アメリカ・メキシコ国境線と主要出入国地点
Source: U.S. Department of Transportation, Bureau of Transportation Statistics
これが大統領だとばかり、次々と大統領令を連発しているトランプ大統領。今度はメキシコとの国境に壁を作ると発表した。さらに建設費はメキシコに負担させると一方的に宣言したから、メキシコ側が驚くのは当然。メキシコのペニャニエト大統領は負担するつもりはないと強く反発し、来週に予定されていたアメリカ・メキシコ両大統領の最初の会談はキャンセルされてしまった。
トランプ大統領はメキシコの反応を見通していたとばかりに、メキシコからの輸入品に20%課税して、それでまかなうと言明、脅迫まがいの対応となった。ほとんど同時に発表された難民の受け入れ禁止も大きな衝撃を生んでいる。大統領のツイッターのやりとりで世界が翻弄されるというのも、冷静に考えれば滑稽な話だが、今のアメリカはどこか正常な感覚を失ってしまっている。
壁の建造は数ヶ月後になるというが、一体いかなる変化が生まれることになるのだろうか。トランプ大統領の発言から推測するに、越境者は麻薬密輸や人身売買などの犯罪者、テロリストなど諸悪の根源のような言い方だ。あまりに単純すぎてあっけにとられる。もしかすると、トランプ大統領の食卓にはメキシコからの農業労働者が栽培した野菜や果物が載ったことがあるかもしれないのだが。
現実との大きなギャップ
国境は単に地図上の境界線に止まらない複雑な存在だ。実際の距離はおよそ3200km といわれるが、西は太平洋に面するSan Ysidro(San Diego)- Tijuana から東のBrownsvillle-Matamoros まで延々と砂漠や山野を紆余曲折しながらも貫きのびている。この国境を越える目的は、仕事を求めて、家族の交流、旅行、ビジネスなど、多種多様だ。人の流れとともに、様々な物財、サービス、中には犯罪の手段としての麻薬、銃火器なども国境を通過する。人の数でみると、2000年代初期で各年、およそ2億8600万人の人々が両国間を移動している。さらに、いくつかの拠点を経由して約1億台の車が行き来する。そしてアメリカの税関は、各年約200億ドルの通関収入を記録している。
理解されていない実態
こうした国境の実態を知る人は数少ない。しばしば一部分のみの印象で判断してしまう。トランプ大統領が国境とそれを行き来する人々や物資などの実態をいかに掌握しているのか、かなり疑わしい。ブログの筆者はかつて日米共同調査の一環として、アメリカ・メキシコ国境の一部を実見しているが、その多様さには圧倒される。毒蛇が潜む酷熱の砂漠地帯、大河を思わせるリオ・グランデ、メイン・ルートのすさまじい数の自動車など、簡単には語りきれない。
抜けられない壁はない
問題の国境に莫大なコストをかけて壁を作るというこのたびの動きについては、共和党内部にも多くの異論があるようだ。巨額な建設費用と維持費まで考えると、ほとんど採算が合わないという推測も有力だ。これまでも壁は容易に乗り越えられたり、付近にトンネルを作られたりして、抜け穴だらけだった。壁も作っただけでは意味がない。物理的な壁が持つ欠陥を補填するために、夜間の監視装置、ドローンなどを含めて様々な監視のシステム、それらを維持・管理する国境パトロールの大幅な増員も必要となる。昨年来のヨーロッパの難民問題から推察できるように、通過経路の一部がブロックされれば、移民・難民は必ず別の代替的方法を見つけ出そうとする。トランプ大統領は、NAFTAの廃止まで公言しており、 パートナーでもあるカナダ政府が強硬に反対しているのも当然といえる。ヴェトナム戦争たけなわの頃、徴兵を逃れてカナダ国境を越える若者がいたことを思い出す。ベルリンの壁が作り出した暗い時代との連想を指摘する人もいる。
トランプさん、カード・ゲームをしているつもりなのだろうか。それにしても切り札を間違えていませんか。
続く