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常套句は内なるコミュニケーション

2020年01月15日 | 雑記帳
 今年も大相撲が始まった。前場所終了後の桟敷席確保はことごとく外れてしまい、結局初場所もTV中継で我慢することになる。その観戦も孫の観るEテレと重なるのでじっくりも出来ない。まあ、ほどほどの範囲内で観ていこう。上位休場なしに開けた場所は、波乱の滑り出しとなった。面白くなる予感がする。


 金星などを上げたときにインタビューがある。だいたいいつもこんな感じだ。

------- おめでとうございます。今日の取り口では、最初に押し込まれた時、よくしのぎましたねえ。
「よく体が動いてくれました。気持で負けないように攻めました。」

-------- これで連勝ですが、明日以降どんな点を意識していきますか?
「いや、一日一番という気持ちで、頑張ります。」

--------- 今場所はこのあとも上位力士との取組みもありますが、いかがですか?
「思い切って、自分の相撲をとるだけです。」


 昔は息を弾ませるだけで喋れなかったり、ほとんど「はいっ」ぐらいしか話さなかったりする力士もいた。今はかなり饒舌な者もいる。しかし、多いのはやはり常套句を使うパターンだ。「よく体が動いてくれた」「一日一番」「自分の相撲」…これらに、大相撲の勝負の特性がよく表れていると言っていいかもしれない。


 「一日一番」…この当たり前の四字熟語は、勝ち負けにとらわれず目の前の相手に集中する心構えのことだ。以前からあったが貴景勝がよく使ったので流行った?感じがする。その場へ向かって「自分の相撲を取る」…これは得意な態勢、攻め口にもっていこうとする技術的な要素が入る。だから立ち合いが鍵となる。


 「よく体が動いてくれた」という表現は、直接的には反応の良さを示すが、体調や気力と関わり合う。そして場所前の稽古と結びつく点が多い。常に故障部分を抱える力士が多い中で、これらの常套句を口にできる自信は褒め称えられるべきかもしれない。個人競技は自らの中でコミュニケーションを展開させている。