なにもしない。極端に言えば鉛筆一本机の上で転がさない。
それでも夜になって『新版・技術論論争史』(創風社)の14章の一部を読んだ。これは星野芳郎の技術論が崩壊したという主張を述べたところである。その所を読んだ限りでは主張におかしいと感じるところはなかった。
もっとも私が感じたことはいわゆる左翼の人の立ち位置が難しくなっているということであった。中村静治さんという方の著書なのだが、彼は純粋のマルクス主義の学者らしい。そういう方と星野とでは立ち位置がちがうであろう。
それと資本主義の側というか国家とか企業の側も利潤をあげるという立場からではあろうが、それなりの合理化と体制の改良とかをしてもいる。そうすると星野さんの立ち位置はごく限られた狭い足場しか残っていないということであろう。
だから星野氏のいい分が企業とか国家の主張と重なってくるのは致し方がない。そこを中村氏はついているのかもしれない。どういう立ち位置が残っているのかはなかなか難しいと感じている。
それでも夜になって『新版・技術論論争史』(創風社)の14章の一部を読んだ。これは星野芳郎の技術論が崩壊したという主張を述べたところである。その所を読んだ限りでは主張におかしいと感じるところはなかった。
もっとも私が感じたことはいわゆる左翼の人の立ち位置が難しくなっているということであった。中村静治さんという方の著書なのだが、彼は純粋のマルクス主義の学者らしい。そういう方と星野とでは立ち位置がちがうであろう。
それと資本主義の側というか国家とか企業の側も利潤をあげるという立場からではあろうが、それなりの合理化と体制の改良とかをしてもいる。そうすると星野さんの立ち位置はごく限られた狭い足場しか残っていないということであろう。
だから星野氏のいい分が企業とか国家の主張と重なってくるのは致し方がない。そこを中村氏はついているのかもしれない。どういう立ち位置が残っているのかはなかなか難しいと感じている。