予想通り、アメリカ大統領選の大きな論点として「移民政策」が前面に出てきた。しかし、各候補ともできれば自分の側からは触れたくないというところがポイントであり、これからの選挙戦での見所である。
今回の大統領選で、これほど対応が難しい問題はないと密かにいわれてきた。ヒラリー・クリントンの支持率が最近、急に伸び悩んだ原因のひとつも、不法移民に自動車運転免許を付与するか否かの質問に、直裁な答ができなかったことにあったとされる。選挙戦という異様な雰囲気では、分かりにくい論理は通用しないのだ。
共和党候補の間でも微妙な差異があることは以前に記したこともある。とりわけ、不法移民問題をめぐるミット・ロムニーとルディ・ギウリアーニの間での議論が象徴的である。
ギウリアーニはニューヨーク市長の時、同市を不法移民を認めない「聖域(サンクチュアリー)都市」とするとしていたが、ロムニーはこれを批判してきた。他方、ギウリアーニはロムニーが自分の邸宅の庭を整備する会社の庭園師に不法移民を雇っていたことを問題とした。ロムニーは「変なアクセント」の労働者がいたとしても、ひとりひとり移民としての合法性を確かめるわけには行かないと反論した。これだけ見ると、まったく子供じみた議論だが、選挙民の動向にかなり直接にリンクしているので、軽率に扱うと命取りになりかねない危ない要素を含んでいる。選挙対策上は細心の注意が必要なテーマとなり、どの選挙参謀も頭を痛めているようだ。
初めて浮上した問題
これまで移民問題が大統領選挙の問題となったことはない。ブッシュ対ゴア、ブッシュ対ケリーの時もほとんど議論にならなかった。最後まで両者共にこの点に触れるのを避けていたようだ。しかし、いまや1200万人近い不法滞在者と年間50万人くらいの不法入国者のフローがあり、その動向はいずれの候補者にとっても到底無視できない問題となった。最初の選挙区となるアイオワ、ニューハンプシャー、サウス・カロライナなどにもヒスパニック系住民が増加している。
それと共に、グローバリゼーションの展開がもたらす結果についての不安が拡大し始めた。気がついてみると、アメリカ国民の買っている商品の多くが「メイド・イン・チャイナ」になっている。こうした中で、移民の急増と「壊れた国境」へのポピュリスト的反発が高まってきた。
アンビヴァレントな移民への感情
移民で国家を形成してきた歴史を背景に、多くのアメリカ人は、不法移民にアンビヴァレントな感情を抱いている。移民に友好的な国としての母国への誇りがある反面で、法治国家の維持と(低賃金でも働く)移民の経済への影響を憂慮している。
現在の段階で、各候補が移民政策にいかなる考えでいるか、メディア*の報じるところにしたがって、簡単に整理しておきたい。いわば、現時点のスナップショットである:
民主党候補は、ブッシュ政権下では成立しなかったが、「包括的移民改革」の路線を支持することで一応首尾一貫している。どの候補もその原型となったマッケイン=ケネディ法案を支持する姿勢は維持しているようだ。しかし、各論に入ってくると、微妙に異なる。各候補とも、答え方いかんでは、この問題が大きな「ネズミ捕り」となりかねないことを感じている。
候補の中では、オバマとリチャードソンだけが不法移民に自動車運転免許を与えることに賛成を表明している。クリントンは一時は口ごもった内心の葛藤を、免許を与えないという線で整理したようだ。
共和党候補の主流も、一応は「包括的」移民改革を支持しているかのようだが、これも候補ごとに微妙な差異を見せている。その中で、ジョン・マッケインだけは民主党のジョン・ケネディ議員と共同で改革法案を支持した立場から、方向ははっきりしている。
これに対してロムニーは、法案に含まれる1200万人の不法移民を本国送還できるとの考えを非現実的と嘲った。ニューヨーク市長をつとめたギウリアーニは、現行連邦移民法は厳しすぎ、公正を欠くと批判している。
人種別にみると、ヒスパニック系(ラティーノ)はアメリカで最も増加している選挙民のブロックだ。彼らの支持を失うと、共和党は2004年、ブッシュが獲得したフロリダ、アリゾナ、ニューメキシコ、ネヴァダ、コロラドという5つのラティーノ優位の州を失い、敗退することになりかねない。
急速に支持率を高めているアーカンソ知事、マイク・ハッカビーは不法移民の子供たちには安い授業料で州の教育を行えとの要求を支持し、ラティーノと他の住民からの批判の矛先をかわそうとしている。テネシー州の上院議員は、農業労働者向けのヴィザ発行数を増やすことを要求している。これらは、それぞれ地元選挙区対策であることはいうまでもない。
強い制限指向
最もはっきりと「制限主義者」の立場を標榜しているのは、知名度のないコロラド州の共和党下院議員トム・タンクレドで、不法滞在者1200万人を送還する移民改革案を提示している。彼は移民政策を選挙キャンペーンの中心に置き、テロリズム、ギャング・暴力と不法移民とをリンクさせる単純な論理を展開している。大分無理なな発想だが、タンクレドは共和党支持者が内心考えているが口にできないことを代弁しているともいえる。自分が大統領候補になる可能性はほとんどないことを読んでいるから言えるのだろう。
彼はマッケイン議員の包括的移民改革法案をもっと厳しい内容に転換させるべきだと主張している。それは700マイル(約1300キロ)の障壁を国境に構築しようとするもので、共和党員の間には密かに支持する者も多いらしい。
ロムニーの立場はあいまいだ。彼はタンクレドの考えに一部同調し、自分のライヴァル候補、とりわけギウリーニとハッカビーは移民にソフトだと攻撃している。ギウリーニは国境の安全保障を強調し、ハッカビーは「安全なアメリカ・プラン」を提唱しているが、内容が伴わず説得力は弱い。
従来の移民政策のつながりでは、トンプソン議員のように不法移民を雇用する使用者を罰する政策をさらに強化すべきだと主張する者もいる。マッケインでさえも、移民に対する対応を以前よりは硬化させている。しかし、彼は党員には、ラティーの選挙民を意識して、移民を悪しきものと表現しないよう警告している。
地域にかかる大きな負担
不法移民は、アメリカの病院、学校、監獄などに大きな負担となっている。たとえば、カリフォルニアの監獄には約1万人が収容されている。 グローバリゼーションへの懸念も民主党のコアであるブルーカラーと黒人の間に強い。国内労働者のある部分は、不法滞在者と雇用や賃金面で競合するところもある。
カリフォルニアでは、子供の70%以上がヒスパニック系となった都市の学校から逃げ出して、英語で授業が行われる私立学校か、郊外の学校へと転校する者も現れている。
自動車運転免許問題はとりわけ民主党にとって危険だ。最近行われたある世論調査(Los Angeles Times/Bloomberg poll)では、回答者の22%しか不法移民に運転免許を付与することに賛成していない。ニューヨーク州知事のエリオット・スピッアは免許付与に支持を表明したとたん人気低落、退却した。
不法移民問題は、大統領選の過程で今後頻繁に登場し続けるだろう。いかに寛容といっても、1200万人もの不法な滞在者を放置してはおけないからだ。しかし、現在の候補者の対応からみるかぎり、抜本的解決は示されていない。政策の実現可能性まで踏み込むと、泥沼に落ち込みかねない。メディア*が指摘するように、「問題をそっとしておくという政治家たちの対応は別に驚くべきことではない。しかし、選挙民がそうさせてはおかないというのも当然」のことだ。
* ”No wonder:Cooking up a row.” The economist December 15th 2007
CBS TV、December 20、2007.