時は過ぎゆく
L'église Saint-Jacques, Luneville, France
Photo:YK
今回のブログ・タイトル、何のことでしょう? 年末の総選挙? まずはお読みください。
シニカルな論評で知られる The Economist 誌(Nov.22nd-28t 2014) が、先週発表されたオバマ大統領が移民制度改革を大統領権限で実施するとの発表についてのコメントです。同誌は「バラク・オバマ赤信号を突っ走る」 Barack Obama runs a red light. とタイトルをつけています。
最近このブログにも記したばかりですが、年内に大統領としての提案をすると述べていた移民制度改革について、11月20日、オバマ大統領は、議会での法案審議を経るという通常の経路ではなく、大統領権限の行使という形で実施するとの演説を行いました。大統領として残りの任期も少なくなり、与党民主党は中間選挙も上下両院共に敗北し、過半数を共和党に譲り渡しました。オバマ大統領としては、当選以前からほぼ公約としてきた移民法改革ですが、共和党の反対で今日まで実現できずにきました。残された任期と政治状況をみて、この道しかないと思ったのでしょう。移民制度の改革案は、少し前に上院では超党派の法案も審議され、通過していたのですが、下院で共和党が反対し、廃案にしてしまいました。したがって、とりわけ大統領にとっては、暗礁に乗り上げてしまったような状況です。
移民について国民の知識も関心も低い日本と比較して、アメリカはまさに移民で立国した国であり、移民制度改革は未来のアメリカを定める国民的最重要課題です。すでに議会では前政権から長年にわたり、議論が行われ、問題の所在はかなり明らかにされてきました。こうした事情がオバマ大統領に、議会を飛び越えた権限を行使すると決断させた背景にあります。移民制度改革についての議論は尽きているとの判断でしょう。しかし、人種的偏見を含め、多様な考えが存在するこの国では、論理だけでは整理しきれない問題もあります。
壊れている移民システム
確かにこれまでの下院での共和党の反対戦術は、客観的に見て度を過ぎていました。あらゆる法案の審議を長引かせ、gridlock(進退窮まった状態) と呼ばれる交通渋滞のような身動きのとれない状態が続いてきました。大統領としては、これでは残った任期中に、とても実現できないと思ったのでしょう。
アメリカ国民の全てに関わる重要問題だけに、TVで大統領の所信表明がなされ、11月21日、ラス・ヴェガスにおいて、大統領権限行使の署名が行われました。これについて、共和党のジョン・ベーナー議員などは、王か皇帝のようなやり方だと激しく反発しています。この大統領権限の存在は、アメリカ議会主義のひとつの特徴で、その行使と評価はかなり見解が分かれます。
ただ、大統領が演説の冒頭で述べたように、アメリカの移民(受け入れ)システムは、何10年も壊れたままという事実は、共和党を含めて国民の誰もが認めることです。ブッシュ前政権も最後の段階で試みた移民法改革が実現できませんでした。人種的偏見などもあって、誰もが十分納得する移民改革案は構想しがたいともいえます。先述の上院での超党派案は、それをなんとかくぐり抜けて作り上げたものでしたが、保守派の多い下院はそれすら廃案にしてしまいました。オバマ大統領の改革案もこうした事情を考慮した上で、廃案になった上院での超党派案も取り入れ、かなり共和党に譲歩した内容になっています。
その骨子は次の通り:
1)国境における不法移民の取り締まりを強化する。
★国境パトロールの増員を含め、不法入国者防止の手段を強化する。
★最近入国に必要な書類を保持することなく、国境を不法に越えて入国した者を強制送還する。
2)家族ではなく、犯罪者を送還する。
★ー懸命に働いているアメリカ市民の親たちではなく、犯罪者の発見・送還に国境管理パトロールの重点を置く。
3)すでに国内に居住する400万人以上の入国必要書類不保持者に、アメリカの法律に従って活動できるよう責任を自覚してもらい、暫定の滞在を認める。
★アメリカ市民で入国に必要ば資料を保持していない親たち(最近は未登録移民ともいう)およびアメリカ国内に5年以上居住している合法定住者に、犯罪歴などの経歴調査を受けてもらい、租税公課を支払ってもらうことを条件に3年間の滞在を認める。
この最後の条項が改革案の中心であり、大統領は次のように述べています:
「あなたが五年以上アメリカに居住しているならば; あるいはアメリカ市民の子供がいるか、合法な定住者ならば;登録をした上で、犯罪歴がないかチェックを受け、規定の租税公課を収めるならば、あなたは強制送還の怖れなく、暫定的にこの国に居住する申請をすることができます。いままでのような影に隠れた存在ではなく法に基づく権利を与えられるのです。」
この内容は、ブログを継続してお読みいただいた方には自明なことですが、さらにくだいていえば、次のようなことです。大統領は数百万の不法滞在の外国人、それも多くは子供がアメリカ市民か合法的定住者である者の親たち(不法滞在者)に合法的な地位を与える。 アメリカは生地主義(父母の国籍のいかんを問わず、その出生地の国籍を取得する主義)なので、メキシコ国境を入国書類を持たずに越えた両親に、アメリカで子供が生まれると、その子供はアメリカ国籍を取得します。
解決の糸口は
こうした大統領の提案に対して、野党の共和党は議会の審議を経ない乱暴な方法で、断固として許せないと反対する構えです。これまでの経緯をウオッチャーとして見ると、共和党は多数を占めていた下院で多くの法案をブロックしてきました。共和党の右派には1100万人といわれる不法移民は、すべて強制送還せよとの強硬派もいます。
ただ、共和党にしてもかたくなに反対すると、オバマ大統領案で救済される比率が大きいヒスパニック系選挙民の反発を招きかねなません。党内は決して一枚岩ではありません。それでも上下両院で過半数を占めるにいたった共和党は、これまで以上に議事運営で民主党に強く当たるでしょう。共和党がその他の分野での譲歩をとりつけるために、大統領自らが前面に出た、この移民制度改革を「人質」にとるという手法は、これまで以上にエスカレートしそうです。
オバマ大統領としては残された手段である大統領権限を行使し、それによって生じる政治的紛糾があっても、世論などの力を借りて、なんとか突破口を開き、法案を成立させようとの考えなのでしょう。議院運営はさらに厳しくなることは間違いないのですが、あえてその道を選んだのです。
改革案はアムネスティか
今回大統領権限で提示された移民法改革案の骨子は、これまでの長い議論を考えると、まず妥当な改革案と考えられます。しかし、共和党、特に下院議員はこれはアムネスティ(大赦)だとして反対しています。しかし、対象となる不法(未登録)移民に無条件でアメリカ市民権を付与するわけではなく、滞在期限についても条件付きであり、通常のアムネスティとは異なっています。そして、無登録滞在者(不法移民)の個別的事情は想像以上に複雑で、実務上はかなり対応に時間がかかることは確実です。とてもオバマ大統領の任期中には片付きません。それでも大統領としては、移民法改革だけは形をつけたいと考えたのでしょう。政治家に残された時間は少ないのです。
さもないと、あのブッシュ大統領の任期末にきわめて似た状況で終わることになりかねません。The Economist誌は、オバマ大統領がアメリカの議会民主制の中で認められたユニークな権限を行使するのは正しい。選挙民たちも政治的渋滞にうんざりしている。しかし、その中にはオバマ大統領の政治に飽きてしまった者もいると指摘しています。その点を大統領も認識して行動しないと道を誤りますよと警告しているのですが。
イギリスも赤ランプ寸前、そして日本は.......
このたびの大統領権限の行使は現時点では評価が困難です。The Economist 誌のお膝元であるイギリスでも、キャメロン首相が(出入りの増減を差し引いた)ネットの移民受け入れ数を年間10万人以下に抑制すると約束したが、最近、メイ内相が達成は難しい、実際には243,000人くらいになりそうだと発言して議論を呼んでいます。キャメロン首相はEU内部からの移民のコントロールができないからだと主張していますが、域内の人の移動を制限することはEUの根幹を放棄することとして、他のEU諸国は認めません。保守党は、入国してくる移民への各種給付を制限することで対応するとも述べていますが、これも無理な話です。こうした案が生まれるのは、EU域内で相対的に水準の高い社会保障給付体系を持っているイギリスへ来て、仕事がなければ給付を受けて暮らしている外国人がいる といわれる事態(benefit tourism)が報じられているためでもあります。キャメロン首相は認められなければ、EU離脱もありうるとしていますが、少しバランス感覚を失いかけている感じがします。
労働力不足の進行で、被災地復興や看護・介護に当たる人材が不足し、このままではオリンピック事業まで、危ぶまれる日本はどうでしょう。移民受け入れ問題は、議論の俎上にはのりません。深刻な労働力不足が日本を襲うことはもはや避けがたいことです。国民的議論が渋滞する中、突っ走ろうとする政治家が出てくるのでしょうか。
アメリカに目を移すと、いずれにせよオバマ大統領にとって、残りの任期は共和党との不毛なやりとりで、政治的にも難題が山積する非生産的な時間が待ち受けています。次の大統領が決まるまでの2年間は、共和党がよほどの協調的な対応に変身しないかぎり、アメリカの政治にとって大きな停滞期になることはほとんど確実でしょう。