには自分の尊敬している数人の人についての文章を書いた頂いたのだが、私が読んでわからないところがあったからである。
これは一つには松村さんの生きてきた時代と私との世代の差が彼の書くものを理解しがたくしていたのだと思う。それで松村さんが当然のごとく書いてあることを理解できなかったところがいくつかあった。それで仕方なく、あるときに時間をとって、彼の建築事務所を訪れ、直接にその意を尋ねたことがあった。
これは感覚が時代によって違っているので、言葉づかいは同じであっても全く違って理解されていることを思い知った。彼の説明を聞いて「ああ、そうだったのですか」と理解はしたもののそれでも若い人には理解してもらえないと思うので、「書き直してもいいですか」とか、「補足的な説明をいれてもいいですか」と言わざるを得なかった。
それに対して松村さんは「ああ、いいですよ」と寛容であったので、助かった。
いつも思うのだが、文章を書いた人は自分なりの思い入れがあり、その文章に書いた以上に説明が必要だとは思わないことが多い。これは人のことを言っているのではなくて、私自身がそういう風であるから。
ところが、自分の書いた文章でも3か月、半年、または1年も経つと自分がどういうつもりで書いたかを覚えているわけではないので、あれっ、この文章で何を言いたかったのだろうと思うことがしばしばある。
それで私はこのブログの文章でもまた読み返す機会があれば、どしどし修正をしている。もちろん、これは後日の付記とか以外での話である。そうしないと、他人にはわからないことが多いだろう。
私はあまり本を書いたことがないので、編集者が私の文章について疑問を述べられたりするという機会をまだあまり持ったことがないのだが、それでも著者に対して編集者が大きな役割をはたしているだろうということを推測することができる。
編集者が読んでひっかかる文章は、そのまま出版しても本の読者には理解をしてもらえないだろう。