時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

耳に残るあの響き:We shall overcome

2017年02月21日 | 回想のアメリカ

 

Joan Baez, LP  Jacket cover
ジョーン・バエズ 


 世界は急速に保護主義へと向かっている。震源は、BREXIT の渦中にあるヨーロッパであり、トランプ大統領就任後のアメリカだ。単純に考えると、世界は分断化されて、自分の住む世界も狭まり、小さくなっているように思えるかもしれない。保護主義の動きは、伝染病のように次々と他国は波及する他方、我々は次第に小さくなって、ほとんどひとつになった別の世界に生きていることに気づく。世界のある場所、地域で起きたことが、あまり時間をおかずに日本でも起きるようになった。鳥インフルエンザ、口蹄疫、環境汚染、そしてテロリズムの脅威などは考えられる例にすぎない。。

We Shall Overcome

 去る1月21日、アメリカ、ワシントンD.C.で、トランプ大統領に反対する女性の行進 Women's March が行われた。50万人以上が参加したといわれる。さらに世界のいたるところで同様な集まりが行われ、 100万人以上の女性たちが参加したとも報じられている。

 ワシントンD.C.の集会では、”Love Trumps Hate"と書かれたプラカードを掲げ、"We want a leader,  not a creepy tweeter" (「我々は気持ちの悪い、ツイッターではなく、リーダーが欲しい」)と一斉に叫んだ。

 集会に参加するために満員の地下鉄 Metro に乗り込んだ女性のプラカードには、手書きで下記のアッピールが書かれていた

Love is Love.

Black Lives Matter.

Climate Change is Real.

Immigrants Make America Great.

Women's Rights are Human Rights.


 集会では、公民権関連の集まりでよく歌われた We Shall Overcome の歌声が響き渡った。1960年代、あの公民権法案の運動の定番ソングだ。当時、よく聞いたのは、ジョーン・バエズ Joan Baez のギターの弾き語りだった(若い世代の間では知らない人も多い)。反戦運動の旗手だった彼女は、大学キャンパスなどへもしばしばやってきて、熱狂の嵐を巻き起こした。メキシコ系でニューヨークのシュタッテン・アイランド生まれのバエズは、当時のアメリカを代表するアイコン的存在だった。最近の彼女の歌声を聞いた。We Shall Overcome はアドリブも入って、穏やかになり、かなり違った印象ではあった。しかし、あの情熱はしっかりと感じられた。

 1960-70年代はヴェトナム戦争、公民権運動などが、アメリカ社会を分裂させていた。しかし、アメリカはその危機的状況から這い上がり、その後も世界を主導する立場を維持した。今回もアメリカ社会の断裂は深く、厳しい。トランプ大統領はそれをさらに加速しているように見えるのだが。

We shall overcome some day! (「遠い夏の日」)


"We Shall Overcomb" News Week 02/03, 2017

 

 


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子供たちは何を訴えているのか:セピア色の写真が伝えるものは

2017年02月17日 | 書棚の片隅から

 

Alexander Nemerov, SOULMAKER; The Times of Louis Hine, Princeton and Oxford: Princeton University Press, 2016, cover..(Exhibition at Cantor Arts Center, Stanford University, May 21-October 30, 2016). 画面クリックで拡大。

この少女はノースカロライナ州ウイットネル綿工場で紡ぎ手(紡績工)として働いていた。工場は夜間も操業しており、50人が働いていた。そのうち、10人はおよそ12歳で、それ以下の年齢の子供もいた。今からほぼ1世紀前、1908年12月に社会派の写真家ルイス・ハインによって撮影された。原写真は合衆国議会図書館印刷・写真部所蔵している。スタンフォード大学カンター・アーツ・センターが企画した回顧展にあわせて刊行された研究書の表紙である。

今回の企画展の呼び物の一つは、1世紀以上前に、子供たちが働いていた職場であった工場の写真や環境が、現代の写真家 Jason Francisco,  Stanford MFA, '98)によって多数撮影され展示されたことである。それによって、写真を見る人たちは、ルイス・ハインの時代の子供たちがどこへ行ったかをそれぞれに考えることになる。


この少女の写真については、以前にもブログに掲載したことがある。写真が撮影されたのは、1908年アメリカ、ノースカロライナ州、ホイットネル繊維工場の片隅であった。撮影したのは当時、国立児童労働委員会で働いていた社会派の写真家ルイス・ハイン。ニューヨーク市の学校教員の職を辞し、働く子供たちの実像を記録に残すべく10年間近くをニューイングランド、南部、中西部の工場、炭鉱などでの撮影に費やした。当時の児童労働禁止立法の証拠資料として大きな貢献を果たした。それからすでに一世紀を超える年月が経過した。しかし、それでも忘れ去られることなく、多くの人の網膜に焼き付けられ記憶されている。今ではアメリカ史を象徴する記念すべき一こま(アイコン)とされている。上掲の写真は、昨年スタンフォード大学で開催されたこの画家の展覧会のために書かれた作品の表紙である。

 ルイス・ハインの作品のいくつかは、本ブログでも紹介したし、一部分については日本語の説明がついた出版物もある。IT上でも多数の画像が公開されている。ご関心のある方は、この過酷な労働の現場で働いていた幼い少年・少女(児童) たちの一枚、一枚をよく見ていただきたい。時代を超えて、なにか心の底を揺るがされるような感じがするものが必ずあるはずだ。

子供の貧困:なにが変わったか
 子供の貧困が大きな国民的問題となっている今日、子供自らが親や家族を支えるために、埃と湿気と騒音があふれた危険な職場で、しばしば一日12時間を越えて働いていた時代のイメージである。

 画像の子供たちは、その多くが何かを必死に訴えるように、時には絶望感を漂わせている。とりわけ目の表情を見て欲しい。現代の日本の子供たちの表情とどこが違うだろか。一枚の写真だが、そこには時代の持つ過酷さ、恐怖、そして美しさが凝縮されている。写真機自体が珍しかった時代、その対象となった子供たちはなにを思ったのだろうか。

 本書の著者であり、企画展のキュレーターを務めたアレクサンダー・ネメロフ Alesandaer Nemerov (スタンフォード大学美術・人文学教授)は、現代人にとって生きて働くことの意味を深く考えさせる手がかりとし、膨大な数の写真の中から厳選し、編纂している。表題の通り、ルイス・ハイン(1874-1940)の時代である。

子供たちはどこへ行ったか
 soulmaker は邦訳が難しい言葉だが、過酷な現実を対象としながら、作品は言葉を失うほど美しい。セピア色の幾多のイメージは、これまでに何を残し、何を失ったのだろうか。ルイス・ハインの作品の多くは、これらの子供たちはその後いかなる人生を過ごしたかということを考えさせる。子供たちがいなくなった後、工場はどうなったろう。企画に際して、ネメロフが思ったことであった。

 本書はルイス・ハインの数ある写真集とはかなり異なる。基軸はハインの写真とその意義を時代背景とともに描いているが、出来うる限り当時の職場のその後を追い求め、記録に残している。かくして、1世紀前のハインの時代状況が時を超えて現代と結びつく。子供の貧困が日本などの先進国においても大きな社会問題となっている今日、ハインの子供たちは今も生きているのだ。現代も過酷な時代だ。児童労働も絶えることなく地球上のいたるところに存在している。こうした事実は、人々の心を揺り動かし、その奥底でなにかを考えさせる。

 上掲の写真はブログの筆者にとっても、忘れがたい一枚だ(「窓外の世界を見る」も同様)。半世紀ほど前、駆け出しの研究者として、アメリカでの労働経済研究に手を染め始めたころ、膨大な資料に圧倒される過程で、この希有な写真家ルイス・ハインが残した多数の作品に出会った。そして、アメリカの繊維工業、女子・児童労働の資料の山にのめり込んだ*。ルイス・ハインが残した写真は、工場や鉱山のみならず、建設現場町中で働く子供たちまで、克明に記録していた。

後戻りする時間?
 日本ではしばしば migration というと、「移民」のことを想像するが、ルイス・ハインの時代は、アメリカ東部に多数立地していた繊維工業が、南部の原綿産出州へ「産業移転」industry migration することが大きな国民的注目を集めていた。アメリカ史に刻み込まれ、今も進行している。

 トランプ大統領が就任後、保護障壁を高め、国内への産業の強圧的な誘致、復帰を促す政策も、似たところがある。船に工場を積んで、アメリカを目指すシニカルな描写も見たことがある。

 ルイス・ハインが南部に移りつつあった繊維産業の労働者を記録撮影していたころ、テネシー州ノックスビルでは、「新しい南部」New South の入り口として「アパラチアン・博覧会」が大々的に開催された。この度のトランプ大統領当選を支えた「貧しい白人」poorwhite の原点ともいえるアパラチア山脈の山麓に開かれる新産業と、対照的にその足元で働く奴隷を思わせる綿花摘みの黒人労働者が描かれたポスターがある。ハインの残した写真の中にはこの博覧会の出品展示まで含まれている。その中にはアトラクションであった飛行機、飛行船、パラシュート降下のデモンストレーションまであった

Appalachian Expoaition Guiswbook, 1910, cover
アパラチア博覧会ガイドブック表紙、1910年
Nemerov, p.48 

 しかし、その足下、アパラチア山脈の山麓には、ルイス・ハインが、克明に記録撮影したような、貧困と過酷な労働の場が広がっていた。アメリカ東部ニューイングランドから南部への繊維工場の歴史的移転を生んだ要因の一つには、こうした低賃金、劣悪な労働条件があった。さらには各州、地域が提示した課税免除、インフラ提供などの誘致条件があった。100年を越える年月が経過しても、ほとんど変わらない事実もある。今日まで連綿とつながっている問題もある。レガシー(遺産)という言葉が流行している日本だが、その意味をよく考える必要がある。

 

 

 

桑原靖夫「技術進歩と女子労働力:アメリカ繊維工業の事例分析」佐野陽子編『女子労働の経済学』(日本労働協会、昭和47年)

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トランプ大統領選出の明暗(6):国境壁は解決になるか

2017年02月12日 | アメリカ政治経済トピックス

 

 

トランプ大統領の9カ国からのアメリカ入国禁止に関わる大統領令について、連邦第9控訴裁(カリフォルニア州)は2月9日、大統領令の効力の停止を維持する決定をした。政権発足間もないトランプ大統領は大きな挫折を味わうことになった。大統領は強気の発言をしていたが、連邦最高裁への上告は諦めたようだ。それに代えて大統領は入国審査を一段と厳しくするよう指示したようだ。最大限の賛辞で最高裁判事に推薦しようとした保守派のゴータッチ氏が、オバマ流に嫌気がさし、やる気を失ったという発言をしたことなども伝わり、横車を押すようなトランプ流も軌道修正やむなしと考えたのだろう。

 次の策はアメリカ・メキシコ国境の壁の建造だ。国土安全保障省の内部報告書では建設費用は216億ドル(約2兆4500億円)に上る可能性があることが分かった。ロイターが伝えるところでは私有地の買収などを含めての積算といわれる。今年9月に着工し、完成までに3年以上を要するという。今更、万里の長城を建造しても、アナクロニズムということに気づかないのだろうか。大統領周辺の政策集団がほとんど機能していないようだ。これからの世界を見通した政策の秩序が見えてこない。

 選挙戦でトランプ大統領は壁の建設費はメキシコに負担させるといってきたが、メキシコは大統領が強く反対していて、その可能性は少ない。トランプ大統領はおそらく輸入税を引き上げ、それでまかなうつもりだろう。

過半は反対の壁建造
 国境壁を建造する案については、アメリカ人の多くは反対であると思われている。実際前回にも参照したPRRIの調査でも10人に6人(58%)は、反対である。他方、10人に4人(41%)が壁の建造に賛成である。2016年の6月以降、この比率は変わっていない。

 国民の考えは人種(race)、民族(ethnicity)、階級(class)で2極化している。概して、ヒスパニックの4分の3(76%)、アフリカ系黒人(70%)は壁建造に反対である。他方、白人の場合は賛否が割れている。52%が反対で、47%が賛成だ。さらに言うと、社会階級で顕著な差異が生まれる。白人労働者階級の56%は建設に賛成だ。しかし、大卒の白人を見ると35%しか賛成していない。白人大卒者のおよそ3分の2(65%)が壁建造に反対の立場だ。

 共和党支持者の73%は壁に賛成している。他方、党派に関係しない者の38%,民主党支持者の19%だけが壁建造に賛成している。トランプを支持した者の86%は賛成、ヒラリー・クリントン支持者のほとんど(88%)は壁建造に反対と答えていた。壁をめぐって、国民が複雑に割れている。

貧困脱却の難しい「プアー・ホワイト」
 移民・難民問題はかなり時間をかけて観察しないと分からない。とりわけ、アメリカのような「移民で形成された国」においては、自分が社会階層のどこに位置しているかで答を出してしまう傾向が強い。今回の大統領選でやっと存在を再認識されるようになった「貧困な白人」 poor white と呼ばれる人たちにしても、彼らはいつのまにか、社会で孤立、隔離され、忘れられた存在となってきた。トランプ大統領当選の唯一?最大の功績があるとすれば、アパラチアのプア・ホワイトに源流を持ち、「ラスト・ベルト」全域に広がった貧困層に着目し、支持層としたことだろう。彼らはこれまで民主党からも共和党からも見放されていた存在だった。しかし、トランプ大統領の政策が彼らの立場を改善・向上させることになるかについては、現在の段階では分からない。
 この点、長年労働の世界を見てきた筆者はかなり悲観的だ。強引に大企業を国内に引き戻しても、国際競争力がそれで充実するわけではない。国内市場に依存することになりがちで、再びかつて経験した衰退の道を歩きかねない。その理由は簡単には記せないが、教育と技術が彼らの運命に大きく関わっている。教育も技術も簡単には根付かない。

大きく変わる農業労働の光景
 メキシコを始めとする中南米諸国からのヒスパニック系に民主党支持者が多いのは、地道な向上心によるところが多分にある。労働の世界はかなり急速に変化している。スタインベックの「怒りの葡萄」に描かれたような過酷な農業労働の光景は、今はかなり少なくなった。



ブラセロ時代の南部農場労働
"Man and machine" The Economist February 4th 2017 

 不法労働者が増加し始めたのは1970年代であった。その頃は収穫期にアメリカへ入国し、ある農場から次の農場での収穫へと南部の農場を渡り歩き、採点賃金を下回るような劣悪な低賃金で働く労働が多かった。炎天下など過酷な労働条件下で地道に働く彼らが国内労働者を含めて、合法的な労働者に仕事を奪われることはなかった。

 しかし、近年の農場労働はかなり変わってきている。彼らに静かにとって代わっているのは新しい農業機械だ。例えば、トマト、アメリカン・チェリー、ピーマンなどの手摘みはほとんど見られなくなっている。綿花、小麦、玉ねぎ、人参、シュガー・ビート、アーモンドなどの摘み取りも、ほとんど機械化されている。アスパラガスやレタス、アプリコットのような繊細な野菜はまだ手摘みだ。かつてブログ記事にしたこともあるが、ドイツのアスパラガス収穫は、かなり前からほとんど外国人労働者の手になっている。

 カリフォルニアなどでは水耕栽培なども機械化が進むとともに、ほとんどヒスパニック系外国人労働者に頼っている。1990年代にブログ筆者たちはかなり大規模な日米比較調査を行ったことがあったが、すでにその頃からカリフォルニアなどではトマトなどの水耕栽培もかなり普及していて、そうした農場では人影もすくなかった。

拡大するヒスパニック系
 アメリカ・メキシコの国境を必要な書類なしで越境するメキシコなどのヒスパニック系労働者の数も減少傾向にあり、働く場所も南部諸州から中西部諸州へと移動しつつある。彼らが働く仕事の場も農業からサービス、土木建設などへと広がっている。

 いわゆる不法移民の中でも、必要書類を持たないで越境するいわゆる"undocumented" と言われる労働者は半数弱であり、ヴィザの有効期限を越えても帰国することなく滞在し、働いているいわゆる overstayer が多くなっていることにも注目したい。正規の書類を提示された場合、彼らの入国を阻止することはかなり難しい。トランプ大統領の期待する国境壁で阻止することには限界があることを指摘しておこう。壁で人間は止められないのだ。さらに、壁を抜けて入ってきた不法移民が国内労働者の仕事を奪ったり、賃金を引き下げる可能性も少なくなっている。

 壁の建設が始まると、建設労働者の需要が増える。現在の段階では、恩恵を受けるのは国境地帯のヒスパニック系を中心とする労働者と考えられる。農業・建設業労働者の賃金水準は確実に上昇している。省力を目指した農業機械などが次第に増加している。こうした新しい時代の農業労働者のイメージはあまり知られていない。トランプ宮殿からその未来図は見えてこない。


 

桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者:どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2001年




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トランプ大統領選出の明暗(5):栄光の日々は戻るか

2017年02月08日 | アメリカ政治経済トピックス

 

 



 トランプ大統領の相次ぐ大統領令は、世界を巻き込んで、次々と問題を引き起こしている。イスラム圏7カ国からの入国を禁じた大統領令は、すでに火がつき、このままでは連邦最高裁まで行きそうな気配だ。上下両院共に共和党が優勢であるにもかかわらず、議会の存在など無視するかのごとく、大統領令を矢継ぎ早に出している。大統領権限の強さを見せつけるかのようだ(今になっても閣僚が決まらない内情もあるだろう)。トランプ大統領は、全て常識の範囲だと言っている。しかし、大統領の常識は他の人々の常識とは限らない。選挙運動中のトランプ候補は、オバマ大統領在任中の大統領令のいくつかについては「法律違反で行き過ぎだ」と批判していたのだが。

大統領令にあまり頼らなかったオバマ大統領
 一つの興味深いデータ*1に出会った。初代リンカーン大統領就任以来の120年間の大統領制の歴史で、前任者のオバマ大統領は第7代のクリーヴランド大統領以降、在任中の大統領令の発令が最も少ないという。年間平均で35件、在任中の合で277件という記録である。最も多かったのは、フランクリン・D・ローズヴェルト大統領の年平均307件、在任中の合計3,721件である。T.ローズヴェルトからタフト、ウイルソン、ハーディング、クーリッジ、フーヴァー、T・ローズヴェルト、トルーマン大統領の時代がかなりの高い水準を示している。その後はほぼ傾向として減少し、オバマ大統領まで続いてきた。トランプ大統領は就任以来、連日のように大統領令を発令してきたので、このままのペースで進むと、その数も増えるが、息切れするか反対への対応ができずに挫折する可能性も高い。

 大統領令以外にも、類似の効果を発揮する手段*2もあるので、一概には言えないが、大統領令に限れば、それが少ないという事実は、議会での検討あるいは法案の討議、成立などに比重が置かれていたということを示すと言えるかもしれない。トランプ流は議会民主主義を軽視することになり、このままでは自滅につながりかねない。現在のトランプ大統領のやり方には、共和党議員の中にも賛成しない議員が出ている。議会での検討を加えることは、しばしば時間もかかり、妥協を迫られ、期待通りの結果とならないことも多いが、内容は充実する。いうまでもなく、法案が成立することで社会的にも安定度と信頼性が加わる。

 トランプ大統領自身が「アメリカを再び偉大に」Make America great againと言っているように、現在はかつての栄光を失っていることは多くの人が認めているようだ。一般のアメリカ人は現状をどう感じているのだろうか。

高まるペシミズム
 いくつかの調査があるが、その代表的な一つ*3を見てみよう。調査が行われたのはトランプ大統領が当選した直後である。

 アメリカが向かっている方向についてはペシミズムがかなり高まっている。2012年のオバマ政権の選挙選当時行われた同じ調査では、回答した市民の57%が、「この国は誤った方向へ向かっている」と回答したが、トランプ当選決定後の昨年末では、74%が「誤った方向へ向かっている」と回答している。次に、アメリカが国民が望ましいと思う軌道を外れ始めたのはいつ頃と感じているのだろうか。これについては、アメリカ人は「過去数年間(30%)」というよりも「かなり前から」(44%)道を外れてきたと感じている。要するにオバマ大統領以前から衰退し始めていてとの認識だ。

「見るべきものは見つ」
 ちなみに、現在のアメリカ国民が「良き時代」と漠然と思っているのは、1950年代である。大統領では、J.F.ケネディの時代までと考えられる。アメリカは歴史上、ほとんどの戦争に手を染めてきたが、ヴェトナム戦争勃発以降、社会は傾向的に下降線をたどってきた。同じ調査の回答者の半数近く(51%)は、アメリカは1950年代以降、国のあるべき姿ではなくなっていると考えている。特にトランプ大統領を生んだ共和党支持層に多い。他方、ヒラリー・クリントンを指示した層の70%近くは、アメリカは改善されつつあったと回答していた。トランプには投票しなかった黒人、ヒスパニック層が多い。
  
 回答した国民の53%は、オバマ大統領は大統領としての仕事をうまくやってきたと考えている。この比率は、2014年の中間選挙の当時の38%よりも高まっている。オバマ大統領は初当選当時は世界的な声援に支えられ、大きな期待をかけられての政権発足だったが、その後は共和党の反対も強まり思いかけずも、不本意な終幕となった。それでも、今回の大統領選からの経過を経験した国民の多くは、党派の別を問わず、トランプ大統領が率いるアメリカの将来に不安を感じているのだろう。オバマ大統領については、当初の理想主義は後退させられたが、筆者はケネディと並ぶ優れた資質を持った大統領と思っている。政権最後になって、もう一期オバマにやってほしいとの願いも散見されたのは、大統領選があまりにも低俗過ぎたのだ。

 今世紀の半ば、2050年をメルクマールとすると、アメリカは栄光の日々を取り戻すことができるか(アメリカを論じることは、かなりの程度日本について論じることでもある)。トランプ大統領の強調する「強いアメリカ」を取り戻すことができるだろうか。その可能性は極めて薄いとブログ筆者は考えている。幸いその日を目にすることはない。



References

*1  "Obama issued fewer executive orders on average than any president since Cleveland"  Pew Research Center, January 23, 2017

*2 例えば、presidential memoranda, proclamationなどがある。しかし、120年の大統領制度の下で一貫したデータが記録されている大統領令 executive orderをここでは採用している。

*3  Public Religion Research Inatitute(PRRI), 2016 American Values Survey.

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トランプ大統領選出の明暗(4):トランプ砦の行方?

2017年02月02日 | アメリカ政治経済トピックス

 

自然の国境:リオ・グランデ川


トランプ大統領の言動を見ていると、アメリカの政治史においても、例外的なキャラクターの大統領であることは確かなようだ。選挙戦から当選した今日まで一貫して「偉大なアメリカを作る」Make America Great というのが、スローガンだ。聞き手を鼓舞する響きがある。しかし、トランプがいう「偉大なアメリカ」とはいかなるものか。そのイメージはなかなか伝わってこない。支持者たちは内容を十分理解することなく、その言葉に酔っているかのようだ。

 就任以降、次々と繰り出される大統領令と、それが作り出す反響を見ていると、トランプ大統領は世界中で湧き上がる反対なども意に介していないようだ。ツイッターの表現もかなり粗暴で、共和党員でも眉をひそめることがあるといわれる。前任者オバマ大統領の努力の成果にはいささかのレスペクトも払っていない。大統領の言行録は後世の歴史に残るのだが、まったく気にかけていないようだ

逆戻りする時代
 目の前の現実は
前進するどころか、どんどん後戻りして、17世紀的な世界に戻っているようにさえ思える。国境に高い壁を構築し、関税率を引き上げ、外からの敵の侵入を防ぐという、さながらトランプ砦のように見えてくる。アメリカから流出した企業を脅し、国内へ戻させる。かつてEC 砦 (EC citadel) という表現が使われていた時期があったが、その時点を越えてさらに後戻りするようだ。

 トランプ大統領にとってみると、アメリカ国内にいる不法移民は、犯罪者やテロリストの集団のように見えるようだ。彼らに対する思いやりや同情心などは、全く感じられない。

「壁でなくハグを」
 こうした状況で、2月1日アメリカ国内にいる移民と国外の親族や家族が、国境線上で出会い、4分間だけハグしあう機会が与えられるという珍しい映像を見た。「壁ではなくハグを」Hugs not Walls と題して、ABC, FOX, CBSなど多くのメディアが取り上げていた。4分間というハグの時間も微妙に設定されていた。

 場所は移民が多いことで知られるテキサス州エル・パソ郊外、リオ・グランデ河から引き込まれた運河の流れる地域である。自然の国境となっているが、この時期はほとんど水が流れていない。ただ、その僅かな水流を挟んでアメリカ、メキシコ側の双方には鉄線のフェンスが設置されている。

 流れの北側(USA)には200人以上の移民たち、南側(メキシコ)にはその親族、家族たちが埋め尽くすように立ち並び、フェンスの間からお互いに家族や知り合いを探し求めている。国境パトロールが見守る中で、双方がそれぞれ流れに入り4分間だけハグする(抱き合う)光景が流れた。例えば、事情があって移民としてアメリカ側に残る妹とメキシコ側に残る姉が10年ぶりに出会い、ハグするという光景もあった。アメリカ側にいる移民とメキシコ側の家族を区別するため、参加者はそれぞれに色分けされたTシャツを着てその立場を示していた。

両者を隔てるものは
 かつて、この河を越えてアメリカに不法入国するメキシコ人などには、wet-back (背中の濡れた人たち)という蔑称が使われたことがあったが、国境パトロールの監視がなければ、楽々と越境できてしまう状況が見てとれる。実はアメリカ側にいる移民で、家族の事情などでメキシコへ戻りたいと思っている人々もいる。しかし、旅券、査証などを持たないと、航空券は購入できないばかりか、正規の出入国管理地点を通ることもできない。出入国管理事務所などに出頭すれば、厳重な調査、尋問があり、その後,収監されるか
強制送還される。しかし、ひとたびこの経路をとったら、アメリカに再入国することはほとんど不可能になる。送還までの手続きも昔のように簡単ではない。

 他方、メキシコからアメリカにいる家族、親族、姻戚などを訪ねたいと思っても、旅券その他、入国に必要な書類を取得することは、それほど容易ではない。メキシコ側からの不法入国が多いのはこうした事情による。

 さて、この「壁ではなくハグ」という機会は、「人権のための国境ネットワーク」The Border Network for Human rights という人権団体が主催する2回目の催事であった。最初の時は、ハグの時間は3分であった。それが今回は4分になった。極めて微妙な1分だ。そして、その4分は瞬く間に過ぎた。当事者たちはそれぞれの側に戻っていった。

 この小さくなった世界でも、人は会いたい人に会うために、自由に移動することはできない。

 それにしても、トランプ大統領はこうした状況をどう理解しているのだろうか。


⭐️ Hugs not walls: Families divided by the U.S. Mexican border get 4 minutes to reunite.

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