量の理論は無用というのかどうかは知らないが、そういうものを知らなくても十分これまでやって来られたという方がおられる。それを私は肯定をする。
だって、世の中の大部分の方はいわゆる数教協派ではない。それでももちろん、新しいことが発見されてきたことは私も認めている。だが、量の理論が無用という立場にはそれでも立っていない。
もっとも、それが有用であったのかはもう一つわからないところである。それに数教協に集う人は教育界でまだそれほど多いわけではない。
もちろん、少なくはないのであろうが、大勢を占めているとまでは言えない。だから、彼らの教えた人たちの中から優れた科学者や技術者が出てきているのかどうかはまだわからない。
どなたかそういう人が出て来て、回想を書いてくれることを期待している。
だが、数教協による先生たちから教えられた、小学生で算数が面白いと思ったものがでてきているのなら、成功であろう。もちろん、これはそれ以外の方々の成功を否定するものではないであろう。
教育については、その成否はなかなかわからない。100年のオーダーでみないといけない。なかなか成否などわかるものではないのだということを心しなければならない。もっともそれは「成否がわからなくてもいい」ということを意味をしていない。
量の理論は小学校から中学校のレベルでは有効であるが、それ以上ではいろいろ問題点がある。しかし、小学校のレベルで量の理論がいらないことを意味しない。
また、熱力学では外延量と内包量に当ると思われる、示量変数と示強変数という量の区別を学ぶ。その知識をもっと早く学んで悪いことはない。
(2024.6.6付記)
私など大学の物理学科の熱力学の講義で示量変数と示強変数という量の名を聞いたことがない気がする。
これは私がうかつ者なのか、それとも私に熱力学を教えてくださった先生がそういうことを教えてくれなかったのかはわからない。だが、熱力学の本をいくつか読んでいるうちにそういうことが書かれていることを知った。これはだいぶん後年になってのことであった。