最下段に上級者向け(?)クイズがあります。
20世紀初め、長い忘却の闇から発見された時は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールという稀有な画家の作品や生涯については、ほとんど謎に包まれていた。しかし、その後、新たな作品の発見と研究は急速に進んだ。今日ではこの画家が、いかなる画業生活を送ったのかという点については、かなりのことが明らかになっている。この画家の数少ない作品と断片的な史料についての多方面にわたる分析と知見の蓄積が進んだ成果と言える。
この画家の手になると思われる50点余りの作品は、今日ではフランスに限らず、アメリカ、日本など世界中に拡散して保蔵されている。そのため、全ての作品が一堂に集められるというような機会はほとんど期待できない。そのため、1996-7年のNational Gallery of Art, Washington,D.C.やKimbell Museum での特別展などが開催された時には、アメリカ各地に所蔵されている10点の作品についての科学的研究が一挙に進んだ。
ラ・トゥールがいかなる修業を行ったかという点については、依然として不明なことが多い。しかし、この時代に活動していた画家のほとんどはその作品も生涯もほとんど知られることなく歴史の闇に埋没してしまって知られることはない。幸いラ・トゥールは、その卓越して見事な作品の故に、多くの研究者の調査と探索の対象になってきた。
史料の調査、研究が進み、徒弟、遍歴の時期を除く画家の生涯もかなり明らかになった。ラ・トゥールの若い時代の画業修業は不明だが、後年この画家自らが親方として徒弟を採用した記録が残っており、この時代の画業修業の輪郭を思い描くことができる。
この画家の手になると思われる50点余りの作品は、今日ではフランスに限らず、アメリカ、日本など世界中に拡散して保蔵されている。そのため、全ての作品が一堂に集められるというような機会はほとんど期待できない。そのため、1996-7年のNational Gallery of Art, Washington,D.C.やKimbell Museum での特別展などが開催された時には、アメリカ各地に所蔵されている10点の作品についての科学的研究が一挙に進んだ。
ラ・トゥールがいかなる修業を行ったかという点については、依然として不明なことが多い。しかし、この時代に活動していた画家のほとんどはその作品も生涯もほとんど知られることなく歴史の闇に埋没してしまって知られることはない。幸いラ・トゥールは、その卓越して見事な作品の故に、多くの研究者の調査と探索の対象になってきた。
史料の調査、研究が進み、徒弟、遍歴の時期を除く画家の生涯もかなり明らかになった。ラ・トゥールの若い時代の画業修業は不明だが、後年この画家自らが親方として徒弟を採用した記録が残っており、この時代の画業修業の輪郭を思い描くことができる。
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N.B.
ラ・トゥールの5番目で最後の徒弟であったジャン・ニコラ・ディドロの徒弟契約書(1648年9月10日)によると、期間は4年間とされ、親方の馬の世話、手紙を届ける使い、食事の給仕をするなどが定められている。ディドロは「顔料を砕くこと、画布の地塗りをすること、絵画に関わる全てのことを行い、配慮すること、必要が生じた場合、人物を描き、またデッサンの際のモデルを務めることが求められる」などが記載されている。
17世紀のヨーロッパにおいて、画家としての職業生活を送るについて、徒弟制度の持つ重みについては、これまでも記したことがある。3〜4年の徒弟生活を過ごし、職人となったとしても、作品が売れなければ生活してゆくことも難しい。ラ・トゥールの工房で修業した5人の徒弟のうち、画家となったことが判明しているのは1名、なかにはロレーヌ公国の兵士となった者もいる。残り3人の消息は分からない。画家になったと思われる1名にしても、その後の行方、作品も不明である。
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ラ・トゥールの制作手法
画家はそれぞれ自らの制作のスタイルを持っている。当時の画家の多くは、あらかじめ対象をデッサンしておいて、それを参考にしながらカンヴァスに向かって制作を進めていったとみられている。これに対して、ラ・トゥールはほとんどデッサンはしなかったのではないかと考えられている*。この画家は通常は直接カンヴァスに輪郭を描いていたようだ。前回記したように、ラ・トゥールは作品に署名、年記を記したものが少なく、《聖ペテロの悔悟》はひとつの基準とされている。
*ラ・トゥールの手になったのではないかと推定される デッサンも数は少ないが発見されている。しかし、カンヴァスに描かれた作品に比して、デッサンは後世に継承されて残ることが少ない。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《農婦》、サンフランシスコ美術館
《農夫》《農婦》はいかにして描かれたか
この2作は画家ラ・トゥールの作品では比較的初期のものと考えられている。さらにカンヴァスのサイズなどから、一対の作品として制作されたと考えられている。地塗りからは少量の鉛白、黄橙のオーチャー、そしてbone black(骨炭、顔料)が発見されている。全体としてクールな灰白色の色調になっている。ラ・トゥールは2作ともに下絵を描くことなく、暗い赤褐色のような色のスケッチで直接カンヴァス上に描き始めている。しかし、全体の輪郭をスケッチしてから部分を描き始める、あるいはグリザイユ*という手順ではない。手法としては17世紀に広く使われていたらしい。幸いラ・トゥールと同時代の画家であるル・ナン兄弟が、この手法を使った未完成の作品が残されている。ラ・トゥールも《農夫》Old Man で空間を確定するために使っている。ル・ナン兄弟がアトリエを開いた時と、ラ・トゥールがルーブル宮に滞在した時は記録上は1年違いであり、両者の間に接触があったかもしれない。
この2作は画家ラ・トゥールの作品では比較的初期のものと考えられている。さらにカンヴァスのサイズなどから、一対の作品として制作されたと考えられている。地塗りからは少量の鉛白、黄橙のオーチャー、そしてbone black(骨炭、顔料)が発見されている。全体としてクールな灰白色の色調になっている。ラ・トゥールは2作ともに下絵を描くことなく、暗い赤褐色のような色のスケッチで直接カンヴァス上に描き始めている。しかし、全体の輪郭をスケッチしてから部分を描き始める、あるいはグリザイユ*という手順ではない。手法としては17世紀に広く使われていたらしい。幸いラ・トゥールと同時代の画家であるル・ナン兄弟が、この手法を使った未完成の作品が残されている。ラ・トゥールも《農夫》Old Man で空間を確定するために使っている。ル・ナン兄弟がアトリエを開いた時と、ラ・トゥールがルーブル宮に滞在した時は記録上は1年違いであり、両者の間に接触があったかもしれない。
*グリザイユ grisaille: 全体を灰色の濃淡で描く画法。
The Le Nain brothers, Three Men and a Boy, National Gallery, London
The Le Nain brothers, Three Men and a Boy, National Gallery, London
未完成作品:ラ・トゥールの手法と類似する手法 painted sketch が使われている。
《農夫》《農婦》の2作については、ラ・トゥールは衣装の織地の描写に力を入れていたと思われる。とりわけ《農婦》のエプロンの描写にそれがうかがわれる。拡大して見ると、画家が費やした絶妙な手腕の成果がうかがわれる。
《農夫》《農婦》の2作については、ラ・トゥールは衣装の織地の描写に力を入れていたと思われる。とりわけ《農婦》のエプロンの描写にそれがうかがわれる。拡大して見ると、画家が費やした絶妙な手腕の成果がうかがわれる。
ラ・トゥール《農婦》部分
今日判明している研究結果では、ラ・トゥールはこの2点の制作に際して、一貫した手法で段階的に制作を進めたことが判明している。それによると、画家はモデルの顔の部分を最初に描き、次に衣服に移り、最後に背景に取りかかっている。色彩についても、明るい、軽い色の部分を最初に描き、続いてより色調の濃い部分へと移っている。
《農婦》の白いブラウスの部分が描かれた後に、より濃い色のヴェストとスカートに移っている。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《農夫》、サンフランシスコ美術館
クイズ:農夫の杖はどの段階で描かれたか
ここで読者の皆さんにクイズをひとつ。
上掲の農夫が手に持つ杖(4)は、画家の制作のどの段階で描かれたのでしょうか。 回答例:(1)→(2)→(3)→(4)
(1) 背景の壁
(2)床(地面)
(3) 人物
答:(3)→(1)→(4)→(2)
「杖」は「人物(農夫)」に次いで「背景の壁」が描かれた後「床」が描かれる前に描かれています。言い換えると、杖は床の前(上)に置かれていません。地塗りの上に直接描かれています。
ここで読者の皆さんにクイズをひとつ。
上掲の農夫が手に持つ杖(4)は、画家の制作のどの段階で描かれたのでしょうか。 回答例:(1)→(2)→(3)→(4)
(1) 背景の壁
(2)床(地面)
(3) 人物
答:(3)→(1)→(4)→(2)
「杖」は「人物(農夫)」に次いで「背景の壁」が描かれた後「床」が描かれる前に描かれています。言い換えると、杖は床の前(上)に置かれていません。地塗りの上に直接描かれています。
Reference:
Melanie Gifford et al. Some Obbservations on Georges de La Tour`s Painting Practice
Georges de La Tour and His World, ed. by Philip Conisbee, National Gallery of Art, Washington, New Heaven; Yale University Press, 1998
Melanie Gifford et al. Some Obbservations on Georges de La Tour`s Painting Practice
Georges de La Tour and His World, ed. by Philip Conisbee, National Gallery of Art, Washington, New Heaven; Yale University Press, 1998
続く