画題と画家は後出
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なんとなくいわくありげな若者が3人並んで描かれ、右隅には男の子らしい子供が描かれている。しかし、作品自体は描きかけで、未完成な段階にあるようだ。この絵を最初見たとき、筆者は一瞬デュマの「3銃士?」と思いかけたが、もしかすると、ル・ナン兄弟の「集団肖像画」では?と思い直した。その直感はかなり当たっているかもしれないと思う議論に間もなく出会うことになる。
これまでの人生で、筆者は専門としてきた産業経済・労働領域との関連で、一貫して広く「働くこと」(work) の意義とイメージを、新たな観点から探索してみたいという思いを持ち続けてきた。それは歴史上で振り返ると、17世紀のフランスのパン屋や鍛冶屋や画家の工房などでの画家の熟練の養成のあり方であり、農民や職人たちの働く姿であり、産業革命期から連綿として続く女性や児童労働の姿の再確認であった。さらにそれらは現代社会で緊迫した局面を作り出している移民、外国人労働者たちの諸相へも繋がる課題である。グローバル化に伴う労働の本質的変化の展望でもある。
筆者が長らく探索を続けている17世紀の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールとほぼ同時代人の画家で、ラ・トゥール同様に大きな関心を抱いてきた画家にル・ナン兄弟がある。「農民の家族」など地味な画題が多い。当時の仕事の世界を思い浮かべるに格好な材料を提供してくれる。しかし、兄弟は実際には宗教画も世俗画も描いていた。ル・ナン兄弟の作品に関わる最大の問題は、ある特定の作品が3人の兄弟✳︎の誰の手になるものかを確認することが極めて困難なことだった。
✳︎アントワーヌAntoine(一六〇〇頃―四八)、ルイLouis(一六〇〇―四八)の双子の兄弟とマティユーMathieu(一六〇七頃―七七)の三人兄弟である
最近、刊行された本格的な研究書★によると、この作品はル・ナン兄弟 Le Nain brothers、Louis, Antoine, Mathieu の肖像画(未完成)であるようだ。1936年にナショナル・ギャラリーの所蔵に決まった当時は、ル・ナン兄弟に倣った無名画家の作品とも考えられたようだ。
近年の専門家の鑑定によると、3つの理由が挙げられている。第一は、描かれた人物が兄弟としてのお互いに類似するかなり顕著な特徴を持っていることである。最も顕著な点は3人の鼻と眼である。第二は、お互いに2−3歳の差を保ち、兄弟としての相応のバランスを保っている。第三は、真ん中に位置する男が見る者へ視線を返している点である。言い換えると、当時オランダで流行した3人の集団肖像画の体裁で、兄弟を描いた中心人物と推定される。となると、その画家はマティユーMathieuということになる。しかし、ストーリーは、複雑化する要因を内在していた。ナショナル・ギャラリーが作品を取得した当時は、作品は未熟で公開には適さないと考えられた。しかし、管内で洗浄などの作業を行なっていると、右側に当初は分からなかった子供の姿が発見されるなどの事実発見があった。画家が当初のアイディアを捨てて、別の発想へ移行した場合、新しいキャンヴァスではなく、現在の画面を塗りつぶして使うことはしばしばあったことが分かっている。この子供と3人の男たちは無関係なのだろうか。実は画面右側下部の未完成部分などを考えると、謎は十分解明されていない。制作年代は使用されている顔料についての研究から1630-40年代と推定されている。
作品は未完成ではあるが、ほぼ完成している3人の男の描写、画家が構想したプロット(真ん中の男が最年少のマティユーとは断定できないように工夫されている可能性もある)などを含めて、今日では優れた肖像画と考えられている。一見単純に見えて、謎はまだ解かれていない。
★ C. D. DICKERSON III AND ESTHER BELL, THE BOROTHERS LE NAIN: PAINTERS OF SEVENTEENTH-CENTURY FRANCE, New Haven and London:Yale University Press, 2016. KIMBELL ART MUSEUM, FORT WORTH, TEXAS, FINE ARTS MUSEUMS OF SAN FRANCISCO.
作品
Le Nain brothers, Three Men and a Boy, National Gallery, London