和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

さばさば。

2009-05-11 | 幸田文
露伴先生が京都大学講師を辞任して、東京へ帰ってくる。
京都のおみやげは、なんだったか?

瀬沼茂樹氏との対談は、こうはじまっておりました。

【瀬沼】露伴先生が明治41年に、京都大学に招かれて一年間行かれていたことがございましたね?
【幸田】ええ、それがあったために、あとで、『関東の女は』というので、だいぶしかられました。豆を煮ることも、芋を煮ることもできねえのが関東の女でね、と。
【瀬沼】だんだん、江戸の、東京のほんとうの下町の人が減ってしまって、いまの東京人はほとんどが他国人ですから、自然な、江戸の女の考え方、男の考え方がよくわからなくなっていますね。端的には、いまおっしゃったようなことでいわれたと思いますが、それでは関西の女はどうかということは・・・?
【幸田】父が関西の女をどう思っていたのか知りませんが、父にしかられることによって、関西の女というのは、たいへん優れているんだという、コンプレックスみたいなものは、知らされました。・・・・気持ちがひたひたしているというんです。いまはそういう形がよくわからなくなってますけど、私どもは武蔵野の野っ原育ち、野放図ですから、それがいけない。昆布ひとつ煮ても、豆ひとつ煮ても、せっかちで出来が悪い。するとその実際をふまえて、「それみろ」とやられる。
  ・・・・・・・・・・
【瀬沼】しかし、関東の女性というのは、さばさばした気性の強いところが、逆にまた好きだという人も多かったわけでしょう。
【幸田】父のことを好く男の方というのも、やはりそちらの地方にないものをもっている性格やら特徴を喜ばれるからでしょう。


こんな感じで対談ははじまっておりました。この対談では、あの「鰯の話」が出てきたりして興味深いのでした。( 「幸田文対話」岩波書店 )

対談といえば、「幸田文 台所帖」(平凡社)に
こんな箇所があります。

それは辻嘉一氏との対談でした。

「なんだかこのごろ舌が老いてきたような気がしましてね。それは味のことばかりでなく、言葉でもわかります。声も言葉もやわらかにでてきてくれません。そうでなくてもこのごろはデスデスでお話ししましょう。そのデスというのは強くきこえる言葉だから、その上、舌の先がかたくなっていると思うんです。人さまに悪い感じで聞こえやしないかという気がしますね。・・・」(p66)


ここにデスというのがでてきております。
ほかのところでも、たしか対談だったと思いますが、
デスについて話しておられたのですが、ちょっと、
どこにあったのか探せない(笑)。
みつけたら、そのときに、ここへと記載しておきます。
コメント
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