和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

履物屋。

2009-05-21 | 幸田文
林えり子著「東京っ子ことば抄」(講談社)には、
「東京っ子ことばの親玉は幸田文」と題する文が載っております。
そこに、「まじりっけなしの東京っ子といえば、すぐに思い浮かぶのが幸田文であった」とあります。ちなみに林えり子は、どんな方なのか。こうあります。「私自身、ふた親が東京っ子、その上の祖父祖母も東京生まれ、その先もたどってみると宝暦期の刊本にひょっこり顔をのぞかせている先祖がいたりする家に生まれ育ち、いうならば江戸語東京語しか知らずに成長してきた。」

そして、こう続けております。

「かく言う私にしてからが、東京語を忘れつつあるうえ、先輩の東京っ子ことばがわからないという不明をさらさなくてはならないのである。その恥をしのんで、以下の作業に取り組んだことをあらかじめお断りしておこう。東京語の探索は、いろいろな方法があると思うが、生粋の東京人が書き残したものに当たるというが順当であろう。まじりっけなしの東京っ子といえば、すぐに思い浮かぶのが幸田文であった。幸田露伴の次女である。露伴は『お城坊主』として江戸城に勤めていた幕臣の家の出、江戸っ子以外の何者でもない。文の母は、日本橋の材木商の娘で、まちがいのな江戸娘である。」

おもしろかったのは、
林えり子氏が幸田文の東京語を分類しているのでした。
その分類法がふるっておりまして、

1、私にはほとんど意味がわからないし、同時にそれを口にのぼせているのを聞いた経験がない語。
2、意味はわかるが聞いた経験は私にはないといった種類の語。
3、今は聞くこともないが、以前はたしかに私の周囲の年長者達が口にしていた語。
4、私自身も時として使うが、今の若い人達は使っていない語。

江戸語・東京語といっても、こんな分類が可能なのが楽しくなります。


まあ、それはそれとして、どこで読んだのか、ちょっとわからないのですが、
幸田文が職業を選ぼうとしたときに、履物屋になりたかったという回想がありました。何で履物屋なのだろうと疑問でした。どうやらその回答が林えり子氏の、この本にあったのです。


そこは、「馬場孤蝶の『明治の東京』は、私の大好きな本である。」とはじまる3ページの文にありました。その中頃にこうあります。

「多くの東京っ子が賛同してくれると思うが、着るものより先に、足許をピカピカにしたがる傾向が私たちにはある。私たち世代は下駄ならぬ靴だが、靴だけは流行の先端、銀座を歩いていてもすぐに靴屋に入り、とりあえず目新しいものに履きかえた。そういう東京っ子の、なんだかわからないけど、履物に執着する気分というものが、伝法や鉄火の延長線上にあるとは、孤蝶を読むまでは、知らなかった。・・・・」(p117~119)


ところで、どこに、履物屋になりたかったというのが出てきたかを探していたら、見つからなかったのですが、「幸田文対話」(岩波書店)にこんな箇所があるのでした。

最初の高田保氏との対話にこんな箇所。

【幸田】言葉では教えられたわけじゃないんですけれど、何も言わなくて通じるっていうのが、最も余韻のある楽しいことっていうふうにあたしは父から感じ取っていましたから・・・。
【高田】その以心伝心はあなたと先生と二人っきりの世界のものですよ。あなたは世界に二人とないその相手方に消えられておしまいになったんだ。



最後の方には沢村貞子氏との対話で、こんな箇所。


【幸田】今日はとても楽しかった。あなたとお話ししてると、とても言葉が通じるの。それでさっきから思っていたんだけど、私、ものなんか書かないで、あなたの付人になりゃよかったわね(笑)。私、あなたが教えてくれること、シャッと吸取紙でとるみたいに受けとったと思うしね。そして私のいうことも、あなたがシャッと分ってくれるだろうと思うし。あなたが家へ帰って着物をすうーとぬいで、さぼして、衿をふいてさっとたたむ。私、手つきまで分っちゃう(笑)。裾を折返して、シャッと戸棚へ入れる手つき、持ち方だってちゃんと分っちゃう(笑)。
【沢村】それでなければ、私が先生の秘書になればよかった。『あの』といったら、『はい』と向うの原稿用紙を持ってきて・・・(笑)。



そういえば、最近読んだ対談に日下公人・高山正之著「アメリカはどれほどひどい国か」(PHP研究所)があります。そのはじまりの日下氏の言葉に、こんな箇所がありました。


「アメリカ人や中国人が口がうまいというのも、アイデンティティのない証拠です。力がない人間が商売や戦争に勝つには、相手を騙すしかない。だから、嘘をつく技術も、世界最高に発達しています。すぐばれる嘘を平気でつくし、サブプライムローンのように、一見ばれそうにない高級な嘘もつくる(笑)。そして、相手には『自己責任』と言う。」
コメント
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