最近のブログに記したオランダのカラヴァジェスキに関する企画展(フランクフルト・シュテーデル美術館、2009年)のカタログを見ていると、いくつか興味深いことに気づいた。この企画展のテーマは、ユトレヒトなどのオランダ・カラヴァジェスキ(17世紀、カラヴァッジョの画風の影響を受けた画家)によって、作品に描かれた「音楽の光景(歌唱、楽器)」の検討に置かれている。そのため、16-17世紀に使われていた楽器がいかなるものであったかを知ることができる。
歌唱は別として、楽器としてはリュート、ヴァイオリン、パイプオルガン、フルート、リコーダー、ドラム、バグパイプなどが描かれている。リアリズムの画家としてのカラヴァッジョ、そしてその流れを汲む画家たちの特徴で、楽器も細部まで描かれている作品が多く、きわめて興味深い。いくつかの興味深い問題が浮かんでくる。だが、音楽・絵画史のテーマとして、のめり込むと、何年かかるか分からないと思う。あわてて逃げ出して、もっとお手軽なことに目を移した。
気がついたひとつの点は、17世紀にジャック・ベランジェ、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールなどが題材として好んで描いたハーディ・ガーディ(ヴィエル)が登場していないことだ。ルネサンス期にはハーディ・ガーディは、バグパイプと並んで人気の高い楽器だった。しかし、17世紀末に、ヨーロッパの音楽界には変化が生まれたようだ。音楽についての人々の好みが代わり、ハーデイ・ガーディは人気がなくなり、楽器として下層の位置に低下したようだ。
ベランジェやラ・トゥールなどのロレーヌの画家たちの作品から推測しうるように、この楽器は諸国の町や村を放浪、遍歴する楽士たちが主として携え、演奏したものであった。ハーディ・ガーディの楽士には目の不自由な人たちが多く、旅の道連れ、案内を求めてのためか、犬を連れている老人もいた。諸国を漂泊する旅の間に、多くの苦難もあったのだろう。疲れ果て、身なりもみすぼらしく、しばしば乞食と見分けがたいほどだった。しかし、彼らは強靱な精神を持ち、旅の苦しさにもじっと耐えていた。こうした社会の下層で、人生の苦難に立ち向かい、生きていた人たちに、これらの画家は強い関心を抱き、同じテーマを何度も描いたのか。画家の精神構造の深みを推測するに貴重な題材だ。
ハーディ・がーディのような楽器を使った17世紀の音楽自体、なかなか聞くことはないが、少し努力をすればそうした機会に接することも不可能ではない。当時の古楽器を使ってのアンサンブルなどで、バロックの「音の世界」を聞くことも興味深い。ヨーロッパなどでは、時々ハーディ・がーディなども登場する古楽器の演奏会が開催されている。かつて、ケンブリッジのあるコレッジの音楽の夕べで聞いたことがあった。そうした折に、この楽器の音を聞き、人間は実に不思議なものを作りだすものだと思った。楽器の形態も弦楽器のように見えるが、鍵盤もついている。
もっともハーディ・ガーディは、18世紀には宮廷に持ち込まれ、再び人気楽器として復活する。楽器としても6弦の「ヴィエル・ア・ル」vielle à roueとしてほぼ完成する。6弦のものは、二本の旋律弦と四本のドローン弦を持ち、ドローン弦を鳴らしたり、消したりすることで、異なった調に対応できるようになっている。 世界にはかなり愛好者がいるようだ。しかし、これだけの説明では楽器のイメージが湧きにくいかもしれない。実際に目にする機会は少なく、その音の響きも伝わりがたい。ご関心のある方は、下掲のYouTubeをご覧ください。かすかに、17世紀ロレーヌ*の響きが聞こえてくるかも。
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* 17世紀から20世紀にかけて、ロレーヌはヨーロッパでもかなりユニークな地域だった。戦乱・災厄の多い地域であったにもかかわらず、ナンシー、メッツ、ヴェルダン、エピナルなどの古文書館には、かなりの資料も残っているようだ。
MUSIQUE EN LORRAINE, Contribution à l'histoire de la musique à Nancy XVIIe-XXe siècles. Colloque de Nancy, 6 et 7 octobre 1992. Textes recueillis par Yves FERRATON