時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

追悼ウイリアム・スタイロン(3)

2006年11月22日 | 回想のアメリカ

  11月3日に取り上げたウイリアム・スタイロンの作品『ナット・ターナーの告白』 The Confessions of Nat Turner (1966)について友人から尋ねられた。この作品を読んだのは、ずっと昔のことなので、その後邦訳の出版があるか調べたことがなかった。インターネットで当たってみると、1979年に大橋吉之輔氏の訳で河出書房新社から刊行されていることが分かった。しかし、今は残念ながら、古書扱いのようである。

  あれだけ著名な作家なので、スタイロンの訳書もかなりあり、当然楽に手に入るものと思っていたが、まったくの誤算であった。不思議なことに、日本での知名度もいまひとつのようなのだ。立ち寄った新宿の著名な大書店では、『暗闇に横たわりて』(須山静夫訳、白水社、新装版)だけが在庫にあったが、なんとフランス文学のコーナーに入っていた。最近はしばしば見かける「作家追悼コーナー」もなかった。個人的には、ノーベル文学賞が授与されても不思議ではないと思う作家なのだが。

  一寸ショックを受けて、自宅の書棚にあった書籍を引っ張り出した。これはさすがに「リストラ?」されずに残っていた。1968年刊行、赤い表紙のPB版である。スタイロンがピュリツアー賞を受賞した後の版である。

  懐かしくなって、ページをめくってみる。記憶が蘇ってきた。この版には、Author's Note (1967)がついている。主題は、アメリカ史でも著名な1831年に起きた「ナット・ターナーの反乱」である。ヴァージニア州サザンプトンの農園で働いていた奴隷のナット・ターナーが指導者となって起こした反乱事件で、仲間の奴隷とともに彼らの所有主であった家族を含め、50人以上の白人を殺害した。その鎮圧のために軍隊が投入された。ナットは当時28歳。きわめて優れた若者で聖書にも詳しかった。彼は白人牧師の語る「奴隷制度の正当化」に納得できずにいた。そして、ある日、神の啓示を受けて(ここはひとつの論点)、奴隷たちを解放することを決意する。そして、仲間を集めて大反乱を起こした。

  スタイロン自ら、小説ではあるが史実に基づいて描いたと語っている。冒頭に To the Public と題して、捕らえられた首謀者の一人ナット・ターナーの告白にかかわった7人の判事たちの立証文書が掲げられている(この告白はいわゆる『告白原本』として、後の論争のベースとなる)。ナット・ターナーを含む首謀者たちは逮捕され、全員縛り首の刑となったが、それ以外に120人を越える黒人が殺害された。

  この反乱の重要な意味は、過酷な労働、重圧に耐えかねた黒人奴隷の農場主などへの怒りの爆発という次元を超えて、「神の啓示」が背景にあったという点において、深刻な衝撃をアメリカ社会に与えることになった。

  スタイロンのこの作品が出版されてから、ターナーに回帰する新たな論争がアメリカ社会に起きていた。「アンクル・トム」とはまさに対極の奴隷イメージの「ナット・ターナー」像をめぐって、激しい論争がキャンパスでもあったことを思い出した。友人のパーティで紹介されたアメリカ奴隷制と知識人に関する著作を出版したばかりのS教授(いただいた著書を持っているのだが、見つからない)の話も、かなり鮮明によみがえった。いずれメモを記すことがあるかもしれない。奴隷制と知識階層との関わり、奴隷制の評価、ヴェトナム戦争を背景として、白人よりも黒人の徴兵率が高い、などの論争も行われていた。遠い昔のことだが、昨日のことであったような気もする。


*
 William Styron. The Confessions of Nat Turner. A Signet Book, The New American Library, Inc. New York, N.Y., 1968.

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外国人看護師・介護士とともに

2006年11月22日 | 労働の新次元

  今年は日本・フィリピン国交回復50年とのこと。来年から日本はフィリピンから看護師・介護福祉士を受け入れることで合意している。厚生労働省関係の看護師需給予測は、多少なりとも実態を知る者から見ると、予測の条件設定、作業内容についても大きな問題があり、今後需給ギャップが縮小の方向に進んで行くとはとても思えない。数字上、看護師の供給は増えているかもしれないが、実際の需要はそれ以上に増えている。

  看護師、介護士の人手不足は強まるばかり。看護師の潜在有資格者が多数いるから、その復帰を目指すと職業団体はいうが、説得力はない。
現在の労働状況で需給が改善されるまでに、職場を離れた看護師が仕事に復帰してくるとは予想しがたい。病院の労働条件は厳しく、離職率も高い。離職中の医療・看護技術の発展も早い。看護師、そして介護士の労働条件は年々厳しくなっており、むしろ、実態はさらに悪化の方向へと進む可能性が高い。看護師の労働条件の改善はいうまでもなく、夜勤体制、労働時間、給与水準など早急な見直しが必要である。旧態依然たる「白衣の天使」的イメージに期待することでは、問題はなにも解決しない。この職業分野が真に魅力的なものとならないかぎり、需要に見合って供給が増えることはない。需給が逼迫すれば、給与などの労働条件が改善されるとの考えはきわめて長期についてのみ当てはまり、実態の改善にはつながらない。

  そうした中で、フィリピン看護師・介護士 caregivers の受け入れが決まった。しかし、その背景は外交上、日比両国の面子を維持することが前面に出た政治的決着であり、看護師・介護士労働の実態を踏まえて、その中で外国人看護師・介護士をいかに位置づけるかという観点での検討はまったく行われていない。そのため、受け入れの条件を厳しくし、日本語、国家資格試験など、バーを高めるということに重点が置かれている。しかし、受け入れると決めたからには、そのあり方について、より広い視野からの位置づけ・対応が必要である。

  数は少ないが、日本で働いているフィリピン、ヴェトナムなどの看護師、介護士の献身的なサービスは、高く評価されている。今後の日本の医療・看護・介護の領域を、日本人だけで充足して行くことは、いまやほとんど不可能、非現実的となっている。そればかりではない。日本は今後あらゆる分野で外国人労働者の力を借り、お互いに協力して行かねば存立していくことができない。日常の生活の中で、外国人と助け合い、共存して行く経験を広く着実に蓄積して行く必要がある。すべて日本人だけで充足できるという認識は改めねばならない。


* 「日本で働くフィリピン人介護士」NHKニュース2006年11月21日

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