Ernst Ludwig Kirchner, Friedrichstrasse, 1914, Staatsgalerie Stuttgart #
ヨアヒム・フェストの『ヒトラー最後の12日間』を読んだ友人と感想を話す機会があった。ゲッべルスについての話から、たまたま20世紀前期の画家エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー(Ernst Ludwig Kirchner, 1880-1938)に話が及んだ。実はこの退廃的印象を与える画家は、かなり私の脳裏に深く食い込んでいた。そして、ヒトラーと画家のつながりにも改めて気づかされることになった。
ゲッべルスについての記憶は、おそらく最初は父親の書斎の一隅にあった『宣伝の威力』を覚えていたことくらいから生まれたのだろう (残念なことに処分してしまって、現物が手元にない)。とはいっても表紙のデザイン(お定まりのハーケンクロイツがあったと思う)以外に内容はほとんど記憶がない。その後、ヒトラー、第三帝国などに関する書籍を読む間にかなり知識が蓄積されてきた。 (映画「ヒトラー最後の12日間」のゲッべルスのイメージは、少し違った。もっと雄弁ではないかという先入観があった。)
ヒトラーと退廃芸術展
当時、ドイツ第3帝国宣伝相であったヨゼフ・ゲッべルスはヒトラーの意を受けてか、1937(昭和12)年6月、プロイセン美術院総裁アドルフ・ツィーグラーに《退廃美術(堕落した美術)》を美術館から没収し、それらをまとめて公衆の目に曝すための展覧会を開催するよう委嘱した*。
これに先立って強行された1933年5月10日ベルリンをはじめとする大学都市で反ドイツ的とナチスが看做した書物を燃やした悪名高い《焚書事件》が、いよいよ美術作品にも及んできたのだ。ナチスによって《退廃美術》の烙印を捺された美術はキュビスム、ダダイズム、表現主義、抽象、シュルレアリスムなど近代美術全般に及んだ。ゴッホの自画像やピカソ、クレー、エルンスト、カンディンスキーなど近代美術の先駆者たちの多くの作品が含まれていた。
キルヒナーの生涯
年譜によると、キルヒナーは1880年、ドイツのアシャッフェンブルクに生まれた。1901年、ドレスデン工科大学で建築を学んだ後、1903年から1904年にかけてミュンヘンで美術を学んでいる。1905年、ドレスデンにてヘッケル、シュミット=ロットルフらと画家グループ「ブリュッケ」(「橋」の意)を結成した。「ブリュッケ」の画家たちは、共通の表現様式や主義をもっていたわけなく、従来のアカデミックな芸術に反抗する若手画家の集団であった。
キルヒナーは1911年、他の「ブリュッケ」の仲間らとともにベルリンに移住し、1912年には、カンディンスキー、マルクらの結成した「青騎士」グループの展覧会にも出品している。「ブリュッケ」には後にエミール・ノルデらも誘われて参加するが、1913年には解散した。(カンディンスキーとのつながりもここで分かった。)
キルヒナーは第一次世界大戦に参加するが、神経衰弱がひどく除隊になり、フランクフルト近郊のサナトリウムで療養生活を送った。大戦後も制作活動を続けるが、1930年代半ばからは心身の衰弱がさらに激しくなった。自分の作品が「退廃芸術」とされたことにもショックを受け、1938年に自ら命を絶った。
作品との出会い
キルヒナーの絵と最初に出会ったのは、記憶が定かではないが、1970年代初めのニューヨーク現代美術館かベルリン(現在のNeue Nationalgalerie)ではなかったかと思う。好きな絵画ではないが、第一印象は大変強くかなり後まで残っていた。比較的足繁く通ったグッゲンハイム美術館でよく見たカンディンスキーと似たところがあるという印象もあった。 強烈な原色が使われ、その独特なイメージとともに、当時のドイツ社会の不安と退廃を象徴的に示していた。一見して時代の不安が伝わってくるような感じを受けた。(キルヒナーの若い頃の写真をみると、神経質そうでニヒルな感じもする。)
その後、特に意図したわけではないが、キルヒナーの作品とはさまざまな機会に出会った。最近かなりまとまった形で作品を見たのは、お気に入りのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで 「キルヒナー:表現主義とドレスデン、ベルリン 1905-1918」 Kirchner: Expressionism and the City Dresden and Berlin 1905-1918 と題して、2003年6月から9月にかけて、イギリスで最初となる大きな展覧会 Exhibition が開催された時であった。この展覧会については、長くなったので別に記すことにしたい。
Reference
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関楠生『ヒトラーと退廃芸術---〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』(河出書房新社、1992).
Jill Lloyd (Editor), Magdalena M. Moeller (Editor) Ernst Ludwig Kirchner: The Dresden and Berlin Years , The Royal Academy, 2003.
Norbert Wolf. Ernst Ludwig Kirchner 1880-1938, On the Edge of the Abyss of Time, Koln:Taschen, 2003.
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エーバーハルト ロータース (編集), Eberhard Roters (原著), 多木 浩二 (翻訳), 梅本 洋一 (翻訳), 持田 季未子 (翻訳) 『ベルリン―芸術と社会 1910‐1933』
ちなみに本書の表紙には、キルヒナーのこの作品が使われている。
Exhibition
Kirchner: Expressionism and the City Dresden and Berlin 1905-1918
http://www.royalacademy.org.uk/?lid=933