すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

伴走者の見る風景

2015年06月02日 | 読書
 【2015読了】51冊目 ★★★
 『いつもいいことさがし』(細谷亮太 暮しの手帖社)


 副題は「小児科医が見た日本の子どもたちとおとなたち」。
 聖路加国際病院副院長という肩書を持ち、文筆家、俳人としての顔もあるらしい。
 押しつけがましさを感じない文章から、人柄が想像できる。
 今、小児科が置かれている現状を時々見聞きしたりするが、こうした本の普及によって何かしら改善がされるとすればいいなあと願う。

 いくつか提言めいた文章をメモしておく。同じ子どもを対象とする仕事につく者として、心に留めたい考えである。

 P53 好き嫌いをなくすこともとても大切なことですが、それよりも、その日の給食で食べるものについて、何か子どもたちに語りかけようとしてもらえば…

 「この○○、大好きなんだよ」「昔の△△は、こういう味しなかったなあ」などという声が出される教室は、今どれほどあるだろうか。自分もそんな言い方はできなかった。
 しかし「食」の場面こそ、人間味が出てくることは本当だと思う。


 P60 戦後の教育のなかで、あまりに画一的にチャレンジ文化を教え込まれた私たちに、今、伝統のあきらめの文化を見なおすべきときが訪れているように思えてならないのです。

 「あきらめの文化」とは、深いところを考えさせてくれる。
 分を弁えて、分相応、という言葉をよい響きととらえることも可能だ。しかし具体的に何をあきらめて、どうするかは、


 P96 日本人は自分の意見を言わないというのが、今までの定評でした。でも人の話をいっぱい聞いて、自分なりに「物語る」下地ができていたのです。

 「聞く」という行為が、意義づけ意味付けのために有効な働きをするものだと知らされる。そして、物語る内容と関わらせる方法について、もっと細かく明らかにすることが大事であると気づかされる。


 小児科医は、時に難病の子の伴走者であり続けなければならない。
 小児がんの専門家である著者は、その体験が豊富だ。
 伴走者とは、常に対象に寄り添うべき精神と体力を持ってなければならない。その著者が昨今の「おとなと子ども」を見て、こう断じていることは重く受け止めなければならない。

 P257 昔からおとなと子どもの暮している空間と時間には重なる部分がたくさんありました。しかし区別されている部分もきちんと存在していたはずです。現代の日本ほど全く同じ情報にさらされながら、同じ時間をおとなと子どもが過ごしているところは世界中探してもいないと言ってもいいと思います。