時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

1918年のパンデミックに学ぶ:見えないものに翻弄される世界(6)

2020年03月28日 | 特別記事

時代の科学
コロナウイルスを取り上げた科学論文の数の推移
中国人の論文投稿が急速に増えているという。
The Economist  March 20th 2020

 

新型コロナウイルスという経験したことのない危機に直面することになった世界だが、3月25日、東京都の小池知事は記者会見を開催、東京都の現在の状況が「感染爆発:重大局面」として極めて憂慮される段階を迎えたと危機感を表明した。感染者が爆発的に増加するオーバーシュートが起こる危機的段階にあるとの認識である。

この日、東京都は1日に発表する人数としては最高の41名の新型コロナウイルス感染者を公表した。知事は、週末は不要不急の外出を控えるよう要請した。この翌日には発表された東京都の感染者はこれまでの最多の47名となった。

他方、外務省は世界全体の感染状態を「レヴェル2」に引き上げた。特に必要ではない海外渡航はやめるよう国民に要請した。現在は164カ国が日本人あるいは日本人を含む外国民に関し、移動の制限を行っている。

一世紀に一回の病原体蔓延:1918年のパンデミックの例
人間はこのたびのパンデミックのような事態を経験すると、ほとんど本能的に過去に同様な出来事があったか、判断基準になるようなものを求める。このたびの新型コロナウイルスの蔓延に直面して、しばしば話題となっているのは1918年に起きた「スペイン風邪」の例だ。この年5月にそれまで発見されなかった新種のウイルスによる風邪のような症状を呈する感染症がアメリカ、ヨーロッパなどで蔓延した。当時は第一次世界大戦の最中で、アメリカが参戦し欧州に大規模な軍隊を派遣したことで、軍隊と共に欧州に持ち込まれたと推定された。

「スペイン風邪」の名は、当時は数少ない中立国であり、戦時報道管制の外にあったスペインの名が使われてしまったようだ。実際、スペインでも1918年5月にマドリッドを中心に大規模な蔓延が起きたことが記録されている。そうしたこともあってか「スペイン風邪」の俗称で知られることになった。
    

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N.B.

実際にはフランス、中国起源説を含めて諸説あるが、ひとつの有力な説は1918年春、アメリカ・カンザス州にあるファンストン基地(現在のライリー基地)の兵営からだとされる。カナダガンから豚にウイルスを移し、それが変異して人に感染するようになったとの説が有力だ。
1918年から1920年までの約2年間、新型ウイルスによるパンデミックが起こり、当時の世界人口約18億人の半数から3分のが感染、世界人口の3〜5%が死亡したと推定されているが、必ずしも信頼できる数値ではない。その後の研究でパンデミックを起こしたのは、「ヒトA型インフルエンザウイルスH1N1型」と特定されている。
日本については、最終的に当時の日本内地の総人口約5600万人のうち、0.8%強に当たる45万人が死亡した。当時、日本は台湾と朝鮮等を統治していたので、日本統治下全体での死者は74万人、0.96%と推定されている(速水、200年)。


石弘之『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫、平成30年、pp212-227)

 速水融 『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』  藤原書店 2006年
速水書については、「活字の海で 歴史人口学者の遺作が警鐘」『日本経済新聞』2020年3月28日 でも取り上げられている。

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コロナウイルスに打ち勝つには
今回の新型コロナウイルスはその感染拡大の速さと規模から見て、1918年のパンデミックがそうであったように、1世紀に1回あるかどうかの大事件として後世に記録されることはほとんど間違いないだろう。有効な治療が期待できないままに経過すれば、心臓血管系の病気で死亡する場合の3倍近くの死亡を覚悟しなければならないとの厳しい見通しもある(Report  of Imperial College, London, 2020)。

こうした事態を回避するために有効とされているのはウイルスとの接触を回避するために、感染源から「社会的距離」(social standing 実際には物理的な距離)を保ち、ウイルスの嵐が過ぎ去るのを待つことが唯一有効な対応のようだ。地域での対応として、中国のように「抑圧」suppression という強硬手段を取り難い西欧や日本では「緩和」mitigation という手段しかない。

東京五輪という重要課題を抱えた日本は、さらに大きな難題に向かわねばならない。現在の新型コロナウイルスの制圧には少なくも1年を要するとされる。なんとか本年中に鎮静化したとしても、来年2021年の冬にウイルスの再燃が起きたりすると、全ては水の泡になりかねない。開催期間は延期されたとはいえ、東京五輪の今後も楽観できない。

このたびの新型コロナウイルスについては、WHOによると、現在の段階では使用できるワクチンの開発も早くて1年から1年半を要するといわれ、不幸にして感染、入院治療を受けるような場合には、現在他の病気に使われている治療薬などを出来る限り使用する以外はないようだ。

本ブログでは、以前に21世紀が「グローバル危機」の世紀として後世に記憶されるものとなることを記した。今世紀初めの9.11、日本が経験した3.11に続き、このたびの新型コロナウイルスの世界的な蔓延によって、我々が生きている時代が尋常なものではないことが決定的になった。

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歴史を行き来して今後に備える: 見えないものに翻弄される世界(5)

2020年03月20日 | 特別記事

 

新型コロナウイルスの猛威はグローバルな次元へ広がり、瞬く間に感染者が増大した。トランプ大統領のように自分は戦時下の大統領だと胸を張ったり、フランスやドイツのように、現時は戦争状態あるいは第二次大戦以来の危機と主張する首脳も増えた。終息の見通しは未だついていない。ブログ筆者は比較的早い時期に指摘してきたが、今では世界がパンデミック(世界的流行病)状況にあることを否定する者は少ない。

世界に緊張が走る中で、とりわけ目立つのは、国境を越えて移動する人々の激減である。日本についてみると、訪日外国人数は対前年同月比でマイナス58.3%の激減となってしまった。しかし、少し冷静に見れば日本はあまりに手放しでインバウンドに期待をかけすぎてきた。外国人労働者にはかなり厳しい制限を実施しながら、購買意欲の高い観光客なら多ければ多いほどいいという風潮が生まれていた。

ヒトの移動と共に生まれるエピデミック、パンデミック
本ブログは、当初から歴史の軸上を行き交う時空の旅を試みてきたが、人類の歴史で疫病や天災が人類に与えた衝撃の例は数多い。そして、エピデミック(病気の一時的蔓延)やパンデミックは経済成長に伴い、不可避的な随伴物として出現したといえる。言い換えると、経済発展がヨーロッパなどの旧大陸から、新大陸アメリカあるいはアジアなどへ拡大するに伴って、病原菌やウイルスも人の往来の増加に伴い、見えない手を広げてきた。

人類の歴史は、古代の帝国から今日の統合された世界へと拡大を遂げてきた。相互に関連する貿易のネットワークと繁栄した都市は、社会を豊かだが壊れやすい脆弱なものにしてきた。人口増加、都市集中、環境 破壊などによって、感染症流行のリスクは格段に増加してきた。

新型コロナウイルス蔓延の結果は、過去の病原菌蔓延のそれとは大きく異なる点がある。公共衛生を含む科学的知識が普及する以前は、過去の病原菌は多くの人々の生命を奪い、しばしば窮迫した状況をつくりだしてきた。原因となった病原菌についての同時代人の知識も極めて乏しく、なす術がなかった。しかし、今回の事態ではかなりの程度、人間は自己防御の術を身につけるまでにいたっている。しかし、対する見えない敵は一段と手強さを増している。

感染=死であった17世紀
このブログ開設以来の中心的関心事である17世紀ヨーロッパにおいては、黒死病やペストなどの疫病に感染すれば、ほとんど例外なく死亡につながった。それだけに人々の恐怖心も強く、なんとか救いを求めて、宗教に頼り、祈り、絶望し、妖術や魔術などに救いを求めようとの動きも高まった。

ブログ筆者が長年、追いかけてきた17世紀ロレーヌの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの一家の晩年にも、感染症の嵐が襲ったことが記録から推定される。

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ラ・トゥール夫妻の最後
1652年1月15日 ラ・トゥールの妻ディアヌ・ル・ネール夫人、熱と心臓動悸の症状で死亡。
同年1月30日 画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール胸膜炎で死亡。 
病状は急激に悪化したようだ。法律的知識も深く、家族などへの配慮も怠らなかったラ・トゥールだが遺言状も書き残す時間すらなかったとみられる。1月22日にはモントバンの名で知られていた同家の使用人も同様な症状で死んでいる記録があり、当時流行していた感染症が一家を襲った結果と推定される。
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ペストの蔓延時には多くの死者が出たために、結果として農民の農耕能力よりも大きな土地が残った。黒死病はヨーロッパの人口を1/3~2/3にまで減少させるような大きな影響を残した。突然の働き手の希少化は領主との交渉力を引き上げた。結果として封建制の解体を早めた面がある。マルサスの理論が生まれる基盤があった。

新型コロナウイルスのパンデミックがもたらす人的損失は恐ろしいが、医学の進歩もあり、感染者の全てが死亡するわけではない。

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N,B.
世界史上最初のパンデミックといえる1918年のインフルエンザ(スペイン風邪)は 4000万以上の死者を出したと推定される。 

2007年のHIV感染者は3320万、新規感染者250万、 エイズによる死者210万、 マラリアは、全世界で年間に3億~5億人の患者、150万 人~270万人の死者(90%はアフリカ熱帯地方) を出した。
さらに、新興感染症(SARS:感染者数8096人、死者数774人、MERS: 感染者数 約2500人、死者数 約860人、新型インフル エンザウイルス感染症: 感染者多数 死者数1万8千人以上など)、再興感染症(結核、性的感染症、薬剤耐性 の進化 etc.)などによって、感染症撲滅に関する1980 年代までの楽観論は消滅した。 (資料:『朝日新聞』2020年3月21日 WHOその他)
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パンデミックが残す傷痕
パンデミックはその嵐が通り過ぎた後に必ず傷痕を社会に残す。このたびの嵐の行方は未だ見えていないが、歴然とした影響を社会の様々な分野に残すだろう。すでにかなりはっきりしているのは、国境を越えて移動する人々の流れは減少することである。例えば、クルーズ・シップでの観光の旅に出ようとする人々の数は、明らかに減少する。一般のツーリストもすぐには復元しないだろう。観光業は苦難の時が続く。

オーバーシュート(爆発的増加)に苦慮する国々
公衆衛生、医療の充実への人々の欲求は明らかに強まるだろう。隣国からの言われなき批判も受けながらも、現在までのところ日本はなんとか持ちこたえている。

ヨーロッパでは、国別の差異が顕著だ。イタリアの事態はある程度予期されていた。ブログ筆者が北部の「第3イタリア」に注目し、調査を続けていた頃から、ミラノ、プラトーなどでの中国人低賃金労働者、小規模経営者の隠れた増加が話題となっていた。隠れた不法就労者も多く、地元の伝統的企業との間に軋轢も生まれていた。これら中国人低賃金労働者に基づくイタリアン・ブランド復活の影が、今回の同地の惨状にも影響していると思われる。経済的停滞が医療サービスの劣化も生んでいた。湖北省の感染鎮圧の行方が見えてきた中国政府が、イタリアに多額の医療支援の手を伸ばすのは、単なる人道的支援を目指す熱意にとどまらない相当の理由があってのことである。さらに「一帯一路」構想のヨーロッパの終点は、イタリアが予期されていた。

ヨーロッパの他国に目を移すと、ドイツは感染者数は多い。しかし、感染しても死亡率は格段に低い(死亡率約0.2%)。この背景には、国民皆保険があり、外来による治療は無料、ホームドクターへの専門的教育、かかりつけ医と専門病院、総合病院、大学病院との役割分担の明確化が進んでいることが大きな要因と考えられる。日本も制度的には類似しているが、ドイツほど相互の関係がはっきりと順守されていない。どちらが良いと一概に決められない問題がある。

アメリカが苦戦している背景には、国民皆保険が存在しないことが影響している。民主党大統領候補バーニー・サンダースがこの点の充実を旗印にしながらも苦戦しているのは様々な理由があるが、「社会主義思想」に関するアメリカ固有の思想環境が影響している。

新型コロナウイルスとの戦いは未だ終わっていない。激戦の時はこれからかもしれない。その帰趨をしっかりと見定めることは、次世代に残す我々の責任であると言えよう。

 

Reference
’The ravages of time’ The Economist March 14th-20th

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ピンチをチャンスに:見えないものに翻弄される世界(4)

2020年03月14日 | 特別記事


パンデミックの世界に生きる
これまで春先の花粉シーズンの風物詩のようになっていた日本社会のマスク姿だが、今年(2020年)は年初から大きく一変した。3月の東京都心などでは歩行者の7〜8割がマスクをかけているのではないかと思われる。これまでは花粉シーズンでもマスク姿は2−3割ではなかっただろうか。いまやマスクをかけていない人の方が注目を集めてしまう異様な社会となってしまった。

新型コロナウイルスの感染者が発見されてから、3ヶ月に満たない期間に、世界は瞬く間に不安と恐怖の渦に巻き込まれてしまった。その範囲は単に健康面に限らず、マスクからトイレットペーパーにいたる日用品などの買い占め、商品払底、インバウンド客の激減、学校や企業の活動制限、さらに国家レヴェルでの外国からの人の受け入れ制限、株価急落など、止めどもなく広がっている。3月13日、新型コロナウイルス改正特措法が成立し、緊急事態宣言を出すことも可能になった。

世界も一時のように日本の対応を生温いなどと批判、傍観しているどころではなくなり、多くの国が足元に火がついたように、混迷状態に陥っている。日本の現状はなんとか「持ちこたえている」と判断されているが、オリンピック開催国としてこの国は最も難しい決断を迫られていると言えるだろう。日本が感染者を押さえ込んだとしても、選手を送り込んでくる国々で感染を終息できなければリスクが大きく、開催は難しい。

かくするうちに、新型コロナウイルスの脅威は世界を席巻し、中国、韓国、日本などからイタリア、フランス、ドイツなどヨーロッパへ、そしてアメリカへと拡大した。今後は冬を迎える南半球がウイルスの嵐に襲われる。

中国の思わぬ挫折で米中対決に一息ついたかに見えたトランプ大統領だが、足元に火がつき、3月11日、イギリスを除く欧州26カ国からの渡航停止を発表し、大西洋を挟むアメリカとヨーロッパの人流は制限解除までは激減する。3月13日には非常事態宣言が発せられた。

3月9日にはニューヨーク株が2000ドルを越える急落を記録し、下げ幅は史上最大となった。原油、金融関連商品も大幅に下落した。1930年代の大恐慌を彷彿とさせる。3月12日には2352ドルと取引停止になる程大きく急落し、ほとんど右往左往の状態となった。

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1929年10月24日、後にBlack Thursday(暗黒の木曜日)と呼ばれるようになるこの日、ウォール街のニューヨーク証券取引所で株価の大暴落が起こっている。
1933年3月4日 ローズヴェルト大統領は、就任演説で国民を勇気づける名言を残した。:「我々が唯一恐れなければならないものは、恐れる気持ちそのものです」”The only thing we have to fear is fear itself.”
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ピンチをチャンスに変える
現在必要なことは事態の深刻さを冷静に捉え、あるべき政策秩序を実行、維持することではないか。緊急の対応処理という目前のレヴェルから進んで、この降って沸いた災難をチャンスと捉え、これまでできなかった中長期の構造的な改革に向けて方向を切り替えることに活路を見出すべきだろう。

ひとつの手がかりは、1930年代の大恐慌のさなか、1933年に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトのもと、「ニューディール政策」を実施した歴史的出来事を振り返ることにある。それまでのアメリカは、政府の市場への介入を限定的にした自由主義的な経済政策をとっていたが、ここからは政府が積極的に市場に介入する方針へ転換した。その際掲げられた目標は、Relief(救済) Reconstruction(回復) Reform(改革)という3本の柱を軸とする政策体系だった。ニューディールは、この3つのRの頭文字から成り立っていた。 ブログ筆者が若い頃アメリカで師事した教師には、「ニューディーラー」といわれる社会主義的とも言える革新的な考えを持った人たちが多かった。今日、民主党の大統領候補、バーニー・サンダースの演説を聞くと、彼らの面影が重なってくる。

今回の危機的状況でこれに倣うならば、例えばひとつの案として次のような整理ができるかもしれない:
 
1) Rescue & Relief (緊急救済)・・・・・感染者の発見から重傷者の治療まで目前の事態への的確な対処。PCR検査(今月中に8000件まで可能に)、X線、CTなど検査・診断方法の充実と果断な実行。自宅を含め隔離措置など。窮迫世帯への生活費助成など。「新型コロナ対策特措法」はその手がかりになるだろう。

2) Reconstruction&Remedies(治療、再建復興)・・・・・ワクチン開発、治療薬・措置の確立。医療・ヘルス・システムを根本的に改善、改革。医療崩壊に至る危険を極力回避する。日本版CDC( 米疾病対策センター)の検討、確立など、医療・衛生システムを根本的に見直す。消費税大幅軽減を含め、経済体力を充実するための諸手段の実施。最低賃金引き上げを含む格差縮小、繁栄から取り残された人々の救済など。
  
3) Reform(改革)・・・・・社会保障制度、医療制度など新たな視点からの抜本的見直し。金融・財政面での秩序を取り戻す。

強調されるべきは、混迷している問題群を整理し、緊急度に応じて分類、平常時には実現し難いような抜本的制度改革などに着手することだ。こうした非常事態の時には、平時には導入し難いような様々な実験的な施策も実験できる。(ユニヴァーサル)ベイシック・インカムなどは格好の検討候補となりえよう。

 

Reference
“The right medicine for the world economy” The Economist 7th-13th 2020
Annie Lowrey, Give People Money, Crown 2018 (アニー・ローリー (上原祐美子訳) 『みんなにお金を配ったら』みすず書房、2019年)

☆ベイシック。インカム(ユニヴァーサル・ベイシックインカム:UBI)以外にも、多くの革新的政策が考えられるが、平時には新たな政策導入へのためらい、利害関係者の反対などがあり、実験的にも導入が極めて困難なことが多い。しかし、今回のような危機的状況にあっては医療上も従来使用していなかった新薬の投与など通常は障壁が高い対応も実験的実施がなしうることが多い。

 

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我々は前に進んでいるのだろうか:見えないものに翻弄される世界(3)

2020年03月06日 | 特別記事

’It’s going global’ The Economist ,February 29th-March 6th,,2020, cover


ウイルスがやってくる。政府は山のように多くのなすべきことがある。
The virus is coming. Governments have an enormous amount of work to do. 
Leaders, The Economist February 29th - March 2020

 

新型コロナウイルスの嵐は、ついに5大陸を覆うまでにいたった。その速度は驚くべきだ。昨年末に中国で増殖を始めたと思われる新型ウイルスは、わずか3ヶ月で世界中を恐怖と混乱の渦に巻き込んでしまった。感染症の拡大がこれほど急激かつ広範に、世界のあらゆる領域に甚大な影響を与え得たことは歴史的にもあまり例のないことだろう。疫病が人類に多大な衝撃を与えた例は、歴史上も何度かあった。しかし、今回ほど短期間に広大な地域に深刻な影響を及ぼした例は知られていない。地球上を移動する人の数と速度が、かつてとは比較にならないほど変化していることが背景にある。

「グローバル危機」へ
このブログでは、今回の新型コロナウイルスがもたらした現象を「 グローバル危機」という概念で捉えたが、その後刊行されたイギリスの経済誌 The Economist(February 29th-March 6th,2020)も「ついに(コロナウイルスは)グローバルに」It’s going global という表題を掲げている。しかし、このウイルスの正体にはまだ分からないことが多い。目に見えないウイルスは、人間の健康領域から経済、政治、文化の次元へと急速に浸透、拡大し、各所に大きな損傷を与えている。文字どおり、これまで経験したことのない「グローバル危機」が世界を脅かしつつある。

ビッグブラザーの姿が・・・・・
新型コロナウイルスの震源地となった中国では、もはやなりふり構わず、軍隊まで動員して鎮圧に躍起になっている。その有り様は今や文明のあり方まで規定しかねない。スマホなどのIT技術を駆使して、個人に関わる情報を集積し、国家が掌握、利用することが行われている。あたかも、ジョージ・オーウエルの『1984』に描かれているビッグ・ブラザーが支配する全体主義国家を彷彿とさせるものがある。

様々な議論が行き交う中で、やや異例な新聞記事でブログ筆者の目を引いたのは、日本と同様に休校措置を導入したイタリアの高校長が生徒へ宛てたメッセージであった。短い引用記事であったので趣旨が十分読者に伝わらなかったかもしれないので、少し補足してみよう。このメッセージを書いたミラノの高校のドメニコ・スキラーチェ校長は、17世紀にヨーロッパに蔓延した疫病ペストの状況と現代を比較している。


「最大の脅威は人間関係の汚染:イタリア・休校中の高校長、生徒へメッセージ」『朝日新聞』2020年3月2日夕刊

我々は前に進んでいるのだろうか
記されているのは、このたびの新型コロナウイルスの流行に伴って指摘されている外国人に対する恐怖や侮蔑、根拠のない迷信や治療法の横行などの現象である。17世紀ヨーロッパを震撼させた疫病ペストの流行時の状況と今回の新型コロナウイルスの蔓延に右往左往する世界の状況が、多くの点で類似していることである。マスクに始まり、トイレットペーパーの買い占め、日用品の払底、検査キットの不足などに見られる人間の利己的行動に起因するパニック、外国人差別、偏見、入国制限など、歴史の退行現象ともいえる兆候が至る所で指摘されている。

本ブログでも折に触れて記してきたが、17世紀には疫病の流行が多くの噂、偏見を生み、怪しげな療法、妖術、魔術を拡大させ、世界史上知られる 魔女狩り、裁判の横行 があった。科学的、合理的な根拠もなく、他国の政策を非難したり、個人レベルで外国人を敵対視したり、攻撃するという行動は、すでにメディアで報じられている。

ドメニコ・スキラーチェ校長は、17世紀と異なり、近代医学が発達を遂げている現代では、状況が異なると述べ、良書を読み将来に備えよと述べている。確かにこれまでの経験からすれば、1-2年すれば、新型コロナウイルスへのワクチンも開発されるだろうし、有効な新薬も見出されるだろう。


しかし、大国の横暴がまかり通り、合理的思考も必ずしも貫徹しない現実を前にすると、この新型コロナウイルス危機を乗り越えたとしても、人間社会には多くの後遺症が残ることが予想される。すでにその兆候は至る所にある。人の移動の減少、利己主義や偏見の抬頭などはすでに見られる。それらの傷痕をできる限り少なくする上でも、暫し来し方を振り返り、未来を考える上で、これからの世界に生きる若い世代にとって「社会の休校 」は無駄ではない。付和雷同、右往左往することなく、深く沈潜して考えるために天が与えた機会と思いたい。


References
’It’s going global’ The Economist ,February 29th-March 6th,,2020
「最大の脅威は人間関係の汚染:イタリア・休校中の高校長、生徒へメッセージ」『朝日新聞』2020年3月2日夕刊

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