今朝約1週間ぶりくらいに朝の見守りに立ってきました。月曜日ですので、いつもよりも子どもたちの荷物は多くなっています。みんな元気に登校しているようです。グループでの登校、一人での登校、にぎやかに話しこみながら歩くグループ、集団でもおとなしいグループ、話よりも騒いでいるグループとかいろいろあって楽しいです。
(おとといの写真です)
極力全員に声を掛けようと努力はしているのですが、だからと言って全員から返事があるわけではなく、黙殺無視もありますが、それはそれで仕方がありません。私に魅力がないからなのでしょう、なんて己惚(うぬぼ)れて?みたりしています。
(再掲)(羽ばたけ!)
意識的に小学生、中学生、高校生、そして社会人、私の近くを通り過ぎる人たち全員に声掛けをするように努力しています。私の内気で引っ込み思案な性格を変えたいという希望もあります。最初は、目立つ黄色いベストを着ること自体恥ずかしいくらいでしたからね。
でも子どもたちのいろんな姿を見ることができて幸せだなあと思います。見守り活動ができることに、させてもらっていることに感謝です。恙(つつが)なく元気に大きくなってほしいです。
おとといの最高気温は19.9度、きのうは22.0度、そしてきょうは21.0度(午後1時現在)です。いかにも梅雨らしいきょうこの頃です。梅雨寒をも感じます。これではとてもウエットタイツを履いて川に入る気にはなりません。
もっともスリムウエダーでも入りません。友釣りにならないからです。こんな天気が続いては川底の石に苔は生えません。だから鮎の動きは活発にはならないでしょうし、ましてや縄張りをもってけんかするなんてないことでしょう。
以下の写真はきのうの夕方近くの牛越橋下流の様子です。澱橋上流には誰もいませんでした。
まだ芋煮会シーズンではないのですがたぶん学生たちでしょう、牛越橋上流右岸でバーベキューをやっていました。若者の特権でしょうか。でも昨今の、特に今年の若者たちは何かにつけて大変ですから、広い河原でわいわいやるのもいいのかもしれません。
でみうるさい人から見れば、こんなに密な状態になって危険じゃないか!今すぐやめろ!と言いたくなるのかもしれません。河原を走っている人でもマスクをしている人もいますし、散歩でもしている人がいるのには驚きです。そこまでやるか!?と私は呆れてしまいます。
下の写真は水力発電所からの放水口の模様です。広瀬川本流の流量よりも放水量の方が多いくらいです。何ともライトな鮎釣りです。しかもとっても若いように感じるのですが。きのうの3枚の写真はコンデジでの撮影です。
この二人はガラガケです。椅子に座ってみている人がもしかして師匠筋に当たる人かもしれません。
さらに下流の左岸には一人の鮎釣り師がいました。こちらは友釣りのようです。でも根がかりしてしまい、何回も竿を煽っていました。友釣りには着いて回る弱点、根がかりですが、根がかりするくらい川底をおとり鮎が泳いでいないと野鮎は掛かりません。
その後糸が切れたのか竿をたたんでいましたが・・・・。
以下は朝方の澱橋上下流左岸の様子です。
澱橋下流左岸から竿を振っている人の姿が見えました。ここは岩盤底ですね。鯉がいっぱいいるところです。
帰り際に一人堤防から降りてきました。
用具や股下までの長靴を履いている姿からガラガケとお見受けしました。オトリ缶は持っていませんでした。いま準備中のところです。
今朝がたの澱橋上流の様子です。水量的にはいい感じです。やはり後は天気次第ですね。
きのう何気なく解禁日の釣りの様子を11年間にわたって簡単も簡単にみてきましたが、せっかくですのでここまでくれば遡れるところまで遡ってみようと思いました。とはいってもブログを始めたのは2006年ですので、2006年の7月1日から2009年までの4年間だけですが。
2006年・・・11匹
2007年・・・24匹(牛越橋下流中心)
2008年・・・26匹(午前午後と11時間近くの釣果です。)
2009年・・・5匹 (この日は、根がかりや空中バラシが多く、親子丼ぶりもしていますし、引き船のふたが開いていて掛けた鮎に逃げられたり、散々な一日でした。)
でもこの4年間は牛越橋と澱橋の間ですが、結構鮎釣り師でにぎわっていたようです。いいですねえ。
再掲ですが、2010年は鮎ルアーで初めて15匹のキープでした。と、過去の実績を見る限りにおいてはそこそこ釣れてはいたのですね、広瀬川も。やはり大きな曲がり角となったのは2011年の東日本大震災ですか。
発生日時が3月11日午後2時46分ですから、ちょうど汽水域から広瀬川や名取川に遡上してくる時期に当たりました。2011年から2015年までの釣果は見事にゼロ行進でした。2016年になってようやく4匹キープしました。そして2017年は29匹も掛かりましたが、その後はまたしてもゼロ行進です。