大前研一氏は言う。
今の社会の中核を担っている世代は、水をブグブグ含んだスポンジみたいなもので、溢れるような情報に浸されながらも、自分の中に新しいものを吸収するという「渇き」がないのである
『プレジデント』(2007.3.19)
時々、自分でも思う。
情報の海の中にどっぷりつかり、脳や身体が目一杯で実際の動きが逆に鈍くなるような状態…
これは完全に飲み込まれていると思いつつ、なかなか抜け出せずに漂っているのが現状か。
教えられた答を覚えて吸収するという習慣を、自ら受けた教育の中でしっかり身につけたからなのだろうが、急激に拡大する情報量の多さの前では、それがかえってあだになる。
ここに、例えば「選択」といったキーワードの重要性があるのだが、まず今はそれ以上に情報の海面に出るという努力が必要だ。
では、どうすればいいか。
情報の遮断か。
それも一つの手ではある。
しかし、思い切った遮断や制御を行うためには、生活全体の見直しも必要だ。
スポンジを乾かすためには、吐き出す以外に手はないだろう。
アウトプットか。
情報を加工し、自らの発信によってスポンジを絞り乾かし「渇き」につなげていく。
今、海面に出るためには、それしかないようだ。
今の社会の中核を担っている世代は、水をブグブグ含んだスポンジみたいなもので、溢れるような情報に浸されながらも、自分の中に新しいものを吸収するという「渇き」がないのである
『プレジデント』(2007.3.19)
時々、自分でも思う。
情報の海の中にどっぷりつかり、脳や身体が目一杯で実際の動きが逆に鈍くなるような状態…
これは完全に飲み込まれていると思いつつ、なかなか抜け出せずに漂っているのが現状か。
教えられた答を覚えて吸収するという習慣を、自ら受けた教育の中でしっかり身につけたからなのだろうが、急激に拡大する情報量の多さの前では、それがかえってあだになる。
ここに、例えば「選択」といったキーワードの重要性があるのだが、まず今はそれ以上に情報の海面に出るという努力が必要だ。
では、どうすればいいか。
情報の遮断か。
それも一つの手ではある。
しかし、思い切った遮断や制御を行うためには、生活全体の見直しも必要だ。
スポンジを乾かすためには、吐き出す以外に手はないだろう。
アウトプットか。
情報を加工し、自らの発信によってスポンジを絞り乾かし「渇き」につなげていく。
今、海面に出るためには、それしかないようだ。