時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

混乱必至のイギリス移民・難民政策

2024年05月25日 | 移民政策を追って

Source:CBS


早朝、TVのニュースを見ると、雨でびしょ濡れのイギリスのスナク首相の顔が映った(5月22日午後)。7月4日に総選挙を行うという。意表を突いた発表だった。メディアも大分慌てたようだ。

首相率いる保守党の支持率は長らく低迷しており、秋にでも総選挙に踏み切るかもしれないと思われてきた。上着のひだに水が溜まるほどの雨の中、傘もさすことなくこの発表をしたスナク首相の脳裏には、これ以上先に伸ばしても事態が良くなることは見込めないなら、早く決着をつけようとの思いがあったのかもしれない。前回の総選挙は2019年12月で、イギリス政府は2025年1月までに総選挙を実施する必要があった。

支持率は長らく低迷を続けており、ギリギリまで延ばしたところで、このままでは保守党敗北、政権交代は必至だろう。首相はこの総選挙発表で、なにか有利なことが起こってほしいと、いわば賭けをするつもりで、この挙に出たのだろうか。

スナク政権下、イギリスが直面する重要問題は、経済と移民といわれている。移民政策については、前回記したルワンダ移送案は評判が良くない。ボートでイギリス海峡を渡って来た庇護申請者たちは、イギリスになんとか難民として認めてほしいと思っていたのに、アフリカに移送されるのでは、別の問題が起きてしまう。難民であっても、移住先くらいは自分の意思で選びたいだろう。

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N.B.
イギリスでは、2023年(暦年)には、67,337件(84,425人)の難民申請があった。上位5カ国は、アフガニスタン、イラン、インド、パキスタン、トルコだった。前年比では17%減であった。

小さなボートでイギリス海峡を渡る人たちの10人中6人は、アフガニスタン(19%)、イラン(12%)、トルコ(10%)、エリトリアん(9%)、イラク(9%)と、少数の国に集中している。
2021年から海峡を渡ってイギリスにたどり着いた人のおよそ90%が、庇護申請をしている。しかし、わずかに25%の人々が決定結果を受け取っている。そのうち、8,969人(69%)が保護の対象となった(Source: UK Home Office)。
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時間がかかる審査
アメリカの場合もそうであったが、庇護申請者の審査にはどこの国でも多くの時間を要する。英国の場合、2023年末で、128,786 人が最初の庇護申請の結果待ちだった。2019年当時の51,228人と比較して、ほぼ倍増している。

2021年年初から、内務省Home Office は未処理の案件を一掃するよう指示した結果、かなりの案件が消化されたが、いまだに多くの人々が何らかの決定を受け取ることなく、英国内に留まっている。

2023年末で、庇護を求める人たち111,132人は、イギリス政府の支援が受けられている。そのうち、ほぼ半分の47,778人は臨時の宿泊施設などに滞在することが認められている。庇護申請をしている人々は働くことは禁止されており、政府から最低限の必需品をカヴァーするためとの名目で、1日当たり7ポンド(約1395円)の日当を給付されている。しかし、この額で暮らせる人はどれだけいるのだろうか。

困難さを増す子供の庇護審査





Souce:BBC

イギリス国内に家族の誰かがいる場合、子供の難民申請者はイギリスに来て家族と共に住むことが許されている。しかし、この場合でも事実確認のため、多大な書類と時間を要する。今日の法律ではヨーロッパのいづれかの国に移住したいと願う庇護申請者は、最初に本人が到着した安全な国で申請をしなければならない。しかし、家族が別の地に居住している場合、子供の庇護申請手続きはその国へ移送される。

さらに、イギリス国内に家族がいない子供も多い。その場合、ヨーロッパの移民・難民関係者としては、いかに処理すべきかという難問につきあたる。中にはすでにイギリスへ到着している子供もいる。

随伴者がなく、難民の集団に入って危険な旅をし、ボートに乗せてもらいイギリスまでやって来たという子供も増えているという。その場合、ロンドンの特別なオフィスで申請、記録される必要がある。この場合、当局はなぜ子供がここまで来たか、そして誰と生活するかを掌握しなければならない。そして必要な手続きが終われば、子供は彼らの家族と一緒になることが認められる。

上掲の人形は、これらの複雑な背景を持った子供の難民、庇護申請者について、地域住民の理解を深めるための啓蒙活動の一端と言って良いだろう。移民に対する壁を少しでも低め、国民として受け入れるための活動の一環と考えられる。

ここに挙げたのは、わずかな例示に過ぎず、実際の庇護申請は、出身本国の確認から始まり、極めて多くの煩瑣で複雑な背景と多大な処理手続き、ペーパーワークからなっている。移民・難民問題はとりわけ受け入れ国にとっては、国境線での許認可にとどまらない入国後のあり方にまで関わる難しい問題である。

日本の海岸線の長さは、世界で第6位、約35,000km, イギリスの2,400kmを遥かに上回るといわれる。もし、日本が現在のイギリスの場所に位置していたら、どんなことになるだろうか。インバウンドの増加、人口減少などに目を奪われ、なし崩し的に受け入れるリスクの大きさにも十分配慮すべきだろう。移民・難民政策の難しさは、こうした地政学的位置に左右されるところがきわめて大きいところにもある。

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再び高まる移民・難民問題の壁

2024年05月13日 | 移民政策を追って

イギリス海峡をボートで渡る難民申請者
BBC



この数年、街中を散歩をしていると、出会う人々に高齢者がきわめて多く、学齢期の子どもたちは逆に朝夕の登下校時くらいに見かける程度に少なくなっているのに気づくようになった。幼児については、ほとんど出会うことがない。子どもたちが遊び騒ぐ声は、休日や夕方の公園などに行かない限り聞こえてこなくなった。学習塾は増えているので、放課後などに通っているのかもしれない。筆者は大学、小中学校などに比較的近い住宅街に住んでいるのだが、いつの間にか自分を含め、住民の半数以上は高齢者になっている。

それとともに、外国人の数が急速に増えていることにも驚かされている。近くの保育園に来ている子どもたちの半数くらいは外国人のように見える。園の名前も英語だ。保育士たちが英語で子供に話しかけている。親たちが働いている間、子どもたちを預かっているのだろう。保育士の中にも、外国人らしい人も見かける。

他方、近くのコンビニ、スーパー、書店などに目を転じると、外国人の店員が働いていたり、「セルフ・レジ」がいつの間にか導入されている。

実際、最近目にした「世論調査」では「人手不足」を「感じる」との回答が69%に達し、外国人労働者の受け入れを拡大する政府方針に、「賛成」が62%、「反対」28%と、賛否が2分していた5年余り前の調査とは様変わりした。外国人がいないと、業務が遂行できなくなっている職場が増えたのだ。

結果として、移民政策についての明確な方向性も示されることなく、なし崩し的に開放策への移行が始まりつつある。

「人手不足社会」をテーマとする「全国世論調査」(郵送)朝日新聞社、2024年5月4日

半世紀以上、労働の国際比較を研究領域とし、移民、外国人労働者をテーマの一つとしてきた筆者にとっては、こうした時代が来ることはかなりの程度、想定できることではあった。


閉鎖的になる先進国:イギリスの変化
他方、世界に目を転じると、これまで概観してきた移民の急増と対する受け入れ国側の閉鎖的政策への転換が目につく。アメリカについては、大統領選の争点ともなっている近年の変化(1-4)を記してきた。バイデン大統領は、移民政策では手際が悪く、共和党と変わりなくなってしまった。

今回は、ヨーロッパ、とりわけEU脱退後のイギリスの閉鎖政策への移行を取り上げてみたい。このイギリスの移民対応政策は、従来の送り出し国への送還策に対して、かなり異例な内容であり、注目を集めている。

イギリスとルワンダの距離
Source:BBC

イギリス海峡をボートなどで渡ろうとして、沈没などで事故死する人たちについては、しばしばメディアの記事となってきた。難民としての渡航者の数も増加してきた。2024年5月現在、累計2024人が難民としてイギリス海峡をボートで英国へと渡っている。政府としては、イギリスはもはやコントロール不能に近いほどの移民・難民を受け入れているとして、不法入国者をこれ以上、英国内に受け入れることは不可能に近いと述べている。

ボートでイギリス海峡を渡った人々
イギリス内務省統計

Souce:BBC

イギリス海峡をボートなどで渡ろうとして、沈没などで事故死する人たちについては、しばしばメディアの記事となってきた。難民としての渡航者の数も増加してきた。2024年5月現在、累計2024人が難民としてイギリス海峡をボートで英国へと渡っている。政府としては、イギリスはもはやコントロール不能に近いほどの移民・難民を受け入れているとして、不法入国者をこれ以上、英国内に受け入れることは不可能に近いと述べている。

議論を呼んでいる新たな難民政策は、ヨーロッパ、アフリカなどからイギリス海峡をボートなどで渡ってきた庇護申請者、難民をイギリスからおよそ6500km離れたアフリカ東部の内陸国ルワンダへ難民申請者として移送するという内容である。2022年4月、ボリス・ジョンソン政権の時に提示された。2022年1月以降、イギリスに不法入国を図った庇護申請者をルワンダへ移送するという計画である。4月には両国間で協定に署名がなされ「移送と経済的パートナーシップ」あるいは「ルワンダ・プラン」( ‘Migration and Economic Partnership’, or ‘Rwanda Plan’)と称される協定が締結された。移送された庇護申請者はイギリスではなく、ルワンダで申請を行うことになる。難民として認可されると、アフリカ東中央に位置する内陸部のルワンダに滞在することが認められる。

この新しい政策は提示された当時は実現することなく、現在のリシ・スナーク政権に受け継がれている。いまやスナク首相の主要政策の一つで、首相はこれが不法移民の抑止につながるとしてきた。

イギリス政府は、ルワンダを移送先に選んだ理由として、難民条約に加わっていて難民が迫害を受ける恐れがないと主張している。

さらに、イギリス政府は、これまで多数の犠牲者を出してきた英仏海峡を渡る危険な渡航をやめさせ、人身売買業者の活動を阻止するために必要な計画だとしている。しかしこれに対して、160以上の慈善団体や活動団体、宗教指導者、野党などから批判の声が出ている。

こうした中、英控訴院は2022年1月13日、ルワンダへ移送する計画の第1便の出発を許可したが、翌14日には、欧州人権裁判所(ECtHR)の[移送を差し止めるべきだ」とする判断を受け、出発は中止となった。それ以降、ルワンダ移送は実現はしていない。

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N.B.
ルワンダ共和国、通称ルワンダは、東アフリカにある内陸国。イギリス連邦。東アフリカ共同体、アフリカ連合加盟国である。ルワンダ虐殺(1994年)を経て、当時の反政府軍司令官であったポール・カガメが大統領。欧米の支援の下でルワンダへ奇跡的な復興と発展させたことが評価される一方、反体制派への弾圧や任期延長などが批判されている。 2020年代においては、アフリカ諸国の中でも治安は良い部類に入る。2009年にイギリス連邦に加盟。
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ルワンダはUNHCR=国連難民高等弁務官事務所と協力し、スーダンやソマリアなどの難民申請を希望する人たちを受け入れるなど実績があるなどとしている。

さらに、イギリス政府はルワンダ政府に対して、受け入れを支援するなどの名目で2億4000万ポンド、日本円でおよそ460億円を援助したとしている。
他方、イギリス人の多くは、難民にも申請先を選ぶ権利が基本的自由としてあるべきだとしている。イギリスを目指して、危険な旅を続けてきた人々は、ルワンダという思いがけない国へ強制送還され、先の見えない人生を送ることになる。

国連難民高等弁務官は「この法案は難民条約に違反し、助けを求める人々を保護してきたイギリスの長い伝統から逸脱するものだ」と批判し、計画の見直しを迫っている。
2024年1月18日、英下院は、不法入国者のルワンダ移送法案を可決した。最高裁判断を回避する内容になっている。しかし、このこのプランが実行に移され、機能するか、今の段階で帰趨は明らかではない。

移民・難民に対する基本的視点は、彼らが生まれる国土が安定的に保たれ、雇用などの機会が生み出されることが第一であり、そのためには政治的・経済的安定を長期に渡って維持できる基盤を形成することが最も望ましい方向ではないか。しかし、それにも関わらず生まれる海外への流出者に対しては、国際機関などの適切な介入を経て、特定の国へ集中しないよう極力努力する以外に道はない。

現状は残念ながら、ウクライナ、ガザ戦争に象徴されるように自国が破滅的な状態に陥ったり、専制的政治などで国内に政治・経済的あるいは社会的不安が蔓延し、貧困、窮乏、迫害などが常態化している国々も少なくない。

2023年時点で、生まれた国の外に移住している人の比率は、世界人口の3.6%に相当し、1960年の3.1%と比較して、それほど増加しているほどではない。しかし、移民・難民は特定の国々を目指すため、移住の目的地とされた国々では、先住者との間に摩擦、衝突が起きると、しばしば大きな政治問題ともなる。国境の開放は、摩擦の減少に寄与し、資源配分の上でも望ましいとしても、多数の先住者にとっては同意し難いものとなる。

移民がネイティブな先住者よりも新たなビジネス機会の開拓など、創造性、起業化などで優れているとの結果も提示されているが、有権者には十分伝わっていない。皮肉なことに、現在のイギリスの首相は植民地時代の英連邦国家の子孫でもある。

移民、難民には、さまざまな誤解、偏見がつきまとい、今日の政治のように混迷を深めるのだが、その実態を客観的に観察、理解することが中・長期的に最も望ましい解決であることを強調しておきたい。



桑原靖夫・花見忠『明日の隣人 外国人労働者』東洋経済新報社、1989年
同上『あなたの隣人 外国人労働者』東洋経済新報社、1993年
”How to detoxify migration politics” The Economist, December 23rd-january 5th 2024

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アメリカ内戦化への懸念と移民政策(5)

2024年04月27日 | 移民政策を追って



足元揺らぐ自由の女神
アメリカの大統領が現職のバイデン氏になるか、前大統領のトランプ氏になるか、専門家でも決定的な発言はためらうほど大統領選の見通しは不安定、不透明だ。いずれの候補が当選しても、アメリカ社会は政治的・社会的激動、分断などの重大な変化を避け難いだろう。すでに過去20年の間、アメリカは高まる政治的激浪に翻弄され、分断されてきた。地球上の暴力化と不安定は顕著に増加し、アメリカはそれに加担するが、抜け出ることができない。そして、その波は世界をも揺るがすことになっている。しかし、アメリカ人を含め、多くの人々はその事実を十分認識できないでいる

Evan Osnos, WILDLAND:The Making of America Fury, 2021 (『ワイルドランド:アメリカを分断する「怒り」の源流』エヴァン・オズノス、笠井亮平訳、白水社、2024年、邦訳は現時点では上巻のみ)
「2024年の全米動乱」Newsweek 2024年1月25日

バイデン大統領が企図したウクライナ、イスラエルへの軍事支援と移民政策の抱き合わせは失敗に終わったが、大統領選と併せアメリカという大国の動向が重大な意味を持つウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争は、貸与条件付きのウクライナへの戦費支援法案が、4月上下院で可決、さらにイスラエルへの巨額な戦費の支援などの形で、当面なんとか方向が定まった。他方、アメリカ・メキシコ国境の移民激増に対する政策は、バイデン政権は対応の不手際もあって、ほとんどトランプ前政権の政策手中に呑み込まれた形だ。

違法な越境者の増加と変化
さらに、新しい要因が次々と加わっている。前回記したように、バイデン政権に移行してからアメリカ・メキシコ国境からの越境入国を企図する者の急増が、政権の足元を揺るがしている。その流れの中で、ひとつの注目すべき動きがある。2023年から中国人の越境入国者が大きく増加し、24,000人を越えたとみられる。この数字は、2023年に先立つ10年間の合計より多い。

中国人の移民としての入国はアメリカの移民史上、それ自体珍しいことではない。1965年の「移民・国籍法」Immigration and Nationality Actの制定以降、中国人は大学などへの教育プログラムあるいはH1-B 労働ヴィザで合法に入国していた。しかし、最近の動きは、過去とは異なった形態と背景で進行している。アメリカ・メキシコ国境から不法に越境し、その後直ちに政治的避難を求める難民申請をして、アメリカに入国を企てる人々の急増だ。

確立した経路?
こうした中国人移民の間では、すでにひとつの経路が形成されている。すでに様々に報じられているように、彼らは先ずヨーロッパなどを経由し、入国ヴィザを求められない南米のエクアドルに飛ぶ。その後、中央・南アメリカその他からの移民たちと合流し、ひたすら北のメキシコ・アメリカ国境を目指す。

その道はコロンビアとパナマの間の危険な熱帯雨林を経過しなければならず、移民たちは多額の金を道案内などの情報や移動手段に関わる経費をブローカー(smugglers 蛇頭)に支払い、苦難な旅を続ける。

彼らの多くは、中国国内におけるコロナウイルス・パンデミックに伴う厳しい行動制限、習近平政権の専制主義的政治の締めつけなどに耐え難く、絶望し、移民を決心したという。彼らはブローカーの手引きで、南米コロンビアと中米パナマを結ぶ陸続きでは唯一の経路である危険なダリエン・ギャップ Darién Gapという熱帯雨林からなる隘路を通って、メキシコを経由し、アメリカ国境にたどりつく。多くの移民は50日以上、10カ国を越える国々を経由してここに至る

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N.B.
この間の状況については、下記の記事などを参考にした。
Growing Numbers of Chinese Migrants Are Crossing the Southern Border, The New York Times, 2024/04/21
For some Chinese Migrants, Few Options in Xi’s China, https:,, www.voanews.com/a/for-some-chinese-migrants-in-xi-s-china-/7508948.html
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小さくなった地球
中国からアメリカ国境にまで旅するに当たって、彼らが最も頼りにしたのは、TikTokの中国版Douyinを含むオンライン上の情報であった。それにしても、中国からアメリカに到る長く危険な旅をインターネット上で細々と伝えられる情報だけに頼って、実行するという変化には驚くばかりだ。

未知な土地への人生を賭けた危険な旅である。しかしながら、通信や交通手段の進歩で、彼らが長い旅路のどの地点にいるかなどの情報も得られるようになり、地球が小さくなったことを実感させる。

これまで中国人の不法移民は、中南米からの移民と比較すると数も少なく、本土でも社会的なは下層の労働者が中心であったが、最近は中層の自営層が中心になっているといわれる。富裕層でもなく、教育志向でもないが、アメリカまでの航空機運賃くらいは負担できる階層になっている。「ゼロ・コロナ」政策で大きな打撃を受け、現政権の言論統制などの厳しい締め付けに耐えかねた自営層などを中心に、一家を挙げて移民を決意した人々が多いといわれる。

自由を求めて
VOAがインタヴューしたある中国人の場合、「中国を離れる時、旅の途上で死ぬようなことがあっても、試みる意義がある」と思い、決断したという。彼らのある者は、何にもまして「自由」が欲しかったという。習近平政権になってから、SNSも厳しく監視され、自分の言いたいことも言えない社会となってしまった。UNHCRによると、2013年から2021年の間に70万人以上の中国人が海外で庇護を求めたという。

幸運にもアメリカ・メキシコ国境にたどり着くと、彼らの多くは自主的に国境警備の係官の前に出頭し、難民申請をする。中国人の場合、移民裁判所で申請が認められる比率はかなり高い。中南米諸国からの移民とは異なり、本国送還されることはまずない。中国は彼らの送還にも応じないため、多くの場合、アメリカに滞留する。この措置はアメリカの移民政策の次元では、突き詰めて検討されていないが、外交上のやりとりが面倒で大変なためとみられる。特に中国は悪名高い交渉相手となっている。他方、アメリカとしては、習近平政権下で増加しているスパイが越境者の中に紛れ込んでいないかに神経を尖らせている。

国境の関門をなんとか通過することに成功すると、多くの中国人は大都市、とりわけニューヨーク、シカゴなどの大都市を目指す。これらの大都市は中国人移民にとって、ほとんど必要なサービス、言語(中国語が通じるが、英語ができることが最善)、移民弁護士、住宅その他、移住に必要な基礎的ニーズが備わっている。ニューヨークの場合、市が運営するシェルターは200近く存在するが、彼らはすでに形成されているチャイナ・コミュニティの存在に頼ることが多いようだ。こうして、長い歴史の過程で生まれた中国人コミュニティは、次第にその規模を拡大し新たな移民を受け入れてゆく。

難民申請をする移民は、合法的に働く許可を求める文書を提出後、約6ヶ月は待たねばならない。最近入国を試みた難民の場合は、しばしば何年も待つことになる。その間はレストランでの皿洗いに象徴されるような仕事をしてでも、アメリカに移住したいと思っているようだ。これまではほとんどの人たちが亡命に成功している。移民裁判所で中国籍の人々は他の国の人々よりも亡命申請に成功する比率が高い。そして、申請が却下された場合でも結局、非合法ながら米国に滞在することになる。なぜなら中国政府がこうした人々の送還を引き受けないからだ。

将来に問題を残して
アメリカの世論を二分する移民問題の論争において、この問題は米国の移民制度上の落とし穴ともいうべき存在で、ほとんど突き詰めて議論されていない。米政府は移民の出身国の政府に不法入国者、滞在者の引き取りを必ずしも強制できない。ほとんどの国は協力的だが、いくつかの国は極端に非協力的で、とりわけ中国の非協力ぶりは最悪だという。

建国以来、自由を一つの旗印に掲げてきたアメリカにとって、それを望む難民受け入れを否定することも、容易にはできない。送還や勾留が少なければ、移民・難民は増加する。アメリカの労働力不足も増加をもたらす圧力となり、国民的議論の場でも難題となる。

世界の国々の為政者は、国民が自らの国に希望を抱けなくなり、他国へ居住の場を求めることに様々な感情を抱いている。その程度は一様ではない。自国民が他国へ避難・保護を求めることには、屈辱感があるかもしれない。さらにかつての自国民が強制送還されることにも、直ちに受け入れ難い感情も生まれるだろう。

自由の女神の台座にも刻まれているように、望む者は誰でも受け入れることを掲げてきたアメリカだが、米中、米ロ対立、民主党対共和党などに代表される国内外の対立は、かつてなかった移民政策についても分裂・分断の兆候を歴然としたものにしている。

かつては中南米諸国からひたすら北を目指した移民の流れは、今では東西・南北あらゆる方向から受け入れ先を目指すものに変化した。グローバル・マイグレーションの新たな様相だが、そこには国家間及び国内における深刻な断裂・分断の様相が見てとれる。

半世紀以上前に初めてアメリカの土地を踏んで以来、自由の女神の足元を通り抜ける人々の流れに関心を抱き、それを受け入れている国の考えに注目してきた。本ブログの一部にはその覚書の如き場を与えてきた。今、自由の女神の足元は明らかに揺らいでいる。メモを閉じる日も近いが、もう少しその行方を見届けたい。


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アメリカ内戦化への懸念と移民政策(4): 高齢者は足元にご注意!

2024年03月16日 | 移民政策を追って



二人の高齢者の目前にあるのは!  なんと、バナナの皮!

「さあ、スタートは切られた。アメリカの選挙を転覆させる可能性のあるものは何だろうか?」

’AND THEY ’RE OFF’ What could upend America’s election? 




本年11月のアメリカの大統領選は、バイデン大統領と前大統領トランプ両氏の激しい対決になりそうだ。すでにレースは始まっている。しかし、両候補共に、多数の不確定要因を抱え込んでいて、最終結果が出るまでは予断を許さない。第3者の候補が浮上してくる可能性は極めて低いが、ゼロではない。さらに、両候補とも高齢者であり、「老々対決」となることを考慮するならば、任期中に何が起こるかも分からない。不確定要因に左右される、リスクの極めて大きな時代になることはほぼ明らかだ。

ドナルド・トランプ氏の母親は、ヴァイキングの活動範囲であったスコットランドの田舎から移民。祖父はヴァヴァリアの田舎から移民。ジョン・バイデン氏の家族は、アイルランドとイングランドからの移民である。

そして、いまや世界で1億6千万人が機会があれば自分たちもどこかへ移住したいと考えている。これこそが世界の移民を動かしている胎動の源なのだ。同じ移民の子孫でありながら、なにが現在の両候補の間に違いを生んでいるのか。


課題山積の移民問題
アメリカ大統領が関わる政策課題はさまざまだが、とりわけ国民的な論争点となっているのは、経済に次ぎ、移民政策である。現状への対応では、両候補共に問題を整理し、実現可能な政策を提示しなければならないのだが、民主、共和両党の支持者に多大な不満を残している。

N.B. アメリカへの不法移民の急増と、目まぐるしい政策対応の一部については日本のメディアなどでも報じられているが、その実態、全体像はかなり分かり難い。ニューイングランドから南部への産業移転、AFL-CIOの南部組織化キャンペーン、ブラセロ・プランなどの時代から、日米実態調査を含め、断続的ながらも国境の光景を垣間見てきた筆者だが、近年の目まぐるしいばかりの変容には戸惑うことも多い。ひとつ確実なことは、移民問題の重点が国境近辺から、受け入れた国の国境の内側へと移行していることだ。近年では、「聖域都市」問題、「アメリカの地域的政治色の変化」など、「第二の市民戦争」ともいわれる断裂・分断の進行などに象徴される。


現実の変化は大きい。2016年トランプ氏が大統領候補であった当時、彼は何百万もの移民が不法に国境を乗り越えてやってくると主張していたが、任期中はそうした事態にはいたらなかった。


トランプからバイデンへ
アメリカで最後に、包括的な移民制度改革が実現したのはレーガン政権下、1968年であった。それ以降、ブッシュ(Jr)、オバマ政権下で改革が図られたが、議会の賛成が得られず頓挫した。2016年、トランプ大統領が就任後、アメリカ第一主義を掲げ、「国境の壁」建設を主張し、保守色を前面に打ち出してきた。トランプ大統領の非寛容的な政策も影響してか、この時代の不法越境者数はその後の激増と比較すると、安定的とも言える水準で推移していた。

代わって、バイデン大統領の任期が始まると、急激な不法移民の増加に直面することになった。寛容的な政策スローガンを掲げていた民主党政権への期待が、彼らの背中を押したのだろう。

全体として、寛容的政策を掲げてきたバイデン大統領側が、現実の変化に適切に対応できず、しばしば前トランプ共和党政権の非寛容的な厳しい移民規制の方向に傾斜し、これでは「トランプ以上にトランプ的だ」という国民の不満も多く、劣勢に回っているかに見える。


興味深いのは、当選以来、言行が一致しないかに見えるバイデン大統領だが、目前に山積する問題に対するに、必要とあれば、壁の建設など、トランプ前大統領側の政策に大きく修正、近接することも辞さず、臨機応変というくらい柔軟に対応しようとしてきたことだ。議会政治家として長い年月を過ごしてきたしたたかさが発揮されている。

国民の誰もが、移民に関わりがあることに加え、これまでの歴史的経過の中で、実態と対応が多様化と複雑化を重ねてきたこともあり、現代アメリカの移民の実態と問題点のありかを正しく捉えることが極めて難しくなっている。長年、筆者に適切な情報を与えてくれた友人たちも少なくなり、彼ら自身が分からなくなってきたと述懐するまでになった。


移民政策を制約する4つの局面
現在のアメリカの移民制度の改革においては、大統領は裁判所、上下両院の資金、国際法、最大の隣国であるメキシコという4つの面で、それぞれの制約を受けている。

2021年現在、国内には4,700万人の外国生まれの人口を抱え、そのうちの約1,500万人はアメリカ市民権を付与されずに、中途半端な地位に置かれながら国内に滞在する unauthorized immigrants 「法律的に認められていない移民」といわれる人々がいる。少しづつ減少しつつあるとはいえ、その解消には長い年月がかかる。彼らのそれぞれが独自の背景を抱き、判定に際しても多くの時間を要してきた。


アメリカの外国生まれの人口、推定値、2021年
Source: Pew Research Center


他方、フローの面に目を移すと、2023年12月時点では月1万人近い不法移民がメキシコ国境に押し寄せている。こうした激流の如き人の流れに抗しながら、複雑化した現代移民の現実に対処して行かねばならない。

バイデン大統領は、就任後、移民法の改正案 U.S.CITIZENSHIP ACT OF 2021 を上下院に提出したが、もとよりこれで移民に関わる問題の全てに対応できるわけではなく、命令、覚書、布告などを次々と発布してきた。このような移民問題に関する大統領指令 Executive Actions だけでも、2024年現在、500を越えて、トランプ大統領時代の472を上回ることになっている。下院で民主党が数的優位を維持できないこともあって、共和党の反対の前に法案が次々と否定され、実効が上がらないバイデン政権の移民政策の裏では、こうした一般には見えにくい政策対応も行われてきた。多発された大統領令の合法性が法廷で争われることも増えている。

バイデン大統領に政権移行した後、国境の壁の建設中止、入国禁止の取り消し、幼少時親に連れられ入国した人々の在留を認めるなど、寛容的な政策を目指したが、急激な不法移民の国境への殺到など、対応できない事態が生まれた。越境者の数は急増を続け、受け入れ側のシステムは、移民裁判所判事を始め、各種の人員不足が深刻化し、ほとんど対応できない破綻状態となった。国境で遭遇した者の多くはその段階で国境パトロールに難民認定の申請を行い、"credible fear" interviewとも呼ばれるインタヴューを受ける。そこで、'認定の可能性のある者は、概して保釈され、将来の裁判所の判断を待つ。移民裁判所は人手不足が深刻化しており、平均的には聴き取りが行われるまでには4年以上待たねばならない。審査までの間、アメリカ国内に滞在が許可され、半年後は就労も可能となっていた。バイデン大統領になってから、シカゴの市民数を上回る310万人が認められた。さらに、170万人が失効したヴィザのまま、あるいは発見されることなくアメリカ国内に滞在している。


「聖域都市」への集中
さらに、従来は移民問題の中心は、共和党の地盤でもあった南部諸州だったが、産業の発展に伴い、北部への人口移動が増加した。これに加えて、テキサス州のアボット知事が不法移民をバスでワシントンD.C.に移送してから、他の共和党知事もニューヨーク、シカゴ、デンヴァーなど民主党が地盤とする都市「聖域都市」へ移民を送り出した。その結果、受け入れ側の収容能力が無くなり、財政圧迫、地域住民との軋轢など多くの問題を生むようになった。

「聖域都市」サンクチュアリー・シティと呼ばれ、食事や宿泊場所を提供する不法移民のための制度がある都市。民主党系の市長であることが多い。こうした不法移民の大都市への移動は、労働市場がタイトな時にしばしば見られる現象であり、バイデン大統領の失政というわけではない。

変わるアメリカ・変われないアメリカ
アメリカ南部国境を越境する者も背景や目的も、年と共に多様化し、問題の内容も複雑になった。そのため、移民裁判所の判事など、関係者がほぼ同方向の政策イメージを共有しての合意決定が困難なことが多くなった。移民裁判所が迅速に手続きを行えない。難民審問を受けるだけでも平均4年以上かかる。国境警備隊の捜査官から難民担当官、移民裁判所の判事まで、人員不足が決定的だ。判事の出自、背景も様々で、守備一貫した裁定は期待し難い。バイデン大統領が議会の行動とそれに伴う資金投入が唯一の解決策だと主張する理由である。しかし、寛容を旗印とする民主党の移民政策は国民への趣旨の浸透に時間がかかり、実施にあたるスタッフの認識度や考えの統一は時間がかかり、結果として成果が目に見えず、国民の間の不満も高まることが多い。

バイデン、トランプ両候補のいずれが当選しても、大差で勝利という光景は想定し難く、現在までの光景に大きな変化は考え難い。冒頭に記したように、思いがけない出来事で局面が一変するリスクは、かつてなく大きい。国境の南側から見れば、トランプ大統領が再現するとなれば、それ以前に国境を越えてしまおうという動きが強まるかもしれない。

上掲の表紙に論及し、最近のThe Economist誌 March 9th-15th 2024は、考えられる様々な可能性に論及した上で、それ以上の不確実性が来るべき選挙には待ち受けていると記している。

アメリカという国が置かれた状況から民主、共和いずれかの政策通りに移民政策が貫徹する可能性も少なくなっている。このたびは失敗した「ウクライナ支援」と移民政策抱き合わせの超党派案の試みは、今後も形を変えて試みられるだろう。さもなければ、アメリカ社会の断裂、分断は想像を絶する方向へと進むかもしれない。図らずも世界が体験したパンデミックのような全地球的な人間活動の減速でもなければ、アメリカへ押し寄せる移民の激流が収まるとは考え難い。


REFERENCE
’The Border, Biden and the election’ The Economist, January 27th, 2024.
'What could upend America's election? AND THEY'RE OFF, The Economist March 9th-15th, 2024,



続く
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アメリカ内戦化への懸念と移民政策(3)

2024年02月29日 | 移民政策を追って
アメリカ大統領選は、民主党バイデン大統領と共和党トランプ前大統領、両候補の対決という大波乱含みの構図になりそうだ。いずれの候補者も、アメリカのみならず世界の動向を左右しかねない大きなリスク要因を抱えている。一国の屋台骨が揺らぎかねない衝撃となるかもしれない。


アメリカの行方を左右しかねない諸課題のなかで、移民政策は国民の誰もが大きな関心を寄せてきた。バイデン大統領もトランプ前大統領もヨーロッパからの移民の子孫である。しかし、両者の政策的な立場は大きく異なる。すでに記したように、バイデン大統領は就任当時は移民に対して”寛容な”立場を維持してきた。他方、トランプ前大統領は”不寛容”であることを表明してきた。

現地時間2月29日には、二人は競うようにバイデン大統領はメキシコ湾岸都市ブラウンズビル、トランプ前大統領はブラウンズビルからおよそ500キロほど離れたイーグルパスを訪れ、不法移民の現状を視察した。しかし、両者の間には政策面で依然大きな隔たりがあり、バイデン大統領が望む超党派的妥協が成立するか、予断を許さない。すでに、バイデン大統領の提示するウクライナ戦争への関与と抱き合わせの案は、ほぼ失敗に終わっている。


N.B.
バイデン大統領以前のアメリカの移民政策については、次の概要をご参照ください。


激変した国境
実態に立ち戻ると、バイデン政権になってから、南部のメキシコ・アメリカ国境での越境者遭遇 encounters はかつてなく激増し、政権としては不本意ながらトランプ政権の政策に歩み寄らざるを得ない状況になっている。ちなみに、2023年12月には30万人が身柄を拘束され、過去最多となった(アメリカ税関・国境警備局CBP)。

さらに、注目すべき変化が起きている。不法越境者の激増に加え、これまではメキシコ系に続き、中南米諸国からの越境者が増加していたが、最近は中国からの越境者が急増している。これまではほとんど見られなかった現象である。2023年会計年度でも24,000人を越える中国人越境者が拘束 apprehend *されている。カリフォルニアの国境の一部では、拘束された越境者の30%近くが中国人であった。こうした傾向は、2024年に入っても継続している。昨年10月、11月の2カ月だけでも、南西部の国境で9000人を越える中国人越境者が拘束されている(Arthur 2024)。

拘束(Apprehensions):遭遇した非合法移民を、物理的に拘 束したり、一時的に拘留(Detention)したりすること。

カリフォルニア州サン・ディエゴで拘束された中国人不法越境者の調査によると、彼らの不法な越境を手引きする仲介業者coyoteに支払う金は、$40,000 から$60,000であり、”Latinos” と呼ばれる中南米諸国からの越境者が支払う$6,000から$10,000と比較して、著しく高額である。

アメリカを目指す中国人が、中国本土あるいは香港からメキシコ国境に到った経路はさまざまだが、ある男性単身者はタイ、モロッコ、スペイン、そして査証の要らないエクアドルを経由し、メキシコに入り、アメリカ・メキシコ国境に到達したと述べている。ケースによって様々だが、アジアからの移動の場合、およそ50日から3ヶ月を費やす長旅となるという。他方、南米から航空機を利用した場合、最短で4日程度で国境線にまで到達した例もある(朝日新聞)。


グローバル・マイグレーションを生み出す動機
背景として、中国のゼロ・コロナ政策下の移動禁止に伴う停滞、不動産不況など国内経済の顕著な低迷、将来への不安などに見切りをつけ、「自由」で「未来」が期待できるアメリカへの移住決意などが挙げられる。

中国においてアメリカ入国の査証申請をしたが認められなかったために、こうしたリスクの大きな不法移民(入国審査に必要な書類を保持しない)の道をとる決意をしたという者が多い。中国からアメリカへの旅には、同様な経路を辿った者によって、推奨される経路が出来上がっているようだ。TV報道などでは、こうした道を殆ど途切れることなく歩いて国境を目指す人々の光景が放映されている。

なぜ、この時期に多くの中国人がアメリカへの不法入国を企てるのか。ひとつの要因として、バイデン政権が原則「勾留をしない」政策 non-detention policyを標榜しているのがひとつの要因とされている。トランプ前大統領は、これを ”catch-and-release”policy として批判してきた

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NTA( Notice To Appear)「出頭命令」は、アメリカ政府が当該文書を受け取った者に国外退去を迫る措置を開始することを示す最初の文書であり、これを受け取った者は移民裁判所へ出頭が求められる。
An NTA is a document that instructs an individual to appear before an immigration judge. This is the first step in starting removal proceedings against them
トランプ前大統領は、バイデン政権の行っていると言われる南部の国境で1日5000人近い越境者に対し、簡単な聞き取りを行っただけで、解放する対応をしてきたことを”catch-and-release”policy として批判してきた。この措置は強制退去と異なり、国内難民認定の申請 の機会は与えられず、追放先も出身国である必要はなく、越境 の直前の国となる場合が殆どだった。追い払うだけなので非合法越境 の記録が残らず、何度も越境を試みる者も出ていた。こうした状況で、この措置は2023 年 5 月で廃止となった。

入国管理事務所で入国が認められなかった者に発行されたNTAの数

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アメリカ入国査証を保持しない中国人にとって、アメリカに入国、滞在を認められる唯一の道は、「庇護申請者」assylum seeker として申請、認められることだが、アメリカ国内に居住できる法的地位を取得することは非常に難しい。政治、宗教上の迫害なども立証が難しい。中国人の公式文書の偽造の多いことなどもひとつの要因となっている。裁定する移民裁判所判事の側からも、現地駐在などの経験がない限り、短い時間で申請者を正しく裁定することは困難である。

さらに、不法越境であるかを裁定する移民裁判所の判事が決定的に不足しており、増員は測っているが、対象となる越境者の増加に追いつかないことが指摘されている。

アメリカの移民政策は、この国が移民立国を主柱として発展してきただけに、他国には類を見ない複雑な要因の中で政策を設定、実施してゆかねばならないという課題を担っている。グローバル・マイグレーションの圧力が日に日に強まる中で、世界最大の移民受け入れ国アメリカは、いかなる舵をとるだろうか。日本ではほとんど議論すらされない問題が多々あることを指摘しておきたい。


続く

References
Andrew Arthur, Report:CBP ‘Watering Down’ Vetting for Chinese Migrants, January 2024
「米議会 移民対策の法案頓挫」『朝日新聞』2024年2月
終わりなき旅 混迷のアメリカ移民制度改革

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アメリカ内戦化への懸念と移民政策(2)

2024年02月21日 | 移民政策を追って


トランプ、バイデン政権下の不法越境者の推移

バイデン政権下、2022年に220万人の記録的水準に達した。
2020年3月、Title 42の導入、2023年3月失効

今年11月に予定されるアメリカ大統領選は、バイデン大統領、トランプ前大統領の対決になりそうだが、両者共に思想、言動、健康、訴訟など大きな問題を抱え、どちらが当選しても波乱含みとなることは避け難い。とりわけ、トランプ政権が実現しない場合、不満分子の間に暴動などの発生が不可避ともいわれ、南北戦争の再来とまでは行かないまでも国民の間に大きな分裂が生まれる可能性が高い。

鍵を握る移民政策の成否
すでに対決は始まっている。政策面でそれが最も顕著に表れているのは、移民政策の次元で見られる。当事者の利害はしばしば錯綜し、解決の糸口を見出すことが難しい。日本では詳しく報じられなかったが、今年になって民主・共和両党間のウクライナ支援と併せての妥協案も失敗に終わったようだ。

新型コロナウイルスがもたらしたパンデミックは世界の人流を大きく変えた。その概略は最近も記したことがある。感染防止のための様々な政策措置によって、コロナウイルスの感染拡大は、世界中で移民の増加にブレーキをかけた。

世界中で人流が制限されると、少しでも入国が可能な開口部があると、その地域へと人の流れは転換し混乱が起きる。世界を見渡すと、入口が広い地域としてはアメリカ・メキシコ国境、エーゲ海地域、英仏海峡、地中海などがそれに当たる。

今回はアメリカ・メキシコ国境の状況に目を向けたい。このブログが定点観測点としてきた地域のひとつである。まず、今日に至るまでの経緯を簡単に記しておく:

トランプ政権下では、壁の構築、増強、不法越境者の強制送還など、強圧的ともとれる制限的政策が実施された。トランプ前大統領が選挙活動を始めた2015 年、アメリカ・メキシコ国境などで違法な越境を試みた者(遭遇)encounters(N.B.)の数は1971年以来の低さだった。しかし、政権が交代し、2019年に入るとその数は激増した。

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N.B.
国土安全保障省の税関国境警備局 (Custom and Border Protection: CBP)のパトロールが、違法に越境入国 を試みた非アメリカ人に遭遇すること。この後、「拘束」・ 「入国不許可」・「追放」などの対応が採られることに なる。この内、「拘束」「入国不許可」は Title 817という移民関 連の法典に、「追放」は Title 4218という公共衛生に係る法典 に基づいて、CBP が違法移民を取り扱うことを指す。親に連れられた年少者(Accompanied Minors :AM)、家族の構成員(Individuals in a Family Unit : FMUA)、単身の成人(Single Adults)、親などに随伴していない子ども(Unaccompanied Children :UC)を含む。違法な越境者の代理指標として使われている。
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トランプ前大統領は、在任中から不法移民の受け入れに関する取り締まりの強化を主張し、アメリカ・メキシコ国境の壁を構築、強化することを主張してきた。

具体的には、Covid-19のパンデミックが拡大し始めた2020年3月、Title 42として知られる強硬な政策を実施に移した。国境で拘束された庇護申請者を含む違法移民を即時に追放するという政策が含まれていた。この措置でおよそ40万人がトランプ大統領が退任した2021年1月までに、何ら法律的対応もなく追放された。この過程で、およそ7万人はアメリカでの審査を待つため、メキシコへ追い戻された。彼らの中にはそこでみぐるみ剥奪されたり、暴行されるなどの被害を受けた者もいた。

寛容を掲げたバイデン政権の苦難
他方、バイデン大統領は当初、移民への強固な入国制限に反対し、国内に居住する不法移民を審査の上、適格とみなしうる移民を段階を追って最終的に国民に繰入れ、不適格者を本国へ強制送還するなどの措置を進めてきた。

バイデン政権は、コロナ危機に終止符を打ち、Title 42が失効した2023年3月までに、妥当な条項は維持しながら、2百万人強の違法移民を追放した。

トランプ、バイデン両政権の間で激しい議論の対決があった点として、子供を伴った家族の越境者への対応があった。トランプ政権は「ゼロ不寛容 zero-tolerance」政策と称された違法越境者を即座に送還する措置をとった。時には子供を親などの保護者から引き離して、本人だけを本国へ強制送還した。子供はアメリカ政府の保護下に置かれた。2017年から2021年の間に少なくも3900人の子供がこの措置で保護者から引き離された。

バイデン政権に移行すると、この措置は改められたが、2023年3月時点で、約1000人の子供が親などから引き離されたままにあるとされている。

政権がバイデン大統領に代わり、2021年に入るや、越境者数は急増した。南西部国境での越境者は2021年会計年度には大きくリバウンドして、2000年度の水準を上回った。さらに、2023年12月には249,000人とほとんど25万人という記録的な高水準に達した。アメリカへの流入圧力は極めて強く、再選を目指すバイデン大統領にとっては政治生命がかかる重要課題となった。

バイデン政権は予算を浪費すると批判された勾留を減らし、入国のための面接審査を受けるため、メキシコ側で待機する数も削減した。そして出入国、税関などの審査事務手続きが実施される正式の入国審査所 ports of entruyに入国希望者を誘導し、スマートフォンなどでの予約、面接手続きを経て、可能性のある者は可否が定まるまで1~2年のアメリカ滞在を認める政策をとった。さらに指定されない他の地域から不法に越境を試みた者は、庇護申請者 assylum seekerの資格なしとされ、例外なく即時送還されることになった。


ports of entry 正式の入国審査地点の例

しかし、現実には不法越境者は発見されても、送還されずにアメリカ国内に放置され、公式の越境認可を得た者をはるかに上回った。バイデン政権の抑留者削減策の不徹底と庇護申請の判定にあたる裁判官の著しい不足が、こうした事態を生んだ。バイデン政権は、アメリカ国内に家族がある越境者のおよそ10万人が入国を認められたとしているが、統計上の裏付けは十分ではない。

結果として、激流の如き人の流れがアメリカ・メキシコに国境に押し寄せている。

後手に回ったバイデン政権
こうした追い詰められた状況で、バイデン政権はトランプ時代に進められた国境の物理的障壁を構築することを静かに進めてきた。トランプ前大統領から自分の政策を模倣したに過ぎないではないかとの批判をなんとか回避するためである。2023年10 月にはバリアー(壁)建設 の計画を公表している。移民問題は党派を越える共通課題であるとの認識を形成したいのだろう。

共和党が主張している内容には、国内に滞在する難民認定の 条件強化・拘留施設の能力拡大、Title 42 の様な国境での追放の復活等が含まれる。これにも、バイデン政権が静かに歩み寄っているのが実態と言える。大統領選活動中は「自分の目の黒いうちは 1 フィートの壁も建設させない」としていたバイデン大統領だけに、その変貌には驚かされる。

グローバル・マイグラントの増加
バイデン政権下での違法越境者の記録的な増大の背景として、政策上の対応の甘さ、遅れなどが指摘されているが、そればかりではない。違法越境者の出身国が拡大したことで数が潜在的にも非常に多くなり、結果として国境に押し寄せる人流の圧力が、きわめて増大していることを指摘できる。

長らく隣国メキシコ人が圧倒的であったが、近年は北方トライアングルといわれるエルサルヴァドル、グアテマラ、ホンデュラスなどの出身者が増加している。その後ヴェトナムが増加し、さらにインド、ロシア、中国からの庇護申請者が目立つようになっている。越境の可能性があれば、地球上の距離をものともせず、苦難の旅をしてくる。グローバル・マイグレーションの時代の本格的到来といえる。

次回では、この新しい動きを掘り下げてみたい。

続く

2024年2月21日、説明不足な点を補足。



N.B. ブログ筆者は、1996〜2000年、日本の研究者と協力して、カリフォルニア大学サンディエゴ校「アメリカ・メキシコ研究センター」と共同で、アメリカ、サンディエゴ(メキシコ・ティファナを含む)地域と日本の浜松市地域における外国人(移民)労働者の大規模な比較調査を組織・実施した。今日に至るまで質量共にこの調査を上回る国際比較調査は行われていない。ちなみに当時のアメリカ大統領はビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュであった。
桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者:どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2000年

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アメリカ内戦化への懸念と移民政策(1)

2024年02月13日 | 移民政策を追って
アメリカ・メキシコ国境を越える不法移民の推移
〜記録的な水準へ〜
南西部国境、会計年度毎の送還、拘束者数



出所:COUNCIL FOREIGN RELATIONS


日本の将来にとって、アメリカ、中国という2大国の動向は重大な関心事であることは言うまでもない。しかも両国共に最近は不安定要素が急速に増加している。

今回は本ブログの関心事でもある11月に予定されているアメリカ大統領選に関連する移民政策の動向について、最近時の動きを記しておきたい。

この数年、ブログ筆者の頭脳の片隅から去らない大きなテーマは、アメリカが分裂し、暴動化、極端な事態では「内戦化」することを回避できるのかという問題であった。ここでの「内戦」civil warとは、アメリカ建国以来の南北戦争 the Civil War (1861-65)に関わっており、本ブログでも多少記したことがある。ひとつの例は、共和党が入国した不法移民に、民主党優位な北部諸州の都市へ移動するよう誘導し、南部諸州が抱える移民問題を北方へ押し上げようとしているとの問題が指摘されている。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
直接的な引き金となったのは、2022年1月25日号のNewsweek 日本語版の表題『2024年の全米動乱:アメリカ内戦の足音』なる記事であった。表題自体が極めてセンセーショナルで直ぐに手に取った。その骨子は、今年2024年に予定されるアメリカ大統領選で、トランプ前大統領が共和党候補として認められない、あるいは共和党候補として公認されたとしても、100万人を越える怒れるアメリカ人が、武装蜂起をするリスクが高まっているという問題であった。




さらに、より緻密な分析である下掲書からも衝撃を受けた。
 Barbara F. Walter, How Civil Wars Start: And How to Stop Them (English Edition) 2022, Kindle版 2023(邦訳:バーバラ・F・ウオルター(井坂康志訳)『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社)2023年4月)



本書は、表題がセンセーショナルなこと、アメリカの政治に関する日本人の理解度、アメリカの枠を超えて論じられる広範囲なトピックスなどもあってか、日本では必ずしも十分な評価を得ているとは思えないが、深い内容を包含する力作である。「訳者あとがき」「解題」などが付されていないのが、惜しまれる。アメリカ国内の北部、南部諸州に根強く残る政治的、社会的風土の差異が十分に伝わっていない日本では、本書だけでは理解し難いところが多い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

民主党バイデン大統領と共和党トランプ前大統領の間には、外交政策、国内政策など、多くの対立点がある。ここでは両者の大きな争点のひとつである移民政策に焦点を当ててみたい。

本ブログでも記した通り、アメリカ・メキシコ国境をめぐる流入する移民への対応についてトランプ政権は「壁」の構築強化を含み、強硬な政策を掲げてきた。他方、バイデン大統領は政権移行してからの急激な流入増加に苦慮し、当初の寛容的な姿勢から転じ、超党派の法案成立に期待する方向へと舵を切ってきた。法案が成立すれば過去数十年で最も厳しい移民規制となると評されてきた。

不法移民、難民、庇護申請者などが急増したこともあるが、移民に寛容的政治姿勢を掲げたバイデン政権にとっては、方向転換は不本意なことであったことは想像に難くない。

しかし、このトランプ政権当時の強硬姿勢に大幅に歩み寄ったバイデン大統領の法案は、トランプ前大統領にとっては大統領選において自らの立場が正しかったことを、バイデン政権に譲り渡すことになると反発が高まったようだ。結果として、移民受け入れをめぐる混乱は、バイデン政権の失政であると批判することで、選挙戦も有利にしたいとの意向が働いたようだ。結果として、共和党の新移民法案成立への支持は急激に弱まり、併せて一括法案としてウクライナ支援を追加する法案も成立が危ぶまれることになっている。

さらに、2020年の大統領選挙の結果を覆そうとしたトランプ前大統領の煽動による「議会への突入」事件に関わる訴訟は進行中であり、ワシントンの連邦控訴裁は、2月6日、トランプ前大統領の訴えを退けた連邦地裁の判断を是認している。しかし、トランプ氏は連邦最高裁に上訴する考えのようで、最終的には連邦最高裁の判断が待たれる状況にある。最高裁判事の中には、トランプ氏の被選挙権を否定しないとの考えを持つ判事もいるとの推測も流れて予断を許さない。そこには、トランプ氏から被選挙権を剥奪すれば、懸念される新たな暴動に展開しかねないとの暗黙の圧力が働いているのかもしれない。

トランプ前大統領は立候補を認められ、「アメリカ・ファースト」の主張が支持され、再選されるのだろうか。他方、高齢が懸念されるバイデン大統領は、再選されても任期を全うできるだろうか。今年の大統領候補をめぐる動きからは目を離せない。

アメリカの政治的環境は例を見ない不安定な状況にある。その中で、帰趨に大きな影響を与える移民政策はいかなる方向に向かうのだろうか。次回は、最近時のアメリカ・メキシコ国境をめぐる移民政策の状況について、整理してみたい。


続く

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新型コロナウイルスが変える世界の人流

2021年09月02日 | 移民政策を追って

人流が結ぶ世界

2020年年初から突如問題化した新型コロナウイルスのグローバルな次元への感染は、瞬く間に人類の運命に関わる世界的危機へと拡大した。21世紀が「危機の世紀」となることは、かなり以前から予感するものがあり、その一端はこの小さなブログにも記してきた。

世界史上、感染症が人類の生命を脅かす原因となったことは度々あったが、今回ほど急速かつ広範な地域へと拡大したことは例がなく、世界が大きな衝撃を受けた。地球上における人の流れ(「人流」フロー)とその集積(ストック)がかつてなく進行していたことが、こうした事態を生み出した背景にあった。

人流に関わるマイナス要因
国境を越える人の流れの増加は、主として労働の報酬、本国送金などの成果を通して、世界の経済にプラスの効果をもたらすと考えられてきた。グローバル経済を動かすエンジンのひとつであった。

しかし、人の移動や集積が経済や文化的活動にマイナスの影響を与える場合もあることが明らかになった。移民労働者などの国境を越える移動が、単なる労働力にとどまらず、人間のあらゆる属性を伴って行われているという明瞭な事実である。

今回のcovid-19の場合は、人の移動の増加が人間の健康面に与えるマイナス面をあからさまにした。感染者あるいはその運び手 career としての人の出入を阻止する動きが増加し、世界中で出入国制限の障壁が顕著に高まった。

2020年3月の時点で、少なくとも174の国、地域が人の移動に制限を付している。グローバル・サミット、オリンピック、パラリンピックなどの行事でも、人の移動について厳しい移動制限が行われている。

感染症への対応の強化
新型コロナウイルスが世界的に感染を見せ始めた2010年の年初の段階では、従来のインフルエンザとさほど違いのない感染プロセスを経て収束に向かうのではといわれてきた。しかし、covid-19の感染力は予想を超えて強力で、次々と新たな変異株を生み出し、2021年夏の段階でも収束の兆しはみられない。日本の新型コロナウイルスへの感染者数は、2020年9月現在で150万人を越えた。

1918年の”スペイン風邪”の流行当時と比較して、今回の新型コロナウイルスの感染の範囲は、大きく異なる。グローバルな次元での人の流れと集積がかつてなく重みを増したことにある。結果として、その衝撃も格段に大きい。単に人流の規模にとどまらず、各国の健康システム、経済に及ぼす影響もこれまでに例を見ないものになっている。

すでに2年近くになる感染拡大の過程で、グローバルな次元での人の移動の流れはかなり顕著な変化を見せ、現在も進行中である。2020年の人口移動の統計はまだ得られないが、恐らくこれまでの時系列の傾向を修正するような現象が起きているだろう。

〜〜〜〜〜〜〜
N.B. 2021年年央で確認できる主要な変化を記しておこう:
2020年年央時点で国境を越える労働者の数(フロー)は前年に比して約200万人減少、同期比では約27%の減少を記録した。
2020年において自国の外に居住する人々は約2億8100万人と推定され、インドネシア全体の人口にほぼ匹敵する。
2000年から2010年で、労働あるいは家族の再結合のために国境を越えた人々は約4800万人、2010年から2020年にかけては6千万人と推定される。
さらに、2000年から2020年にかけて難民あるいは庇護申請者として国境を越えた人々は17百万人とみられる。
2020年に職を失った外国人労働者は3400万人と推定される。
Source: United Nations, Department of Economic and Social Affairs, International Migration 2020

〜〜〜〜〜〜〜〜

人流抑制の兆し
人流の減少には、covid-19のの感染力が強く、感染した場合の症状が重くなりがちであることが影響して、移民労働者も出来れば家庭にとどまりたいとの意向も反映している。その動きは中央アメリカからフロリダやカリフォルニアなど南部諸州での野菜や果実採取、バングラデッシュからのアブダビ、カタールなど中東諸国での建設労働者、メルボルンや東京でのインド人起業家など、ほとんどあらゆる場面で人の流れにブレーキがかかっている。

グローバル次元での格差拡
コロナ禍以前のように効率的に移動ができなくなった労働者が増加し、世界的にも所得、富などの格差も拡大している。とりわけ、自国の労働者の海外からの送金に大きく頼ってきたフィリピン、バングラディシュ、ホンジュラス、ガーナなどに代表される国々は衝撃が大きい。結果として、中長期的に貧富の格差拡大が固定化する傾向がすでに見出されている。統計が得られる2018年時点で開発途上国全体が受け取った海外からの送金額は5290億ドルであった。

新たなグローバル・リスクへの備え
国際レヴェルで導入されているさまざまな制限措置は、感染リスクが軽減、低下した近い将来においてもすぐには撤廃されない可能性も指摘されており、国際的な人の流れはコロナ禍以前と比較して停滞することも予想されている。

他方、2021年夏の段階で重大な関心事となっているアフガニスタンなどからの難民、庇護申請者などの増加が予想される。

〜〜〜〜〜〜〜〜
N.B.
COVID-19の危機は、移民とその統合に向けての進歩を脅かしている
The OECD International Migration Outlook 2020 によれば、COVID-19が引き起こした危機で移民のフローにはかつてない変化が生まれた。ひとつの結果として、OECD加盟国の新規ヴィザ、入国許可の発行数は2019年前半と比較して、2020年前半に46%減少した。この下落幅はこれまでの記録で初めての大きなものである。
パンデミック以前の2019年においては、OECD諸国への永住を目指す移民の流れは、2017年、2018年とほぼ同水準の5300万人だった。難民の受け入れは少し減少したが、永住が目的の移民受け入れは、2019年には530万人に達していた。一時的な労働者の受け入れは5百万人以上の受け入れが記録された。
移民のフローは過去10年間増加を続け、受け入れ国側でも移民の統合において一定の改善が見られた。しかし、こうした改善もパンデミックと経済的下降によってある程度消し去られた。各国政府はエッセンシャルな活動分野として、健康・安全に関わる労働者を確保することが求められ、彼らの社会と経済への貢献を確保するためにも財政支出と統合努力を維持することが強調されている。
労働需要の減少と高いスキル水準を持った労働者の間でのテレワークの増加と学生のリモート教育の浸透で、人の移動が顕著に減少した。



居住許可数が各国で削減され、2020年年初以降人のフローが減少している(下掲)
OECD統計

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covid-19の収束がいつになるか、今の時点では不透明なところが多い。しかし、2022年以降まで持ち込まれることはほとんど確実になっている。

covid-19に限らず、新たなウイルス・細菌などによる感染症拡大のリスクは将来においても予想されることであり、地球温暖化などの気象条件、戦争などの勃発リスクと併せ、地球規模で対処しなければならない重要課題が増大している。








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ひたすら北を目指す人々

2021年03月24日 | 移民政策を追って



人の移動とそれがもたらす影響についての研究は、筆者が関心を抱き、調査に着手し始めた1960年代においては、地味で研究者も少ないテーマだった。

COVID-19のパンデミックが収まらない現在、世界の人の移動には未だかつてない形の変化が起きている。とりわけ移民の動きをみると、世界的に減少が顕著だ。新型コロナウイルスを媒介する人の動きにブレーキがかけられている。その衝撃は想像以上に大きい。世界一の移民受け入れ大国アメリカ、移民政策は政権の座を揺るがす重要問題となっている。

日本では緊急事態宣言の解除をした途端に感染者数が増加し、早くもリバウンドの徴候が顕著になっている。東京都知事は人流の制限を強調している。

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N.B.
パンデミックは移民の流れ、フローに多大な衝撃を与えた。2019年には世界の移民の流れ、フローは約200万人減少したとみられる。
他方、国連レポートなどで、2000年と比較して2020年の統計をみると、自国の外に居住している人たちの数はこの20年間に1億人近く増えた。2000年には約1億7300万人が自分の生まれた国の外に住んていた。その20年後には2億8100万人に増加している。
パンデミックは移民による本国送金を減少させた。世界銀行によると、2020年には低所得、中所得国への外貨送金は780億ドル、総計の14%近く減少したと推計されている。
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バイデン大統領が直面する試練
移民、難民が生み出す影響は、地域によって大きく異なっている。移民・難民はしばしば政権を揺るがすほどの難題を作り出す。近年大きな政治的問題になっているのが、アメリカである。トランプ前大統領は、国境に物理的な壁を建設することを政策の目玉の一つとしてきた。この政策は分かりやすいが、多くの議論を生み出した。壁建設への反対はきわめて大きくなった。トランプは、covit-19も越境者受け入れ拒否の理由とした。

新しい大統領バイデンはもっと上手く対処してくれるのではないかとの期待が高まった。しかし、案に反して、バイデン大統領は思わぬ人道的、政治的問題に直面することになる。

国境を越える子供たち
2020年10月1日、親や保護者に伴われることなく越境した9200人の子供たちが、HHS(Health and Human Servies)のシェルターに保護されていることが明らかになった。2019年以来の記録的数である。収容されているのはティーンエイジャーが多いが、12歳以下の子供も数百人は含まれているという。その多くはテキサスのリオ・グランデ渓谷を渡渉し、アメリカ側に不法入国してきた。子供のみならず不法入国者の数自体も増加している。

こうした不法入国者の多くは、アメリカにすでに入国している家族や本国での貧困や暴力を逃れて、越境してきた。特に中米のグアテマラ、ホンデュラス、エルサルバドルからメキシコを経由してアメリカへ入国を企てる者が急増している。2019年には25万人以上のグアテマラ人が越境を試み、国境警察に拘束された。彼らはバスやトラック、そして徒歩ではるばるメキシコ国境へと北上してくる。

子供たちの場合は、誘拐、ブローカー、年上の親戚、祖父母などに伴われ、越境を企て、連邦機関によって収容される前に、ひとりになっていると推定されている。子供たちは拘束後、72時間以内にHHSのシェルターに移送、収容さるが、最近は収容能力が限度を越えてしまい、国境付近の勾留施設に収容される場合が増加している。しかし、これも満員の施設が増え、covit-19に感染するリスクも急増している。

アメリカ側は2014年から2019年にかけて越境した約29万人と推定されるこれら保護者不在の子供たちの約4%に就いて、送還などの措置を取り得ただけといわれる。ほとんど何もできていないことになる。

こうした変化はバイデン大統領にとっては予期しなかった大きな政治的脅威となった。共和党支持者の中には、バイデン大統領が甘い政策を採用したからだと批判する者もいる。バイデン大統領はアメリカの政策評価以前に、越境者の本国の政治的・経済的状態が最悪であることが原因としている。政治、経済、社会のあらゆる面で、本国にいられないほど貧困、恐怖、荒廃が進んでいるのだ。しかし、当面、成人の単身者と家族は本国への送還手続きをとらざるを得ない。受け入れるにはあまりに数が多い。アメリカはもはや寛容ではいられなくなっている。

バイデン大統領はどうするか
トランプ大統領の政策に反対して大統領の座に就いたバイデン大統領としては、こうした不法な越境者をむげに送り返すこともできない。仕方なく、「我々は来ないでくれといっているのではない。今は来ないでくれ」と言っているのだとでも表現するしかない。

就任して日が浅いバイデン大統領はかなり対応に苦慮している。できることから迅速に着手してゆくしかない。国境管理、移民手続き・税関などの体制をさらに充実・整備しなければならない。さらに、世界的にも注目を集める難民への対応システムを構想し直す必要に迫られている。自由の女神を奉じる国として、譲れない一線だ。

未来に向けて持続可能な移民政策を目指すならば、アメリカへ合法的に入国できる経路を再検討、再設定し、導入すべきだろう。

移民は国を去る者だけでなく、残る者にも影響を与える。グアテマラの報告書によると、この地域の移民の半数が子供を置き去りにしてアメリカなどへ行く。残された子供の多くはギャング組織に家庭の代わりを見出さざるを得ない。ギャングはもはや単なる犯罪組織ではなく、社会的組織と化している。グアテマラシティで2019年に起きた3578件の殺人のうち、約8割にギャングが絡んでいた。暴力の蔓延が住民が他国へ移住を決意する主な理由の一つになっている。殺人事件で犯人が捕まるのは5件に一件もない。殺人、誘拐ばかりか麻薬貿易など、ギャングの活動は人々や社会の組織に深く入り込んでいる。

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N.B.
バイデン大統領は、中央アメリカ諸国との間で、長期的視野で一定数の難民を受け入れるプログラムを導入することを検討しているようだ。さらに根本的にはこれらの国々の貧困や犯罪などの苦難を軽減するために何ができるか、政策協議を行いたいようだ。すでに、中央アメリカ諸国へ貧困や犯罪などに耐えきれず国外脱出する者を減少させる対応策に40億ドルを拠出する努力をすることを約したようだ。
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Sources:
'The cost of migration', NEWSWEEK 2021.3.9
'Joe Biden faces a humanitarian crisis at the southern border ' The Economist March 20 2021
”Biden’s border crisis” & “Biden’s border bind” The Economist March 20th-26th 2021
‘KEEP GOING NORTH: At the border with William T. Vollmann’, HARPER, July 2019

カリフォルニア生まれのレポーター William T. Vollmann は現地に赴きその実態をHARPER誌に寄稿した。コスタリカ、ニカラグア、ホンデュラスなどの中米諸国からメキシコ経由、アメリカ入国を目指す人々に密着取材し、彼らが旅への途上で、いかなる問題、困難に直面したかを克明にレポートしている。
下掲の図は、彼らがたどった長く危険な経路を示している。



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トランプの壁は何を変えるのか: 後退するグローバリズム

2020年01月19日 | 移民政策を追って


トランプ大統領のこれまでの政権運営を見ていると、日本で言う「マッチポンプ」という行動様式が目に浮かぶ。さまざまなことで、メディアを賑わす大騒ぎをするが、任期を終わってみると、この大統領は何をアメリカあるいは世界にプラスしたのかという思いがするのではないか。最近時の弾劾裁判などは、一線を踏み外し、自分の衣に火がついたような感じさえする。

和製語。マッチで火を付ける一方、ポンプてで消火する意。意図的に自分で問題を起こしておいて自分でもみ消すこと。またそうして利益を得る人。(広辞苑第7版)

こうした状況で、トランプ大統領が就任前から公約として強く主張していた政策が、アメリカ・メキシコ国境の壁を強化するというものだった。ブッシュ大統領以来のこの物理的壁を増大・強化するという政策は、一部の賛成者には分かりやすいが、他方で多大な反対を引き起こしてきた。国境で越境を試み、拘留される者の数はオバマ政権下では減少し、トランプ政権下では2019年に入り増加している。メキシコからの越境者の間では、国家的に破綻状態のグアテマラへ送られることへの恐れも高まっているという。トランプ政権下の変化を少し整理しておこう。

アメリカ・メキシコ国境で拘束された不法越境者数推移





[これまでの経緯]
2017年1月、トランプ大統領は 大統領令13767 に署名した。これをもって、既存の連邦資金を使用してメキシコ国境に沿って壁の建設を開始するよう米国政府に正式に指示したことになる。 2019年2月、トランプ は国家緊急事態宣言に署名し、  米国とメキシコの国境の状況は、壁を構築するために他の目的に割り当てられた資金を必要とする危機であると述べた。 議会は緊急命令を覆すために共同決議を可決したが、トランプは決議を拒否した。 2019年7月、最高裁判所は、  他の法的手続きが継続して いる間に壁を構築するために、国防総省の抗薬物(麻薬)資金から25億ドルの再配分を承認した。 2019年9月には、さらに36億ドルが流用された。今回は、アメリカ兵の子供のための学校を含む、世界中の米軍建設プロジェクトから流用された。2019年9月、トランプは2020年の終わりまでに450〜500マイルの新しい壁を建設する予定であると述べた。

トランプ大統領以外にこれまで移民に対する壁、あるいは敵対的政策を政治的プラットフォームに据えた大統領はいない。大統領就任以来2019年10月まで議会はこのために$3.1bnを拠出している。トランプは防衛予算から多額の転用を行ってきた。そのため本来の目的に支障をきたしかねないため、連邦最高裁は10月こうした転用を禁止した。壁はメンテナンスを含まず、建造費用だけで1マイルあたり$25mを要する。

壁の費用は当初のトランプ大統領の主張のようなメキシコ側負担ではなく、アメリカの納税者の税金でまかなわれている。これはトランプの任期中に少なくも障壁を構築しようとのトランプの意志の現れと考えられる。  

メキシコと米国の障壁は、現実にはひとつの連続した構造ではなく、「フェンス」または「壁」としてさまざまに分類される物理的な障害物のシリーズからなっている。地域によっても、その実態はさまざまなものがあることはこのブログでも記してきた。

さらに、物理的な障壁の間で、国境のセキュリティ確保のため、 国境警備隊のエージェントを(不法)移民などの疑いのある場所に派遣するために使用されるセンサー、カメラ、ドローンなどの探査機を含む。この 大陸境界線の全長は1,954マイル(3,145 km)とされている。

トランプは「壁」の構築法にも自分のイメージを主張してきた。アメリカの新しい境界壁は、コンクリートで満たされた高さ30フィート(約9メーター、場所によっては18フィート)の鋼鉄製支柱で作られる。コンクリートの基礎に6フィートの深さまで埋められ、さらによじ登ることを防止するよう5フィートの鋼鉄製防御障害物で覆われている。場所や建設コストによって、いくつかのヴァリエーションがある。

トランプ大統領のイメージする国境壁のプロトタイプ

地域的には、エルパソからサンディエゴにかけての変化がとりわけ顕著であり、単に従来存在した低い不完全な障壁を入れ替えるというだけではなく、動植物の移動をも許さないような容易には進入し難い頑丈で高い壁が続き、以前の光景とは一変したものになっている。

エルパソの「壁」の実態
最近注目を集めているのは、アメリカ、ニューメキシコ州のエルパソ El Pasosとメキシコ側のシウダ・フアレス Ciudad juarezで構築されている壁の実態である。この二つは現実には一つの都市と見た方が良いと思われる状態にある。例えば、フアレスの教育熱心で豊かな家の両親は、毎日子供をアメリカ側の私立学校へ送り迎えする。他方、フアレスでさまざまな専門家としての仕事をする人の多くは、エルパソ側に住みたがる。毎日平均すると約8万人がファレスからエルパソ側へ車や徒歩で移動している。

アメリカ・メキシコ国境の壁の設置状況

2019年12月時点でエルパソには、27.5マイル(44km)の壁が作られ、さらに24マイル(38km)の壁建設の契約が締結される予定になっている。民主党議員の中には、トランプの壁は、従来あった低い壁を取り換え(replace)ただけと評する人もいる。しかし、現実には取り換えただけではない。新たに作られた壁を抜けたという不法入国者もいるが、コヨーテといわれるブローカーの手を借りたとしても、厚い壁を電気鋸などで切り抜くには最低でも4時間近くを要するとされ、以前の低い壁のように簡単には乗り越えられない。しかし、時間をかければ抜けられないわけではない。

変化する壁の役割
この事実は、移民という人間の移動に壁が立ちはだかったばかりでなく、国境地帯に生存する動物や植物の移動に障害となるという自然な生態系環境の破壊につながる事態が生まれる危険性が指摘されるようになった。

専門家の分析によると、国境の残りの1,300マイル(2,100 km)に沿って壁を建設する実際のコストは、1マイルあたり2,000万ドル(1250万ドル/ km)に達する可能性があり、総費用は最大450億ドル、私有地の取得とフェンスのメンテナンスのコストが合計コストをさらに押し上げている。  

アメリカへ働くために不法越境する人の数は減少しており、増加しているのは、難民申請の条件を充足していると思われる家族、随行者のいない子供などが拘束されるケースである。彼らにとっては壁は取り立てて障害となっていない。拘束されても、救済される可能性が高いと思われる体。この点は下院のナンシー・ペロシあるいは民主党の反トランプの人たちが壁を「不道徳的」と呼ぶ理由だ。壁の建設自体は本来不道徳ではないが、こうした目的のために使用することは問題ではある。物理的に強固で建設費の高い壁よりも、電子的な探査装置のネットワーク整備などの方が経済的だが、トランプは政治的に「壁の建設者」という評判を確保したいのだろう。

BREXIT以降のヨーロッパと併せて、アメリカ大陸でもグローバリズムの後退が進んでいる。

Reference
‘Borderline disorder’ The Economist December 21st 2019 and others

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必要なのは日本の位置確認:転換した世界の移民観

2018年12月23日 | 移民政策を追って

ベルリン エジプト美術館
Affenstatue mit Namen des Narmer
Agyptisches Museum Berlin 22607

(photo: Jurgen Liepe)


内外共に、「波乱」と「退行」の1年が終わろうとしている。多くの出来事のひとつ、改正出入国管理法を強引に成立させた政府レヴェルでは、各省庁が新年4月からの新在留資格「特定技能」に対応する関連予算を掲げている。しかし、少し離れて見ると、内容は断片的で、実効性に疑問符がつくものが多い。縦割り行政の断裂がいたるところに見られる。政策としての一元性が感じられない。発想の根源がほとんど旧来の路線から出ていない。長らく批判対象になってきた外国人技能実習制度も存続させるようだ。問われているのは制度自体の存否であり、予算を増やして改善を期待するという次元ではないはずだ。

外国人労働者が大都市圏に集中しないよう必要な措置をとるともいわれている。しかし、最低賃金ひとつをとっても、地方の方が都市より低く設定されている。自治体への地方創生交付金の活用で人の流れが都市から地方へ変わるだろうか。過去の経験にみるかぎり、大きな疑問符がつく。仕事の機会は簡単には創出できない。オリンピック関連工事なども、圧倒的に東京など都市部に集中している。大都市や隣接した町村で集住が進む。

ベトナムでは日本で働くことへの期待が存続する一方、介護実習生の劣悪な労働・生活環境も伝えられ、日本への希望者が激減しているという。IT社会では、情報はリアリティを伴い、寸時に伝達される。日本語を習得すること自体に疑問も生まれているようだ。英語の方が能力を活かす場として、はるかに普遍性が高いことに気づいている。問題を指摘すれば、数限りない。今回の受け入れ案では構想の欠如、対応の不備、拙速さが目立つ。

高まる国境の壁
世界の主要な移民受け入れ国は、総じてその門扉を狭めようとしている。トランプ大統領は「鉄の壁」で不法移民を阻止すると主張し、予算審議の対立点になった。一時は他国が対応できないほどグローバル化を主張してきたアメリカだが、状況は一変した。他方、送り出し国側も優れた自国民の海外流出のマイナス面に気づき始めた。

移民の数は世界規模では、およそ75億人まで増加した人口増加も反映して、新たな水準に達しつつある。送り出し国、受け入れ国共に、移民(外国人労働者)の受け入れ、送り出しの数を少なくしようとしている。最近、アメリカの専門調査機関 Pew Research Centerが2018年春の時点で、主要27ヵ国について実施した調査結果を見てみよう。中国が含まれていないことを含めて、やや概略に過ぎる感もあるが、興味深い点も多々あり、取り上げてみたい。

調査に含まれる主要な質問のひとつに、「あなたは自分の国へ現在以上の移民immgrantsが入国するのを許すべきと思いますか、それとも、もっと少なくすべきと思いますか、あるいは今と同じ水準にとどめるべきと思いますか」というものがある。調査対象は世界の主要地域・国別に分類され、比率(%)で表示されている。

受け入れ拡大は少数
調査対象27ヵ国の合計では、中位数medianの45%が「移民受け入れはこれ以上あるいは全く受け入れるべきでない」と回答、他方36%は「現在と同じくらいならば受け入れてもよい」とし、14%が自国はもっと「受け入れべきだ」と回答した。

国別ではギリシャ(82%)、ハンガリー(72%)、イタリア(71%)、ドイツ(58%)などが「これ以上、移民は自国へは来るべきでない」と回答した比率の高い上位の国々である。これらの国々は(働くことを目的とした)移民のみならず、中東やアフリカなどからの難民や庇護申請者が目指した国々として、その対応に苦慮した中心的な国である。

ヨーロッパのこうした国々とほとんど同じ考えを示したのは、地域はばらばらだが、イスラエル(73%)、ロシア(67%)、南アフリカ(65%)、アルゼンチン(61%)などである。これらの国々も移民の入国はもっと少なくすべきだと回答した者の比率が大きい。移民をもっと受け入れるべきだと回答した者の比率はいずれの国でも4分の1以下であった。

アジア・オセアニア(中国、北朝鮮を除く)地域では、インドネシア(54%)、インド(45%)、オーストラリア(38%)などが、移民受け入れはもっと少なくすべきだとの回答者の比率が多い国である。ちなみに日本は「これ以上の受け入れを制限するべきだ」とした者の比率は13%、「現在と同じくらい」が58%、「受け入れを増やすべき」は23%であった。受け入れ拡大が必要と考える人の比率が高い国のひとつだ。

2017時点の世界全体で、2億5800万人(全体の3.4%)が自分の出生した母国とは異なる国に住んでいた。1990年時点では1億5300万人(2.9%)だった。きわめて大きな移動がこの時期にあった。ちなみに、この調査で取り上げられた27カ国で世界の移民の半数以上を占めている。

流出する国民への懸念
他方、自国から他国へ仕事を求めて移動・流出する人々に憂慮する国も多い。本来、自国においてその才能・技量を発揮するよう期待される人たちだが、彼らが海外へ流出してしまうのは送り出し国にとっては重大な関心事であり、時には「頭脳流出」brain drain と呼ばれる現象である。

ギリシャ、スペイン、ハンガリーなどが、強くこの点を訴えてきた。他方、フィリピン、メキシコ、ケニア、ナイジェリアなど、海外流出の比率が高い国でも、長年にわたりそうした動きに慣れ、むしろ彼らの本国送金に期待する国々もある。

これ以外にも優れた自国民の海外への流出が問題として識者などの間で意識されている国としては、ロシア、韓国、ケニヤ、ポーランド、イタリアなどが挙げられている。注目すべきことは、多くの人が自国民が、海外へ流出する数が増加することを「非常に大きな問題あるいはかなり重要な問題」だと思っている人々の比率はかなり高いという点である。調査対象とした国27ヵ国の中位数は64%とかなり高率である。

これは何を意味しているのだろうか。調査全体からは多くのことを知りうるが、この質問に限って手短かに言えば、(1)世界の大勢は移民受け入れについて、扉を狭める方向にある、(2) 自国民、とりわけ優れた資質を持つ国民が海外へ流出することに危惧の念を抱くようになっている。逆に言い換えると、「頭脳獲得」brain gain は急速に難しくなっている。

こうした潮流の中で、労働力不足に迫られている日本は、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしている。受け入れを減らそうとしている主要先進国の中ではかなり例外的である。受け入れに慎重な国が増え、海外の働き場所が減少し供給圧力が高まっている環境で、他の受け入れ国とは反対の方向(受け入れ拡大)を目指すからには、かなり周到な準備が必要だ。労働者は原材料のように増減の調節はできない。かつて、ブログ筆者は
「ラチェット効果」(ラチェット歯車:逆転できない歯車)にたとえたことがある。とりわけ人口大国の中国に近接する日本は、起こりうる可能性を慎重に検討しておかねばならない。いかなる選択肢があるのか。2020年東京五輪などで人手不足の業界の圧力に押されて、将来に禍根を残さないよう拙速を避け、国民的議論を尽くすべきだろう。

 

この調査で取り上げられているのは「移民」であり、「難民」refugees は含まれていない。後者は戦争、迫害など非自発的要因で母国を離れ、他国へ避難、救済などを求める人々だが、本調査には含まれていない。移民は傾向が予測できるが、難民は増減が不規則で予想し難い。「移民」、「難民」の判別、区分も年を追って難しくなっている。

調査の全体(統計処理の詳細を含む)は下記を参照されたい。

Many worldwide oppose more migration – into and out of their countries , Pew Research Center(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/12/10/many-worldwide-oppose-more-migration-both-into-and-out-of-their-countries/)

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構想なき出入国管理法改正の行方

2018年12月13日 | 移民政策を追って

 


出入国管理法案をめぐる議論は急激に進行しており、今日明日中には成立する見通しだ*1しかし、議案は構想は極めて不十分であり、検討に時間をかければかけるほど問題は次々と出てくる。成立を急げば、発効後に取り返しのつかない大きな悔いが残る。しかし、国民レヴェルでも、ほとんど詰めた議論もなく、この国は大きな決断を迫られている。1980年代以降、日本は何を学んだというのだろうか。

政府はさしたる説得的構想や受け入れ拡大の理由を提示することもなく、来年4月からの施行を考えている。なぜこれほど急いでいるのか。考えられる一つの理由は、2020年に迫った東京五輪の施設建設や被災地復興に関わる建設労働者の不足、高齢化の進行がもたらした介護・看護分野の人手不足などが予想を越えて拡大し、関連業界の経営者が追いつめられ、与党・政府に圧力をかけた結果とみてよいようだ。五輪後にこの国がどうなるかなど、およそ考えられていない。

確たる構想の下で練られた制度改革とは到底いえない。日本は未来を向いている国なのだという新鮮味はなく、朽ちかけてきた制度の手直し程度に過ぎない。批判する野党側にも問題が多い。対する側にさしたる構想がなかった。これまで準備をしてこなかったのだ。結果として、的外れや部分的な議論が多く、TVなどの議論を見ても、1980年代以降の経緯をほとんど理解していない発言も少なくない。 

施行前に全体的構想を示せとの衆院議長の發言も出ているほど議論収斂の方向も見えず、とにかく受け入れ拡大案だけ通すという破滅的な政策だ。

二、三の例をあげてみよう。

技能実習制度の負の遺産
依然として技能実習制度の手直しなどに固執している論者もある。折しもヴェトナム人技能実習制度実習生の自殺が伝えられている。なかにはブローカーから100万円近い借金を抱えて来日し、最低賃金を下回るような低賃金での就労では到底返済もできず、言葉も十分分からず、文化も異なる日本での生活に溶け込めず、精神的にも鬱屈し、自殺などの不幸な状況に追い込まれることが多いようだ。

この国際的にも悪名高い制度は、見直し程度ではこれまでに刷り込まれてしまった負の遺産は払拭できない。

日本で身につけた技能で帰国後、母国に尽くすという国際協力なる立法目的は、ほとんど最初から死文化している。そして、帰国するのもままならず、日本人が働かなくなった分野での劣悪な仕事に就いているという現実が、研修生の期待と大きく離反している。失踪者が増えるのも当然と言える。いくら言葉の上で繕っても、本質の改善にはならない。

そればかりか、現実には同様な被害や悪評が再生産されてしまう。こうした歪んだ制度は廃止し、新たな構想に基づく新制度を設計しなければならない。ここまで来たからには時間をかけるべきだろう。制度としても仕組みがクリアなものでなければ、悪徳ブローカーや使用者の思うがままだ。そのためには手始めに「就労」と「研修」という行動は全く別物であることを明示し、制度的にも区分しなければならない。「研修」の名の下に低賃金で技能研修生を「就労」させるという行為は欺瞞以外の何物でもない。

受け入れ数についての再検討
多くの国が移民制度改革を行い、国境の壁を高めている状況で、人口政策の失敗で受け入れを拡大するという逆の方向をとる以上、新しい受け入れの仕組みは起こりうる事態に十分に考え抜かれた制度であるべきだ。アジアでは人口の供給圧力が高まっている。その場限りの対応をしていれば、必ず大きなツケを払うことになる。リーマン・ショック時のような不況時に故国に帰るに帰れなかった日系ブラジル人はその例である。来年の4月から施行とは、拙速のそしりを免れない。

すでに130万人を越える外国人居住者の存在は、それだけで、国際的基準では歴然たる移民受け入れ国だ。技能実習生、留学生アルバイトなどが非熟練労働に従事している。こうした点を考えると、移民制度改革という視点はいくら強調してもしきれない。増える外国人やその子女の教育や医療についてはいかなる対案があるのだろうか。

他方、外国人を増やさなくともやっていけるのではないかという疑問もある。そのためには業種・職種についてかなり厳密な需給度を判定する市場テストが必要だ。国内労働者と外国人労働者との間には「代替」効果か「補填」効果のいずれかの関係がある。この判定を行う場合、賃金率はどれだけ上げられるのか。省力化の見通しなどが検討されねばならない。

熟練度の区分も問題だ。労働市場には、不熟練労働から高度な専門性を有する熟練まで、極めて多くの熟練の区分がある。提示されている二つの熟練区分ではない。外国人労働者の移動のあり方にも考えるべき点が多い。「特定技能一号」、「特定技能二号」という分類にも大きな問題がある。専門性、高技能の持ち主ならば、家族帯同も認めるという差別的対応も問題だ。「入国・在留」を認めた分野の中では転職を認めるが、転職の際には審査を必要とするというのも、将来問題化することは必至である。

労働は派生需要だから、製品やサービスの最終需要の変化に由来する労働への需要の変動に対して、いかなる対応をするのかという点に十分配慮しておかねばならない。不況時においても原材料の増減や機械の稼働率のように簡単には調整できない。

最低賃金、残業割増し、アルバイトについての規制など、外国人学生にはどれだけ伝わっているか。ブログ筆者がかつて行った実地調査の時には、地域の最低賃金額を知らない使用者が多く、呆然としたこともある。

一部の国際機関、研究者などが提唱している「サーキュレーション・マイグレーション」(循環的移民)もあまり効果は期待できない。母国の政治・経済事情が顕著な改善を見ない限り、現在いる国へ定着する傾向はむしろ高まる。さらに失踪、不法滞在者などが増えると、国民の不安、犯罪増加なども不可避的に起こる。多難な道だが共生のあり方を考えねばならない。

日本語教育の充実は、欠かせない。数日前にしばらくぶりに再会したオランダ人夫妻、長女が次のような話をしてくれた。大学病院勤務の医師という職業柄もあって、オランダ語が十分に話せない外国人同僚とは、微妙だが即断が必要な仕事はできないと率直に語っていた。人間の生死が関わるような切迫した手術などの仕事の場では、つい英語が出てしまうという。英語ならなんとか通じるからだという。日本の語学教育も再考しなければならない。やや脱線した論点だが、最近のオランダでは難民には人道的観点から同情的な人が多いが、(経済的)移民には厳しくなっているという。国民の間で、「移民」と「難民」の違いすら十分理解されていない日本が、5年間に最大34万人の外国人労働者を受け入れるという案には、疑問が尽きない。

こうした混迷した状況にあるから、近未来に向けて、言葉の真の意味での包括的移民政策の構想と充実は、もはや欠かせない。名称は多少変化するとしても「共生支援省」はいずれ必要になろう。「国土安全保障省」は見たくない。

 

アメリカ合衆国国土安全保障省*(United States Department of Homeland Security、略称: DHS)

2018年12月8日未明、参院本会議で、可決、成立。

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問われる日本の見識:移民制度改革へのスタンス

2018年11月17日 | 移民政策を追って

 

多文化主義の花は咲くだろうか


出入国管理法 (入管法)の審議が国会で始まっている。しかし、新聞、TVなどで議論を見ていると、この半世紀近く形は変わっても議論の内容は実質的にほとんど前に進んでいないといわざるを得ない。同じ議論が繰り返されている。この国はこれまで、その場その場で綻びをつくろうような、成り行き任せの対応をしてきた。その流れは今も変わっていない。

安倍首相が「移民政策はとらない」といかに強弁しようとも、日本はすでにれっきとした移民受け入れ國になっている。日本で働く外国人の数は、すでに130万人近い(特別永住者を除く)。とりわけ、単純労働(低熟練)の分野では、技能実習生、留学生(アルバイト)などで対応するという姑息な手段(「バックドア」からの受け入れ)で事態を繕ってきたが、2020年の五輪、各地の自然災害などへ対応する建設労働力、高齢化への看護・介護などの需要増もあって、人手不足はどうにもならなくなってきた。

1988年以降、「専門的・技術的分野では受け入れるが、単純労働者は受け入れない」とする閣議決定の方針はこれまで表向きは踏襲されてきたが、ついに単純労働者を正面から受け入れざるをえなくなり、大転換を迫られている。しかし、安倍首相は「移民」という表現を避け、「外国人材」などというあまり聞きなれない表現で、日本への外国人労働者の「定住」、「永住」を原則認めないという答弁を繰り返している。言い換えると、外国人労働者は受け入れるが、あくまで「労働力」としてであり、仕事が終われば本国へ帰ってもらうという考えのようだ。労働力の部分だけが必要で、それ以外の人間としての側面は必要ないとしているようなものだ。しかし、こうした考えはおよそ非現実的であることは、各国あるいは日本においてもすでに立証されている。期間限定の条件下に受け入れた労働者が時の経過とともに、受け入れ国に滞留し、定住、永住化への道をたどることも否定し難い事実である。

包括的差別禁止・人道的配慮
受け入れた外国人を水流のように循環(rotate)する「労働力」としてしか見ない考えは、主として非熟練労働分野へ就労する新しい在留資格「特定技能1号」の対象者には家族の帯同を認めないという考えにも反映している。他方、専門性、技能の高い「特定技能2号」の対象者は家族帯同を許容するという。こうした差別的措置は人道上、国際的にも問題となるだろう。再考すべき点である。

これまで国際的にも批判されてきた「技能実習制度」を存続させることは、制度の正当性、透明性を著しく損なう。国際貢献という目的とは著しく離反した、歪んだ制度は廃止し、誤解や批判を生むことのない新たな制度設計を行うべきだろう。移民制度設計において、制度と運用の「透明性」の維持・確保は人権侵害などを防ぐ上でも必須の条件である。

必要性の確認
さらに、政府は「外国人材」の受け入れに上限を設定するとしているが、その算出根拠も不透明である。人手不足の業種については、国内労働者の応募がないことを判定する「需給テスト」などで制度的に検証し、その上で不足する部分についての外国人労働者の受け入れを認めるという手続きが図られるべきであり、単なる業界ヒアリングなどで積算されるべきではない。その過程では賃金引き上げなど労働条件改善を行っても国内労働者の応募がないことも検討されねばならないだろう。

人手不足で外国人受け入れを要望している業界で、受け入れた外国人が働く場所は大方、日本人が就労を放棄した職場である。いかに政府が日本人と同等の労働条件を確保するといっても、これまでの経験が示すように実態は空虚であり、労働環境が劣位な職場となることは自明のことだ。不足が深刻な分野は、日本人が応募しないほど、労働環境が劣悪なことが多い。それを安易に外国人労働者で充当するという考え自体、大きな誤りだ。国内労働者の労働条件を劣化させる可能性も高い。

言葉での表現その他で不利な立場にある外国人は、失業するよりは、あるいは本国よりは高い賃金が得られると、就労に同意せざるをえない。一度祖国を離れてしまうと、そう簡単には帰国できない。かくして国内労働者の下に、さらに低い下層市場が生まれる。技能j実習生などの失踪者が多いのは、外国人労働者が配置された現実の職場が彼らが聞かされてきたイメージとは異なり、劣悪で期待を裏切ることが多いことが最大の要因となっている。

国としての魅力の不足
他方、高い専門性を求める「特定技能2号」の分野については、大学、研究所などを含め、西欧諸国などとの比較で、国として魅力に乏しいことが指摘されている。今後の高い技能を保持する潜在移民の目指す行先としては、いくつかの調査で、アメリカ、ドイツ、カナダ、UK、フランス、オーストラリア、サウジアラビア、スペイン、イタリア、スイスなどが挙げられているが、日本は国名すら挙げられず、ほとんど注目されていない。この分野では受け入れ側の環境改善が欠かせない。しかし、日本の大学の実態を見ても、留学生が限度いっぱいアルバイトしているような状況で、高度な潜在力を持つ外国人を惹きつけるような学術・研究水準の改善が見込めるだろうか。不熟練労働者と違って、こちらは優れた外国人が魅力を感じて来てくれないのだ。

今回、「移民制度改革」に政府が着手したのは、一部の産業界が労働力不足で機能しなくなったこくyとが最大の理由である。時すでに遅しの感が強いが、改革するからには世界の移民・難民の変化に配慮し、真の意味での「包括的制度改革」を構想・設計すべきである。遅れてスタートしたからには、(ブログ筆者は悲観的だが)、世界のモデルとなるような制度改革を試みるべきだろう。改革の範囲も、不熟練労働と高度な専門性や技能の保持者という熟練スケールの両極端にとどまらず、入国後の職場の移動などを考慮すると、中程度熟練を含むすべての熟練・技能段階を検討の範囲に包含するべきだろう。中程度の熟練度職種についても需給が逼迫する可能性もある。

近年、移民は西欧、北米、ECA(非EU)、MENA(高所得地域)で集中的に問題化し、受け入れ国側が制限強化へ向かっている中で、日本だけが受け入れを拡大するという今回の政策は、従来の政策失敗の補修という点とともに、評価すべき点もあるが、それだけに慎重な配慮が必要とされる。移民・難民は少しでも受け入れの可能性のある国へ殺到する。五輪開催を契機に多くの問題が急激に噴出する可能性はきわめて高い。

包括的な共生プランへ向けて
さらに、法案の名の通り、現在の議論は重点が外国人の入国と出国の2点だけに集中していて、入国した後の外国人の人間としての広い活動領域への対応が手薄で、断片的にしか取り上げられていない。人間としての行動の全域について、日本人に準じた対応が求められることに十分な認識が欠かせない。政府案では法務省の外局として「出入国在留管理庁」(仮称)を新設すると伝えられるが、独立した省庁の構想が検討されるべきだろう。アメリカ、ヨーロッパなどで問題となっているような人身売買ブローカー、テロリスト、犯罪者などの遮断など、受け入れ拡大の負の側面についても、配慮が欠かせない。日本は単なる人手不足への対応をはるかに超えた次元で、大きな決断の時を迎えているという認識が必要だ。多文化主義の開花への道は、苦難に満ちている。


References

日本弁護士連合会「出入国管理及び難民認定法および法務省設置法の一部を改正する法律案に対する意見書」2018(平成 30年) 11月13日
*「失踪実習生調査に「誤り」」『朝日新聞』2018年11月17日
失踪の理由について法務大臣の答弁では「より高い賃金を求めて」が86.9%とあるが、これは以前の職場が「低賃金」であったことを示すことに他ならないのではないか。

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増えるばかりの見知らぬ隣人:遅きに失した日本の移民制度改革

2018年10月19日 | 移民政策を追って

この道の行く手に光は見えるか

 

政治家・メディアの責任
外国人労働者の受け入れ拡大に向けた出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案が、10月24日召集の臨時国会の焦点になりそうだとメディアが伝えている

しかし、一般の国民でこの問題の真の意味と重要性を理解している人がどれだけいるだろうか。前回の本ブログ記事でも指摘したが、移民(労働者)・難民問題を長年にわたり、国家の重要政策課題としてきたブログ筆者とすれば、これまで国民的議論の対象とすることを回避してきた政治家、主要メディアの責任はきわめて大きいと感じている。

過去半世紀近く、「外国人労働者」、「移民」、「難民」、などの実態、定義は微妙に変化し、その境界線は限りなく不分明になっている。移民の中には、難民や旅行者の姿をとる者もいる。他に合法的な定住への道がないことを知っているからだ。判定はきわめて困難になっている。その実態を正しく理解している政治家がどれだけいるのか、かねがね疑問に思ってきた。

政府は「移民政策はとらない」(安倍晋三首相)との表明を繰り返しているが、在留期限を限定して受け入れた外国人労働者といえども、その一部がいずれ「永住」化することは、明白に立証された事実であり、多くの欧米諸国で国民を分裂させ、国境の壁を高くする重要な争点になっている。臨時国会の議案となる入管法改正案でも外国人労働者の受け入れを単純労働まで広げ、「永住」につながる仕組みまで想定している。

欧米諸国ならば、この改正案は「移民制度改革」に該当し、大きな国民的議論の対象となる。しかし、この国で政治家レベルのやりとりをメディアで知る限り、与野党がどれだけ問題の本質を見極めているのか、一般国民にはほとんど伝わってこない。故意に問題を矮小化しているのか、問題の重要性を認識していないのか、国民にはほとんど分からない。本来ならば、各党がもっと早い時期から現状認識、将来展望、制度改革の構想と政策を開示し、国民的議論の場に提示すべきだろう。その点について政治家及び新聞、TVなど、主要メディアの責任は大きい。野党も政府案を「拙速だ」としているが、自らの問題認識と政策案を分かりやすく国民に示すべきだろう。

一人の労働者を受け入れることは、その人の家族を含め、人間としてのすべてを受け入れることである。検討課題は、出入国、労働、教育、社会保障、宗教、犯罪等々、人間の存在と活動のあらゆる領域にわたる。ブログ筆者にはすでに時遅しの感があるが、次の世代が直面する苦難を少しでも軽減すべきために政治家が果たすべき役割はきわめて大きい。


例えば、「新在留資格 批判の矛先」『朝日新聞』2018年10月18日

 

 

Reference
花見忠・桑原靖夫編『明日の隣人外国人労働者』(東洋経済新報社、1989年)
—————————『あなたの隣人外国人労働者』(東洋経済新報社、1993年)

桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者 どこから来てどこへ』(東洋経済新報社、2001年)
筆者たちが移民労働者の日米比較を試みた当時、日本とアメリカを比較しても意味がないとの批判もあったが、今や先進諸国の国民を引き裂く重要共通課題となった。

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多文化主義の花は咲くだろうか

2018年10月05日 | 移民政策を追って

 



今日、いたるところで民族は国家を引き裂いている」(アーサー・シュレジンジャー、1991)

なぜか。小さなブログなどでは到底尽くせないテーマだ。

アメリカ、ヨーロッパなどでは、移民・難民は今や国家の将来を左右する最重要課題となっている。しかし、移民問題が正面から国民的議論とはならない日本では、関心度も低い。人口減少が現実のものとなった今日、移民(労働者)の秩序立った受け入れなしに、この国の将来は成り立たないことは、ほとんど自明なことだ。

受け入れの現実はなし崩し的であり、政策視野も極めて狭い。掲げられた政策目的と現実の対応には大きな差異がある。国際的にも批判の的にもなってきた技能実習制度などに依然としてしがみついている。日本には働き口はあるが、所詮日本人が働きたくない低賃金労働力でしかないのではとのこれまでに形成された負の遺産のイメージをいかに払拭するか。この制度を多少手直ししたくらいで消えるものではない。すでに6000人を越える失踪者(2017年度)を生み、外国人の長期収容
が急増、施設の能力が問題となっている今日、2020年の東京5輪以降、在留期限失効後も帰国しない労働者も増加するだろう。最近、解体工事を含め、土木建設業などのヒアリングをすると、彼らなしにはもはや産業が成立しないとの答が返ってきた。現実と制度の間にはすでに如何ともしがたいほどの断裂が生まれている。

移民(労働者)の受け入れ制限という世界の先進国が対面してどいる方向とは反対の潮流を選ばざるを得ない日本は、いかなる政策で予想される難題に立ち向かうのか。全く新たな視点からの政策体系の確立が必要に思われる。論点は尽きないのだが、今回はBrexit 問題を例に、いくつかのヒントを提示してみたい。

桑原靖夫『国境を越える労働者』岩波新書1991年


虚々実々
イギリスのテレサ・メイ首相は、Brexitが達成されたら、EUからイギリスへの人々の自由な移動は終わりとすると強調してきた。最近公表されたMigration Advisory Committee (MAC) 移民問題諮問委員会の報告書は、この点を考慮してか、イギリスはBrexit後、EU市民にイギリスの労働市場への優遇措置 preferential terms を提供すべきではないとした。不透明なBrexit後の状況に多少方向を示そうとしたのだろう。

ただ、もし優遇措置があれば、EU市民にとって利益になるだろうと短く記してはいる。このことはイギリスがEUからの移民への優遇措置が含まれる枠組みを準備すれば、イギリスがEU単一市場での活動に関する交渉で有利に使えるカードになるだろうとの微妙な含みがある。

以前ベルギー首相であったフェルホシュタットVerhofstadt氏は、今はヨーロッパ議会を代表してBrexit交渉に当たっているが、 EU本部はイギリスがBrexitの後のイギリスの移民システムにおいて、熟練度(スキル)によってEU市民を差別するとしたら、イギリス人自らが困ることになろうと警告している。さらに、イギリスがEUに差別的であれば、仕返しに”EU26”なる同条件の措置で対抗するとしている。この方針はアイルランド(UKと同じ移動範囲とされる)以外のEU加盟国間で了解されているとも述べている。

人の自由な移動の保証は、財、サービス、資本などの自由な貿易を提供する原則とともに、単一市場のルールの中に事実上含まれている。それにもかかわらず、EUが人の移動にこだわるのは、イギリス以外に住む人たちの多くが、それが一種のクラブがもたらす利益であり、なぜ移動に制限が付されるのかと考えているからではないか。


現実を注視する必要
しかし、現実は複雑だ。これまでEUからの移民に消極的であると思われてきたイギリスが、国外からの移民の自由な移動を制限することに着手してこなかった事実に、多くのEU諸国がやや驚いていることも指摘されている。イギリスは、EUに東欧3カ国が加入を認められた2004年以降、しばらくの間受け入れを制限しなかった3カ国のひとつであった。

イギリスは自国へ入国したEU市民に対しての登録制度を持たない数少ない国のひとつでもある。ブログ筆者も体験して驚いた経験がある。入国時に書類を見ただけで、’’Enjoy staying!’と簡単に受け入れてくれた。居住している間もなんの連絡もなかった。フランス人と結婚した友人(日本国籍)の場合、フランスへ移住するに手続きその他大変苦労したようだ。Brexitが成立した後はイギリスも厳しい管理システムを導入するかもしれない。

すでにベルギーは入国後6ヶ月しても仕事に就けない者は出身国へ送還するとしている。デンマークとオーストリアは移民が国内のある地域で住宅を購入することを制限するなどの措置を導入している。さらに、多くのEU諸国は福利厚生給付は、移民が入国した後、何年かの貢献ができるまでは給付申請ができない。イギリスよりも強い措置だ。ブラッセルが指示している地域労働市場の労働条件を下回るような事態を制限する措置は、多くの加盟国が採用しているが、イギリスは最低賃金、標準的労働条件の遵守についても厳しくない。しかし、イギリスも遠からず自由な移動の原則を受け入れながらも、実際には具体的措置として厳しい制限をするという日が近いのではないかとの観測も生まれている。

ヨーロッパにありながらEUに加盟していない「ヨーロッパ経済地域」European Economic Area (EEA) の諸国、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウエー、スイスなども、EUの定めるルールとは異なった対応をしている。例えば、スイスはEEAにも加盟していないが、財については単一市場に入り、非スイス国民の固定資産取得に制限を加えているばかりか、使用者にスイス国民に優先的に仕事を与えるようにしている。これも2014年国民投票でスイスが人の自由な移動に制限を加えることになったことをEUが是認しなかったことを契機に妥協として生まれた。EUブラッセルは、ヨーロッパ諸国が人の移動(移民労働者)について、それぞれに制限を加えたいとの動きにいかに対応するかで頭を痛めている

そこをまげて
日本には主として懇願するときに用いるが、([理をまげて」の意味で)「そこをなんとか、まげてお願いたします」(『広辞苑』) といった表現がある。三蔵法師伝にも出てくるようだが、交渉の局面で論理の上では勝ち目がないが、相手の情念に訴えて、なんとかこれで手を打ってほしいという意味なのだろう。これを英語に直せと言われたら、どう翻訳するのかという小話を聞いたことがある。

イギリスそしてEU、非EU地域のそれぞれが独自の国情と考えを保持している状況で、各国の主体性と誇りを失わずに折り合いをつけ、新たな国境システムを構築することは、想像を超える議論と交渉の先にある。「そこをまげて、なんとか」という柔な世界ではないのだ。


‘A new order at the border’
‘How to bend the rules’ The Economist 22nd 2018

ひところ盛んに議論され、ファッショナブルでもあった「多文化主義」の議論はすっかりなりをひそめている。「多文化主義」の花が咲く日は来るだろうか。ブログ筆者はこれまでこの問題を記しているが、さしずめ次の記事をご覧ください。『しぼむ多文化主義の花』2013年11月13 日

 

コメント (2)
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