17世紀前半のラ・トゥールの作品を見ていて、前から気になっていることがある。それはいくつかの作品における空間のとり方が、どうも自分の感覚と少しずれているような気がするのだ。たとえば、仕事部屋に掛けている「生誕」のポスターを毎日見ているのだが、左側に立つ召使の頭上の空間が心持ち窮屈な感じがする。あと10センチいや5センチとってあれば、もっと楽に見られるのではないかと思う。
他方、同じ画家の作品でも 「ファビウスのマグダラのマリア」のように、少し闇の部分をとり過ぎているのではないかと思う時がある。また、構図自体がどうしてこれほど窮屈なのだろうかと思われる作品もある。典型的なのは、あの「ヨブとその妻」 (エピナル美術館)である。人体としてはバランスを失しているのではと思われるほど長身の女性がヨブを見舞っている。頭の部分が不自然なくらいに上から押さえられている。天井が低すぎて、無理に首を曲げているような感じがする。しかし、この違和感を感じるほど窮屈な構図こそが、この作品の不思議な魅力の一因なのだ。少し見慣れてくると、これでなければ駄目だと思うようになる。
美術史家の友人によると、ラ・トゥールの作品に限らず、この時代の好みや風習が反映しているという。確かに、この時代、依頼者(あるいはパトロン)が主題を指定して画家に製作依頼し、作品の納入が終わった後、自分の好きな部分だけを残すということもかなり行われてきた。時には、作品が所有者を変える過程で、新たな所有者が自分の嗜好に合わせて、画材を継ぎ足したり、切り取ったりしている。作品が自分の所有になったら、どうしようが勝手という風潮なのだろう。作品と芸術家の「社会性」の関係が十分確立されていない時代である。(かつてこのブログでゲインズバラの作品「姉と弟」 (仮題)について、記したこともあった)。
画商が作品を適宜、裁断して複数の作品に仕立て上げ、販売することも行われた。こうしたことは時代を下って、印象派の時代になっても行われていた。
興味あることは、ラ・トゥールの昼の作品は、すべてある時期に継ぎ足しが行われて画面が拡大されているらしい。狭い画面に人物がぐっと詰まった構図が、時代の好みに合わなくなってきたからである。部材を継ぎ足してゆとりをもたせることなどが行われている。たとえば、ルーヴルの「ダイヤのエースを持ついかさま師」は、あらかじめ色を塗った帯状の布で上部を拡大している。継ぎ足された部分は、現在も作品の一部として残っている。他方、北米のキンベル美術館が所蔵する作品のいくつかは、近年の修復時に後年に追加された部分を取り去り、元の寸法に戻されている。
また、「辻音楽師の喧嘩」(J.ポール・ゲッティ美術館)は古い時代に模作がつくられており、それには拡大部分がない。ブリュッセルの「ヴィエル弾き」は、原作段階ではヴィエル弾き以外にもヴァイオリン弾きが描かれていた。現在残る作品に、楽器と弓を持つ手が残っている。数人の楽士を描いた横長の画面だったのだ。おそらく偶発的な原因などで作品が損傷し、画家の署名が残る部分の体裁を整え、独立した作品のようにしたのではないかと推測されている。
絵画に限らず、建築物などについてもいえることだが、作品の社会性が確立されていなかった時代では仕方がなかったとしても、今日では作品の社会性とその維持のための責任の基準確立が望まれている。芸術作品の「修復」や「模造」に関する理念を、社会がいかに共有するか。絵画にとどまらず、芸術作品の社会性のあり方が問われている。
このブログで取り上げているラ・トゥールの作品がたどってきた歴史は、こうした課題を考えるに際して格好な素材を提示しているように思われる。
「われわれは、芸術作品そのもののいかなる部分にも真正性(オーセンティシティ)に疑いが生まれないように、類推による補完はせず、芸術作品の今残っていてわれわれに見えているものの享受を容易にすることだけにとどめなければならない。」*
*Cesare Brandi. Teoria del restauro (チェーザレ・ブランディ(小佐野重利監訳、池上英洋・大竹秀美訳『修復の理論』三元社、2005年)、p.134.