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宗教改革の奔流に棹さす画家(2)
宗教対立の時代
プロテスタントのローマ・カトリック教会批判は熾烈であった。長年にわたるカトリックの支配は、さまざまな批判の材料を与えてもいた。カトリック教会そして法王自身が批判の対象でもあった。
こうした批判に、体制側のローマ・カトリック教会側は当然ながら対応を迫られた。反宗教改革(カトリック宗教改革)は、プロテスタントの攻撃に対するカトリック教会側の対応であった。その重点は、プロテスタントによって批判された慣行・しきたりの正しさを理論づけ、その価値を再確認することに当てられた。さらに布教の歴史を重視し、初期の教会創始者に立ち戻って原点を見直すことが試みられた。 その目的は自らを新たに見いだすことでもあった。
重要な役割を担う芸術
カトリック改革側の対抗プランの基軸は、1545-1563年の間に25回にわたって開催されたイタリアのトレント会議で形成された。その最後の会議で、彫刻、絵画、音楽などの教会芸術は、この宗教改革の嵐の中で重要な役割を果たすことが確認された。
カトリック教会は、芸術が言葉では十分果たし得ない、人々を感動させうる重要な役割を持っていることを再認識した。当時、最もキリスト教に信仰深いのは教育を受けていない人々であり、彫刻や絵画はそうした人々に直感的に教会の話や価値を教える不可欠な手段であった。そのため、宗教的絵画はカトリック教会側の重要な対抗手段とされた。 皮肉なことに、プロテスタント側が提起した宗教イメージの廃止は、カトリック側に激しい反発を引き起こした。イメージを破壊しようとしたプロテスタントの意図はかえってそれを盛んにしてしまったところがあった。
分かりやすさへの回帰
トレント会議は、プロテスタントの批判を受けて、美術についてのルールを定めた。たとえば、宗教画での裸体を禁じた。シスチナ教会堂のミケランジェロの「最後の審判」に描かれた人物の衣装の描き方に示されている。さらに、トレント会議は、無用な情景や人物を描き込むことがないよう布告した。
こうした布告が一人の画家としてのラ・トゥールの制作活動にいかなる影響を与えたかはよく分からない。ロレーヌにいかなる経路を通して伝達されたかも、必ずしも分からない。しかし、この画家はもともと自分のイメージを表現するに最低必要なものしか描かなかったのではないかと思われる。それによって、見る人の注意を対象に集中させることを意図したのだろう。屋内、屋外を問わず、背景らしきものが描き込まれた作品はほとんどない。その代わり、重要人物の描写には最大限の努力が注ぎ込まれている。
トレント会議が示した単純さと分かりやすさへの転換は、主題と構成が次第に複雑であいまいになってきたマニエリスムmaniérismeへの反発だった。マニエリスムは盛期ルネッサンスの後に登場した様式で、イタリアを中心に1520年頃から16世紀末までイタリアを中心にヨーロッパに波及した。ルネッサンスの古典主義的様式への反動ともいえるものであった。ポントルモ、エル・グレコ、ティントレットなどに代表される。トレント会議は、この点を反省し、マニエリスム様式で描かれた聖人のいくつかについては、様式化が過ぎるあるいは当時の見る人の日常経験から離れすぎ、聖人のイメージに忠実ではないとした。
見直された使徒たち
教会は初期の事績の証人でもあり、殉教者でもある使徒たちの評価に重きを置いた。たとえば、聖セバスティアヌスは死に対して信仰厚き人として宗教改革の嵐の吹くヨーロッパでもよく知られていた。ヴィック出身の貴族でもあったアルフォンソ・ランベルヴィリエール は、15世紀メッス出身の聖人リヴィエ Saint Livierの自叙伝を書いている。このロレーヌ出身の聖人が殉教した場所ヴィレヴァル Vireval は、14世紀の巡礼の目的地となり、その後カトリック宗教改革の時代には大変な賑わいを見せた。 ロレーヌには、この他にも巡礼のめぐった所がいくつかあったようだ。
ラ・トゥールがどの程度までトレント会議の示す方向に沿おうとしたのかは資料もなく不明である。しかし、今日に残る作品から見るかぎり、この画家はカトリック宗教改革が意図した伝統的主題を描いている。ラ・トゥールがカトリック宗教改革が方向づけた主題を選択することによって、教会に対するプロテスタントの批判を回避しようとしたことは推測できる。しかし、この画家は世俗の世界ではロレーヌ公領に住みながらも、フランス王室にも近い微妙な立場を維持していた。 ここに、ラ・トゥールの謎を解くひとつの鍵が秘められているかもしれない。
Reference
Choné, Paulette. 1966.Georges de La Tour: un peintre lorrain au XVIIe siecle. To urnai: Casterman.
Conisbee, Philip ed. 1996. Georges de La Tour and His World. Washington, DC: National Gallery of Art & New Heaven : Yale University Press.
Image St.Simon
Courtesy of Olga's Gallery