北海道神宮の境内には北海道神宮を含めて四つの神社があることは知識としてはありましたが、このほど実際に訪れて確かめることができました。正月三が日の初詣も近い北海道神宮をレポートします。
オヤジの仲間づくり21の会の12月例会は円山公園内の施設を巡るという幹事役の提案で、北海道神宮と円山動物園を訪れました。両者ともに想像していた以上に興味深いことが判明したので、今日から三日間にわたってレポートすることにします。
それでは、第一話「北海道神宮」に関わるレポートを…。
北海道神宮は明治2年、北海道の開拓をすすめるにあたり、北海道の大地の神様である大国魂神(おおくにたまのかみ)と大那牟遅神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)を開拓の守護神として祀り、明治4年に札幌神社と社名を定め、現在地に社殿を造営したのがはじまりとされています。(昭和39年「北海道神宮」に改称)
神社には「社格」というものがありますが、戦前は札幌神社と称していましたが、全国に65社あった「官幣大社」の一つでした。戦後になり官幣社の制度が廃止されましたが、それに代わって神社本庁に属する「別表神社」という社格を有しています。(別表神社には上川神社も入っています)
北海道神宮は、四つもの鳥居に囲まれています。 第一・第二・第三・公園口と四つの鳥居があります。
その鳥居の中でも本殿から見て真っ直ぐ北東方向に立っているのが第二鳥居です。普通神社の本殿は南向き、あるいは東向きに建てるのが習わしです。北海道神宮がなぜ北東向きかというと、創建当時(明治初期)はロシアが北海道進出を目論んでいるとの警戒感からロシア方向を睨むがごとく建てられたということです。
5年前に札幌に転居したとき私は、友人の提案で札幌に着いて真っ直ぐ北海道神宮に向かい札幌生活の安全を祈願したことを思い出します。おかげさまで今日まで無事に札幌生活がおくれていることを感謝しています。
さて、北海道神宮の境内にはそのほかにも三つの神社が建てられています。(これを境内社というようです)
まずは北海道開拓に功労のあった日本人37柱を祀った「開拓神社」です。
続いて、鉱礦業従事者の殉職者を奉祀した「鉱霊神社」です。
そして、北海道拓殖銀行に永年勤務功労のあった物故者役職員を祀る「穂多木神社」です。
これら三つの神社が何故北海道神宮の境内に建立されているのかについては、簡単な調べでは分かりませんでした。それぞれの建立当時の文書等にあたらねば容易には分からないことなのかも知れません。
ただ、北海道神宮が北海道開拓を進めるにあたり建立されたという経緯から、他の三社も北海道開拓に大いに関わりがあった人たちを祀っているということでは合点がいくとも云えます。
オヤジの仲間づくり21の会の12月例会は円山公園内の施設を巡るという幹事役の提案で、北海道神宮と円山動物園を訪れました。両者ともに想像していた以上に興味深いことが判明したので、今日から三日間にわたってレポートすることにします。
それでは、第一話「北海道神宮」に関わるレポートを…。
北海道神宮は明治2年、北海道の開拓をすすめるにあたり、北海道の大地の神様である大国魂神(おおくにたまのかみ)と大那牟遅神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)を開拓の守護神として祀り、明治4年に札幌神社と社名を定め、現在地に社殿を造営したのがはじまりとされています。(昭和39年「北海道神宮」に改称)
神社には「社格」というものがありますが、戦前は札幌神社と称していましたが、全国に65社あった「官幣大社」の一つでした。戦後になり官幣社の制度が廃止されましたが、それに代わって神社本庁に属する「別表神社」という社格を有しています。(別表神社には上川神社も入っています)
北海道神宮は、四つもの鳥居に囲まれています。 第一・第二・第三・公園口と四つの鳥居があります。
その鳥居の中でも本殿から見て真っ直ぐ北東方向に立っているのが第二鳥居です。普通神社の本殿は南向き、あるいは東向きに建てるのが習わしです。北海道神宮がなぜ北東向きかというと、創建当時(明治初期)はロシアが北海道進出を目論んでいるとの警戒感からロシア方向を睨むがごとく建てられたということです。
5年前に札幌に転居したとき私は、友人の提案で札幌に着いて真っ直ぐ北海道神宮に向かい札幌生活の安全を祈願したことを思い出します。おかげさまで今日まで無事に札幌生活がおくれていることを感謝しています。
さて、北海道神宮の境内にはそのほかにも三つの神社が建てられています。(これを境内社というようです)
まずは北海道開拓に功労のあった日本人37柱を祀った「開拓神社」です。
続いて、鉱礦業従事者の殉職者を奉祀した「鉱霊神社」です。
そして、北海道拓殖銀行に永年勤務功労のあった物故者役職員を祀る「穂多木神社」です。
これら三つの神社が何故北海道神宮の境内に建立されているのかについては、簡単な調べでは分かりませんでした。それぞれの建立当時の文書等にあたらねば容易には分からないことなのかも知れません。
ただ、北海道神宮が北海道開拓を進めるにあたり建立されたという経緯から、他の三社も北海道開拓に大いに関わりがあった人たちを祀っているということでは合点がいくとも云えます。