Colson Whitehead, The Underground Railroad, Fleet, 2017, cover
コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」表紙
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2017年のピュリッツァー賞(フィクション部門)の受賞作のリストが先日書店から送られてきた。見ていると、アメリカ奴隷制度廃止前、南部プランテーションから自由な北部諸州へ逃亡を図る奴隷(逃亡奴隷)をテーマとした作品であることが分かった。筆者の関心領域でもあり、直ちに入手、早速、最初の部分を読み始めたが、その圧倒的魅力に引き込まれ、止められず一気に読んでしまった。
大統領も読みたかった本
オバマ前大統領も直ちに読み、 ’Terrific’ (素晴らしい)と絶賛したと言われる。トランプ大統領も夏の休暇に読みたい本のリストに入れたとホワイトハウスが公表したが、メディアは好みと違うのではと、からかったようだ。
アメリカの奴隷制度とその廃止に至る過程は、今日まで根強く国民の心にさまざまな影を落としている。アメリカという国の精神構造の奥深くに入り込み、刻み込まれて消え去ることはない。とりわけ、アメリカの北部と南部には、さまざまなレガシー(歴史的遺産)が根強く残っている。トランプ大統領の”白人至上主義”と言われる考えや発言はメディアの大きな話題となってきた。これもアメリカの建国過程における歴史的出来事の現代における反映の一面と言える。南北戦争をめぐる傷跡は今でも北部人と南部人との間に深く、広く残っている。
筆者は子供の時、ストウ夫人の「アンクルトムの小屋」を読み、大きな感銘を受けた。影響は消えることなく、その後、関連してフォークナー、スタイロンなど南部小説と言われるカテゴリーの作家にも強い関心を抱いてきた。
「地下鉄道」の深い含意
The Underground Railroad 「地下鉄道」という題名を見て、これがアメリカの奴隷制度に関わる小説と分かった方は、かなり奴隷制度の歴史に通じた方である。The underground (地下鉄道)とは、19世紀アメリカにおいて、奴隷制度が認められていた南部諸州から、奴隷制度が廃止されていた北部諸州、時にはカナダまで逃走する奴隷を支援した奴隷制度廃止論者 abolishonists や北部の市民たちの組織、そしてそれらに支えられた逃亡経路のことを意味している。逃亡奴隷の逃亡経路を確保し、隠れ家や食事などを支給するため、一種の秘密組織も形成されていた。自由を賞賛し、高揚する思想の具体的姿として、アメリカの黒人の歴史においても、特別な意味を持っている。
ストーリーは南部奴隷州ジョージアの過酷なプランテーション主の横暴・被虐から逃げ出した奴隷(逃亡奴隷)がたどる物語である。
コルソン・ホワイトヘッドはすでに文壇で名声が確立された作家であり、本作はアメリカ南部作品史上にその名を残す重要な著作となるだろう。作品の内容と意義についてはいずれ改めて記すことがあるかもしれない。現代のメキシコなど中南米諸国からの不法移民の運命に通じるものもある。
オバマ大統領がアメリカの知性と讃えた人
ホワイトヘッドの「地下鉄道」は小説である。しかし、最近の南部諸州における独立戦争当時の南軍将軍の銅像撤去騒動などを思い浮かべながら読むと、迫力に満ち、最後まで一挙に読み通したい素晴らしい小説だ。
この作品を読みながら筆者の念頭に浮かんだのは、アメリカの優れた歴史家 David Brian Davis(1927- ) デイヴィッド・B・デイヴィス教授のことであった。教授は1967年のピュリツアー賞(歴史部門)の受賞者である。
David Brion Davis, The Problem of Slavery in Western Culture, Penguin Books, 1966.
, 2017
アメリカ屈指の歴史・思想家であり、とりわけアリカの奴隷制度撤廃の歴史とそれがアメリカ及び西欧文明に与えた影響を深く追求した。ピュリツアー賞を始めとする数多くの賞を受賞している。最近では、2014年にホワイトハウスにおいてオバマ大統領から極めて名誉ある国家人文メダル the National Humanities Medal を授与された。
メダル授与の式典で、オバマ大統領は「我々アメリカ人の誤った歴史観を正し、現在でも半分はほとんど奴隷制、半分は自由制度を抱え、十分に統合できぬままにいるにもかかわらず、自由の理念の上に築かれたこの連邦(アメリカ合衆国)の矛盾に見事に光を当てた」として、同教授のこれまでの功績に最大限の賞賛の言葉を述べた。さらに「同教授のアメリカという国の奴隷制度とその廃止に関する研究は、我々の時代における道徳上の進歩を継続するについて大きく貢献した」と絶賛した。オバマ大統領は、特にその背景からしても、デイヴィス教授の著作や思想から強い影響を受けたものと思われる。
実は以前にブログにも記したが、筆者はデイヴィス教授と対面で親しくお話を伺う機会があった。今となってはほとんど奇縁とも言えるが、半世紀前の1967年のことであった。デイヴィス教授はこの年から遡る14年間、コーネル大学院の歴史学部教授であった。
1967年、教授がピュリツアー賞を受賞してまもなく、筆者の指導教授であったMFN教授がデイヴィス教授夫妻と未だ大学院生であった私を自宅のディナーに招いてくださった。アメリカの北東部から南部への繊維産業の地理的移転を研究課題として調査し始めた私に、アメリカの奴隷制度廃止の歴史とその後の精神的レガシーについて、今や時の人となったデイヴィス教授から直接話を聴くという機会を準備してくれたのだった。教授はその後イェール大学に移られたが、筆者にとっては終生忘れがたい時となった。デイヴィス教授は今年90歳を迎えられたが、改めて深い感謝の念を持って、さらなるご長寿をお祈り申し上げたい。
References
David Brion Davis, The Problem of Slavery in Western Culture, Penguin Books, 1966,1967
Colson Whitehead, Underground Railroad, Fleet, 2017