アメリカ・メキシコ国境は国境パトロール体制が
強化され、両国を隔てる物理的障壁は年々
高くなっている。
サッカー、ワールドカップも、日本はほとんど見せ場をつくることなく敗退してしまい、この国には脱力感のような空気が漂っている。一次リーグ敗退が決まった日、全国紙の一面はまるでスポーツ新聞と変わらず、戦争にでも敗れたような大きな文字が躍っていた。ワールドカップは、あたかもサッカー場を舞台にしての参加国間の代理戦争のような光景と見られないことはない。世界の政治・経済などの場では、存在感が薄い国や小国も、ここで大国に勝って日頃の憂さを晴らす。敗退した国は次第に熱が引き、冷静さ?を取り戻す。一時期大きな問題であったフーリガンがどこかへ消えてしまって、まずまず安全で熱狂的な応援の舞台がつくり出されている。
サッカーのスポーツとしてのおもしろさのひとつは、それぞれのティームが動く壁、一時固定された壁(プレース・キック)など、さまざまな壁を介在して、自陣を守りながら、相手の壁を抜けるという点にある。短い時間ではあるが、虚々実々の駆け引きが展開される。
閑話休題
最近、アメリカ・メキシコ国境をめぐる移民事情の変化をウオッチしていて驚いたことがある。なんと国境地帯を子供たちだけで、くぐり抜けようとする動きが激増し大問題になっているとのこと。ABC(6月29日)が特別ニュース*として報道していた。事態を重く見たオバマ大統領が緊急事態として迅速な対応を命じた。しばらく前までこれらの年少者、子供たちは大人たちに引率され、砂漠などの危険地帯をくぐり抜け、アメリカへ入り込もうとしていた。しかし様相が急激に変わりつつあるようだ。
今、メキシコ側からのアメリカへの不法入国(査証、旅券など必要書類不携帯)者が最も集中しているのは、テキサス州に接する部分が多いリオ・グランデ河流域だ。不法入国者が選択する地域はその時の政策環境で変化してきた。
アメリカ・メキシコ国境の変貌
テキサス州リオ・グランデ河を挟んだよく見られる光景。アメリカ側は必要と考える地域には人工の障壁も設置し、電子探知装置、無人機などかなり強固な監視体制を準備している。しかし、時々パトロールが巡回する程度で、表向きは国境ガードのような人影も見えず、平和な風景が展開する。他方、メキシコ側も、一見穏やかな自然の風景の中で、日々の生活を楽しんでいるかに見えるが、入国を志す者は、それなりの準備をして虎視たんたんと監視の隙をねらい国境を越える。国境のパトロールが見ると、服装、準備などから、直ちに怪しいと分かるらしい。
このリオ・グランデ渓谷は最近再び大きな関心が寄せられる地帯になっている。およそ2000マイル(3200km)の距離にわたり、不法入国を企てる者と彼らの侵入を防ぎたい国境パトロールがせめぎ合う熱い場所になっている。
急増する子供の越境者
最近、大きな注目を集めているのは両親などの付き添いもなく、兄弟などの未成年者、あるいは子供だけで国境線を渡ろうとする者が増えていることだ。今年のアメリカ会計年度(10月1日から翌年9月30日まで)に国境で拘束された保護者のいない子供たちの数はおよそ52000人に達した。増加し始めたのは2011会計年からで15700人だった。 こうした子供の入国者はアメリカに隣接するメキシコではなく、ホンデュラス、グアテマラ、エル・サルヴァドールなどの中米諸国から北上してアメリカに入り込もうとするようだ。たとえば、今年度に国境で拘束された者の中で15000人はホンデュラスを国籍としていた。アメリカ・メキシコ国境に到達する前に、メキシコの南部国境で拘束され、本国送還される者も多いという。これら中米3カ国からの出国者は子供を含めて、2010年代以降、急増している。いずれの国も治安状態が悪化し、ギャングが横行している。そして、子供や親を脅し、金品を奪ったり、自らの仲間に組み入れる。
脅威におびえた親や子供は、多額の金をコヨーテ(人身売買の斡旋業者)に支払い、子供をアメリカなどへ避難させる。最初の頃は、親など成人の保護者が子供と共に、中米からメキシコへ入り、さらにリオ・グランデなどの国境地帯を目指した。しかし、最近、大きな問題となっているのは子供たちだけでこの怖ろしい試みをすることだ。彼らの多くは両親や親族などがアメリカにいる。そこまでなんとか子供だけでたどり着こうという無謀な行動だ。子供たちはメキシコやアメリカに入国するに必要な正式の入国関係書類を一切保持していない。さらに、アメリカにいる親族なども多くは、不法滞在者である。こうした子供たちの数はいまや推定で6万人から8万人、来年は13万人になるとの予想もある。コヨーテに支払われる金額にもよるが、子供たちの多くはアメリカ・メキシコ国境近くで、放り出されてしまう。ひたすら北の方を目指すしか生きる道はない。
子供たちの年齢は低い者でわずかに4歳、シャツにアメリカの身よりの連絡先が縫い付けられているだけだ。こうした子供たちが多数、不法に越境してくるということは、メキシコあるいはアメリカの国境パトロールにとっても予期しない出来事のようだ。短期間に急激に増加したこともあって、国境で拘束された子供たちを収容する設備は整備されておらず、不潔で悲惨な状態にある。なにもない土間のような部屋に多数の子供たちが詰め込まれているような状況らしい。想像するに恐ろしい光景のようだ。オバマ大統領は「緊急な人道的対応が必要だ」と述べた。
中米諸国からの未成年者の密入国者の急増の背景は、これらの国々の政治・経済的不安定にある。かれらが本国を逃げ出すのは、誘拐、人身売買などを行うギャングの横行、家庭の崩壊による家庭内暴力が主たる原因のようだ。さらに、親たちは、アメリカに居住している家族、親族などを頼りに、夢を子に託して、子供や孫をアメリカに送る。
中米諸国の惨状が背景:作られたうわさ
こうした予想しなかった事態の背景には、最近中米諸国の治安が極度に悪化し、殺人などの比率も急増していることが指摘されている。麻薬をめぐる争いもすさまじい。
そうした中で、アメリカのオバマ大統領が、子供さらに幼い子供を育てている母親については、国境管理を緩めて入国を認めるとの方針転換を発表したとの虚偽の噂が各地に伝わったことが、急増の理由の一つに挙げられている。これだけインターネットが発達し、TVなどのメディアも普及しているにもかかわらず、それすら利用できず、情報の真偽の確認もできないという事態が拡大していることに注意を向けるべきだろう。実際、アメリカ国境で拘束された子供や親たちの多くが、アメリカへ行けば入国が認められると思っていたと回答している。
入国を企て拘束された者は、国境で入国許可 "permiso" (permit) が交付されると思い込んでいたらしいが、これは両親など明確な親族がアメリカに生活している場合で、ほとんどすべての未成年者は事情聴取の上、本国へ送還される。うわさが生み出す恐ろしさは、これにとどまらない。中には、アメリカは戦争に備えて、若者を入国させているとのうわさまで広がっているという。さらに、フェイスブックなどの映像が見られるインターネット上のメディアの発達で、アメリカに住む知人などが、物質的な豊かさの断片などを映像で知らせ、それに誘われてアメリカ行きを目指すという悲劇も伝えられている。
ホワイトハウスは、6月にバイデン副大統領を中米に派遣し、アメリカは今日いかなる国境「開放」政策をも採用していないことを説明させた。
ねつ造される根拠ないうわさ
しかし、このような根もないうわさを流布させ、信じ込ませてしまうような背景も指摘できる。国境で人身売買をビジネスとしているコヨーテといわれるブローカーは、うわさをねつ造し、移住希望者(多くは不法入国者)を誘う。
2013年会計年にアメリカは37万人というかつてないような多くのアメリカ在住の不法滞在者を、本国送還した。しかし、アメリカ国内には、依然として推定1170万人といわれる不法滞在者がほとんど減ることなく存在している。これらの不法滞在者を確定し、本国送還する手続きがいかに困難であるかについては、このブログで再三、記したことがある。
このたび問題化した未成年者、子供の本国送還についても多くの問題が付随する。安易に送還し、悪辣な人身売買業者などの手にわたらないよう配慮しなければならない。さらに、アメリカの法律では、国境パトロールは子供たちを72時間を越えて拘留できないことになっている。送還あるいは特別の事情で滞在許可が下りる前に、裁判官の事情聴取を受けることが義務づけられている。この分野の専門判事はひとり当たり5千人分の案件を抱えているといわれ、事態はきわめて厳しい。オバマ大統領は裁判官の増員を約したが、それほど容易なことではない。
いずれ本国送還される子供たちはしばらくはアメリカにいる親戚、知人あるいは地域の慈善施設などに頼って、生活し、担当判事の結論を待つことになる。
遠ざかる解決への道
現実がこのように厳しい状況にあるにもかかわらず、移民問題解決の糸口は依然としてない。包括的移民政策の実現はいつになるか不透明になった。とりわけ共和党のかたくなな対応が妥協を困難にしている。ホワイトハウスは中米諸国への援助強化、国境移民管理に当たる裁判官を増加するとしているが、効果が出るとしても遠い先のことだろう。オバマ大統領自身、包括的移民改革の推進について当選当時のような熱意をまったく失ったようだ。
こうして未成年者、子供の不法入国者が増加する傍ら、入国に必要な書類を保持せずに不法入国を企てる者の数は2000年度の1600万人から、2013年には415,000人まで減少した。その背景にはアメリカの経済がはかばかしくないこと、それに対してメキシコの経済が好調であることが反映しているとされる。そして、国境管理体制自体がかつてと比較して厳しさを増したことが大きな要因としてあげられる。そして、いまや貧困の中心はメキシコから中米へと移動しつつある。
隣国メキシコからの流入が減少していることについては、別の理由もある。2008年頃の調査では、メキシコからの不法入国者の多くはなんとかアメリカへ入り込み、仕事にありついて貯金を蓄え、時々はメキシコの故郷へ親や親戚に会うために帰国していた。そして、再びアメリカへ戻る適当な手段を活用し、アメリカで生活していた。しかし、国境管理が厳しくなった今日では、国境の壁がアメリカで働く家族とメキシコなど中米に住む家族の間を、お互いが容易には会うことができないように隔離し、遠ざけている。そのため、故郷の両親はアメリカに働きに行っている息子や娘の子供を、なんとかアメリカへ送り届けようとしているようだ。
生死をかけた旅の先には
オバマ政権が包括的移民改革の実施に大きく手間取っている間に、現実もかなり変わってしまった。国境の体制が硬直的になっているため、当初考えられた農業、建設労働者などを弾力的に両国間を行き来させるという弾力的な運用プランは、実現が難しくなってきた。国内労働者はこうした分野では、働きたがらない。十分な労働力が南にあると思っていた政府、農業関係者は乏しくなってきた供給源に不安を隠せない。
こうした変化の中で、不法入国を志す者がまったく減少するわけではない。きわめて厳しい経済状況に置かれている中米諸国の人たちは、自分の息子や娘がアメリカで働いているならば、預かっている彼らの子供たちを国境が完全に閉鎖される前に、なんとかアメリカへ届けたいと思っている。しかし、その道はさらに遠くなっている。
References
* ABC News June 30, 2014.
”Under-age and on the move” The Economist June 28th 2014.