すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

蔵拙から、蔵出しへ

2019年06月03日 | 読書
 森鷗外はその経歴を見ただけで天才だとわかる。その作品に親しみはないが、漱石同様少し人間性の部分には興味が湧く。お手軽そうな一冊があったので、手に取ってみた。編者のいつも通りの解説は楽しい。ただ、鷗外の考え方そのものは、明らかにその時代を背負ったように感じられ、自分の袋に入るかどうか…。


2019読了55
 『森鷗外 生き方の「知恵袋」人生論ノート』(齋藤孝・編 三笠書房)


 典型的なのは第一章1の「『自分の評価』を高める賢い方法」だ。次のように端的に記されている。「世間に対して『自分の長所』を、『機会あるごとに』、『過不足なく』、『見せつける』こと」…ビジネス雑誌に書かれてあっても納得できることだ。今風に言うと、自分の強みを場を捉え工夫しながらアピールすることだ。


 自分の長所に絶対の自信を持って行動することを強調するが、「ただし」とつなげてこう言う。「『自分の短所・欠点』は、絶対に見せてはならない」…ここに違和感を持つのは、時代の違いだろうか。上意下達、命令重視の中では当然かもしれない。しかし今の世の中ではどうだろう。管理者ならある面必要なことだが…。


 協働としてお互い弱味を見せ合いながら作りあげる姿勢が強くなっている気がするし、自己開示を躊躇わない社会を構築していくべきだろう。本に「蔵拙(ぞうせつ)」という言葉が示されている。短所・欠点をわざわざ人目にさらす必要がないという意味だ。その有効性は一定認めるにしても、今は「蔵出し」の時代だ。


 出版界に「〇〇力」を流行らせた一人は間違いなく編者だ。ここでも巻末の解説で、面白い名づけを登場させる。それだけで鷗外の骨格が想像できる。「のみ込み力」「処世力」「増築力」…編者は鷗外が「心の消耗」を防ぎ、安定した生活を心掛けてきたと評価する。天才の本質は、些末に見える問題対応にこそあるか。