『神童から俗人へ』(みすず書房)はノーバート・ウィナーの著書Ex-Prodigy(元神童)の翻訳である。これはだいぶん前に購入してあったのだが、あまり読んだことがなかった(注)。
昨日、書架から取り出してきて眺めていると、クロポトキンの話が出ていた。クロポトキンは無政府主義者であるということぐらいしか知らなかったが、この本によるとロシア皇帝の正当な王子であったが、無政府主義者となり、従兄のロシア皇帝を暗殺しようとして失敗したので亡命したということであり、そのクロポトキンにロンドンで出会ったと書かれていた。クロポトキンは大地理学者であると書かれていた。
私のクロポトキンの知識は H 大学の学長を長年務められた森戸辰男氏が戦前か戦中に、クロポトキンの本だか、論文を訳したか、またはクロポトキンの思想についての論文を書いたので、治安維持法にひっかかり、つかまっていたということくらいである。
そういう知識を知ろうという気持ちもなかったのに、今回『神童から俗人へ』でクロポトキンについて知ることになったのは、本というものの面白さであろう。無政府主義とはほんとうはどういうものかしらないが、作家の「なだいなだ」さんの書いた岩波新書を昔読んだところでは、別に「無政府主義が危険な思想の持主だ」とは思えなかった。
それとは話がまた別だが、アメリカに留学していた、鶴見俊輔さんがFBIにつかまったのも、彼が自分のことを無政府主義者と言っていたからだと書いていた。もっとも彼は捕まった後に、そういうことをFBIに言ったとかである。これはFBIが彼に日本がアメリカに開戦した後に、日本とアメリカのどちらを支持するかと尋ねられたときに、「自分は無政府主義者であるから、どちらも支持しない」といったという。
鶴見さんはその獄中でトイレの蓋を机にして、卒業論文を書き、それを姉の鶴見和子さんがタイプして、ハーバード大学に提出し、ハーバード大学は政府の立場とは無関係であるからという理由で彼の卒業を認定したという。こういうことは日本の大学だったら、難しかったことであろう。その後、日米交換船で鶴見さんは戦中の日本に帰国する。
詳しいことは彼の著書『日米交換船』(晶文社)を読んでください。その後の人生においては、鶴見さんの言動は別に無政府主義者ではない。
(注)Exがつく語はいくつかある。元妻なら、Ex-wifeだろうし、元首相ならば、Ex-primierであろう。ほかにどういう語があるのか。辞書でも引かないとわからない。元夫なら、ex-husbandであろう。