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マイフレンズ(笑)に訊いてみた

2019年06月10日 | 雑記帳
 電子辞書愛好者であることは何度も書いた気がする。自宅、職場、バッグと常時3台稼働させている。これらのマイフレンズに訊いてみたい語に今日も出会った。「室礼」…地元新聞の広告誌に載っていた。「しつらい」と読み、意味も「感謝、祈願、もてなしの心を物に寄せて思いを形に表すこと」と記されている。


 「しつらえる」という語はわかる。だから「しつらえ」だと思っていたが「しつらい」か。ここでフレンズの出番。「しつらい」の見出し語としては「設い」が載っていて「室礼」は当て字とされている。ただ歴史大事典にはその漢字が載っており、平安時代には「調度品による室内の仕切り」を表わしていたようだ。


 「」という漢字を使い「しつらう」意味にしたことは、全体的な気配りをする我が国のイメージが湧いてくる。さて、昨日地元が一つの舞台となっているドキュメンタリーの上映会があり参加した。鎌鼬美術館と関わり、当然モチーフの一つに「舞踏」があるわけだが、映画や話を聞いて改めてこの語が気になった。


 広辞苑によれば、「①舞踊(ぶよう)。主に明治時代、ダンスの訳語として用いられる。現在は前衛舞踊などで使用」とある。確かに舞踏会という語は歴史的な響きで捉えられ、現在は普通の踊りの場を、舞踏と呼ぶ者はいないだろう。広辞苑には「手の『舞』と足の『踏』とを合わせた語」と成り立ちも記されている。


 とすると、他の踊りと比して強調されるのは「」。つまり足である。西洋のダンスに象徴されるのは、伸びやかな自由への憧れが強いような気がする。しかし日本やアジア諸国の踊りに頻繁に感じられる、一種の土地信仰、自然崇拝はやはり足の飛翔にはそぐわない。「踏」という祈祷や呪縛の証しなのかもしれない。