Industrial Landscape, Wigan
1925
Oil paint on canvas
40.5 x 36.5cm
L.S.l ラウリー「産業の光景:ウイガン」
21世紀に入ってから世界は、急速に不安定で先の見えがたい状況にシフトしたように思える。地球温暖化による気象条件の大きな変化、地震、津波、豪雨などの自然災害にとどまらず、政治、経済、文化などあらゆる次元で、大きな転換期を迎えているようだ。しかし、その行方は文字通り混沌、五里霧中といってもよいかもしれない。社会科学、自然科学などの科学者たちは、それぞれの分野で問題に取り組み、打開の道を切り開こうえとはしているが、それらの努力が世界の抱える問題に顕著に「進歩」と言える形で繋がっているか、全く定かではない。
図らずも体験することになった北海道の地震も、地震学で予想されていた地域以外で発生している。人々が不意をつかれたような場所で突然発生する。さらに地震が引き起こしたブラックアウトは、瞬時をおかず全北海道を覆い尽くし、大きな被害と混乱を呼んだ。このシリーズで取り上げている経済、産業の面でも想像を超える変化が起きている。こうした変化が発生した時の人間の対応は無力とはいわなえいが、きわめて非力なものだ。人間の創り出したシステムが破綻したり、衰亡に向かっている。
このシリーズで断片的に記している資本主義的大工場システムに目を移そう。かつては日本列島を覆い尽くしていた重厚長大型の製造業は、いつの間にか表舞台から消えている。これらの地域では、見る人を圧するような巨大煙突が林立し、黒煙・白煙を吹き上げ、空気を汚染し、スモッグを生んだ。その中を朝夕おびただしい数の労働者が出入りをしていた工場を目にする機会は、明らかに数少なくなった。今日、巨大工場として目につくのは、自動車企業くらいだろうか。一時は造船王国を誇った日本だが、今は昔の物語である。炭鉱業も視界からほぼ消滅した。。
こうした光景は、日本のみならず、世界の先進国でもすでにかなり以前から見られるようになっている。煙突も見えず、工場内も窓が少なく、外からは内部が見えない倉庫のような工場も増えている。その中では、作業をする人たちの姿もまばらだ。代わって、室内灯の光度を最低限に落とした室内で、大小の機械設備が様々に動き、その間を時々技術者や管理者たちが歩いている。「ロボットがロボットを作る」といわれる工場もある。
「恐るべき」工場地帯
産業革命の先駆者であったイギリスでは、その盛期、マンチェスターなどの木綿工場へは連日多数の見学者が訪れていた。工場自体が奇異なものに見えた。イギリスの産業革命の最盛期には、煙突の黒煙に真っ黒に汚れた今考えると’恐るべき’光景を作り出していた。まさにこのブログでも触れたことのある l.S. ラウリーやディケンズの世界だ。1960年代のロンドンでも、家庭の石炭ストーブの影響もあって冬はスモッグに覆われた薄暗い日々が続いていた。'Horrible' 「身の毛もよだつような」光景といえるかもしれない。
イギリスに次いで世界の工業国となったアメリカでは、ローウエルに代表されるように、河川の滝などを動力としていたため、環境汚染度はイギリスほどではなかった。しかし、工場の発展とともに、地域は油や埃、そして多数の人々の移住によって、汚染度が際立っていた。
1930年代、ミシガン州のヘンリー・フォードのハイランド・パーク工場でも大工場が多くの関心を呼び、多数の観客を集める光景が見られた時期があった。1971年、バトン・ルージュ工場には243,000人の訪問者があった。日本でも1990年代くらいまでは、ブログ筆者も多くの工場見学をした記憶が残る。
ビヒモスの後には
製造業雇用は次第に減少し、2000年以降、さらに落ち込んだ。長年、世界の経済をリードしたアメリカでも、今日では製造業で働く人たちは全就業者の8%以下にまでになっている。海外移転とオートメーションのもたらした結果である。例えば、シカゴ周辺で多数見られた製鉄、家具、新聞、自動車部品、木工、食肉加工などの大工場は今やほとんど見られない。地ビール、チョコレート、ポップコーンなどの食品工場などが散見している。ちなみに日本では製造業雇用は全雇用者数 (5819万人、2017年計)の約17.3%とみられる。ここでも製造業は急速に変貌し、社会の表面から後退している。
トランプ大統領が躍起となって、自国へうの輸入品へ高率関税を課し、アメリカから海外へ流出した企業を引き戻したいと思っているのは、鉄鋼や自動車、あるいはアップルなど大規模製造企業がイメージされているようだ。しかし世界の産業の主流とはどこか外れている。トランプ大統領の頭の中には、製造業、とりわけ彼の支持基盤である白人低熟練層の雇用創出がイメージされているようだ。しかし、トランプ大統領が思い浮かべているのは、巨大な煙突が立ち並び、延々と工場が立ち並ぶ「旧き良き時代?」の工場でもあるようだ。何れにしても、製造業雇用は今や国際政治の舞台における「武器」のようなものとなり、各国間で大工場の誘致合戦、取り合いが起きている。
世界でも、中国のFoxconnなどのような工場全体が、労働者で埋めつくされたような巨大企業も生まれたが、早くも主流の座を離れようとしている。巨大な低賃金労働力の農村を都市の背後に控える中国といえども、労働力不足になっている。人海戦術型の巨大工場は再編され、ヴェトナム、ラオス、アフリカなどさらなる低賃金労働力の雇用が期待できる地域へと移転している。巨大工場ビヒモスの衰亡は明らかだ。短い期間に巨大企業にまで急成長したアリババの会長が、突如として辞任したのも、その成長力に限界を感じたためともいわれる。同会長の話では100万人の雇用などといってもとても考えられないという。製造業、サービス業を問わず、1社で大きな雇用を生み出すことは不可能に近い。大規模工場システム終演のあとにはいかなる産業イメージが描けるだろうか。
次世代の企業イメージとはいかなるものか。筆者にはいくつかのイメージが浮かぶが、しばらく宿題としよう。
★本シリーズのひとつ材料となった Joshua B. Freeman, BEHEMOTH: A History and the Making of Modern World, Norton, 2018.は第一次産業革命の発生とその後の展開を興味ふかい筆致で描き出している佳作である。
続く