すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

わたしも「羽後の子ども」

2019年06月22日 | 教育ノート
 年度当初からやってみたいと考えていた展示物を、ようやく並べることができた。これは元号が替わると聞いてから、なんとなく頭にあったことだ。学校に勤めていた間、長く地域文集づくりに携わったが、その一つに『羽後の子ども』がある。町内の小中学生の作文・詩を集約して46号まで続き、3年前に休刊した。



 その文集を平成元年の分から最終号まで陳列し、手に取って読んでもらいたいと考えた。事務的な手続きが滞ったのか、いくらか欠けている号があり、収集に若干戸惑ったが、どうにか揃った。ざっと目を通しながら各年代から作品を拾い数点展示してみた。当時の写真もカット代わりに使い、コーディネートした。


 元年は第20号である。ちょうど私が実務担当をしていた。記念号としてこの文集を立ち上げた先輩諸氏に寄稿していただいている。文集づくりを教育の有効な方法として機能させていたかつての教師たちが、それぞれの思いを吐露させている。そして、あとがきを記した自分の文章は、危機感と焦燥にあふれていた。



 「今必要なのは心がけやスローガンではない」「意味のない忙しさや形式を打ち破る」などと言った気負った文章は、今読むと赤面の至りである。自分としてはその後も「書くこと」は実践の中核でもあったが、年ごとに地域文集の意義が薄くなっていく様を、なすすべもなく見つめていたというのが正直なところだ。


 それにしても町の子の文章を年に一度集約する大切さは多くの教員が認識していたのだと思う。学校統合が進むまでは継続できた。紙面活字が徐々に廃れゆくなかこの営みの持つ意味を問い直したい。文集として形づくる意味は、一つには時が経ち文章を読み直したとき、きっと何かが立ち上がってくると信ずるからだ。


 偶然だったか必然だったか、最終号に巻頭言を書く役目を果たした。綴ったのは「子どもの生活、子どもの時間」と題した駄文。私たち大人はそれらを保障しているだろうかと提起した。文集から読み取れる子どもの姿に、何を感じ、どう働きかけていくか。読み手の「その時」が問われ、「今」が問われてると思う。