最近では、よほどのことがない限り、一日に二つの美術館、美術展を訪れることはない。国内、国外を問わず、午前と午後にそれぞれ別の美術館を訪れることは、多くの場合、ロケーションの点でもほとんど不可能だ。見る点数も多くなり、印象も希薄になる。なによりも、最近では体力的に厳しくなってきた。ひとつの美術展では、3時間が限度だ。かつてはほとんど一日メモを取りながら館内にいたこともあった。しかし、上野公園の場合は、多くの美術館が集中していることもあって、複数の美術館、博物館を訪ずれることは不可能ではない。晴天にも恵まれ、今回は「ハプスブルグ展」に続き、午後に東京都立美術館で開催中の「コートールド展」(~2019年12月15 日)を歩いてまわった。
イギリスにおける印象派の殿堂
コートールド・ギャラリー・コレクション THE COURTAULD GALLERY COLLECTIONとは英国ロンドンのウェストミンスター地区にある美術館のコレクションだ。厳密にはロンドン大学附属コートールド美術研究所 の美術館であり、サマセット・ハウス内に設けられている。比較的小規模なギャラリーであるが、印象派のコレクションは非常に質が高い。ブログ筆者もイギリスに滞在中、2度ほど訪れたことがある。これが美術館と思うほど、雰囲気が素晴らしい。冬に行った時は、中庭にアイスリンクが出来ていて、人々がスケートを楽しんでいた。
コートールド美術研究所は、ロンドン大学を構成するコレッジのひとつで、美術史に特化した教育および研究を専門とする機関であり、美術史研究および保存修復に関して世界最高の研究機関のひとつに数えられている。
今回の展示作品はマネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴーガンなど印象派の巨匠たちの名作が多く、これだけ日本へ来てしまうと、本拠のロンドンの方はどうなっているのかと思ったら、大改修のために他の美術館へ貸し出したらしい、これだけ一度に傑作を見られるのは日本の愛好者にとっては見逃せない好機だ。ここだけで、印象派の精髄を知ることができると思うくらい有名作品が目白押しに並んでいる。
富豪の社会貢献
印象派があまり好まれなかったイギリスにこれだけの作品が集まったのは、やはりコートルード家の貢献があったからだ。同家は17世紀フランスでの迫害を逃れてイギリスに移住したユグノー一族の末裔である。最初は銀細工師として名をなしたが、その後、18世紀末に絹織物業に転業した。20世紀初頭には家族経営で「人絹」 あるいは「レーヨン」として知られる革新的な人工繊維「ビスコース」の製造に乗り出した。コートルード有限会社はその後、ヨーロッパ、アメリカ、カナダに 工場を持つようになり、日本も大きな市場となった。
サミュエル・コートルードがこの会社の会長についた1921年は、同社が急成長、繁栄した次期であり、それによって得られた莫大な企業報酬はこのコレクションを可能にした大きな基盤だった。産業革命の生み出した大企業の富が社会貢献に生かされた好例といえる。巨大企業ビヒモスにも光を生む側面があった。イギリス人は古典派にあまり関心を抱いていなかったが、このコレクションは古典派作品を中心に収集することで、イギリスにおける古典派・ポスト古典派研究の中心となった。
マネの《フォリー=ベルジュールのバー》がポスターに取り上げられているが、このほかの画家の作品も、印象派好きには見落とせない。
ポール・セザンヌ (Paul Cézanne, 1839年 - 1906年)の《カード遊びをする人々》(カードプレイヤー)について考えてみた。このブログでも取り上げたことがある(カラヴァッジョ ・セザンヌ・トウェイン)の流れに位置づけられる。
ポール・セザンヌ(1839-1906)
《カード遊びをする人々》
ca.1892-1896
油彩、カンヴァス
60x73cm
このシリーズは、1890年代初頭から半ばにかけての晩年のセザンヌ芸術の基点であるとみなされている。パイプをくわえてカードゲームに没頭するプロヴァンスの農民の姿を描いている。描かれている農民は全員が男性であり、カード遊びに熱中して顔をうつむけ、目の前の勝負に没頭している。作品に描かれる主要人物(子供を除く)の数で、3人の作品(2点)、2人の作品(3点)の 計5点が確認されている。制作年次は不明だが、コートールド が所蔵するのは、2人が描かれた作品の2番目と推定されている。最も淡い色彩で描かれたオルセー版が、最も優れていると考えられている。このほかに個人のコレクションになっているものがある。
またこのシリーズは、17世紀のオランダとフランスの風俗画の文脈を強く意識した上で、セザンヌ独自に改良して描かれている。このような絵画では、しばしばギャンブルやいかさまの要素が入った光景が描かれたが、セザンヌはもっと単純な設定で、ひたすらゲームに熱中する農民を描いている。モデルはセザンヌの父が所有したエックスの別荘ジャズ・ド・ブッファン LE JAS DE BOUFFAN で働いていたと思われる。
またカラヴァッジョ などの作品は劇的で深みのある瞬間を描いた作品が中心だったが、セザンヌの肖像画は、ドラマや物語性や人物の性格を特徴づける要素を極力排除している。テーブルには、封がされたワインボトルが二人の間に置かれているだけである。
さらに、シリーズは、1890年代初頭から半ばにかけての晩年のセザンヌ芸術を支える原点であるとみなされている。
またこのシリーズは、17世紀のオランダとフランスの風俗画の文脈を強く意識した上で、セザンヌが独自に改良して描かれている。セザンヌはもっと簡素な舞台でどこにもいるような農民に置き換えている。しかし、実際に見ると、絶妙な配置、色使いなど、画家が傾注したエネルギーがじわじわと伝わってくる作品である。
また以前は劇的で深みのある瞬間を描いた作品が中心だったが、セザンヌの肖像画は正反対でドラマや物語性や人物の性格を特徴づける要素が欠如している。というより、ことさらそうした要素を排除している。
シリーズの中で、おそらく最も有名であり、最もよく複製されているのが、パリの オルセー美術館に収蔵されたものである。寸法は47.5 x 57 cm と最も小さい。このオルセー版は最も洗練された作品であり、一般に最後に描かれた『カード遊びをする人々』と考えられている。コートルードの作品は、この前に制作されたと推定されている。第3の作品は、カタールの王族が2011年にギリシャの海運王ジョージ・エンビリコスから購入し所蔵するとされており、接する機会が少ない。