間もなく2年近くなるコロナ禍のさなか、突如自民党総裁の交代騒ぎ。政治家にとっては重大事だろうが、自民党内の票の取り合いに過ぎず、多くの国民にとっては別次元の話だ。国民不在の政治劇に過ぎない。
中国の急速な拡大、アメリカの地盤沈下の間で、国力低下が顕著な日本にとって考えるべきことは、次々と現れる新型ウイルス、台湾、北朝鮮などが関わる有事、多発・激化する気象災害、人口減少に伴う競争力低下、高まる財政破綻の重圧など、明らかに危機的状況にあるこの国をいかに再構築するかという全体構想が提示されないことだ。日本は何をもって激動する世界の中で、生き残り、独自の存在意義を発揮、保持しようとするのか。
与野党を含め、各候補が挙げる政策は、散発的とも言えるほど個別化しており、政策を貫く構想が全く感じられない。10年後、20年後に生きる次の世代が、明るい希望を抱けるだろうか。
アメリカの動き
9.11勃発後20年になる今年、中国の急速なプレゼンス拡大などで地盤沈下が著しいアメリカでは、現状を「危機 」crisisと考える受け取り方が急速に増加している。「資本主義 」capitalism ではもはや貧富の格差、社会の分断などを解決することはできないという認識も台頭している。資本主義をどう変えるかという議論は、かつてなく盛んだ。
そのひとつの動きとして、1930年代の「ニューディール」そしてその提示者となったフランクリン・D・ローズヴェルト(FDR)の果たした役割の再評価に関心が集まっている。世界大恐慌、ニューディールについては、この小さなブログでも意図してしばしば取り上げてきた。最近話題となっている一冊*を素材に少し考えてみた。アメリカ現代史を理解する上で、必読とも言える著作である。
*Eric Rauchway, Why the new deal matters, New Heaven] Yale University Press, 2021
中国の急速な拡大、アメリカの地盤沈下の間で、国力低下が顕著な日本にとって考えるべきことは、次々と現れる新型ウイルス、台湾、北朝鮮などが関わる有事、多発・激化する気象災害、人口減少に伴う競争力低下、高まる財政破綻の重圧など、明らかに危機的状況にあるこの国をいかに再構築するかという全体構想が提示されないことだ。日本は何をもって激動する世界の中で、生き残り、独自の存在意義を発揮、保持しようとするのか。
与野党を含め、各候補が挙げる政策は、散発的とも言えるほど個別化しており、政策を貫く構想が全く感じられない。10年後、20年後に生きる次の世代が、明るい希望を抱けるだろうか。
アメリカの動き
9.11勃発後20年になる今年、中国の急速なプレゼンス拡大などで地盤沈下が著しいアメリカでは、現状を「危機 」crisisと考える受け取り方が急速に増加している。「資本主義 」capitalism ではもはや貧富の格差、社会の分断などを解決することはできないという認識も台頭している。資本主義をどう変えるかという議論は、かつてなく盛んだ。
そのひとつの動きとして、1930年代の「ニューディール」そしてその提示者となったフランクリン・D・ローズヴェルト(FDR)の果たした役割の再評価に関心が集まっている。世界大恐慌、ニューディールについては、この小さなブログでも意図してしばしば取り上げてきた。最近話題となっている一冊*を素材に少し考えてみた。アメリカ現代史を理解する上で、必読とも言える著作である。
*Eric Rauchway, Why the new deal matters, New Heaven] Yale University Press, 2021
( 仮題:エリック・ローチウエイ『ニューディールが重要な理由』現時点で翻訳なし)
1932年のシカゴの民主党全国大会で、ローズヴェルトは、自分に、そしてあなた方アメリカの人々にとっての新しい政策 dealの導入を誓約すると述べた。
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N.B.
ニューディールが提示された当時のアメリカ経済は、1929年に始まった恐慌で文字通り危機的状況にあった。およそアメリカ国民の4分の1が職を失い、経済は2桁のマイナス成長を続けていた。
この中で、1933年以降FDRが実施した一連の経済・社会政策。失業者救済の大規模な公共投資や産業界への統制により経済復興を図り、のちには社会保障制度や労働者保護の制度改革を強めるなど、連邦政府権力を強め政府資金による資本主義経済の安定を目指した。代表的な立法や機関として全国産業復興法・TVA・ワグナー法・社会保障法などがある。
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1932年のシカゴの民主党全国大会で、ローズヴェルトは、自分に、そしてあなた方アメリカの人々にとっての新しい政策 dealの導入を誓約すると述べた。
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N.B.
ニューディールが提示された当時のアメリカ経済は、1929年に始まった恐慌で文字通り危機的状況にあった。およそアメリカ国民の4分の1が職を失い、経済は2桁のマイナス成長を続けていた。
この中で、1933年以降FDRが実施した一連の経済・社会政策。失業者救済の大規模な公共投資や産業界への統制により経済復興を図り、のちには社会保障制度や労働者保護の制度改革を強めるなど、連邦政府権力を強め政府資金による資本主義経済の安定を目指した。代表的な立法や機関として全国産業復興法・TVA・ワグナー法・社会保障法などがある。
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民主主義の再生を目指して
ニューディールは、著者によれば経済にとっての回復プログラム以上の意味を持っていた。一口に言えば、アメリカの民主主義の再生プログラムであったと考えられる。
ローズヴェルトは大統領受託演説でも恒例の枠内に止まらず、自らの所信を述べた。FDRはひとつのプログラムを提示する。それは、「一国の厚生と健全さは、第一に多数の人たちが願望し、必要とするものであること、第二にそれを取得しているか否かを問わないという単純なモラル原則に基づいている」。
ローズヴェルトは演説の最後を次のように締め括っている;「これ(ニューディール)は、単なる政治的キャンペーン以上のものです;国民のみなさんに立ち上がってもらいたいというお願いです。単に選挙票を得たいということにとどまらず、この企てをもって、アメリカを皆さんのために再復活させる十字軍にしたいということです。そのために力を貸して欲しい。」
筆者がかつて師事した教師には、ニューディーラーが多かったことは以前に記したことがあるが、彼らは情熱をもってその経験を語っていた。今日まで、とりわけ民主党左派の人たちには、ニューディールの精神を受け継いている人々が多い。
ニューディールの核心は
ニューディールはしばしば大規模な経済刺激策と考えられてきた。確かにある程度はその通りである。1933年の全国産業復興法の下で、公共事業機関 Public Work Administration は$3.3 billion (今日の額でやく650億ドルを公共の事業やインフラストラクチャアに投下した。2年後に設立された雇用促進局(Work Progress Administration: 1935-43年)は、さらに、8年間におよそ2倍の資金を投じ、全国の労働力の15%以上を雇用しようとした。
しかし、ローズヴェルトは大統領就任受託演説で、「ニューディールは単なる復興プログラムではない・・・・・・。ニューディールの根本にある信念は、アメリカの民主主義はさまざまに制限され、歪められ今日に至っているが、強化、拡大されて放棄されることなく維持されるべきだ」と述べている。
ニューディールがその根本において目指したのは、FDRの発言に感じられるように、アメリカの生活における社会的正義の概念を広げるという理想にあった。経済の回復 restore と組み直し remodel を同時に目指したともいえるものだった。
在任中、ローズヴェルトは多くの、しばしば反動的な試練を経験する。例えば、 ボーナス・アーミー(Bonus Expeditionary Force)*は、そのひとつだった。
ニューディールは、著者によれば経済にとっての回復プログラム以上の意味を持っていた。一口に言えば、アメリカの民主主義の再生プログラムであったと考えられる。
ローズヴェルトは大統領受託演説でも恒例の枠内に止まらず、自らの所信を述べた。FDRはひとつのプログラムを提示する。それは、「一国の厚生と健全さは、第一に多数の人たちが願望し、必要とするものであること、第二にそれを取得しているか否かを問わないという単純なモラル原則に基づいている」。
ローズヴェルトは演説の最後を次のように締め括っている;「これ(ニューディール)は、単なる政治的キャンペーン以上のものです;国民のみなさんに立ち上がってもらいたいというお願いです。単に選挙票を得たいということにとどまらず、この企てをもって、アメリカを皆さんのために再復活させる十字軍にしたいということです。そのために力を貸して欲しい。」
筆者がかつて師事した教師には、ニューディーラーが多かったことは以前に記したことがあるが、彼らは情熱をもってその経験を語っていた。今日まで、とりわけ民主党左派の人たちには、ニューディールの精神を受け継いている人々が多い。
ニューディールの核心は
ニューディールはしばしば大規模な経済刺激策と考えられてきた。確かにある程度はその通りである。1933年の全国産業復興法の下で、公共事業機関 Public Work Administration は$3.3 billion (今日の額でやく650億ドルを公共の事業やインフラストラクチャアに投下した。2年後に設立された雇用促進局(Work Progress Administration: 1935-43年)は、さらに、8年間におよそ2倍の資金を投じ、全国の労働力の15%以上を雇用しようとした。
しかし、ローズヴェルトは大統領就任受託演説で、「ニューディールは単なる復興プログラムではない・・・・・・。ニューディールの根本にある信念は、アメリカの民主主義はさまざまに制限され、歪められ今日に至っているが、強化、拡大されて放棄されることなく維持されるべきだ」と述べている。
ニューディールがその根本において目指したのは、FDRの発言に感じられるように、アメリカの生活における社会的正義の概念を広げるという理想にあった。経済の回復 restore と組み直し remodel を同時に目指したともいえるものだった。
在任中、ローズヴェルトは多くの、しばしば反動的な試練を経験する。例えば、 ボーナス・アーミー(Bonus Expeditionary Force)*は、そのひとつだった。
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1932年6月に、アメリカ合衆国で、第一次世界大戦の復員軍人やその家族など、約31,000人が支給の繰り上げ支払いを求めて、ワシントンD.C.へ行進した事件。
この事件の鎮圧を担うことになったのは、戦後の日本に大きな影響を与えたダグラス・マッカーサーであった。しかし連邦軍の弾圧で女性や子どもを含む死傷者多数が出たこの事件は米国史の汚点といわれるまでになり、時の大統領フーバーは次の選挙で大敗した。
この出来事は、一部が暴徒化した人種差別への抗議の鎮圧に連邦軍を出動させる構えを見せたトランプ米大統領の発言と行動にもつながっている。
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1932年6月に、アメリカ合衆国で、第一次世界大戦の復員軍人やその家族など、約31,000人が支給の繰り上げ支払いを求めて、ワシントンD.C.へ行進した事件。
この事件の鎮圧を担うことになったのは、戦後の日本に大きな影響を与えたダグラス・マッカーサーであった。しかし連邦軍の弾圧で女性や子どもを含む死傷者多数が出たこの事件は米国史の汚点といわれるまでになり、時の大統領フーバーは次の選挙で大敗した。
この出来事は、一部が暴徒化した人種差別への抗議の鎮圧に連邦軍を出動させる構えを見せたトランプ米大統領の発言と行動にもつながっている。
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貫く進歩思想
ニューディールの時期、アメリカの民主主義がどれだけ達成されたかは定かではない。しかし、ローズヴェルトの言葉を借りるならば、「文明は後戻りできない。文明は停止してはいけない。そのために我々は新たな方法を企画してきた。必要な限り、それを完全なものに近づけるために、必要とあらば改善を図らなければならない。そしてあらゆる場合において、前に進まねばならない。」(1934年1月の議会演説)
ニューディールが今日までさまざまに記憶されてきたのは、こうした理想を掲げ、少しでも前進しようとの熱意ではないだろうか。
ちなみに、ニューディールに投じられた予算規模は、他の時期と比較して格段に大きいというわけではなかった。
ニューディールの時期、アメリカの民主主義がどれだけ達成されたかは定かではない。しかし、ローズヴェルトの言葉を借りるならば、「文明は後戻りできない。文明は停止してはいけない。そのために我々は新たな方法を企画してきた。必要な限り、それを完全なものに近づけるために、必要とあらば改善を図らなければならない。そしてあらゆる場合において、前に進まねばならない。」(1934年1月の議会演説)
ニューディールが今日までさまざまに記憶されてきたのは、こうした理想を掲げ、少しでも前進しようとの熱意ではないだろうか。
ちなみに、ニューディールに投じられた予算規模は、他の時期と比較して格段に大きいというわけではなかった。
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N.B.
連邦予算規模:
1932年 フーヴァー大統領在任時の予算 約$4.66 billion
最大のニューディール予算
1936年 $8.42 billion
1939年 $8.84 billion
戦時予算
1943年 $79.4 billion
1945年 $98.3 billion
Source:Rauchway、 pp.175-176
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受け継がれる政策思想
バイデン大統領は、直面する複合的危機に対して、「左からの変革を目指す十字軍」と自らの立場を位置づけ、説明している。さらに自らは「FDR-サイズの大統領」を目指すとまで述べている。ニューディールへの思いは強いものが感じられる。
ローズヴェルトは当時の世界を”人間が創った世界” “man-made world” と形容した。その考えは2009年のグローバル・グリーン・ニューディール the Global Green New Deal などの構想に脈々と受け継がれてきた。ローズヴェルトのニューディールの構想は不完全にしか実現できなかったが、その後も根気よく追求されてきた。21世紀になっても、絶えず創造的な発想の源になってきた。
ほとんど一世紀近くになる時空を超えて、今日に受け継がれてきたニューディールの思想は、アメリカに活力をもたらす根源となってきた。政権交代に当たって、言葉だけが踊るような日本の政策環境とは大きく異なるものがそこにあることに着目したい。
バイデン大統領は、直面する複合的危機に対して、「左からの変革を目指す十字軍」と自らの立場を位置づけ、説明している。さらに自らは「FDR-サイズの大統領」を目指すとまで述べている。ニューディールへの思いは強いものが感じられる。
ローズヴェルトは当時の世界を”人間が創った世界” “man-made world” と形容した。その考えは2009年のグローバル・グリーン・ニューディール the Global Green New Deal などの構想に脈々と受け継がれてきた。ローズヴェルトのニューディールの構想は不完全にしか実現できなかったが、その後も根気よく追求されてきた。21世紀になっても、絶えず創造的な発想の源になってきた。
ほとんど一世紀近くになる時空を超えて、今日に受け継がれてきたニューディールの思想は、アメリカに活力をもたらす根源となってきた。政権交代に当たって、言葉だけが踊るような日本の政策環境とは大きく異なるものがそこにあることに着目したい。