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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

冬の石狩川河岸を遡る 7 後編

2015-03-14 20:03:04 | 冬の石狩川河岸遡行スノーシュートレッキング

川下集落 ~ たっぷ大橋 トレッキング月日 ’15/03/12

 「滔々と流れる母なる大河」、それはまるで石狩川のために用意されたフレーズであるかのように、石狩川は滔々と流れていた。疲れを覚えると、歩を停めて右手を流れる石狩川に目をやり、その悠々とした流れに癒されて、また歩を進める。そんなことを繰り返しながらのスノーシュートレッキングだった。 

 雑木林の中で休憩を取った後、再び行動を開始した。
 石狩川と陸地の境目を見ると、木が大きく横たわっているところが何ヵ所もあった。滔々と流れる静かなる大河も、時には大増水して川岸を削りそこに生えている木をなぎ倒していくのだろう。
 また、所々で勢いよく雪解け水が石狩川に注いでいた。春がそこまでやって来ていることを実感させられる光景だった。

          
          ※ 川との境目では写真のように横たわった木をたくさん見ることができました。

          
          ※ 写真で分かるでしょうか?泡立てながら勢いよく雪解け水が石狩川に注いでいました。
  
 川向うを見ると、小さな流れが石狩川に注いでいるのが見えた。マップ上では名前が付けられていない流れだった。

          
          ※ 向こう岸の右の方に流入する川が見えます。川の名前は判然としません。

 向う岸に流れが見えたということは、こちら側では河川敷を利用した「ニューしのつゴルフ場」があるはずと思い、川岸を離れて堤防近くを目ざした。
 8時35分、雑木林を抜けると、そこにはいかにもゴルフ場という感じで広々とした雪原が広がっていた。

          
    ※ 「ニューしのつゴルフ場」です。新篠津村はグライダー滑空場やゴルフ場を持つなど豊かな村なのでしょうか?

 しばらくゴルフ場内を歩くことにした。その頃から足がだんだん重くなってきた。一歩踏み込むごとに雪面が割れ、スノーシューが沈み込むことを繰り返しているうちにかなり体力を消耗させたらしい。その時点ではまだそれほど距離を歩いていなかったのだが…。

          

 9時15分、ゴルフ場の端にクラブハウスとも呼べないような簡素な建物が建っているところに着いた。そこにはゴルフ場の雪融けを促す融雪剤を散布するための準備をしている作業員の方がいた。
 マップ上では「しのつ公園」内にある「たっぷの湯」が入る道の駅があるはず、と思い堤防上に上がってみると、確かにそこに道の駅の建物が建っていた。

          
          ※ ゴルフ場では春のシーズン到来の準備が始まっていました。

          
          ※ 新篠津市街地からの帰り、食事を摂った道の駅の建物です。


 再び河岸に戻りトレッキングを続けたが、遠くにはこの日のゴールとなる「たっぷ大橋」が見えてきた。ゴールまでは2キロ少々まで近づいた。
 往く手には、相変わらず水を湛えた凹地(掘割)がところどころで顔を出し、直進することを阻まれた。疲れた体でそうしたところを一つひとつ回避してゆくのが辛かった。

          
          ※ 遠くに「たっぷ大橋」の吊り橋が見えてきました。

          
          ※ この日はこうした水面が出た凹地に何度も何度も遭遇しました。

 ふと気付くと、堤防上に大きな建物が目に入った。遠目だが建物の壁に「基線揚水機場」と書かれているのが読めた。石狩川から水を汲み上げる建物らしい。この時、時計は9時45分を指していた。揚水機場と石狩川を結ぶ流れは雪の下だったのか、気付かずに通過していた。

          
          ※ 「基線揚水機場」の建物とその前の樋門です。

 すると、揚水機場からそれほど行かないところに、今度は往く手を阻むように流れが遮った。
 堤防のところには樋門のような施設も見えた。その流れを回避するため堤防上に向かったが、ここには樋門の前に人道橋が架かっていた。そこにこの日最初で最後となるキツネがこちらを眺めていたが、私が歩を進めると警戒するようにその場を去った。
 疲れていた私は、堤防まで上って樋門の名称を確認する余裕はなく、人道橋を渡って、再び川岸に戻った。後から確認すると、そこは篠津村の下水処理場で処理された下水道水を流すための流れだったようだ。

          
          ※ これだけの流れだと、とても渡ることは不可能なので迂回しなければなりません。

          
          ※ 名称不詳の樋門です。その前に人道橋がありました。橋の左手をよく見てください。キツネがいます!

 ゴールのたっぷ大橋が徐々に大きくなってはきているのだが、疲れた体では遅々として進まない。
 川向うの川岸に大きな建物が建っているのが目に入った。何の建物かは手持ちの資料では判断できないが、やはり揚水機場のような機能を有した建物ではないとか思われた。

          
          ※ ゴール近くの川向に見えた大きな施設です。

 すっかりペースの落ちた私のトレッキングだったが、なんとかゴールが目の前まできた。この日最後の石狩川の様子を写真に収め、たっぷ大橋の右岸たもとに着いたのは10時30分だった。
 歩数計を確かめると15,935歩だった。ジグザグに進まねばならなかったところもあり、スノーシューでの実質歩行距離は10キロ強といったところだ。

          
          ※ この日最後の石狩川の姿と「たっぷ大橋」です。

          
          ※ ゴールとなった「たっぷ大橋」の勇姿です。

          
          ※ いつものようにゴールの記念写真です。

 問題は帰途だった。
 当初予定では、新篠津市街発13時45分のコミュニティバスで自家用車を置いてある川下集落まで戻る予定にしていた。しかし、それには3時間も待たねばならない。
 川下集落までの道路は直線ではなく、いくつも曲がっていたため8キロ強の距離があったが、私は疲れてはいたが歩くことにした。

 すでに疲れ果てていた体に、さらに8キロ強のウォークは厳しかったが、途中新篠津村の道の駅で食事休憩を取ったりしながら、12時55分無事に川下集落に辿り着いた。その時歩数計は30,203歩を示していた。

 疲れはしたが、私の中では充実感に満ちている。今シーズンはこれで「冬の石狩川河岸を遡る」シリーズは閉じようと思う。
 明日、「冬の石狩川河岸を遡る」~これまでとこれから~ について綴ってみようと思う。

※ なお、これまで「岩見沢大橋」と称してきた橋名を「たっぷ大橋」に変更した。その理由は国土地理院の地図によると「岩見沢大橋」となっていたが、調べてみると以前架かっていた旧橋は確かに岩見沢大橋と称されていたが、2004年に新しい橋に架け替えられた際に公募して「たっぷ大橋」と改称されたことが判明したので、「たっぷ大橋」と変更しました。