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不便益こそ文化の本質

2017年10月28日 | 読書
 「不便益(ふべんえき)」という言葉を初めて見た。調べてみると「便益」は辞書に載っていて、簡単にいうと「便宜と利益」らしい。通常は「便利」ということになるか。この不便益を「楽しくいいこと」として提唱している研究室が京都大学にある。その代表である川上浩司教授と対談した評論家山田五郎のことば。

Volume84
 「人間、基本的に食って寝て死ぬだけですよね。そのあいだの時間をどうやってつぶすかが文化だとしたら、文化の本質は時間を短縮する便利さや合理性ではなく、むしろ引き延ばす不便さや非合理性にある」


(UGO 2017.10.26②)

 「便利さが人間を駄目にした」という言い方はよくされるが、だから何かが進むわけではない。その意味で「不便を楽しむ」手立てをいくつ持っているか、それを問うた方がいい。「不便益」をもとに様々に開発されるものは、「あえてひと手間かける」というコンセプト。その手間を楽しくさせる工夫に満ちている。


 「不便なトング」「カスれるナビ」「刻印のないキーボード」…自分の思い通りにいかない、スピードでなく偶然に頼る、微妙な間違いを直す必要がある…言うなれば「面倒」な作業をすることによって生まれる「何か」をどれほど楽しめるか。心の持ちようとしては、能力を実感、向上させる手立てととらえることだ。


 教育にとっても重要なことではないか。「不便だからこそ創意工夫する」という体験がどんどん失われている状況は、拡大する一方だ。意図的に「不便を取り入れる」という発想を持たないと「力」は育たない。試されるのは大人の工夫と忍耐か。世の中全体に「不便益」がもう少し浸透することが下地を作ると思う。