物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

Die Wahrheit liegt auf dem Platz.

2020-10-13 09:41:32 | 外国語
Die Wahrheit liegt auf dem Platz.とい う名言を言ったのはドイツ人のサッカーコーチのRehhag(?)さんだという。このコーチは存じ上げていないのだが、昨夜のNHKのEテレの「旅するドイツ語」の最後に紹介されていた。

Die Wahrheit liegt auf dem Platz.の直訳は「真実はフィールドの上にある」であろう。このコーチはどこかの国のサッカ-チームを率いて全ヨーロッパだったかの選手権に優勝したコーチだという。この意味は定かではないが、厳しい練習をすれば、ゲームで勝てるとかいうことであろうか。

der Platzは普通は広場であるが、ここではサッカー場を意味しているのであろう。普通はder Marktplatzという語として使われる。

ヨーロッパの町はキリスト教の教会を中心にして町が発展したので、町の中心に教会があり、その広場で週に何日か市場が立つ。それでMarktplatzと言われる。日本人にとってもよく知られているのは、たとえばフランクフルトのR"omerbergであろうか。それとミュンヘンのマリエンプラッツMarienplatzであろうか。

もう20年以上前のことだが、数週間の南ドイツの旅行の最後にフランクフルトでそれこそ20数年ぶりにこの広場R"omerbergのアイスクリーム屋さんの前の椅子にすわってアイスを食べながら、中年のご婦人とお話をしたことを覚えている。

なんでも前日にゲーテに関係したお祭りの儀式があり、ゲーテのお母さんがお里帰りするという劇で馬車に乗って広場を出るというシーンがあったのだという。

そのときにはじめてKutsche(クチェ)というドイツ語を耳にしたが、たぶん馬車のことなんだろうなと想像した。レーマベルクR"omerbergの近くにはゲーテの生家Geburtshausがある。

広場としては、他にはミュンヘンM”unchenのマリーエンプラッツMarienplatzとかベルリーンBerlinのアレクサンダープラッツAlexander Platzとかが有名である。




思い切ってやれば、

2020-10-12 11:16:43 | 本と雑誌
「思い切ってやれば、半ば成功したも同じ」

Frisch gewagt ist halb gewonnen. 

(フリシュ ゲヴァクト イスト ハルプ ゲヴォネン:これはドイツを知らない人のために発音をカナで表したものであるから、ドイツ語の得意な人は無視してください)

これはドイツ語のことわざである。

70年くらい昔の中学生か高校1年生のころに覚えた英語のことわざには
 Well begun is half done. (ウェル ビガン イズ ハーフ ダン)
というのがあった。これは「はじめよければ、半ばの成就」と訳がついていたと思う。それとよく似ている。

 Well begun ・・・の方はもしかしたら、有名な英語の大学受験参考書である、原仙作『英文標準問題精講』(旺文社)の扉に出ていたことわざだったかもしれない。もっともこの書を通読したことはまったくない。

この英語のことわざに対応したドイツ語のことわざを聞いたり、読んだりしたことは昨日までなかった。

しかし、ニューアンスは少し異なるが、ほぼ同じ発想であろうか。「思い切って」というところはwagenという動詞が表している。ちなみにwagenとは関係がないが、die Waage(ヴァアゲ)なら秤(はかり)になる。

waagerechtとsekrechtとはそれぞれ「水平な」と「垂直な」という形容詞である。『ドイツ語基本単語辞典』(白水社、1971)にはこの2つの語は出ているが、基本語3000語の辞典には出ていない。ちなみに私の知っている、Wattennmeerは『ドイツ語基本単語辞典』にも載っていない。

waagerechtとsekrechtもWattennmeerもドイツ人の先生である R 氏から耳で聞いて覚えた言葉である。文章で読んで覚えた言葉ではない。






 


原子核反応でエネルギーを取り出す2つの方法

2020-10-12 10:34:26 | 本と雑誌
原子核反応でエネルギーを取り出す2つの方法としては核分裂反応を用いるのがいま原発として行われている。

しかし、これ以外に方法がないわけではない。それは核融合反応である。しかし、こちらは地球上ではまだ実現していない(注1)。

そういう話を先日の朝食後に妻と話をした。一般人にとっては原子核物理学での常識も知られていないということがわかった。

朝食後の妻との話でいろいろなことが話題になる。それで私も学ぶことが多いのだが、逆に妻もそうだろうと思う。

そういうことで、たとえば私の発行している「数学・物理通信」で原子力工学のわかりやすい入門を連載することも意味のあることではないかと思いついた。

これは大学工学部に勤めていた関係で、電気・電子工学科の学生に対しての応用物理学の講義で実は『原子力工学』という本をテクストにして講義を7,8年続けた経験があるからそのノートをもっているからである(注2)。

それにしても亡くなったO先生の「量子力学講義ノート」の第3部の編集にまだ全く取り掛かっていないので、それが終わってからにしなくてはならない。

(注1)恒星(一番の身近な恒星の例は太陽)のエネルギー源は核融合反応によっている。

(注2)O教授の「量子力学講義ノート」の第1部と第2部とは「素粒子論研究」電子版に掲載されている。インターネットで検索すれば、閲覧することができる。



ベクトル解析の歴史には

2020-10-12 10:15:30 | 数学
ベクトル解析の歴史については、Croweの "A History of Vector Analysis" (Dover, 1985) があるのだが、私の知りたいことはあまり古いことではなく、もっと新しいことである(注)。

上記の本は話が1910年で終わっている。それ以降の話の筋道を知りたいという気がしている。

ところが、私の知る限りではあまりそういう話はどこにも書いてないようである。数学史の専門家である高瀬正仁さんあたりが研究してくださればいいのだが、問題意識というものは個人的なものであるので、なかなかそうはいかない。

先日も書いた志賀浩二先生の『ベクトル解析30講』(朝倉書店)のはしがきには多様体へと至る話は書いてあるのだが、私の関心は1910年以降で多様体論が出現する前の時代の隙間に至る時代についてである。

そこらへんがどうもみなさんの関心の隙間という気もしている。だからこれは私の勝手な個人的な話であり、普遍性がある関心事ではないのかもしれない。

(注)小著『四元数の発見』(海鳴社、2014)にも四元数の積からベクトル解析でのベクトルのスカラー積とベクトル積が出て来たことを述べている。
だから、Croweの本にはそういうことからベクトル解析の話は書かれている。



ベクトル解析を私はどうして難しく感じるのか

2020-10-10 13:09:55 | 数学
ベクトル解析を私はどうして難しく感じるのか。これが私にはわからなかった。

志賀浩二さんの『ベクトル解析30講』(朝倉書店)を読んでいて、いろいろの変換に対して不変な数学という話がこの本の「はしがき」に書かれていた。そして、そういう数学から多様体論へと至ると書かれている。

しかし、微分積分学は何かの変換に対して不変な数学ではない。フラットな平面や直線上で定義された関数とか直交空間での微分積分学から、空間曲線や空間曲面上の微分積分学になるところが、ベクトル解析が難しくなる原因だとわかった。

それなら、どういう風に状況が一般化されるのかを、はじめにベクトル解析の本のはじめの方のどこかで述べたほうがいいのではないか、という気がするようになった。

微分積分学の本でも溝畑茂先生の本『数学解析』上、下(朝倉書店)などはそういうことを書いてあるようだが、一般にはそのことが明らかには書かれていない。

そういう話抜きに空間曲線だとか、空間曲面だとかの章がベクトル解析の本にはある。

それと微分形式だとかテンソルだとかもベクトル解析にどういう文脈で出て来たものかという説明があればもっといいのではないかと思える。
そういう見通しをもってベクトル解析の本も書いてほしいという望みはないものねだりだろうか。

もう一つ数学を専攻するものではない者にとって大学数学の最終目標はベクトル解析であると言われている。それについての説明もほしい。

こちらの方は森毅さんのgay mathシリーズに『ベクトル解析』(日本評論社)とか倉田令二朗さんの本『数学と物理学との交流』(森j北出版)には森ダイアグラムの説明がされているから、まったくそのようなベクトル解析の書がないわけではない。

テンソル解析とかベクトル解析の本についての、雑学家さんのアマゾンコムの長い書評に詳しい見通しが書かれている。この書評を読んで助けになる人は私も含めて少なくないにちがいない。

(2020.10.14付記)
昨日何かで読んだところでは微分形式で、ガウスの定理やストークスの定理が証明されたのは1945年でエリー・カルタンによってであると書かれあった。

エリー・カルタンは、日本の有名な数学者であった、矢野健太郎氏のフランスでの先生である。微分形式のガウスの定理やストークスの定理の証明が意外と現代に近かったことを知った。

1945年は私が5歳か6歳のころである。第2次世界大戦が終わったのはこの年である。それは私には空襲があり、また、なくなった年でもある。






ZOOMの使い勝手

2020-10-10 12:48:04 | 本と雑誌
子どもに妻が何か送ってやったら、両親のことが気になったのかオンライン帰省をいつかしたいと連絡があったという。

安倍前首相もこの夏のお盆のときにオンライン帰省をしきりに薦めていたから、そういう時代になったのだと思う。

私も普段のドイツ語のクラスはzoomになったし、徳島科学史会の参加も今年はzoomでの参加になった。これは妻がJRを使っての私の参加を心配して反対したためである。

先日は孫が保育園でつくった、おじいさん、おばあさんに渡す作品をzoomでもらう儀式ができた。もう私は1年以上もあってない、孫とも親しく声を交わすことができた。

準備のためのときには、なかなかzoomのソフトがダウンロードできてないと思って総計6回くらいダウンロードしていたことが後で分かった。

まだ自分自身がzoom会議でのホストになったことはないが、自分で一人練習ができるそうだから、そのうちにホストになる練習もしてみたい。

無料のzoomは40分以内という制限があるが、普通の場合には40分を越えることはないであろう。


フランス語のアルファべ

2020-10-09 09:31:59 | 外国語
10月になってテレビのNHKのフランス語もまた新しく始まった。

もう何回こういう始めのフランス語の講座を聞いたことだろう。100回に近いのではなかろうか。

私にとって、フランス語は第3外国語である。第2外国語はドイツ語であるが、話したり聞いたりする外国語としては英語に次いでフランス語は第2外国語にあたる。

大学では半年しかフランス語の講義を聞いていない。それも大学3年になって、教職課程の単位をとることを諦めた後で、すこしあまった時間を第3外国語としてフランス語を学ぶことにした。

仏文科の学生と一緒にフランス語をN教授から学び始めた。もちろん半年だけでは、もちろんフランス語がわかるようになるわけではない。

また道を外してしまった。フランス語のアルファべの発音について話をしたい, のであった。

a, b, c, d, e, f, g, h, i, j, k, l, m, n, o, p, q, r, s, t, u, v, w, x, y, zであるが、順に
ア、べ、セ、デ、ウ、エフ、ジェ、アシュ、イ、ジ、カ、エル、エム、エヌ、オ、ぺ、ク、エール、エス、テェ、ウュ、ヴェ、ドウブルヴェ、イクス、イグレック、ゼッドと発音する。

注意すべきところは eはウである。h はアシュ、i はイ、w はドウブルヴェ(二重のヴェv)である。yはギリシャのイの意味だったと思う。

何年発音を練習しても私の間違いやすいのは g と j とである。g はジェ、j はジであって、まるで英語のアルファベットの発音と互いに入れ替わっているようである。

こんなことを書く気になったのは昨夜のフランス語講座を一緒に見ていた妻が e が分かりにくいと、今朝さきほど漏らしたからである。それでしかたなく即座のフランス語のアルファべの発音のone point lessonをした。


武谷三段階論の評価

2020-10-08 17:07:53 | 科学・技術
武谷三段階論の評価をどう考えるか。これは武谷「技術論」も同じようところがある。

私の現在の評価は以下に述べる。

この二つとも詳細に調べると、論理がきちんとしていなかったりするが、それはある程度しかたがないのではないかと思う。

武谷は哲学者ではないし、経済学者でもないからその論理に不整合があったりするのはしかたがない。

そこは大目に見て、それでも新しい概念を提唱するのは難しいことだと思うので、そこを見ないで細かな論理が首尾一貫しないとかいうのはやはり正しい評価ではないのではないかと感じている。

ただ、神様のように心酔するのは間違っているし、人間としても同様である。

武谷の提唱した新しい概念はあくまで方向を与えるくらいに考えておくべきであろう。それを生涯を哲学に捧げた人の哲学理論と同じように考えるのはまちがいだということであろう。

これは遠山啓の「量の体系」などでも同様である。中学数学くらいになると遠山の提唱した「量の体系」はその適用が矛盾を含んでくるとしても、それが有効に使われる領域があれば、それでいいのである。

そして、そういう考えを提唱できたことはやはりすばらしいのである。だれでも新しい概念を提唱することは極めて難しいことに留意しなくてはならない。

発見法的理解と帰納法的理解

2020-10-08 12:37:39 | 数学
発見法的理解と帰納法的理解とはどうちがうのか。

私にもはちがいがあることはわかるが、その説明はできない。ある方に無限数列のことに関心がある方なので、無限級数の収束条件の発見法的な理解に関心はないかと尋ねたら、発見法的理解とは帰納法的理解だと思いますと返事が返ってきた。

この人には発見的理解とかはまったくわからないのだと思う。そういうことを考えたことがないはずはないのだが、ちょっとがっかりした。

帰納法とはいくつかの例があってそれらの例から法則を導くのが普通であろう。発見法的理解とはその法則を見つけたときのように考えるということである。

数学者は自分がどうやってその法則を見つけたかは述べないという習慣がついている。そして事実をできるだけ整然と述べるという風である。

それが数学かどうかはわからないが、成果はそのようにして述べられる。


「量の体系」は不完成だった

2020-10-07 12:32:56 | 数学
数学教育協議会(民間教育団体)の「量の体系は不完成だった」ということを書かれている方のブログに出会った。

そのメロメロさんのブログには自己紹介のところに、本の写真が1冊自己紹介代わりに出ているのだが、写真が鮮明でないのでわからない。

それで岩波書店のからある本を出されている方かなと思って書庫を探してみたら、その方だった。表紙の一部にオレンジの色がついているのでその本だった。

メロメロさんによれば、「量の体系は不完成だった」ということを書かれているのは今年の8月に亡くなった銀林浩(こう)さんだったことがわかった。

私はそういう話は知らなかったが、愛数協に30年以上所属していたから、「量の体系」は中学校の3年生くらいになると量の体系はあまりうまくはいかないのだと昔のメンバーから聞いていた。

特に、熱心なメンバーからそういうことをよく言われていたから、数学教育協議会の中では「量の体系」について議論するのがタブーではなかったと思う。

だが、小学校レベルでは量の体系の有用性は疑うべきではないというのが、この人、Yさんの主張であった。私もそうだと思う。

内包量の加法が、この量の体系の中であまり議論されていないので、少し詳しく議論してほしいとこの Y さんにお願いして、詳しく解説を書いてもらったこともある。

だが、まだ十分には理解できていないので、いつか自分でも考えてみたいと思っている。








ブログへのアクセスの時間

2020-10-07 12:17:47 | 本と雑誌
私のブログは小さな無名のブログであって、何万などというアクセスのあるブログではない。

それでも何人かの方がアクセスされている。このアクセスの時間が朝の6時から7時ころと12時前後にピークがある。

もちろん朝のピークはお昼のピークよりも小さいが、二つのピークがあることだけはまちがいがない。

最近は2800番代のランクとなることがときどきでるが、それでもほぼ毎日は3000番代から4000番代である。

私のサイトを訪ねて下さる方は、きれいな花の写真をブログに載せたり、雲の写真とか山の写真とか風景をそれも特段にきれいなものを載せている方が多い。

それに比べて私は薬にしたくてもきれいな風景の写真も花の写真もない。これはブログの始めからそうなのである。このあり方は多分変わらない。

それだから、ブログを読んで何か自分で考える材料になることを書きたいと願っている。しかし、それは私の願いであって実際には読んでもなんの足しにもならないことしか書けないことが多い。



学術会議の推薦された6名が任命されなかったこと

2020-10-07 11:54:23 | 本と雑誌
学問と政治とは別のことだと思っていたが、どうもそうもいかなくなってきた。

105名の学術会議から推薦された会員のうちで6名が政府によって任命されなかった。これは戦後75年の中でも政治介入の最たるものである。

ちょっとアナロジーが乱暴だが、政府から推薦された内閣の大臣のうちで数人が天皇が任命するからというので、任意に数名の大臣を任命しないと言ったら大ごとになるだろう。それもその推薦された大臣はどうして推薦を拒否されたか天皇は説明をしないという事態がもしできたらどうするのか。

このアナロジーはちょっと乱暴だが、それに類したことが起きたと認識しなければならない問題だと思

推薦することが重要視されないで任命権者だといういい逃れができるのならば、こういうことをアナロジーとして考えたほうがいい。

このアナロジーはかなり乱暴なものだが、それに次ぐ乱暴なことを菅内閣はしてしまった。

ガウスの定理とストークスの定理

2020-10-06 10:11:39 | 本と雑誌
ガウスの定理とストークスの定理についてなかなかイメージがわき難かったが、ようやく今度はイメージが定着しそうである。

これは上野和之『ベクトル解析』(共立出版)を購入して、これを読んだなのではなくてながめていたからである。

もっと早くこのイメージをもてたらよかったのだが、なかなかイメージがわかなかった。普通の人なら、なにか本を一冊読んだら、すぐに湧いてくるようなことなのに何年もかかった。



体組計での測定

2020-10-05 13:08:59 | 本と雑誌
妻が所属している医療生協から体組計を借りてきて昨日の日曜に双海町まで出かけるという。それで自宅でまず私がモルモットになってその体組計にのってみた。

年齢や身長を入力して体組計の上に数分間のっているとその人の体重はもちろんのこと体脂肪率とか筋肉量とかいろいろな体内の情報が印刷されて出てくる。

BMIとか体内年齢とかが印刷されて出てくる。妻と比べてBMIの数値では負けたが、私はかたぶとり型と判定されたが、肥満型と判定された妻に差をつけた。体内年齢は64歳であり、妻の67歳に比べて数歳若く出た。

双海町で測ったある人は多分70代だと思うが、体内年齢48歳と出て、この機械は間違っていると言いながら帰って行ったという。しかし、内心ではこの人は喜んでいたのではあるまいか。

この人は若いときに新体操をしていた人であり、すらっとした体形であるという。



大学受験ラジオ講座

2020-10-05 12:31:54 | 本と雑誌
10月3日の朝日新聞に大学受験ラジオ講座(旺文社、日本文化放送等で放送)のことが記事となって載った。

これは多分前日の東京証券所の取引ができなかったので、都会では9月2日の夕刊に載った記事が急遽掲載されたらしい。

記事を書いた記者は51歳で、私の子どもと同じくらいの年齢の方である。

それで私などは知らない講師がたくさんでていた。もちろん、英語のJ. B. ハリスさんとか物理の竹内 均先生とかはもちろん存じ上げているが。

私が大学受験ラジオ講座を聞いたのは1957年のことで、このとき高校3年生であった。前年の1956年にも部分的に聞いたかもしれないが、それほど集中的には聞いてはいない。

講師の先生方を書いておこう。

英語では英文法の担当されていて有名だったのはなんと言っても野原三郎先生(元明治大学)だろう。独特の口調で覚える英単語の意味は独自のものであった。

英文解釈の方の先生は覚えていないが、英作文の先生として独自な教え方だったのは海江田 進先生(元東京外国語大学)であった。日本語の意味をくだいてとり、訳しやすい日本語にするということ知ったのは海江田先生のおかげである。

そういうことを教えてくれた先生はそれまでには私の知る限りいなかった。私は予備校には行ったことがないのだが、その後どこかの予備校(たぶん代々木ゼミナール)で英語を教えていた作家の小田実さんの教授法がそういう風であったらしい。

一番影響を受けたのは数学の戸田 清先生(元広島大学)と田島一郎先生(元慶応大学)である。この二人ともわかりやすく数学を教えておられた。特に私は高校の数学ではおちこぼれであったので、それから救われたのはこれらの先生のおかげでもある。

後になって、田島一郎先生は「考え方研究社」の藤森良夫先生の親戚であるらしいことも知った。藤森良夫先生はその後「考え方研究社」をたたまれて東洋大学の数学の先生となられたとか伺っている。だから考え方研究社の学習参考書をもっているのは私の世代くらいでおしまいであろうか。

国語の先生は古文を教えておられた塩田良平先生(確かではないが、二松学舎大学)であろう。この先生はいわゆる受験勉強ではなく、文学としての源氏物語の面白さみたいなことの一端をみせてもらった。だから私はこの塩田先生の時間は好きだった。これは受験には役立たないかもしれないけれども。
  
もう一人の国語の先生には小西甚一先生(元東京教育大学、現在の筑波大学)がいる。この先生は古文の文法とかドイツ語の発音の初歩を教わった。この先生の『日本文学史』(講談社学術文庫)を最近になって買ってもっているが、まだ詳しく読んだことがない。

大学受験ラジオ講座は。1953年に始まって、1995年に終わったと新聞に出ていたので、やっと歴史の一端を知ることができた。私は1957年に聞いたので、まだはじまって数年目であったことがわかった。

当時はラジオの雑音もひどく、音声が聞こえなくなることもしばしばだった。

(2024.12.17付記)私の家庭には予備校に行くだけの経済的な余裕などなかったので、これらの先生から私の学校では聞けないことを少しでも聞く機会があったから、幸せに感じた。