時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

これはフィクション?それとも:HHhH?

2013年11月22日 | 書棚の片隅から

 



チェコ、プラハ市内に残るオットー・ペチュカ邸宅跡を
示す銘板。ペチュカ家は1930-40年代、チェコ有数の
ユダヤ人富豪のひとり。ドイツ軍の占領(1939年)前年
アメリカへ亡命。ナチ時代はチェコ総督代理が占拠。
大戦後、在プラハ、アメリカ大使邸として使用。




 読み始めると止まらない。フィクションのようで、かぎりなくノンフィクションに近い強い迫力、リアリティがある。語られる時代は1930-40年代の恐怖の舞台だ。そして、読者がその世界にのめり込みすぎたとみると、ほどよく作者の身代わり?が顔を出し、自らの経歴、執筆の舞台裏などを語り、しばし読者を現代に引き戻し、また消えてしまう。読者は適度にじらされて、先が知りたく、他のことを放り出して読み進む。

 記憶力の衰えを嘆きながら、しばらく前から始めたフランス人の先生とのレッスンの過程で飛び出した作品である。定番の語学学習用テキストはもう意欲が湧かない。そこで、2010年度のゴンクール賞最優秀新人賞を受賞したローラン・ビネ Laurent Binet の『HHhH』なる奇妙な表題の作品を手に取る。初めての読者は、この表題からはなにを題材にした作品かまったく分からないはずだ。管理人も、最初は人の笑い声の擬音かと思ったほどである。しかし、少し読み進めるうちに、説明が出てきて、なるほどと作者の才智に感嘆する。

 一気に読み切れるとはとてもいえない読解力の上に、作品の巧みな構成に最初は惑わされたが、ストーリー自体はきわめて整理されており、語り口の絶妙さに魅了され、大分時間はかかったが、なんとか最終頁にたどりついた。途中、かなりドイツ語版(電子版)、英語版にも助けられた。今は、日本語版も刊行されたようだ。日本語版は管理人がかなりのめり込んだパスカル・キニャールの翻訳などを手がけられている高橋啓氏なので、信頼できる版に仕上がっているだろう。

心も凍りつく恐るべき「最終計画」
 読み始めてフィナーレの段階に来た今月、11月9日の夜から10日にかけて、この小説が、ある歴史的事件が出発点になっていたことに気づかされる。第二次大戦のきっかけになったともいうべき「水晶の夜」kristallnachatが起きた日である。1938年のこの日、ドイツの各地で反ユダヤ主義の暴動が発生し、その後に起こるユダヤ人ホロコーストへつながる契機となったと言われる重要な事件だ。名前の由来は、町の住宅、商店などのガラスが破壊され、月明かりの下で水晶のようにきらめいていたというところからつけられたとされる。命名したのは、後のナチス宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスといわれる。表現しがたい氷のような不気味な冷たさが背筋を走る。この感覚、戦争についての現実感が薄い若い世代に話したが、本当に共感してもらえたか、はなはだ不安だった。ユダヤ人を地上から殲滅するという「最終計画」に向けて、次々に実施される恐るべき行動の数々。当時の人々(コンテンポラリーズ)が感じた恐怖と次に来るべき恐るべき殺戮の空気を感じてもらうには、多くの下準備が必要な気がした。

 そして、その翌日11月11日、年次は前後して遡り、1918年になるが、第一次大戦休戦記念日であった。イギリスにいた頃、隣家の住人から今日は Poppy Day といわれて、一瞬聞き直したことも思い出した。この日、特に第一次世界大戦の戦死者をしのんで corn poppy(ヒナゲシ)の造花をつける。ヒナゲシの花言葉は、consolation (なぐさめ)である。

コンピエーニュの森へ
  第一次大戦末期、1918年11月11日、連合国とドイツ帝国はフランス郊外のコンピエーニュの森に引き込まれた秘密の客車内で暫定休戦協定に調印する。はるか以前のことだが、この森に保存されている客車を見に行ったことも思い出した。ドイツ側の代表は、銃弾が飛び交う中を車でおよそ10時間走り、連合軍の指定した場所まで行き、そこから列車で森に行ったらしい。


 今回は種明かしをしないでおくが、この小説『HHhH』は、ナチのある高官をめぐる実際の暗殺計画という高度に緊迫感のある主題である。ヒットラー暗殺計画を始めとするナチをテーマとする作品はかなり読んできたが、全般に陰鬱、暗澹とした印象が残るものが多く、一時は手に取ることをためらっていた。それでも、『ヒトラーの最後の12日間』を始めとして、このブログでもいくつか取り上げている。

 ビネが戦争を経験していない若い世代(執筆時33歳?)、それもフランス人作家の作品であることを知り、急に読んでみたくなった。ひとたび、手に取ると、しばらくなにも出来なくなった。

 この天賦の才に恵まれた30代半ばの若い作家の手になる作品は、強い迫真性を保ちながら、陰鬱一辺倒に傾くことなく、最後まで読者を魅了し尽くす。この悲惨きわまりない戦争を知らない世代が、よくここまで描ききったという感嘆の思いにみたされる。文中にしばしば登場する作家の身代わりらしき人物が、2ページ書くのに2000頁の資料を読んだと述懐するくだりがあるが、実際それに近いのだろう。

 この作品の主たる舞台は、チェコスロヴァキア、それもチェコの首府プラハだ。舞台設定も絶妙だ。日本人にはともすれば分かりがたい遠い国だが、チェコとスロヴァキアの違いを始め、この地域の複雑な関係の一端も知らせてくれる。

文学とはなにか
 
「虚実皮膜の間」という表現があるが、フィクションのようでかぎりなくノンフィクションに近い。その間合いの取り方は絶妙だ。伝統的スパイ小説の流れを受け継いだ作品との批評もあるが、この小説家はひとつの新しい次元を切り開いたと思う。21世紀という別の激動の時代に生きる人間が、1930-40年代、厚い秘密と恐怖のヴェイルに覆われた重大事件を、あたかもわれわれの目前に展開するがごとくに仮想体験する。

 このブログが漠然と考えていたことも、「時空」という障壁を超えて、過去と現在の仕切りなしに、障壁のないトピックスを論じることだった。そのひとつのモデルを見たような思いがした。

 しかし、ビネの新しい方法は、文学とはなにかという困難な疑問を再び提起する。フィクション(虚構)とリアリティ(現実)との距離が問われる。ビネの作品はこの時代に関する綿密な事実考証の上に書かれている。ナチスの時代は体験していない若い世代が、そのために費やしたであろう時間と労力にひたすら感服する。作品のプロットは当時の世界で最も怖れられ、嫌悪されたナチ・ゲシュタボの長官を追い詰める2人のチェコ人とスロヴァキア人の軍事スパイ(暗殺者)の話といってしまえば、元も子もないが、そこに存在した事実は短い言葉に尽くせない、ユダヤ人に対する「工業化された大量殺人」ともいうべき狂気に対して、細い糸のようにわずかに残された抵抗、レジスタンスの試みと顛末だった。戦後書かれたナチを題材としたフィクション、ノンフィクションは数知れない。管理人もそのいくつかを目にしたにすぎない。しかし、この作品はそれらの多くと明らかに一次元を画していると感じるものがある。極限の恐怖の時代を、サスペンス・ドラマのような感触も感じさせながら、現代人(同時代人)として追体験させる。

 読み始めた時、すぐに頭をかすめたのは、フレデリック・フォーサイスの小説『ジャッカルの日』(篠原慎訳、1971、1979年角川書店)であったシャルル・ド・ゴール大統領暗殺を企てたテロリストグループOASが雇ったプロ暗殺者ジャッカルとフランス官憲の追跡を描き、映画化もされた。両作品が実際の歴史的事実を主題としている点とそのプロットには、多くの近似性があると管理人は見ている。現代史上の含意では、『HHhH』はナチのユダヤ人大量殺戮とその計画・実施過程への接近という意味で、計り知れない荷重を負っている。

 そして、ほぼ同時にかつて愛読したもう一冊の作品と人物が念頭に浮かんで来た。チェコ生まれの文人カレル・チャペックであり、愛してやまない故国のさまざまな情景を描いた『チェコスロヴァキアめぐり』(1996恒文社、2006年筑摩書房)である。ビネはフランス人であるが、兵役に従事し、チェコスロバキアに滞在していたことがあった。そのことがこの国への深い愛と、そこに起きた驚くべき陰惨な出来事をできうるかぎり現実に近い形で小説化するという目標に向かわせた。現実は、いたるところ、描ききれない恐怖、残酷、悲惨、非人間的冷酷で充ちていたはずだ。ビネは、その点を和らげて描きながら、「小説」として、見事に時代を再現している。

 

 


Laurent Binet, HHhH, Grasset et Fasquelle, 2010(邦訳:高橋啓『HHhH』東京創元社、2013年)
幸い、邦訳も刊行された。ドイツ語訳も含め、多数の言語に翻訳されているようだ。たまたま手にしたドイツ語版は、管理人には少し異なった響きがする。ドイツ国内の読者の文学としての評価は、フランス、イギリスなどでのそれとさほど変わらないようだが、当然他国での反応とは微妙な違いがあるようだ。
ドイツ語版は下記。
Laurent Binet, HHhH, Rowohlt Taschenbuch Verlag, 2013

テーマを推測するヒント:
Himmlers Hirn heißt Heydrich.
「ヒムラーの頭脳はハイドリッヒと呼ばれる」
ドイツ語の動詞が生きていますね!


 

 

 

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北京に秋天は戻るか:科学の可能性と限界?

2013年11月14日 | 午後のティールーム

 

 

「17世紀の危機」がすでにグローバルな
ものであったとするG.Parker の新著

 

 

  ステフアン・エモットのあまりに衝撃的な小著『100億人』10 BILLIONは、日本ではほとんど報じられていないが、多大な反響を生み出した。論旨は非常に単純なのだが、その結論は読んだ人の度肝を抜くものであった(前回ブログ記事注記

反転減少の可能性少ない世界の人口
 世界の人口の増減は、日本の少子化対策がさしたる効果を生んでいないように、ひとたびはずみがつき、モメンタムが働き出すと、方向転換はきわめて困難となる。日本のように、人口減少と高齢化が急速に進行し、国としての潜在活力が減退する国がある一方、世界の人口はアジア、アフリカなどの新興国を中心に増加を続け、今世紀末には100億人近くなると推定されている。世界の人口は現在ですでに72億人に近い。このまま進めば、2050年には90億近く、2100年には100億人近くに達すると予想されている(Emmott,2013,p.11)。この予測については異論は少なく、ほとんど避けがたいとみられている。国毎に増減の差異はあるが、世界全体の人口は反転減少に転じる可能性は少ない。2050年といえば、次の世代が必ず迎える時だ。 

 エモットの結論がきわめて衝撃的で、悲劇的なものであるだけに、同感する者も多い反面、当然、批判も多い。管理人は幸い人類苦難の日?を見ることはないから、この問題への緊迫感は高くないのだが、現在50歳代以下の若い世代は、地球と人類の将来についてもっと真剣に対すべきだろう。エモットの予想は、講演原稿が土台になっているので簡潔でそれだけに迫力がある。確かに議論が単純化され、直情的なところがあるが、世界の実態をみると、やはりと思う点も多い。

科学はどれだけ力になるか 
 最も衝撃であったことは、地球温暖化、大気汚染、エネルギー不足、食料不足、水不足、北極・南極の氷山の消失速度熱帯雨林の減少、緑地の激減、森林火災、生物の種の減少(生物多様化の衰退)、
自動車文明が生む膨大な浪費と自然の破壊や資源浪費、貧富の拡大、貧窮者の増加など、いずれもグローバルで深刻な問題であることだ。そして、しばしばこれらが契機となって、民族・国家間の対立、反目、紛争、戦争などを生み出す。人口増加といかなる因果関係があるかは、にわかに定めがたい。しかし、人口増加はこれらの問題のいずれについても解決を困難にする。人口が絶対的に多くなれば、自国内に留まれない人々も当然増えてくる。そして、最も憂慮すべき、問題の解決にとって、科学が無力だという結論が厳しく迫ってくる。

 
 エモットの著書は文庫版(ペンギン・ブック)に楽に収まってしまうきわめて短いものだ。それだけに、直裁で説得力がある反面、科学者たちからの反論も多数提示されている。その多くは、エモットの個々の指摘が、データの根拠、推論の仕方などで誤謬に充ちていて、過度に悲観的、厭世的だと反論している。


食料不足問題ひとつ解決できない現実
 たとえば、将来さらに増加する人口に対応する食料の需要と供給がバランスするかという点について、食糧問題の専門家の間でも、議論は続いてきた。現実には世界にはその日の食料すら得られない、飢餓のどん底にいる人々が多数存在する反面、富裕層を中心に高価で贅沢な食材が浪費され、多くの食品が捨てられている。ある科学者は、食料不足は事実誤認であり、配分システムが十分機能していないからだと反論している。しかし、それではどうすべきかという説得的な政策提言はない。ここに挙げたようなグローバルな諸問題について、真実がどこにあるのか、正確に把握できている人は、きわめて少ない。

 エモットをめぐるいくつかの議論を追いながら感じることは、科学が専門化、細分化しすぎて、全地球的な問題への対応ができなくなっていることだ。個々の領域では科学はめざましい発展をとげたが、原発廃炉、核燃料処理の問題ひとつをとっても、議論は混沌としていて、多くの人々が現実的なものとして納得しうる回答や対応は得られていない。

 最近中国に深刻な問題をもたらしている大気汚染(P.M.2.5)についても、主たる原因は人口増加に伴う発電所や家庭での大量の石炭(製品)消費、自動車の急速な普及に伴う大量の排気ガスなどが複合した結果とされているようだが、これとても十分には解明されていない。仮にこの推論が正しいとしても、石炭を他の熱源に転換するにはきわめて長い時間を要する。自動車数の規制にしても同様だ。自動車業界、消費者の受け取り方ひとつとっても議論百出だろう。理論から現実へ近づくほど、解決策は困難を増す。

グローバル・イシューに新たなアプローチを
 そして、エモットの推論をめぐり議論についても、科学者の反論はほとんど自らの専門範囲に限られていて、現代の地球が直面している深刻な諸問題のわずかな部分への回答になっているにすぎない。科学の専門化については、しばらく前から相関科学などの形での対応が図られてきたが、現代の複雑化した問題への有効な対応とはなり得ていない。グローバル・イシュー(地球規模の重要課題)に対する新たな観点からの諸科学の再編、創造が必要と思われる。しかし、それまで地球は、実態をこれ以上悪化させることなく、支えきれるだろうか。それこそ「杞憂」であれば幸いなのだが。




中国で杞の国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えたという故事に基づく。将来についてあれこれと無用の心配をすること。取り越し苦労(『広辞苑』第六版)

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立ち止まるグローバル化:城砦化する世界

2013年11月01日 | グローバル化の断面

 

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの生地ヴィック・シュル・セイユ、
改築中の城門(筆者撮影) 


城砦の再構築へ 

 TPPなどに象徴されるグローバル化の進行で、世界は、カネ、モノ、ヒトなどすべての面で開放化の道を進んでいると思われるかもしれない。しかし、一方向に向けて、すべて障壁が低くなっているわけではない。逆に国境の障壁がさまざまな形で新たに作りだされている次元もある。最近の The Economist誌は、「門が閉ざされた世界」 *1と形容している。その典型は近年の移民・難民の流れに現れている。本ブログでも再三記してきた問題でもある。

 たとえてみれば、グローバル化という流れの中で、各国が「国益」の擁護のために、自らの島の城砦を作りなおしている状況にあるといってもよいだろう。その有様は、ブログで再三とりあげてきた17世紀「危機の時代」の光景にもきわめて似ているところがある。フランス王国や神聖ローマ帝国などの大国から小さな領邦国家、公国にいたるまで、外敵の侵入に備えて、城壁で町を囲み、城門を設け、人々の出入の制限を行っていた。

 近年の状況は、城壁全体を高くするというよりは、城門を強化し、そこにおける出入りを制限するという形に見える。関税障壁を高くするなどで、国際的なルール違反をすることは避け、資本受け入れの相手方を選別するなどの外からは見えにくい巧妙な方法がとられている。日本のように、TPPを国内の非効率な部門を活性化する契機ととらえ、そのために財政・金融政策を背後で活用しようとしていると見られている国もある。

 前回のブログ*2で記したように、もし地球が増え続ける人口を支えきれない段階に入っているとすると、ひとつの過渡的対応として、人口移動で地域間の貧富の格差を多少なりと軽減しようとする動きは強まるだろう。とりわけ、移民にとっては国内の貧困から逃避し、海外で高い報酬が得られる道を選択しようと考える。しかし、現実には非常に難しい。受け入れ国側が制限的な政策に移行し、それぞれに門を閉ざしているからだ。居住の自由を含め、開放度を増した国は少なくなった。

 とりわけ、経済の停滞時には移民の排斥が起こりやすい。たとえば、ギリシャでは国家的破綻の過程で、移民を追い出すことをスローガンにした政党が急速に支持を獲得してきた。あからさまに反移民を掲げる政党が存在する国は増えている。現在の政権の側でも、イギリス首相デヴィッド・キャメロンのように、イギリスへのネットの年間移民受け入れ数を2015年までに現在の半減以上にするとしている。。他方、アメリカ、オバマ大統領の民主党は、移民法改革への意欲を喪失している。最初の大統領選当時は、移民法改革は最大の公約のひとつであったが、絶好のタイミングを失ってしまった。

 オーストラリアのような典型的な移民受け入れ国も、最近はボートピープルなどの不法入国者の問題に悩み、反移民的傾向が高まっている。カナダは1971年に多文化主義を法律化したが、9.11以降否定的方向に転じている。「多文化主義」の花は急速にしぼんでしまった。人口減少、高齢化の進展で、活力が失われ、将来が危惧される日本でも移民受け入れが国民的議論となったことはほとんどない。

経済理論と移民

 移民をめぐる現実の動きは、これまでも開放と閉鎖の間を行きつ戻りつしてきた。他方、伝統的な貿易理論では、同様な技術水準の国の間では移民がなくても、賃金は貿易を介して格差を縮小し均衡に向かうとされてきた。「要素価格均等化」理論といわれる仕組みである。さらに、グローバルな人の移動の増加は、経済成長を促進する効果があるとされてきた。しかし、現実にはそうした動きは見えてこない。

 人々を他国への移民に駆り立てる動機はさまざまだが、関係国間に存在する賃金・所得格差が大きな誘因となることが多い。たとえば2000年時点で、メキシコで働く自国民労働者は、同等の教育や経験を持ってアメリカで働くメキシコ人労働者と比較して、賃金は40%くらいしか稼げない。こうなると、機会があればアメリカで働きたいと考えるメキシコ人は増加する。 

 こうした考えに立って、移民の経済効果を推定する論文もかなりの数が提示されてきた。たとえば、地球上の豊かな国が国境を開き、発展途上の国から労働者を受け入れれば、彼らの平均賃金は年間1万ドル以上、上昇するはずだという試算もある。もっと現実的な?試算として、豊かな国が移民受け入れで自国労働力を3%だけ増加するだけで、現在未解決の貿易上の障壁をすべて撤廃することで得られると考えられる利益を上回るメリットがあるともいわれている。

 しかし、こうした移民がもたらす利点がいかに伝えられようとも、政治家たちは逆の方向へ走っている。確かに、不法移民、難民受け入れなどにかかわる社会的コスト、頭脳流出など、対応が難しく、さらに議論されるべき問題は残っている。

 こうした差が生まれるのは,主として両国の間に存在する生産性格差によるとされる。この生産性格差は、インフラ、制度、熟練の違いなどによる。一時に多数の労働者を受け入れけ入れれば、受け入れ国側の賃金水準を引き下げかねない。しかし、投資の増加などでそうしたマイナス効果を打ち消すような規模で、移民を受け入れるならば、国内賃金水準の低下を引き起こすことなく移民を受け入れ、経済拡大を図りうるはずだ。

 移民の自由化議論は、貿易の自由化議論に似ている。相対的に生産性の高い移民を受け入れることで、産出を増加できる。その結果生まれる市場の拡大は、コスト低減につながる。移民は理論と実際の双方において、後追いの考えだ。要素価格均等化法則は理論の世界では通用しても、現実の世界では、なかなか実効性が見えてこない。 

 経済活動がある限度を越えて拡大あるいは停滞すると、必ずといってよいほど出稼ぎ労働者が問題化する。経済発展に対応するための人手が不足する、あるいは停滞に伴い国内労働者との間で仕事の取り合いが始まり、出稼ぎ労働者の雇用機会は減少し、彼らを排斥しようとする反移民の動きが強まる。

 最近では単に経済的要因ばかりでなく、宗教問題が絡んでおり、状況は一段と難しくなっている。現代史上、一大事件となった9.11を契機として、オサマビン・ラディンの暗殺を挟んで、イスラム教徒の労働者の出稼ぎ先国での同化をめぐる軋轢が顕著になっている。互いに憎悪が高まり、イスラムフォビア(イスラム嫌悪者)と呼ばれる、狂信的なグループが生まれ、しばしば厳しい問題を生み出している。しかし、ドイツなどでもいつの間にかモスクの数は増加し、イスラムに改宗するドイツ人もいる。イスラムの数は増加し、2050年には世界人口の3分の1近くがイスラム化するとの予想もある。

ドイツも対応が難しい:多文化主義の破綻
  「ヨーロッパのドイツ化」が議論になるほど、EUで突出した存在となっているドイツでも、移民はきわめて対応が難しい問題だ。これまでドイツは移民の社会的「統合」を標榜し、試行錯誤を続けてきた。政府は長らく移民統合の過程で国民に「寛容」を求めてきた。この意味は、ほとんど忍耐に近い意味であったが、ついにその限度が近づいたようだ。「統合」もその概念と実態の間に大きなかい離が生まれた。「統合」と「同化」も同じではない。ドイツ人と同じように生きることを強いるのが、現実の姿だ。それが不可能ならば、移民と従来の国民との一体化を求めることはできない。理念と現実の間には大きな距離がある。

 ドイツではこれまで福祉国家化を目指す過程で、国民の自助努力が求められ、それは移民に対しても要求された。ドイツが最も多くの数を受け入れてきたトルコとドイツの間には、植民地関係は存在しない。しかし、9.11以後のほぼ10年間にさまざまな衝突、事件が起きてきた。

 ドイツではドイツ国籍を取得することは、それ自体安定した生活を保証するパスポートではないと政府が主導してきた。そのために、ドイツ語を話し、ドイツの社会ルールに従うことを求めてきた。連邦政府は統合講座を義務付け、規定の645時間の中にはドイツ語習得も含めてきた。ドイツ語の能力は、国籍取得の要件になっている。

入れ替わる先進国、開発途上国のランク
 注目される点のひとつは、頭脳流出の新しい変化だ。かつては開発途上国から先進諸国への高度な能力を持った技術者などの流出がその内容だったが、今日ではギリシャ、スペイン、ポルトガルなど、かつての先進国から逆に開発途上国へ高度な能力を持った人材が流出している。たとえば、アフリカのアンゴラでは、10万人近いポルトガル人が働いている。アンゴラにとってかつてポルトガルは宗主国であった。アンゴラは世界経済の低迷にもかかわらず、年率10%を越える高度成長を続けている。

 歴史の時間を超えて、繁栄を続ける国はない。繁栄の極みを享受したローマも衰亡した。先進国もいつまでも先進国ではいられない。世界の人口増加が人類が経験したことのない水準へ近づく中で、人口減少を止められない日本を含めて、次の世代に残された課題は数多くしかもきわめて重い。先を考えず、今だけを生きるという、これまで支配的であった考えは、明らかに破綻の時を迎えている。
 

 

 

*1 "The gated globe"  The Economist October 12th 2013

*2
 前回の記事の結末については、多数の照会、質問があった。しかし、著作権の問題もあり、掲載することをためらっていた。しかし、その後同書に関する注目度が高まり、科学者などを含めて論争が激化する過程で、ロンドンのThe Times紙など多くのメディアが文芸書評などで明記するようになった。また、本書がきわめて重要な問題を扱いながらもきわめて簡潔であることについてはThe Royal Court Theatreでの講演であることも判明した。全体文脈の中で正しく理解されるべき結論であり、深い意味が込められており、短絡した理解は著者の本意ではない。表現はきわめて厳しく悲観的だが、著者が人類の未来にまったく絶望しての表現とは思いたくない。
I asked one of the most rational, brightest scientists I know - a scientist working in this area, a young scientist, a scientist in my lab - if there was just one thing he had to do about the situation we face, what would it be?
His reply?
'Teach my son how to use a gun.'
Quoted from Stephen Emmott, 10 Billion, pp.107-108.



 

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