さらに、イギリス政府はルワンダ政府に対して、受け入れを支援するなどの名目で2億4000万ポンド、日本円でおよそ460億円を援助したとしている。
南西部国境、会計年度毎の送還、拘束者数
2020年年初から突如問題化した新型コロナウイルスのグローバルな次元への感染は、瞬く間に人類の運命に関わる世界的危機へと拡大した。21世紀が「危機の世紀」となることは、かなり以前から予感するものがあり、その一端はこの小さなブログにも記してきた。
人流に関わるマイナス要因
国境を越える人の流れの増加は、主として労働の報酬、本国送金などの成果を通して、世界の経済にプラスの効果をもたらすと考えられてきた。グローバル経済を動かすエンジンのひとつであった。
しかし、人の移動や集積が経済や文化的活動にマイナスの影響を与える場合もあることが明らかになった。移民労働者などの国境を越える移動が、単なる労働力にとどまらず、人間のあらゆる属性を伴って行われているという明瞭な事実である。
今回のcovid-19の場合は、人の移動の増加が人間の健康面に与えるマイナス面をあからさまにした。感染者あるいはその運び手 career としての人の出入を阻止する動きが増加し、世界中で出入国制限の障壁が顕著に高まった。
感染症への対応の強化
新型コロナウイルスが世界的に感染を見せ始めた2010年の年初の段階では、従来のインフルエンザとさほど違いのない感染プロセスを経て収束に向かうのではといわれてきた。しかし、covid-19の感染力は予想を超えて強力で、次々と新たな変異株を生み出し、2021年夏の段階でも収束の兆しはみられない。日本の新型コロナウイルスへの感染者数は、2020年9月現在で150万人を越えた。
1918年の”スペイン風邪”の流行当時と比較して、今回の新型コロナウイルスの感染の範囲は、大きく異なる。グローバルな次元での人の流れと集積がかつてなく重みを増したことにある。結果として、その衝撃も格段に大きい。単に人流の規模にとどまらず、各国の健康システム、経済に及ぼす影響もこれまでに例を見ないものになっている。
すでに2年近くになる感染拡大の過程で、グローバルな次元での人の移動の流れはかなり顕著な変化を見せ、現在も進行中である。2020年の人口移動の統計はまだ得られないが、恐らくこれまでの時系列の傾向を修正するような現象が起きているだろう。
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N.B. 2021年年央で確認できる主要な変化を記しておこう:
2020年年央時点で国境を越える労働者の数(フロー)は前年に比して約200万人減少、同期比では約27%の減少を記録した。
2020年において自国の外に居住する人々は約2億8100万人と推定され、インドネシア全体の人口にほぼ匹敵する。
2000年から2010年で、労働あるいは家族の再結合のために国境を越えた人々は約4800万人、2010年から2020年にかけては6千万人と推定される。
さらに、2000年から2020年にかけて難民あるいは庇護申請者として国境を越えた人々は17百万人とみられる。
2020年に職を失った外国人労働者は3400万人と推定される。
Source: United Nations, Department of Economic and Social Affairs, International Migration 2020
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人流の減少には、covid-19のの感染力が強く、感染した場合の症状が重くなりがちであることが影響して、移民労働者も出来れば家庭にとどまりたいとの意向も反映している。その動きは中央アメリカからフロリダやカリフォルニアなど南部諸州での野菜や果実採取、バングラデッシュからのアブダビ、カタールなど中東諸国での建設労働者、メルボルンや東京でのインド人起業家など、ほとんどあらゆる場面で人の流れにブレーキがかかっている。
グローバル次元での格差拡大
コロナ禍以前のように効率的に移動ができなくなった労働者が増加し、世界的にも所得、富などの格差も拡大している。とりわけ、自国の労働者の海外からの送金に大きく頼ってきたフィリピン、バングラディシュ、ホンジュラス、ガーナなどに代表される国々は衝撃が大きい。結果として、中長期的に貧富の格差拡大が固定化する傾向がすでに見出されている。統計が得られる2018年時点で開発途上国全体が受け取った海外からの送金額は5290億ドルであった。
新たなグローバル・リスクへの備え
国際レヴェルで導入されているさまざまな制限措置は、感染リスクが軽減、低下した近い将来においてもすぐには撤廃されない可能性も指摘されており、国際的な人の流れはコロナ禍以前と比較して停滞することも予想されている。
他方、2021年夏の段階で重大な関心事となっているアフガニスタンなどからの難民、庇護申請者などの増加が予想される。
パンデミック以前の2019年においては、OECD諸国への永住を目指す移民の流れは、2017年、2018年とほぼ同水準の5300万人だった。難民の受け入れは少し減少したが、永住が目的の移民受け入れは、2019年には530万人に達していた。一時的な労働者の受け入れは5百万人以上の受け入れが記録された。
移民のフローは過去10年間増加を続け、受け入れ国側でも移民の統合において一定の改善が見られた。しかし、こうした改善もパンデミックと経済的下降によってある程度消し去られた。各国政府はエッセンシャルな活動分野として、健康・安全に関わる労働者を確保することが求められ、彼らの社会と経済への貢献を確保するためにも財政支出と統合努力を維持することが強調されている。
労働需要の減少と高いスキル水準を持った労働者の間でのテレワークの増加と学生のリモート教育の浸透で、人の移動が顕著に減少した。
covid-19に限らず、新たなウイルス・細菌などによる感染症拡大のリスクは将来においても予想されることであり、地球温暖化などの気象条件、戦争などの勃発リスクと併せ、地球規模で対処しなければならない重要課題が増大している。
日本では緊急事態宣言の解除をした途端に感染者数が増加し、早くもリバウンドの徴候が顕著になっている。東京都知事は人流の制限を強調している。
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N.B.
パンデミックは移民の流れ、フローに多大な衝撃を与えた。2019年には世界の移民の流れ、フローは約200万人減少したとみられる。
他方、国連レポートなどで、2000年と比較して2020年の統計をみると、自国の外に居住している人たちの数はこの20年間に1億人近く増えた。2000年には約1億7300万人が自分の生まれた国の外に住んていた。その20年後には2億8100万人に増加している。
パンデミックは移民による本国送金を減少させた。世界銀行によると、2020年には低所得、中所得国への外貨送金は780億ドル、総計の14%近く減少したと推計されている。
バイデン大統領が直面する試練
移民、難民が生み出す影響は、地域によって大きく異なっている。移民・難民はしばしば政権を揺るがすほどの難題を作り出す。近年大きな政治的問題になっているのが、アメリカである。トランプ前大統領は、国境に物理的な壁を建設することを政策の目玉の一つとしてきた。この政策は分かりやすいが、多くの議論を生み出した。壁建設への反対はきわめて大きくなった。トランプは、covit-19も越境者受け入れ拒否の理由とした。
新しい大統領バイデンはもっと上手く対処してくれるのではないかとの期待が高まった。しかし、案に反して、バイデン大統領は思わぬ人道的、政治的問題に直面することになる。
国境を越える子供たち
2020年10月1日、親や保護者に伴われることなく越境した9200人の子供たちが、HHS(Health and Human Servies)のシェルターに保護されていることが明らかになった。2019年以来の記録的数である。収容されているのはティーンエイジャーが多いが、12歳以下の子供も数百人は含まれているという。その多くはテキサスのリオ・グランデ渓谷を渡渉し、アメリカ側に不法入国してきた。子供のみならず不法入国者の数自体も増加している。
こうした不法入国者の多くは、アメリカにすでに入国している家族や本国での貧困や暴力を逃れて、越境してきた。特に中米のグアテマラ、ホンデュラス、エルサルバドルからメキシコを経由してアメリカへ入国を企てる者が急増している。2019年には25万人以上のグアテマラ人が越境を試み、国境警察に拘束された。彼らはバスやトラック、そして徒歩ではるばるメキシコ国境へと北上してくる。
子供たちの場合は、誘拐、ブローカー、年上の親戚、祖父母などに伴われ、越境を企て、連邦機関によって収容される前に、ひとりになっていると推定されている。子供たちは拘束後、72時間以内にHHSのシェルターに移送、収容さるが、最近は収容能力が限度を越えてしまい、国境付近の勾留施設に収容される場合が増加している。しかし、これも満員の施設が増え、covit-19に感染するリスクも急増している。
アメリカ側は2014年から2019年にかけて越境した約29万人と推定されるこれら保護者不在の子供たちの約4%に就いて、送還などの措置を取り得ただけといわれる。ほとんど何もできていないことになる。
こうした変化はバイデン大統領にとっては予期しなかった大きな政治的脅威となった。共和党支持者の中には、バイデン大統領が甘い政策を採用したからだと批判する者もいる。バイデン大統領はアメリカの政策評価以前に、越境者の本国の政治的・経済的状態が最悪であることが原因としている。政治、経済、社会のあらゆる面で、本国にいられないほど貧困、恐怖、荒廃が進んでいるのだ。しかし、当面、成人の単身者と家族は本国への送還手続きをとらざるを得ない。受け入れるにはあまりに数が多い。アメリカはもはや寛容ではいられなくなっている。
バイデン大統領はどうするか
トランプ大統領の政策に反対して大統領の座に就いたバイデン大統領としては、こうした不法な越境者をむげに送り返すこともできない。仕方なく、「我々は来ないでくれといっているのではない。今は来ないでくれ」と言っているのだとでも表現するしかない。
就任して日が浅いバイデン大統領はかなり対応に苦慮している。できることから迅速に着手してゆくしかない。国境管理、移民手続き・税関などの体制をさらに充実・整備しなければならない。さらに、世界的にも注目を集める難民への対応システムを構想し直す必要に迫られている。自由の女神を奉じる国として、譲れない一線だ。
未来に向けて持続可能な移民政策を目指すならば、アメリカへ合法的に入国できる経路を再検討、再設定し、導入すべきだろう。
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N.B.
バイデン大統領は、中央アメリカ諸国との間で、長期的視野で一定数の難民を受け入れるプログラムを導入することを検討しているようだ。さらに根本的にはこれらの国々の貧困や犯罪などの苦難を軽減するために何ができるか、政策協議を行いたいようだ。すでに、中央アメリカ諸国へ貧困や犯罪などに耐えきれず国外脱出する者を減少させる対応策に40億ドルを拠出する努力をすることを約したようだ。
Sources:
'The cost of migration', NEWSWEEK 2021.3.9
'Joe Biden faces a humanitarian crisis at the southern border ' The Economist March 20 2021
‘KEEP GOING NORTH: At the border with William T. Vollmann’, HARPER, July 2019
カリフォルニア生まれのレポーター William T. Vollmann は現地に赴きその実態をHARPER誌に寄稿した。コスタリカ、ニカラグア、ホンデュラスなどの中米諸国からメキシコ経由、アメリカ入国を目指す人々に密着取材し、彼らが旅への途上で、いかなる問題、困難に直面したかを克明にレポートしている。
トランプ大統領のこれまでの政権運営を見ていると、日本で言う「マッチポンプ」*という行動様式が目に浮かぶ。さまざまなことで、メディアを賑わす大騒ぎをするが、任期を終わってみると、この大統領は何をアメリカあるいは世界にプラスしたのかという思いがするのではないか。最近時の弾劾裁判などは、一線を踏み外し、自分の衣に火がついたような感じさえする。
*和製語。マッチで火を付ける一方、ポンプてで消火する意。意図的に自分で問題を起こしておいて自分でもみ消すこと。またそうして利益を得る人。(広辞苑第7版)
こうした状況で、トランプ大統領が就任前から公約として強く主張していた政策が、アメリカ・メキシコ国境の壁を強化するというものだった。ブッシュ大統領以来のこの物理的壁を増大・強化するという政策は、一部の賛成者には分かりやすいが、他方で多大な反対を引き起こしてきた。国境で越境を試み、拘留される者の数はオバマ政権下では減少し、トランプ政権下では2019年に入り増加している。メキシコからの越境者の間では、国家的に破綻状態のグアテマラへ送られることへの恐れも高まっているという。トランプ政権下の変化を少し整理しておこう。
アメリカ・メキシコ国境で拘束された不法越境者数推移
[これまでの経緯]
2017年1月、トランプ大統領は 大統領令13767 に署名した。これをもって、既存の連邦資金を使用してメキシコ国境に沿って壁の建設を開始するよう米国政府に正式に指示したことになる。 2019年2月、トランプ は国家緊急事態宣言に署名し、 米国とメキシコの国境の状況は、壁を構築するために他の目的に割り当てられた資金を必要とする危機であると述べた。 議会は緊急命令を覆すために共同決議を可決したが、トランプは決議を拒否した。 2019年7月、最高裁判所は、 他の法的手続きが継続して いる間に壁を構築するために、国防総省の抗薬物(麻薬)資金から25億ドルの再配分を承認した。 2019年9月には、さらに36億ドルが流用された。今回は、アメリカ兵の子供のための学校を含む、世界中の米軍建設プロジェクトから流用された。2019年9月、トランプは2020年の終わりまでに450〜500マイルの新しい壁を建設する予定であると述べた。
トランプ大統領以外にこれまで移民に対する壁、あるいは敵対的政策を政治的プラットフォームに据えた大統領はいない。大統領就任以来2019年10月まで議会はこのために$3.1bnを拠出している。トランプは防衛予算から多額の転用を行ってきた。そのため本来の目的に支障をきたしかねないため、連邦最高裁は10月こうした転用を禁止した。壁はメンテナンスを含まず、建造費用だけで1マイルあたり$25mを要する。
壁の費用は当初のトランプ大統領の主張のようなメキシコ側負担ではなく、アメリカの納税者の税金でまかなわれている。これはトランプの任期中に少なくも障壁を構築しようとのトランプの意志の現れと考えられる。
メキシコと米国の障壁は、現実にはひとつの連続した構造ではなく、「フェンス」または「壁」としてさまざまに分類される物理的な障害物のシリーズからなっている。地域によっても、その実態はさまざまなものがあることはこのブログでも記してきた。
さらに、物理的な障壁の間で、国境のセキュリティ確保のため、 国境警備隊のエージェントを(不法)移民などの疑いのある場所に派遣するために使用されるセンサー、カメラ、ドローンなどの探査機を含む。この 大陸境界線の全長は1,954マイル(3,145 km)とされている。
トランプは「壁」の構築法にも自分のイメージを主張してきた。アメリカの新しい境界壁は、コンクリートで満たされた高さ30フィート(約9メーター、場所によっては18フィート)の鋼鉄製支柱で作られる。コンクリートの基礎に6フィートの深さまで埋められ、さらによじ登ることを防止するよう5フィートの鋼鉄製防御障害物で覆われている。場所や建設コストによって、いくつかのヴァリエーションがある。
トランプ大統領のイメージする国境壁のプロトタイプ
地域的には、エルパソからサンディエゴにかけての変化がとりわけ顕著であり、単に従来存在した低い不完全な障壁を入れ替えるというだけではなく、動植物の移動をも許さないような容易には進入し難い頑丈で高い壁が続き、以前の光景とは一変したものになっている。
エルパソの「壁」の実態
最近注目を集めているのは、アメリカ、ニューメキシコ州のエルパソ El Pasosとメキシコ側のシウダ・フアレス Ciudad juarezで構築されている壁の実態である。この二つは現実には一つの都市と見た方が良いと思われる状態にある。例えば、フアレスの教育熱心で豊かな家の両親は、毎日子供をアメリカ側の私立学校へ送り迎えする。他方、フアレスでさまざまな専門家としての仕事をする人の多くは、エルパソ側に住みたがる。毎日平均すると約8万人がファレスからエルパソ側へ車や徒歩で移動している。
アメリカ・メキシコ国境の壁の設置状況
2019年12月時点でエルパソには、27.5マイル(44km)の壁が作られ、さらに24マイル(38km)の壁建設の契約が締結される予定になっている。民主党議員の中には、トランプの壁は、従来あった低い壁を取り換え(replace)ただけと評する人もいる。しかし、現実には取り換えただけではない。新たに作られた壁を抜けたという不法入国者もいるが、コヨーテといわれるブローカーの手を借りたとしても、厚い壁を電気鋸などで切り抜くには最低でも4時間近くを要するとされ、以前の低い壁のように簡単には乗り越えられない。しかし、時間をかければ抜けられないわけではない。
変化する壁の役割
この事実は、移民という人間の移動に壁が立ちはだかったばかりでなく、国境地帯に生存する動物や植物の移動に障害となるという自然な生態系環境の破壊につながる事態が生まれる危険性が指摘されるようになった。
専門家の分析によると、国境の残りの1,300マイル(2,100 km)に沿って壁を建設する実際のコストは、1マイルあたり2,000万ドル(1250万ドル/ km)に達する可能性があり、総費用は最大450億ドル、私有地の取得とフェンスのメンテナンスのコストが合計コストをさらに押し上げている。
アメリカへ働くために不法越境する人の数は減少しており、増加しているのは、難民申請の条件を充足していると思われる家族、随行者のいない子供などが拘束されるケースである。彼らにとっては壁は取り立てて障害となっていない。拘束されても、救済される可能性が高いと思われる体。この点は下院のナンシー・ペロシあるいは民主党の反トランプの人たちが壁を「不道徳的」と呼ぶ理由だ。壁の建設自体は本来不道徳ではないが、こうした目的のために使用することは問題ではある。物理的に強固で建設費の高い壁よりも、電子的な探査装置のネットワーク整備などの方が経済的だが、トランプは政治的に「壁の建設者」という評判を確保したいのだろう。
BREXIT以降のヨーロッパと併せて、アメリカ大陸でもグローバリズムの後退が進んでいる。
Reference
‘Borderline disorder’ The Economist December 21st 2019 and others
ベルリン エジプト美術館
Affenstatue mit Namen des Narmer
Agyptisches Museum Berlin 22607
(photo: Jurgen Liepe)
内外共に、「波乱」と「退行」の1年が終わろうとしている。多くの出来事のひとつ、改正出入国管理法を強引に成立させた政府レヴェルでは、各省庁が新年4月からの新在留資格「特定技能」に対応する関連予算を掲げている。しかし、少し離れて見ると、内容は断片的で、実効性に疑問符がつくものが多い。縦割り行政の断裂がいたるところに見られる。政策としての一元性が感じられない。発想の根源がほとんど旧来の路線から出ていない。長らく批判対象になってきた外国人技能実習制度も存続させるようだ。問われているのは制度自体の存否であり、予算を増やして改善を期待するという次元ではないはずだ。
外国人労働者が大都市圏に集中しないよう必要な措置をとるともいわれている。しかし、最低賃金ひとつをとっても、地方の方が都市より低く設定されている。自治体への地方創生交付金の活用で人の流れが都市から地方へ変わるだろうか。過去の経験にみるかぎり、大きな疑問符がつく。仕事の機会は簡単には創出できない。オリンピック関連工事なども、圧倒的に東京など都市部に集中している。大都市や隣接した町村で集住が進む。
ベトナムでは日本で働くことへの期待が存続する一方、介護実習生の劣悪な労働・生活環境も伝えられ、日本への希望者が激減しているという。IT社会では、情報はリアリティを伴い、寸時に伝達される。日本語を習得すること自体に疑問も生まれているようだ。英語の方が能力を活かす場として、はるかに普遍性が高いことに気づいている。問題を指摘すれば、数限りない。今回の受け入れ案では構想の欠如、対応の不備、拙速さが目立つ。
高まる国境の壁
世界の主要な移民受け入れ国は、総じてその門扉を狭めようとしている。トランプ大統領は「鉄の壁」で不法移民を阻止すると主張し、予算審議の対立点になった。一時は他国が対応できないほどグローバル化を主張してきたアメリカだが、状況は一変した。他方、送り出し国側も優れた自国民の海外流出のマイナス面に気づき始めた。
移民の数は世界規模では、およそ75億人まで増加した人口増加も反映して、新たな水準に達しつつある。送り出し国、受け入れ国共に、移民(外国人労働者)の受け入れ、送り出しの数を少なくしようとしている。最近、アメリカの専門調査機関 Pew Research Centerが2018年春の時点で、主要27ヵ国について実施した調査結果*を見てみよう。中国が含まれていないことを含めて、やや概略に過ぎる感もあるが、興味深い点も多々あり、取り上げてみたい。
調査に含まれる主要な質問のひとつに、「あなたは自分の国へ現在以上の移民immgrantsが入国するのを許すべきと思いますか、それとも、もっと少なくすべきと思いますか、あるいは今と同じ水準にとどめるべきと思いますか」というものがある。調査対象は世界の主要地域・国別に分類され、比率(%)で表示されている。
受け入れ拡大は少数
調査対象27ヵ国の合計では、中位数medianの45%が「移民受け入れはこれ以上あるいは全く受け入れるべきでない」と回答、他方36%は「現在と同じくらいならば受け入れてもよい」とし、14%が自国はもっと「受け入れべきだ」と回答した。
国別ではギリシャ(82%)、ハンガリー(72%)、イタリア(71%)、ドイツ(58%)などが「これ以上、移民は自国へは来るべきでない」と回答した比率の高い上位の国々である。これらの国々は(働くことを目的とした)移民のみならず、中東やアフリカなどからの難民や庇護申請者が目指した国々として、その対応に苦慮した中心的な国である。
ヨーロッパのこうした国々とほとんど同じ考えを示したのは、地域はばらばらだが、イスラエル(73%)、ロシア(67%)、南アフリカ(65%)、アルゼンチン(61%)などである。これらの国々も移民の入国はもっと少なくすべきだと回答した者の比率が大きい。移民をもっと受け入れるべきだと回答した者の比率はいずれの国でも4分の1以下であった。
アジア・オセアニア(中国、北朝鮮を除く)地域では、インドネシア(54%)、インド(45%)、オーストラリア(38%)などが、移民受け入れはもっと少なくすべきだとの回答者の比率が多い国である。ちなみに日本は「これ以上の受け入れを制限するべきだ」とした者の比率は13%、「現在と同じくらい」が58%、「受け入れを増やすべき」は23%であった。受け入れ拡大が必要と考える人の比率が高い国のひとつだ。
2017時点の世界全体で、2億5800万人(全体の3.4%)が自分の出生した母国とは異なる国に住んでいた。1990年時点では1億5300万人(2.9%)だった。きわめて大きな移動がこの時期にあった。ちなみに、この調査で取り上げられた27カ国で世界の移民の半数以上を占めている。
流出する国民への懸念
他方、自国から他国へ仕事を求めて移動・流出する人々に憂慮する国も多い。本来、自国においてその才能・技量を発揮するよう期待される人たちだが、彼らが海外へ流出してしまうのは送り出し国にとっては重大な関心事であり、時には「頭脳流出」brain drain と呼ばれる現象である。
ギリシャ、スペイン、ハンガリーなどが、強くこの点を訴えてきた。他方、フィリピン、メキシコ、ケニア、ナイジェリアなど、海外流出の比率が高い国でも、長年にわたりそうした動きに慣れ、むしろ彼らの本国送金に期待する国々もある。
これ以外にも優れた自国民の海外への流出が問題として識者などの間で意識されている国としては、ロシア、韓国、ケニヤ、ポーランド、イタリアなどが挙げられている。注目すべきことは、多くの人が自国民が、海外へ流出する数が増加することを「非常に大きな問題あるいはかなり重要な問題」だと思っている人々の比率はかなり高いという点である。調査対象とした国27ヵ国の中位数は64%とかなり高率である。
これは何を意味しているのだろうか。調査全体からは多くのことを知りうるが、この質問に限って手短かに言えば、(1)世界の大勢は移民受け入れについて、扉を狭める方向にある、(2) 自国民、とりわけ優れた資質を持つ国民が海外へ流出することに危惧の念を抱くようになっている。逆に言い換えると、「頭脳獲得」brain gain は急速に難しくなっている。
こうした潮流の中で、労働力不足に迫られている日本は、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしている。受け入れを減らそうとしている主要先進国の中ではかなり例外的である。受け入れに慎重な国が増え、海外の働き場所が減少し供給圧力が高まっている環境で、他の受け入れ国とは反対の方向(受け入れ拡大)を目指すからには、かなり周到な準備が必要だ。労働者は原材料のように増減の調節はできない。かつて、ブログ筆者は「ラチェット効果」(ラチェット歯車:逆転できない歯車)にたとえたことがある。とりわけ人口大国の中国に近接する日本は、起こりうる可能性を慎重に検討しておかねばならない。いかなる選択肢があるのか。2020年東京五輪などで人手不足の業界の圧力に押されて、将来に禍根を残さないよう拙速を避け、国民的議論を尽くすべきだろう。
#この調査で取り上げられているのは「移民」であり、「難民」refugees は含まれていない。後者は戦争、迫害など非自発的要因で母国を離れ、他国へ避難、救済などを求める人々だが、本調査には含まれていない。移民は傾向が予測できるが、難民は増減が不規則で予想し難い。「移民」、「難民」の判別、区分も年を追って難しくなっている。
*調査の全体(統計処理の詳細を含む)は下記を参照されたい。
Many worldwide oppose more migration – into and out of their countries , Pew Research Center(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/12/10/many-worldwide-oppose-more-migration-both-into-and-out-of-their-countries/)
出入国管理法案をめぐる議論は急激に進行しており、今日明日中には成立する見通しだ*1。しかし、議案は構想は極めて不十分であり、検討に時間をかければかけるほど問題は次々と出てくる。成立を急げば、発効後に取り返しのつかない大きな悔いが残る。しかし、国民レヴェルでも、ほとんど詰めた議論もなく、この国は大きな決断を迫られている。1980年代以降、日本は何を学んだというのだろうか。
政府はさしたる説得的構想や受け入れ拡大の理由を提示することもなく、来年4月からの施行を考えている。なぜこれほど急いでいるのか。考えられる一つの理由は、2020年に迫った東京五輪の施設建設や被災地復興に関わる建設労働者の不足、高齢化の進行がもたらした介護・看護分野の人手不足などが予想を越えて拡大し、関連業界の経営者が追いつめられ、与党・政府に圧力をかけた結果とみてよいようだ。五輪後にこの国がどうなるかなど、およそ考えられていない。
確たる構想の下で練られた制度改革とは到底いえない。日本は未来を向いている国なのだという新鮮味はなく、朽ちかけてきた制度の手直し程度に過ぎない。批判する野党側にも問題が多い。対する側にさしたる構想がなかった。これまで準備をしてこなかったのだ。結果として、的外れや部分的な議論が多く、TVなどの議論を見ても、1980年代以降の経緯をほとんど理解していない発言も少なくない。
施行前に全体的構想を示せとの衆院議長の發言も出ているほど議論収斂の方向も見えず、とにかく受け入れ拡大案だけ通すという破滅的な政策だ。
二、三の例をあげてみよう。
技能実習制度の負の遺産
依然として技能実習制度の手直しなどに固執している論者もある。折しもヴェトナム人技能実習制度実習生の自殺が伝えられている。なかにはブローカーから100万円近い借金を抱えて来日し、最低賃金を下回るような低賃金での就労では到底返済もできず、言葉も十分分からず、文化も異なる日本での生活に溶け込めず、精神的にも鬱屈し、自殺などの不幸な状況に追い込まれることが多いようだ。
この国際的にも悪名高い制度は、見直し程度ではこれまでに刷り込まれてしまった負の遺産は払拭できない。
日本で身につけた技能で帰国後、母国に尽くすという国際協力なる立法目的は、ほとんど最初から死文化している。そして、帰国するのもままならず、日本人が働かなくなった分野での劣悪な仕事に就いているという現実が、研修生の期待と大きく離反している。失踪者が増えるのも当然と言える。いくら言葉の上で繕っても、本質の改善にはならない。
そればかりか、現実には同様な被害や悪評が再生産されてしまう。こうした歪んだ制度は廃止し、新たな構想に基づく新制度を設計しなければならない。ここまで来たからには時間をかけるべきだろう。制度としても仕組みがクリアなものでなければ、悪徳ブローカーや使用者の思うがままだ。そのためには手始めに「就労」と「研修」という行動は全く別物であることを明示し、制度的にも区分しなければならない。「研修」の名の下に低賃金で技能研修生を「就労」させるという行為は欺瞞以外の何物でもない。
受け入れ数についての再検討
多くの国が移民制度改革を行い、国境の壁を高めている状況で、人口政策の失敗で受け入れを拡大するという逆の方向をとる以上、新しい受け入れの仕組みは起こりうる事態に十分に考え抜かれた制度であるべきだ。アジアでは人口の供給圧力が高まっている。その場限りの対応をしていれば、必ず大きなツケを払うことになる。リーマン・ショック時のような不況時に故国に帰るに帰れなかった日系ブラジル人はその例である。来年の4月から施行とは、拙速のそしりを免れない。
すでに130万人を越える外国人居住者の存在は、それだけで、国際的基準では歴然たる移民受け入れ国だ。技能実習生、留学生アルバイトなどが非熟練労働に従事している。こうした点を考えると、移民制度改革という視点はいくら強調してもしきれない。増える外国人やその子女の教育や医療についてはいかなる対案があるのだろうか。
他方、外国人を増やさなくともやっていけるのではないかという疑問もある。そのためには業種・職種についてかなり厳密な需給度を判定する市場テストが必要だ。国内労働者と外国人労働者との間には「代替」効果か「補填」効果のいずれかの関係がある。この判定を行う場合、賃金率はどれだけ上げられるのか。省力化の見通しなどが検討されねばならない。
熟練度の区分も問題だ。労働市場には、不熟練労働から高度な専門性を有する熟練まで、極めて多くの熟練の区分がある。提示されている二つの熟練区分ではない。外国人労働者の移動のあり方にも考えるべき点が多い。「特定技能一号」、「特定技能二号」という分類にも大きな問題がある。専門性、高技能の持ち主ならば、家族帯同も認めるという差別的対応も問題だ。「入国・在留」を認めた分野の中では転職を認めるが、転職の際には審査を必要とするというのも、将来問題化することは必至である。
労働は派生需要だから、製品やサービスの最終需要の変化に由来する労働への需要の変動に対して、いかなる対応をするのかという点に十分配慮しておかねばならない。不況時においても原材料の増減や機械の稼働率のように簡単には調整できない。
最低賃金、残業割増し、アルバイトについての規制など、外国人学生にはどれだけ伝わっているか。ブログ筆者がかつて行った実地調査の時には、地域の最低賃金額を知らない使用者が多く、呆然としたこともある。
一部の国際機関、研究者などが提唱している「サーキュレーション・マイグレーション」(循環的移民)もあまり効果は期待できない。母国の政治・経済事情が顕著な改善を見ない限り、現在いる国へ定着する傾向はむしろ高まる。さらに失踪、不法滞在者などが増えると、国民の不安、犯罪増加なども不可避的に起こる。多難な道だが共生のあり方を考えねばならない。
日本語教育の充実は、欠かせない。数日前にしばらくぶりに再会したオランダ人夫妻、長女が次のような話をしてくれた。大学病院勤務の医師という職業柄もあって、オランダ語が十分に話せない外国人同僚とは、微妙だが即断が必要な仕事はできないと率直に語っていた。人間の生死が関わるような切迫した手術などの仕事の場では、つい英語が出てしまうという。英語ならなんとか通じるからだという。日本の語学教育も再考しなければならない。やや脱線した論点だが、最近のオランダでは難民には人道的観点から同情的な人が多いが、(経済的)移民には厳しくなっているという。国民の間で、「移民」と「難民」の違いすら十分理解されていない日本が、5年間に最大34万人の外国人労働者を受け入れるという案には、疑問が尽きない。
こうした混迷した状況にあるから、近未来に向けて、言葉の真の意味での包括的移民政策の構想と充実は、もはや欠かせない。名称は多少変化するとしても「共生支援省」はいずれ必要になろう。「国土安全保障省」*は見たくない。
*アメリカ合衆国国土安全保障省*(United States Department of Homeland Security、略称: DHS)
2018年12月8日未明、参院本会議で、可決、成立。
多文化主義の花は咲くだろうか
出入国管理法 (入管法)の審議が国会で始まっている。しかし、新聞、TVなどで議論を見ていると、この半世紀近く形は変わっても議論の内容は実質的にほとんど前に進んでいないといわざるを得ない。同じ議論が繰り返されている。この国はこれまで、その場その場で綻びをつくろうような、成り行き任せの対応をしてきた。その流れは今も変わっていない。
安倍首相が「移民政策はとらない」といかに強弁しようとも、日本はすでにれっきとした移民受け入れ國になっている。日本で働く外国人の数は、すでに130万人近い(特別永住者を除く)。とりわけ、単純労働(低熟練)の分野では、技能実習生、留学生(アルバイト)などで対応するという姑息な手段(「バックドア」からの受け入れ)で事態を繕ってきたが、2020年の五輪、各地の自然災害などへ対応する建設労働力、高齢化への看護・介護などの需要増もあって、人手不足はどうにもならなくなってきた。
1988年以降、「専門的・技術的分野では受け入れるが、単純労働者は受け入れない」とする閣議決定の方針はこれまで表向きは踏襲されてきたが、ついに単純労働者を正面から受け入れざるをえなくなり、大転換を迫られている。しかし、安倍首相は「移民」という表現を避け、「外国人材」などというあまり聞きなれない表現で、日本への外国人労働者の「定住」、「永住」を原則認めないという答弁を繰り返している。言い換えると、外国人労働者は受け入れるが、あくまで「労働力」としてであり、仕事が終われば本国へ帰ってもらうという考えのようだ。労働力の部分だけが必要で、それ以外の人間としての側面は必要ないとしているようなものだ。しかし、こうした考えはおよそ非現実的であることは、各国あるいは日本においてもすでに立証されている。期間限定の条件下に受け入れた労働者が時の経過とともに、受け入れ国に滞留し、定住、永住化への道をたどることも否定し難い事実である。
包括的差別禁止・人道的配慮
受け入れた外国人を水流のように循環(rotate)する「労働力」としてしか見ない考えは、主として非熟練労働分野へ就労する新しい在留資格「特定技能1号」の対象者には家族の帯同を認めないという考えにも反映している。他方、専門性、技能の高い「特定技能2号」の対象者は家族帯同を許容するという。こうした差別的措置は人道上、国際的にも問題となるだろう。再考すべき点である。
これまで国際的にも批判されてきた「技能実習制度」を存続させることは、制度の正当性、透明性を著しく損なう。国際貢献という目的とは著しく離反した、歪んだ制度は廃止し、誤解や批判を生むことのない新たな制度設計を行うべきだろう。移民制度設計において、制度と運用の「透明性」の維持・確保は人権侵害などを防ぐ上でも必須の条件である。
必要性の確認
さらに、政府は「外国人材」の受け入れに上限を設定するとしているが、その算出根拠も不透明である。人手不足の業種については、国内労働者の応募がないことを判定する「需給テスト」などで制度的に検証し、その上で不足する部分についての外国人労働者の受け入れを認めるという手続きが図られるべきであり、単なる業界ヒアリングなどで積算されるべきではない。その過程では賃金引き上げなど労働条件改善を行っても国内労働者の応募がないことも検討されねばならないだろう。
人手不足で外国人受け入れを要望している業界で、受け入れた外国人が働く場所は大方、日本人が就労を放棄した職場である。いかに政府が日本人と同等の労働条件を確保するといっても、これまでの経験が示すように実態は空虚であり、労働環境が劣位な職場となることは自明のことだ。不足が深刻な分野は、日本人が応募しないほど、労働環境が劣悪なことが多い。それを安易に外国人労働者で充当するという考え自体、大きな誤りだ。国内労働者の労働条件を劣化させる可能性も高い。
言葉での表現その他で不利な立場にある外国人は、失業するよりは、あるいは本国よりは高い賃金が得られると、就労に同意せざるをえない。一度祖国を離れてしまうと、そう簡単には帰国できない。かくして国内労働者の下に、さらに低い下層市場が生まれる。技能j実習生などの失踪者が多いのは、外国人労働者が配置された現実の職場が彼らが聞かされてきたイメージとは異なり、劣悪で期待を裏切ることが多いことが最大の要因となっている。
国としての魅力の不足
他方、高い専門性を求める「特定技能2号」の分野については、大学、研究所などを含め、西欧諸国などとの比較で、国として魅力に乏しいことが指摘されている。今後の高い技能を保持する潜在移民の目指す行先としては、いくつかの調査で、アメリカ、ドイツ、カナダ、UK、フランス、オーストラリア、サウジアラビア、スペイン、イタリア、スイスなどが挙げられているが、日本は国名すら挙げられず、ほとんど注目されていない。この分野では受け入れ側の環境改善が欠かせない。しかし、日本の大学の実態を見ても、留学生が限度いっぱいアルバイトしているような状況で、高度な潜在力を持つ外国人を惹きつけるような学術・研究水準の改善が見込めるだろうか。不熟練労働者と違って、こちらは優れた外国人が魅力を感じて来てくれないのだ。
今回、「移民制度改革」に政府が着手したのは、一部の産業界が労働力不足で機能しなくなったこくyとが最大の理由である。時すでに遅しの感が強いが、改革するからには世界の移民・難民の変化に配慮し、真の意味での「包括的制度改革」を構想・設計すべきである。遅れてスタートしたからには、(ブログ筆者は悲観的だが)、世界のモデルとなるような制度改革を試みるべきだろう。改革の範囲も、不熟練労働と高度な専門性や技能の保持者という熟練スケールの両極端にとどまらず、入国後の職場の移動などを考慮すると、中程度熟練を含むすべての熟練・技能段階を検討の範囲に包含するべきだろう。中程度の熟練度職種についても需給が逼迫する可能性もある。
近年、移民は西欧、北米、ECA(非EU)、MENA(高所得地域)で集中的に問題化し、受け入れ国側が制限強化へ向かっている中で、日本だけが受け入れを拡大するという今回の政策は、従来の政策失敗の補修という点とともに、評価すべき点もあるが、それだけに慎重な配慮が必要とされる。移民・難民は少しでも受け入れの可能性のある国へ殺到する。五輪開催を契機に多くの問題が急激に噴出する可能性はきわめて高い。
包括的な共生プランへ向けて
さらに、法案の名の通り、現在の議論は重点が外国人の入国と出国の2点だけに集中していて、入国した後の外国人の人間としての広い活動領域への対応が手薄で、断片的にしか取り上げられていない。人間としての行動の全域について、日本人に準じた対応が求められることに十分な認識が欠かせない。政府案では法務省の外局として「出入国在留管理庁」(仮称)を新設すると伝えられるが、独立した省庁の構想が検討されるべきだろう。アメリカ、ヨーロッパなどで問題となっているような人身売買ブローカー、テロリスト、犯罪者などの遮断など、受け入れ拡大の負の側面についても、配慮が欠かせない。日本は単なる人手不足への対応をはるかに超えた次元で、大きな決断の時を迎えているという認識が必要だ。多文化主義の開花への道は、苦難に満ちている。
References
日本弁護士連合会「出入国管理及び難民認定法および法務省設置法の一部を改正する法律案に対する意見書」2018(平成 30年) 11月13日
*「失踪実習生調査に「誤り」」『朝日新聞』2018年11月17日
失踪の理由について法務大臣の答弁では「より高い賃金を求めて」が86.9%とあるが、これは以前の職場が「低賃金」であったことを示すことに他ならないのではないか。
この道の行く手に光は見えるか
政治家・メディアの責任
外国人労働者の受け入れ拡大に向けた出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案が、10月24日召集の臨時国会の焦点になりそうだとメディアが伝えている*。
しかし、一般の国民でこの問題の真の意味と重要性を理解している人がどれだけいるだろうか。前回の本ブログ記事でも指摘したが、移民(労働者)・難民問題を長年にわたり、国家の重要政策課題としてきたブログ筆者とすれば、これまで国民的議論の対象とすることを回避してきた政治家、主要メディアの責任はきわめて大きいと感じている。
過去半世紀近く、「外国人労働者」、「移民」、「難民」、などの実態、定義は微妙に変化し、その境界線は限りなく不分明になっている。移民の中には、難民や旅行者の姿をとる者もいる。他に合法的な定住への道がないことを知っているからだ。判定はきわめて困難になっている。その実態を正しく理解している政治家がどれだけいるのか、かねがね疑問に思ってきた。
政府は「移民政策はとらない」(安倍晋三首相)との表明を繰り返しているが、在留期限を限定して受け入れた外国人労働者といえども、その一部がいずれ「永住」化することは、明白に立証された事実であり、多くの欧米諸国で国民を分裂させ、国境の壁を高くする重要な争点になっている。臨時国会の議案となる入管法改正案でも外国人労働者の受け入れを単純労働まで広げ、「永住」につながる仕組みまで想定している。
欧米諸国ならば、この改正案は「移民制度改革」に該当し、大きな国民的議論の対象となる。しかし、この国で政治家レベルのやりとりをメディアで知る限り、与野党がどれだけ問題の本質を見極めているのか、一般国民にはほとんど伝わってこない。故意に問題を矮小化しているのか、問題の重要性を認識していないのか、国民にはほとんど分からない。本来ならば、各党がもっと早い時期から現状認識、将来展望、制度改革の構想と政策を開示し、国民的議論の場に提示すべきだろう。その点について政治家及び新聞、TVなど、主要メディアの責任は大きい。野党も政府案を「拙速だ」としているが、自らの問題認識と政策案を分かりやすく国民に示すべきだろう。
一人の労働者を受け入れることは、その人の家族を含め、人間としてのすべてを受け入れることである。検討課題は、出入国、労働、教育、社会保障、宗教、犯罪等々、人間の存在と活動のあらゆる領域にわたる。ブログ筆者にはすでに時遅しの感があるが、次の世代が直面する苦難を少しでも軽減すべきために政治家が果たすべき役割はきわめて大きい。
*例えば、「新在留資格 批判の矛先」『朝日新聞』2018年10月18日
Reference
花見忠・桑原靖夫編『明日の隣人外国人労働者』(東洋経済新報社、1989年)
—————————『あなたの隣人外国人労働者』(東洋経済新報社、1993年)
桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者 どこから来てどこへ』(東洋経済新報社、2001年)
筆者たちが移民労働者の日米比較を試みた当時、日本とアメリカを比較しても意味がないとの批判もあったが、今や先進諸国の国民を引き裂く重要共通課題となった。
「今日、いたるところで民族は国家を引き裂いている」(アーサー・シュレジンジャー、1991)*
なぜか。小さなブログなどでは到底尽くせないテーマだ。
アメリカ、ヨーロッパなどでは、移民・難民は今や国家の将来を左右する最重要課題となっている。しかし、移民問題が正面から国民的議論とはならない日本では、関心度も低い。人口減少が現実のものとなった今日、移民(労働者)の秩序立った受け入れなしに、この国の将来は成り立たないことは、ほとんど自明なことだ。
受け入れの現実はなし崩し的であり、政策視野も極めて狭い。掲げられた政策目的と現実の対応には大きな差異がある。国際的にも批判の的にもなってきた技能実習制度などに依然としてしがみついている。日本には働き口はあるが、所詮日本人が働きたくない低賃金労働力でしかないのではとのこれまでに形成された負の遺産のイメージをいかに払拭するか。この制度を多少手直ししたくらいで消えるものではない。すでに6000人を越える失踪者(2017年度)を生み、外国人の長期収容が急増、施設の能力が問題となっている今日、2020年の東京5輪以降、在留期限失効後も帰国しない労働者も増加するだろう。最近、解体工事を含め、土木建設業などのヒアリングをすると、彼らなしにはもはや産業が成立しないとの答が返ってきた。現実と制度の間にはすでに如何ともしがたいほどの断裂が生まれている。
移民(労働者)の受け入れ制限という世界の先進国が対面してどいる方向とは反対の潮流を選ばざるを得ない日本は、いかなる政策で予想される難題に立ち向かうのか。全く新たな視点からの政策体系の確立が必要に思われる。論点は尽きないのだが、今回はBrexit 問題を例に、いくつかのヒントを提示してみたい。
*桑原靖夫『国境を越える労働者』岩波新書、1991年
虚々実々
イギリスのテレサ・メイ首相は、Brexitが達成されたら、EUからイギリスへの人々の自由な移動は終わりとすると強調してきた。最近公表されたMigration Advisory Committee (MAC) 移民問題諮問委員会の報告書は、この点を考慮してか、イギリスはBrexit後、EU市民にイギリスの労働市場への優遇措置 preferential terms を提供すべきではないとした。不透明なBrexit後の状況に多少方向を示そうとしたのだろう。
ただ、もし優遇措置があれば、EU市民にとって利益になるだろうと短く記してはいる。このことはイギリスがEUからの移民への優遇措置が含まれる枠組みを準備すれば、イギリスがEU単一市場での活動に関する交渉で有利に使えるカードになるだろうとの微妙な含みがある。
*以前ベルギー首相であったフェルホシュタットVerhofstadt氏は、今はヨーロッパ議会を代表してBrexit交渉に当たっているが、 EU本部はイギリスがBrexitの後のイギリスの移民システムにおいて、熟練度(スキル)によってEU市民を差別するとしたら、イギリス人自らが困ることになろうと警告している。さらに、イギリスがEUに差別的であれば、仕返しに”EU26”なる同条件の措置で対抗するとしている。この方針はアイルランド(UKと同じ移動範囲とされる)以外のEU加盟国間で了解されているとも述べている。
人の自由な移動の保証は、財、サービス、資本などの自由な貿易を提供する原則とともに、単一市場のルールの中に事実上含まれている。それにもかかわらず、EUが人の移動にこだわるのは、イギリス以外に住む人たちの多くが、それが一種のクラブがもたらす利益であり、なぜ移動に制限が付されるのかと考えているからではないか。
現実を注視する必要
しかし、現実は複雑だ。これまでEUからの移民に消極的であると思われてきたイギリスが、国外からの移民の自由な移動を制限することに着手してこなかった事実に、多くのEU諸国がやや驚いていることも指摘されている。イギリスは、EUに東欧3カ国が加入を認められた2004年以降、しばらくの間受け入れを制限しなかった3カ国のひとつであった。
イギリスは自国へ入国したEU市民に対しての登録制度を持たない数少ない国のひとつでもある。ブログ筆者も体験して驚いた経験がある。入国時に書類を見ただけで、’’Enjoy staying!’と簡単に受け入れてくれた。居住している間もなんの連絡もなかった。フランス人と結婚した友人(日本国籍)の場合、フランスへ移住するに手続きその他大変苦労したようだ。Brexitが成立した後はイギリスも厳しい管理システムを導入するかもしれない。
*すでにベルギーは入国後6ヶ月しても仕事に就けない者は出身国へ送還するとしている。デンマークとオーストリアは移民が国内のある地域で住宅を購入することを制限するなどの措置を導入している。さらに、多くのEU諸国は福利厚生給付は、移民が入国した後、何年かの貢献ができるまでは給付申請ができない。イギリスよりも強い措置だ。ブラッセルが指示している地域労働市場の労働条件を下回るような事態を制限する措置は、多くの加盟国が採用しているが、イギリスは最低賃金、標準的労働条件の遵守についても厳しくない。しかし、イギリスも遠からず自由な移動の原則を受け入れながらも、実際には具体的措置として厳しい制限をするという日が近いのではないかとの観測も生まれている。
ヨーロッパにありながらEUに加盟していない「ヨーロッパ経済地域」European Economic Area (EEA) の諸国、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウエー、スイスなども、EUの定めるルールとは異なった対応をしている。例えば、スイスはEEAにも加盟していないが、財については単一市場に入り、非スイス国民の固定資産取得に制限を加えているばかりか、使用者にスイス国民に優先的に仕事を与えるようにしている。これも2014年国民投票でスイスが人の自由な移動に制限を加えることになったことをEUが是認しなかったことを契機に妥協として生まれた。EUブラッセルは、ヨーロッパ諸国が人の移動(移民労働者)について、それぞれに制限を加えたいとの動きにいかに対応するかで頭を痛めている。
そこをまげて
日本には主として懇願するときに用いるが、([理をまげて」の意味で)「そこをなんとか、まげてお願いたします」(『広辞苑』) といった表現がある。三蔵法師伝にも出てくるようだが、交渉の局面で論理の上では勝ち目がないが、相手の情念に訴えて、なんとかこれで手を打ってほしいという意味なのだろう。これを英語に直せと言われたら、どう翻訳するのかという小話を聞いたことがある。
イギリスそしてEU、非EU地域のそれぞれが独自の国情と考えを保持している状況で、各国の主体性と誇りを失わずに折り合いをつけ、新たな国境システムを構築することは、想像を超える議論と交渉の先にある。「そこをまげて、なんとか」という柔な世界ではないのだ。
*
‘A new order at the border’
‘How to bend the rules’ The Economist 22nd 2018
ひところ盛んに議論され、ファッショナブルでもあった「多文化主義」の議論はすっかりなりをひそめている。「多文化主義」の花が咲く日は来るだろうか。ブログ筆者はこれまでこの問題を記しているが、さしずめ次の記事をご覧ください。『しぼむ多文化主義の花』2013年11月13 日