ベルリン エジプト美術館
Affenstatue mit Namen des Narmer
Agyptisches Museum Berlin 22607
(photo: Jurgen Liepe)
内外共に、「波乱」と「退行」の1年が終わろうとしている。多くの出来事のひとつ、改正出入国管理法を強引に成立させた政府レヴェルでは、各省庁が新年4月からの新在留資格「特定技能」に対応する関連予算を掲げている。しかし、少し離れて見ると、内容は断片的で、実効性に疑問符がつくものが多い。縦割り行政の断裂がいたるところに見られる。政策としての一元性が感じられない。発想の根源がほとんど旧来の路線から出ていない。長らく批判対象になってきた外国人技能実習制度も存続させるようだ。問われているのは制度自体の存否であり、予算を増やして改善を期待するという次元ではないはずだ。
外国人労働者が大都市圏に集中しないよう必要な措置をとるともいわれている。しかし、最低賃金ひとつをとっても、地方の方が都市より低く設定されている。自治体への地方創生交付金の活用で人の流れが都市から地方へ変わるだろうか。過去の経験にみるかぎり、大きな疑問符がつく。仕事の機会は簡単には創出できない。オリンピック関連工事なども、圧倒的に東京など都市部に集中している。大都市や隣接した町村で集住が進む。
ベトナムでは日本で働くことへの期待が存続する一方、介護実習生の劣悪な労働・生活環境も伝えられ、日本への希望者が激減しているという。IT社会では、情報はリアリティを伴い、寸時に伝達される。日本語を習得すること自体に疑問も生まれているようだ。英語の方が能力を活かす場として、はるかに普遍性が高いことに気づいている。問題を指摘すれば、数限りない。今回の受け入れ案では構想の欠如、対応の不備、拙速さが目立つ。
高まる国境の壁
世界の主要な移民受け入れ国は、総じてその門扉を狭めようとしている。トランプ大統領は「鉄の壁」で不法移民を阻止すると主張し、予算審議の対立点になった。一時は他国が対応できないほどグローバル化を主張してきたアメリカだが、状況は一変した。他方、送り出し国側も優れた自国民の海外流出のマイナス面に気づき始めた。
移民の数は世界規模では、およそ75億人まで増加した人口増加も反映して、新たな水準に達しつつある。送り出し国、受け入れ国共に、移民(外国人労働者)の受け入れ、送り出しの数を少なくしようとしている。最近、アメリカの専門調査機関 Pew Research Centerが2018年春の時点で、主要27ヵ国について実施した調査結果*を見てみよう。中国が含まれていないことを含めて、やや概略に過ぎる感もあるが、興味深い点も多々あり、取り上げてみたい。
調査に含まれる主要な質問のひとつに、「あなたは自分の国へ現在以上の移民immgrantsが入国するのを許すべきと思いますか、それとも、もっと少なくすべきと思いますか、あるいは今と同じ水準にとどめるべきと思いますか」というものがある。調査対象は世界の主要地域・国別に分類され、比率(%)で表示されている。
受け入れ拡大は少数
調査対象27ヵ国の合計では、中位数medianの45%が「移民受け入れはこれ以上あるいは全く受け入れるべきでない」と回答、他方36%は「現在と同じくらいならば受け入れてもよい」とし、14%が自国はもっと「受け入れべきだ」と回答した。
国別ではギリシャ(82%)、ハンガリー(72%)、イタリア(71%)、ドイツ(58%)などが「これ以上、移民は自国へは来るべきでない」と回答した比率の高い上位の国々である。これらの国々は(働くことを目的とした)移民のみならず、中東やアフリカなどからの難民や庇護申請者が目指した国々として、その対応に苦慮した中心的な国である。
ヨーロッパのこうした国々とほとんど同じ考えを示したのは、地域はばらばらだが、イスラエル(73%)、ロシア(67%)、南アフリカ(65%)、アルゼンチン(61%)などである。これらの国々も移民の入国はもっと少なくすべきだと回答した者の比率が大きい。移民をもっと受け入れるべきだと回答した者の比率はいずれの国でも4分の1以下であった。
アジア・オセアニア(中国、北朝鮮を除く)地域では、インドネシア(54%)、インド(45%)、オーストラリア(38%)などが、移民受け入れはもっと少なくすべきだとの回答者の比率が多い国である。ちなみに日本は「これ以上の受け入れを制限するべきだ」とした者の比率は13%、「現在と同じくらい」が58%、「受け入れを増やすべき」は23%であった。受け入れ拡大が必要と考える人の比率が高い国のひとつだ。
2017時点の世界全体で、2億5800万人(全体の3.4%)が自分の出生した母国とは異なる国に住んでいた。1990年時点では1億5300万人(2.9%)だった。きわめて大きな移動がこの時期にあった。ちなみに、この調査で取り上げられた27カ国で世界の移民の半数以上を占めている。
流出する国民への懸念
他方、自国から他国へ仕事を求めて移動・流出する人々に憂慮する国も多い。本来、自国においてその才能・技量を発揮するよう期待される人たちだが、彼らが海外へ流出してしまうのは送り出し国にとっては重大な関心事であり、時には「頭脳流出」brain drain と呼ばれる現象である。
ギリシャ、スペイン、ハンガリーなどが、強くこの点を訴えてきた。他方、フィリピン、メキシコ、ケニア、ナイジェリアなど、海外流出の比率が高い国でも、長年にわたりそうした動きに慣れ、むしろ彼らの本国送金に期待する国々もある。
これ以外にも優れた自国民の海外への流出が問題として識者などの間で意識されている国としては、ロシア、韓国、ケニヤ、ポーランド、イタリアなどが挙げられている。注目すべきことは、多くの人が自国民が、海外へ流出する数が増加することを「非常に大きな問題あるいはかなり重要な問題」だと思っている人々の比率はかなり高いという点である。調査対象とした国27ヵ国の中位数は64%とかなり高率である。
これは何を意味しているのだろうか。調査全体からは多くのことを知りうるが、この質問に限って手短かに言えば、(1)世界の大勢は移民受け入れについて、扉を狭める方向にある、(2) 自国民、とりわけ優れた資質を持つ国民が海外へ流出することに危惧の念を抱くようになっている。逆に言い換えると、「頭脳獲得」brain gain は急速に難しくなっている。
こうした潮流の中で、労働力不足に迫られている日本は、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしている。受け入れを減らそうとしている主要先進国の中ではかなり例外的である。受け入れに慎重な国が増え、海外の働き場所が減少し供給圧力が高まっている環境で、他の受け入れ国とは反対の方向(受け入れ拡大)を目指すからには、かなり周到な準備が必要だ。労働者は原材料のように増減の調節はできない。かつて、ブログ筆者は「ラチェット効果」(ラチェット歯車:逆転できない歯車)にたとえたことがある。とりわけ人口大国の中国に近接する日本は、起こりうる可能性を慎重に検討しておかねばならない。いかなる選択肢があるのか。2020年東京五輪などで人手不足の業界の圧力に押されて、将来に禍根を残さないよう拙速を避け、国民的議論を尽くすべきだろう。
#この調査で取り上げられているのは「移民」であり、「難民」refugees は含まれていない。後者は戦争、迫害など非自発的要因で母国を離れ、他国へ避難、救済などを求める人々だが、本調査には含まれていない。移民は傾向が予測できるが、難民は増減が不規則で予想し難い。「移民」、「難民」の判別、区分も年を追って難しくなっている。
*調査の全体(統計処理の詳細を含む)は下記を参照されたい。
Many worldwide oppose more migration – into and out of their countries , Pew Research Center(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/12/10/many-worldwide-oppose-more-migration-both-into-and-out-of-their-countries/)