アメリカ大統領選は、民主党バイデン大統領と共和党トランプ前大統領、両候補の対決という大波乱含みの構図になりそうだ。いずれの候補者も、アメリカのみならず世界の動向を左右しかねない大きなリスク要因を抱えている。一国の屋台骨が揺らぎかねない衝撃となるかもしれない。
アメリカの行方を左右しかねない諸課題のなかで、移民政策は国民の誰もが大きな関心を寄せてきた。バイデン大統領もトランプ前大統領もヨーロッパからの移民の子孫である。しかし、両者の政策的な立場は大きく異なる。すでに記したように、バイデン大統領は就任当時は移民に対して”寛容な”立場を維持してきた。他方、トランプ前大統領は”不寛容”であることを表明してきた。
現地時間2月29日には、二人は競うようにバイデン大統領はメキシコ湾岸都市ブラウンズビル、トランプ前大統領はブラウンズビルからおよそ500キロほど離れたイーグルパスを訪れ、不法移民の現状を視察した。しかし、両者の間には政策面で依然大きな隔たりがあり、バイデン大統領が望む超党派的妥協が成立するか、予断を許さない。すでに、バイデン大統領の提示するウクライナ戦争への関与と抱き合わせの案は、ほぼ失敗に終わっている。
N.B.
バイデン大統領以前のアメリカの移民政策については、次の概要をご参照ください。
激変した国境
実態に立ち戻ると、バイデン政権になってから、南部のメキシコ・アメリカ国境での越境者遭遇 encounters はかつてなく激増し、政権としては不本意ながらトランプ政権の政策に歩み寄らざるを得ない状況になっている。ちなみに、2023年12月には30万人が身柄を拘束され、過去最多となった(アメリカ税関・国境警備局CBP)。
さらに、注目すべき変化が起きている。不法越境者の激増に加え、これまではメキシコ系に続き、中南米諸国からの越境者が増加していたが、最近は中国からの越境者が急増している。これまではほとんど見られなかった現象である。2023年会計年度でも24,000人を越える中国人越境者が拘束 apprehend *されている。カリフォルニアの国境の一部では、拘束された越境者の30%近くが中国人であった。こうした傾向は、2024年に入っても継続している。昨年10月、11月の2カ月だけでも、南西部の国境で9000人を越える中国人越境者が拘束されている(Arthur 2024)。
*拘束(Apprehensions):遭遇した非合法移民を、物理的に拘 束したり、一時的に拘留(Detention)したりすること。
カリフォルニア州サン・ディエゴで拘束された中国人不法越境者の調査によると、彼らの不法な越境を手引きする仲介業者coyoteに支払う金は、$40,000 から$60,000であり、”Latinos” と呼ばれる中南米諸国からの越境者が支払う$6,000から$10,000と比較して、著しく高額である。
アメリカを目指す中国人が、中国本土あるいは香港からメキシコ国境に到った経路はさまざまだが、ある男性単身者はタイ、モロッコ、スペイン、そして査証の要らないエクアドルを経由し、メキシコに入り、アメリカ・メキシコ国境に到達したと述べている。ケースによって様々だが、アジアからの移動の場合、およそ50日から3ヶ月を費やす長旅となるという。他方、南米から航空機を利用した場合、最短で4日程度で国境線にまで到達した例もある(朝日新聞)。
グローバル・マイグレーションを生み出す動機
背景として、中国のゼロ・コロナ政策下の移動禁止に伴う停滞、不動産不況など国内経済の顕著な低迷、将来への不安などに見切りをつけ、「自由」で「未来」が期待できるアメリカへの移住決意などが挙げられる。
中国においてアメリカ入国の査証申請をしたが認められなかったために、こうしたリスクの大きな不法移民(入国審査に必要な書類を保持しない)の道をとる決意をしたという者が多い。中国からアメリカへの旅には、同様な経路を辿った者によって、推奨される経路が出来上がっているようだ。TV報道などでは、こうした道を殆ど途切れることなく歩いて国境を目指す人々の光景が放映されている。
なぜ、この時期に多くの中国人がアメリカへの不法入国を企てるのか。ひとつの要因として、バイデン政権が原則「勾留をしない」政策 non-detention policyを標榜しているのがひとつの要因とされている。トランプ前大統領は、これを ”catch-and-release”policy として批判してきた*。
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*NTA( Notice To Appear)「出頭命令」は、アメリカ政府が当該文書を受け取った者に国外退去を迫る措置を開始することを示す最初の文書であり、これを受け取った者は移民裁判所へ出頭が求められる。
An NTA is a document that instructs an individual to appear before an immigration judge. This is the first step in starting removal proceedings against them
トランプ前大統領は、バイデン政権の行っていると言われる南部の国境で1日5000人近い越境者に対し、簡単な聞き取りを行っただけで、解放する対応をしてきたことを”catch-and-release”policy として批判してきた。この措置は強制退去と異なり、国内難民認定の申請 の機会は与えられず、追放先も出身国である必要はなく、越境 の直前の国となる場合が殆どだった。追い払うだけなので非合法越境 の記録が残らず、何度も越境を試みる者も出ていた。こうした状況で、この措置は2023 年 5 月で廃止となった。
入国管理事務所で入国が認められなかった者に発行されたNTAの数
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アメリカ入国査証を保持しない中国人にとって、アメリカに入国、滞在を認められる唯一の道は、「庇護申請者」assylum seeker として申請、認められることだが、アメリカ国内に居住できる法的地位を取得することは非常に難しい。政治、宗教上の迫害なども立証が難しい。中国人の公式文書の偽造の多いことなどもひとつの要因となっている。裁定する移民裁判所判事の側からも、現地駐在などの経験がない限り、短い時間で申請者を正しく裁定することは困難である。
さらに、不法越境であるかを裁定する移民裁判所の判事が決定的に不足しており、増員は測っているが、対象となる越境者の増加に追いつかないことが指摘されている。
アメリカの移民政策は、この国が移民立国を主柱として発展してきただけに、他国には類を見ない複雑な要因の中で政策を設定、実施してゆかねばならないという課題を担っている。グローバル・マイグレーションの圧力が日に日に強まる中で、世界最大の移民受け入れ国アメリカは、いかなる舵をとるだろうか。日本ではほとんど議論すらされない問題が多々あることを指摘しておきたい。
続く
References
Andrew Arthur, Report:CBP ‘Watering Down’ Vetting for Chinese Migrants, January 2024
「米議会 移民対策の法案頓挫」『朝日新聞』2024年2月
終わりなき旅 混迷のアメリカ移民制度改革