和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

露伴と本と水。

2009-05-13 | 幸田文
「本の話が出ましたが、文さんの『みそっかす』に、大川の出水のエピソードがありますね。蝸牛庵が水に浸かり、叔母様のところに預けられて帰ってみると、露伴は本を干している。酒を呑みながら頁を一枚一枚はがしているという話が出てきます。露伴は非常に書物を大事にされ、それこそ古今東西の様々な書物を収集されていた。しかし、あの出水以降は収集ではなく、むしろ自分の記憶の中にすべてを蓄積させていくという方法に変わったのではないかと、実際に作品に時期を重ねてみて、そんな気がしたのですが。・・・・」

これは青木玉対談集「祖父のこと 母のこと」(小沢書店)での小森陽一氏の言葉(p156)。

そういえば、松山巌の「掃除の仕方について」は、こうはじまっておりました。
「中学のときだったと思うが、国語の読本のなかに載っていた、幸田文の短いエッセー『水』にびっくりした覚えがある。」(p210・「幸田文の世界」翰林書房)

その「みず」というエッセーはどうはじまっていたかというと、
「水の掃除を稽古する。『水は恐ろしいものだから、根性のぬるいやつには水は使えない」としょっぱなからおどかされる。私は向島育ちで出水を知っている。・・・・」

ところで、松山巌氏との対談で、青木玉は台風の時の父娘孫の三人の様子を語っております。そこも引用しておきましょう。

「台風が来て雨戸持ってかれそうになって、それ押さえながら『理の当然』を説くんですからね。二階の雨戸持ってゆかれそうになって、そこから風が吹き込んでる。運の悪いことに祖父の書物のある部屋の前の雨戸だったんですよ。『あっちを押さえろ』『こっちを押さえろ』、大変な騒ぎ。その時に祖父、『そっちをそう持ち上げて、こっちをこうやって持って』って云って、父娘孫三人で濡れねずみになて雨戸を抱えて大騒ぎした憶えがある。母は母で反対側を一生懸命になって持ってるんでしょ。どう考えたって滑稽です。バカ真面目だったと思いますねぇ。・・・」(p78・青木玉対談集「祖父のこと 母のこと」)
コメント
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