「今日、いたるところで民族は国家を引き裂いている」(アーサー・シュレジンジャー、1991)*
なぜか。小さなブログなどでは到底尽くせないテーマだ。
アメリカ、ヨーロッパなどでは、移民・難民は今や国家の将来を左右する最重要課題となっている。しかし、移民問題が正面から国民的議論とはならない日本では、関心度も低い。人口減少が現実のものとなった今日、移民(労働者)の秩序立った受け入れなしに、この国の将来は成り立たないことは、ほとんど自明なことだ。
受け入れの現実はなし崩し的であり、政策視野も極めて狭い。掲げられた政策目的と現実の対応には大きな差異がある。国際的にも批判の的にもなってきた技能実習制度などに依然としてしがみついている。日本には働き口はあるが、所詮日本人が働きたくない低賃金労働力でしかないのではとのこれまでに形成された負の遺産のイメージをいかに払拭するか。この制度を多少手直ししたくらいで消えるものではない。すでに6000人を越える失踪者(2017年度)を生み、外国人の長期収容が急増、施設の能力が問題となっている今日、2020年の東京5輪以降、在留期限失効後も帰国しない労働者も増加するだろう。最近、解体工事を含め、土木建設業などのヒアリングをすると、彼らなしにはもはや産業が成立しないとの答が返ってきた。現実と制度の間にはすでに如何ともしがたいほどの断裂が生まれている。
移民(労働者)の受け入れ制限という世界の先進国が対面してどいる方向とは反対の潮流を選ばざるを得ない日本は、いかなる政策で予想される難題に立ち向かうのか。全く新たな視点からの政策体系の確立が必要に思われる。論点は尽きないのだが、今回はBrexit 問題を例に、いくつかのヒントを提示してみたい。
*桑原靖夫『国境を越える労働者』岩波新書、1991年
虚々実々
イギリスのテレサ・メイ首相は、Brexitが達成されたら、EUからイギリスへの人々の自由な移動は終わりとすると強調してきた。最近公表されたMigration Advisory Committee (MAC) 移民問題諮問委員会の報告書は、この点を考慮してか、イギリスはBrexit後、EU市民にイギリスの労働市場への優遇措置 preferential terms を提供すべきではないとした。不透明なBrexit後の状況に多少方向を示そうとしたのだろう。
ただ、もし優遇措置があれば、EU市民にとって利益になるだろうと短く記してはいる。このことはイギリスがEUからの移民への優遇措置が含まれる枠組みを準備すれば、イギリスがEU単一市場での活動に関する交渉で有利に使えるカードになるだろうとの微妙な含みがある。
*以前ベルギー首相であったフェルホシュタットVerhofstadt氏は、今はヨーロッパ議会を代表してBrexit交渉に当たっているが、 EU本部はイギリスがBrexitの後のイギリスの移民システムにおいて、熟練度(スキル)によってEU市民を差別するとしたら、イギリス人自らが困ることになろうと警告している。さらに、イギリスがEUに差別的であれば、仕返しに”EU26”なる同条件の措置で対抗するとしている。この方針はアイルランド(UKと同じ移動範囲とされる)以外のEU加盟国間で了解されているとも述べている。
人の自由な移動の保証は、財、サービス、資本などの自由な貿易を提供する原則とともに、単一市場のルールの中に事実上含まれている。それにもかかわらず、EUが人の移動にこだわるのは、イギリス以外に住む人たちの多くが、それが一種のクラブがもたらす利益であり、なぜ移動に制限が付されるのかと考えているからではないか。
現実を注視する必要
しかし、現実は複雑だ。これまでEUからの移民に消極的であると思われてきたイギリスが、国外からの移民の自由な移動を制限することに着手してこなかった事実に、多くのEU諸国がやや驚いていることも指摘されている。イギリスは、EUに東欧3カ国が加入を認められた2004年以降、しばらくの間受け入れを制限しなかった3カ国のひとつであった。
イギリスは自国へ入国したEU市民に対しての登録制度を持たない数少ない国のひとつでもある。ブログ筆者も体験して驚いた経験がある。入国時に書類を見ただけで、’’Enjoy staying!’と簡単に受け入れてくれた。居住している間もなんの連絡もなかった。フランス人と結婚した友人(日本国籍)の場合、フランスへ移住するに手続きその他大変苦労したようだ。Brexitが成立した後はイギリスも厳しい管理システムを導入するかもしれない。
*すでにベルギーは入国後6ヶ月しても仕事に就けない者は出身国へ送還するとしている。デンマークとオーストリアは移民が国内のある地域で住宅を購入することを制限するなどの措置を導入している。さらに、多くのEU諸国は福利厚生給付は、移民が入国した後、何年かの貢献ができるまでは給付申請ができない。イギリスよりも強い措置だ。ブラッセルが指示している地域労働市場の労働条件を下回るような事態を制限する措置は、多くの加盟国が採用しているが、イギリスは最低賃金、標準的労働条件の遵守についても厳しくない。しかし、イギリスも遠からず自由な移動の原則を受け入れながらも、実際には具体的措置として厳しい制限をするという日が近いのではないかとの観測も生まれている。
ヨーロッパにありながらEUに加盟していない「ヨーロッパ経済地域」European Economic Area (EEA) の諸国、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウエー、スイスなども、EUの定めるルールとは異なった対応をしている。例えば、スイスはEEAにも加盟していないが、財については単一市場に入り、非スイス国民の固定資産取得に制限を加えているばかりか、使用者にスイス国民に優先的に仕事を与えるようにしている。これも2014年国民投票でスイスが人の自由な移動に制限を加えることになったことをEUが是認しなかったことを契機に妥協として生まれた。EUブラッセルは、ヨーロッパ諸国が人の移動(移民労働者)について、それぞれに制限を加えたいとの動きにいかに対応するかで頭を痛めている。
そこをまげて
日本には主として懇願するときに用いるが、([理をまげて」の意味で)「そこをなんとか、まげてお願いたします」(『広辞苑』) といった表現がある。三蔵法師伝にも出てくるようだが、交渉の局面で論理の上では勝ち目がないが、相手の情念に訴えて、なんとかこれで手を打ってほしいという意味なのだろう。これを英語に直せと言われたら、どう翻訳するのかという小話を聞いたことがある。
イギリスそしてEU、非EU地域のそれぞれが独自の国情と考えを保持している状況で、各国の主体性と誇りを失わずに折り合いをつけ、新たな国境システムを構築することは、想像を超える議論と交渉の先にある。「そこをまげて、なんとか」という柔な世界ではないのだ。
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‘A new order at the border’
‘How to bend the rules’ The Economist 22nd 2018
ひところ盛んに議論され、ファッショナブルでもあった「多文化主義」の議論はすっかりなりをひそめている。「多文化主義」の花が咲く日は来るだろうか。ブログ筆者はこれまでこの問題を記しているが、さしずめ次の記事をご覧ください。『しぼむ多文化主義の花』2013年11月13 日
「デンマークとオーストリアは移民が国内のある地域で住宅を購入することを制限」は初耳で、そもそもアルプス共和国での外国人による不動産保有が制限されていることと関係があるのかどうか?つまりドイツなどでは盛んに持ち家を移民に推奨して来たからです。家賃が無ければ失職してもなんとか暮らせるという前提条件のようですが。なにか矛先が第三国人に向かっているような。
「世界の先進国が対面している方向とは反対の潮流」 ― 高齢化で日本の方が労働需要が大きいかと思いますが、こちらでも高度な技能を持つ者を外国から求人するとなると、どうしても国内の人材が空洞化するようでなりません。
総じて、移民・外国人に関わる問題を包括して検討する視点が欠けています。入管段階だけ注目していればという考えがいまだに強く感じられます。背後に広がる多くの問題は、別途考えるという状況です。いつの間にか、国内に居住する外国人は、ドイツ、アメリカ、イギリスに次ぎ、先進国では4番目になりました。東京五輪のトピックスに浮かれすぎている印象です。
深刻化する労働力不足についても、嫌な仕事は外国人任せという実態は変わることがありません。他方、高い技術力を持つ人材は、期待するほど日本に来てくれない。国としての魅力が不足していると言わざるをえません。
世界の変化がきわめて激しい時代、誤解などありましたら、ぜひお知らせください。このブログもブラックアウトが近くなりました。